試合を中継する観測ポッド。ザク系統のモノアイを利用した望遠カメラに暗黒の空をいくつもの流れ星が映った。その星々は意志を持っているようであった。直線的な軌道ではあるものの、時折何かを避けるように蛇行し、常に三つ一組のデルタ隊形を組んでいる。そして、その流星は人の形をしていた。
推進剤を燃焼し、スラスター口から吐きだすエネルギーが機体を押し出す機動兵器MS.。それら機動兵器の無機質なモノアイが映すのは試合会場となるコロニーだ。コロニーへと進軍するのは黒森峰のゲルググ隊で、その剛毅な見た目のMS群はただ暗い宇宙の海をまっすぐ進んでいた。
そして、その中にザンジバル級グリューネワルトから発艦したMS――西住隊のエース、逸見エリカが駆るゲルググMも存在している。
通常のゲルググとは異なる大きなトサカに、通常の半分の長さの角を持つメタリックグレーの機体は先を行く赤いゲルググを食い入るように見ていた。フラッグ機の西住まほのゲルググは既に敵を見据えているのか、一点のみを集中し、わき目もふらない。
「見えているのか、隊長は」
エリカはコックピートシートに座り、独語する。周囲の有象無象など歯牙にもかけない孤高さとエリカは感じたが、全てがエリカと同じ感想を抱くわけではない。機体の周波数を弄り、通信を拾えば、様々な思念が聞こえてくる。
『何よ、赤い機体になんか乗ってさ。旧式のゲルググに』
『相手は西住流だ。去年の“アレ”でも名家は名家なんだよ』
『古くて色ついてりゃ偉いのかよ』
舌打ちを一つ。エリカは聞こえてくる邪念をシャットアウトし、後悔した。聞くべきじゃなかった。今の黒森峰の惨状を知って、頭痛を覚えるばかりで何も徳がない。統制と規律はあっても、邪気がある。鉄の意志に混ざり物があると言っていい。
「何よ。グチグチと。シーツについた頑固汚れみたいに」
吐き捨てた所でエリカもまた自分を恥じた。こうした感情もまた邪念だ。味方にイラつくことに何の意味がある。怒りはパワーになっても、それ自体はエネルギーの浪費に過ぎない。現にそれを不満を述べるばかりの彼女等が示しているではないか。赤いゲルググJなど特にそうだ。仮初の“赤”に乗ることでしか、西住まほに近づくことが出来ないでいるのだ。
と、感情の整理をしていると、隣に紅と黒の高機動型ゲルググが近づき、肩に触れて来た。直下のゲルググがお肌の触れ合いをしてきたのだ。
「動きが硬いですよ副隊長。緊張してます?」
「な訳ないでしょ。後ろのガルバルディαに合わせているだけよ」
「見もしないくせによく位置と速度が分かるもんですねぇ。それはそうと、私達はそろそろ、相手の裏取りを行うために隊を離れるんですが……」
「何よ?」
直下のゲルググのモノアイが泳ぐように動く。本人の意志をそのまま反映しているような動きにエリカは「器用ね」とだけ呟いたが、胸にざわつくモノをエリカも感じ取っていた。長年の勘と言うべきか、第六感が警告を発しているのだ。
「小梅が言うんです。コロニーがクモの巣みたいに感じるって……」
「何よそれ。あの子がニュータイプでもあるまいし、そんな事が」
「でも、勘はいいんですよ小梅は。それに……グロリアーナの母艦の動き、アレって市街地を目指した航路なんじゃないかって」
「それこそ、考えにくいわ」
エリカはブリーフィングでも想定された事態を直下に再確認するように述べた。敵の主力はあくまでグフとヅダ。敵が行うとすれば、コロニー内壁内におけるゲリラ戦を展開し、格闘性能を生かせる限定空間で戦闘することにあると考えられた。
内壁内は多少重力が薄いとは言え、重力下の戦闘は可能であるし、格闘性能に限ればグフはゲルググに対抗できる。つまり、敵の狙いはヅダ隊によって後背へと回るゲルググ隊を足止めし、その稼いだ時間内にゲリラ戦でフラッグ機を落とすというのが敵の狙いだろう。
