聖グロリアーナはいい物だ。   作:ハナのTV

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バトルクライ

コロニー戦。それは0079、12月14日より開始されたルビコン計画が元ネタと言われている。ルビコン計画はニュータイプ専用MSの奪取、破壊を目的とした物であり、そのMSがサイド6コロニーに存在すると発覚した時、コロニーの内と外でジオン公国と地球連邦軍が交戦していたのだ。

 

これを背景として作られたMS道公式試合のルールであり、このルールの利点としては地上用、宇宙用のMSの双方を使用が可能であるという点があり、当事者である選手たちにMSの適性による戦力差が広がらない、また観客には単調な試合ではなく、複雑で見ていて飽きない試合を提供できる。

 

コロニーは試合用の物で、外壁をMSの火力で破壊することは不可能なので、地上戦が主力な