だからこそ、宙域部隊に戦力を多めに割き、比較的少数の高速部隊の迅速を以って内壁内を制圧し、コロニー内で殲滅するのが作戦の主軸となる。直下や小梅と言ったエースを宙域に回すのも、敵の視線を釘付けにするべくフラッグ機をコロニー制圧隊に置くのも計算づくなのだ。
「相手のフラッグ機はダージリンのギャン。あの機体は空間戦闘が不得意だからコロニー内にいるはず。そして、その彼女の前に隊長がいけば、必ず姿を見せるわ」
「プライドにかけて、ってやつですか。ま、一騎打ちなら隊長は負けないし、護衛には最新型がゾロリ、エリカさんもいる……盤石ですよね?」
「多分ね。後は向うに聞きなさい」
直下が「向う?」と聞いたので、エリカはため息交じりに「聖グロに、よ」と言い直した。直下は気楽そうに笑って機体を翻した。
『直下! 遅れるな!』
『ハイハイ! エリカさん、ご武運を!』
踊るかのような華麗さで別れ、最後に敬礼だけを残して裏取りの部隊へと真紅のゲルググは飛んで行った。高機動型の面目躍如と言った所で、新型機の先輩にあっという間に追いつき、稲妻のように先頭へと推進剤の尾を伸ばして行った。
「相変わらず、ね」
あの素直な性格は見習いたい。エリカはシートに深くもたれて、思う。そうであれば、自分を、隊長を、この機体を、愚弄する者はもっと少なくなっていたのあろうか。今の新型機と旧型機が混在し、仲違いを起こしているような状況は避けられたのだろうか。
見ろ、今の隊列を。左右で旧来のゲルググとゲルググJとガルバルディαで綺麗に分かれている。これで来年辺りに旧来のゲルググが消えることがあれば、いよいよ黒森峰も凋落の日が近くなるだろう。
自らの腕に信頼を置けない黒森峰に何の価値がある?
『Fポイント通過。想定した時間より遅れている……各機増速。かつてのジオン公国の電撃戦を思い出せ。鷲は舞い降りる……全機、我に続け』
そこへ、目が覚めるような言葉が聞こえた。西住まほの『我に続け』と聞いて、エリカはハッとなって身構えた。スティックを握る手に自然と力が入り、ゲルググMをまほの赤いゲルググの後ろにつけた。
来る! 来る! 消沈しかけていた心の炉に火がくべられた。かつて、自分が憧れた伝説の一端。それをまほ隊長が行おうとしている。それは戦術的に、まほ機が先行することを選択したのに過ぎないが、エリカにとっては何よりの鼓舞であった。
バックパックもないまほのゲルググのスラスターがエネルギーをため込んでいる。エリカも愛機を同様に操作し、その背名に熱い視線を注ぐ。
『エリカ』
「は、はい!」
『あまり無理をするな。お前なら追随できるだろうが。その機体はお前にとって大切なはずだ』
「いえ、行かせていただきます」
『無理はするな。では、行くぞ』
赤いゲルググが爆発的な加速と共に宙を駆けだした。エリカも加速し、追随する。モノアイが見せる赤い彗星の光跡を追う。最初こそ、バックパックを装備しているゲルググMが推進力で追いつくことは出来た。しかし、そこからが本領発揮だった。
宙域に広がるデブリ帯に入った途端にまほ機は更なる加速を得ていく。コロニー外壁の破片、岩塊や艦船の残骸を蹴り、AMBACの姿勢制御のみでバランスを保ち、減速せずに宇宙のごみ捨て場を抜けていく。
接触すれば、一年戦争のMSなど一撃で破壊してしまうデブリ帯でのまほのセンスは神業と言う言葉では到底足りない。一個、二個と蹴っては増速し、ロールとターン、手足を使い生身の様な重心制御で完ぺきにコントロールされ、見えていないはずのデブリすら彼女の危機となるどころか、彗星としての足掛かりにされてしまう。
「はやい……速い!」
彗星の描く弧にただ一機だけ、エリカだけが追いついていた。サラミス級の残骸をバレルロールで潜り抜け、メタリックグレーのゲルググMは前を往く星に手を伸ばす。
エリカも負けじと、デブリを蹴っては加速し、孤高な彗星に寄り添おうとするが、その距離は遠い。やかましく鳴り続ける接近警報をシャットアウトし、機体の姿勢制御に集中力を注ぎ、刻一刻と変わる宙域の状況に適応させるも、それだけで頭が焼きつく。
躱すだけならともかく、このデブリを最速で抜ける為に膨大な情報の処理と最適な回答をはじき出す。生身の人間に対する要求としては過酷な物だ。
絶えず微妙に動くデブリを回避し、足場に出来る物を瞬時に判断する――西住まほの頭には世界最高で最小のスーパーコンピューターでも内蔵されているのだろうか。そして、それをMSとして動かすと言うことは、ヒトの動作としてのラグも計算されていると言うことだ。
ゲルググMの右肩にデブリが掠った。それだけで大きく機体が右に傾き、体を揺さぶった。口に酸っぱい物が込み上げてくる内臓をシェイクするような加速Gに耐え、速度と衝突への恐怖に抗い、研ぎ澄まされた神経全てを利用しても、まほの肩を掴むことが出来ない。
西住流の“八艘跳び“とはよく言ったものだ。まほ機のゲルググはエリカ機を除く、後続機の三倍の速度を叩きだしている。だが、ヘルメットのレシーバーからはまほの苦悶の声一つ聞こえない。まほはあの殺人的な操縦を平然と行っているのだ。
星々の輝きが川のように繋がって見える程の高速移動を、この混沌とした宇宙の墓場の中で。
「これよ!……これがそうだ! これが見たかった!……あの姿が黒森峰! 西住流!」
追いつけない。その事実にエリカは頬を赤く染め、体の芯から漲る力の波に全身を震わせていた。悔しさ以上に興奮を覚えていたのだ。華麗なる宇宙を舞う姿。機体の舵取り、目の動き、全てが及ばない。この圧倒的な実力差に惚れないはずが無い。
まほのゲルググは先行生産型、バックパックもない旧式だ。しかし、この開きを見れば、誰が性能差で彼女に勝てると言えるだろうか。見れば、ゲルググJなどは遥か後方。同じ機体色でも格が違いすぎる。そして、それはエリカにとっても同じだ。自分ではたどり着けない神域だ。だが、だからこそ、愚かしくも目指す価値がある。
コロニー外壁を視界にとらえ、エリカはようやく赤い彗星の後ろ姿を間近にとらえることが出来た。機体のインターフェイスが示すまほ機のIFFにほっと一息つこうとした時、まほのゲルググはそのままの速度でエリカに向けてビームライフルを放った。
「何?!」
ライフルの光条はエリカ機の前方を通り過ぎ、その空間に爆発が生じた。更にまほはライフルを微妙な感覚で撃っていき、その破壊光線を自らが通り抜けたデブリの海へと連射する。高出力のメガ粒子の戦が常闇の宇宙を奔り、パッと照らした。至る所で爆発の光球が生じていくことにエリカは目を見張った。
急いでIFFの応答を確認したが、全機応答しており、損傷報告も上がらない。まほは何を狙い撃ったか、それを理解した時、エリカはゾクリと背筋を凍らせた。彼女がどこまで行くのか、その行き先をまるで想像できなかった。
高速機動中の狙撃を彼女はやったのだ。
『ギャンのハイドポンプだ。各員、私の通った道を進め。ダージリンの機雷は広範囲に散布されている可能性がある。十分注意しろ』
機体を停止させ、まほのゲルググは早速内壁へと侵入を果たしていた。エリカのゲルググMもそれに倣い、機体を内壁へと着地させる。赤いゲルググは無感動にゲート部分にビームライフルを二連射。ゲートは内圧であっという間にひしゃげて、宇宙空間へと変わり果てた姿で吹き飛ばされ、進入路が作られた。
『ルートは確保した。各機は予定通りに作戦行動を取れ。ここから先はミノフスキー濃度も濃くなる。長距離の通信は行えないことを考慮し、小隊ごとの連携を絶やすな』
淡々と指示を伝えるまほにエリカは続き、内壁内をモノアイセンサーで索敵する。トラップもなく、がらんどうとした内壁の様子を見て、エリカは違和感を覚えたが、まほは奥へと進む。
「隊長! 先ほどは」
『エリカ。無理をするな、と言った。私に追いつくことばかりに夢中になって機雷に気付かないとは、らしくないな。ダージリンは抜け目がない。このような事があれば不意を突かれるぞ』
「申し訳ありません」
貴女の描く“星”に見惚れていた、などとは口が裂けても言えず、エリカは唯々赤面し、謝罪をした。まほのゲルググの単眼がコチラを向いているのに気付けば、心の奥まで除かれているのではないかと、少々不安を覚えたが、まほ機から発せられたのは温かな口調の声であった。
『だが、機動は見事だ。たった一年で私に追いつくとはな……そのマリーネも良い乗り手に恵まれて、喜んでいることだろう』
「隊長……」
『さて、内部の制圧にかかろう。ツーマンセル。バックは任せたぞ』
「ハイ!」
エリカは応え、ゲルググMの手にMMP80を構えてまほ機の後ろにつく。言葉こそ少ないものの、交わした通信にエリカは喜びを覚える。八艘跳びとまではいかないが、此処まで追いつける程度にはなり、それをまほ自身から称賛を貰えば、心も踊ると言うものだ。
それもツーマンセルのバックを命じられるとは、これは全幅の信頼を得たと言っても過言ではない。名誉ある務めを直接命令されるのは、まほに寄り添えたエリカのみ。現黒森峰でエリカだけが得た最高の栄誉だ。
だが、同時にざわつきを覚えた。先ほどの言葉と言い、今までの指示と言い、その言いざまは明らかに違った。先ほどの言い様は温かったのだ。まるで、西住みほと、あの子と話す時のように。
△
黒森峰が制圧に乗り出している頃、内壁内で片膝をつき、シートが被せられた一機のMSがその動向を探っていた。赤外線やサーモから身をひそめる為のいわば迷彩シートに身を包むのは白いグフカスタム、アッサム機であった。
陸戦型のMSに装備可能なグラウンドソナーとコロニーの内外に備え付けたカメラの映像を受け取り、その情報をアッサムは統合し、ダージリンや各部隊長に流していた。
「機雷による索敵は当たりましたわ。ダージリン」
『そのようね。まほさんの勘から逃れる為にかなりの遠距離からの撮影だったけど上手くいったわね』
「内壁内でも使えばよろしかったのでは?」
『自らの退路を塞ぐ可能性もあるわ。それにアレは趣味じゃありませんのよ』
総隊長のご趣味にアッサムは肩をすくめた。ギャンに乗っておいて、自らの武装を好まないとは恐れ入る。だが、どの道アッサムにとってもそれは好都合であった。気にせずに自分の武を振るえるのはパイロットとしては理想的な状況だ。
そして、此処まではダージリンのオーダー通りだ。西住まほですら感知不能な範囲からの索敵。宇宙に流した観測ポッド「バロール」が拾ったのは“正確”にハイドポンプを狙撃し、破壊されてできた光球だ。
敵は主力をコロニー制圧に向けて来たことの証だ。出なければ、全てのハイドポンプを破壊する真似をまほはしない。
『それじゃあ、アッサム。ペコ。出来る限り場を引っ掻き回して、撤退を。特にペコ、貴女はこの後を考えて損傷を控えてね』
『はい、ダージリン様……なるべくエースは避けて、上手く逃げるふりをして、ですね?』
『大変よろしい。別に倒しても構わないのだけれど』
「ご冗談」
アッサムはそこで通信を切った。MSの足音にセンサーが反応したのだ。カメラの映像から見ると、後続の新型機らしかった。ガルバルディαの痩せたゲルググのようなデザインが見え、狭い内壁内で成れていない様子だった。
「さて、始めませんと」
アッサムは思考する。データ的に敵の出力はコチラの遥か上を行く。装備もビーム兵器が主体で、普通なら逃げる所だ。だが、此処は狭所。重力も利く、限定空間なのだ。それなら、勝機がある。
シールドからヒート剣をゆっくりと引き抜く。ヒート化させない黒鉄色の幅広の太刀は鈍い輝きをモノアイを通してアッサムに見せつけていた。
「ご厄介なお客様にはお帰りいただきますわ」
アッサムは頭の中に計算式を打ち立て、計算し終えた。そして、グフカスタムが潜むエレベーターを起動させた。
とりあえず、黒森峰サイドです。
上手く書けている事を祈るばかりですね。
感想、批評お待ちしております。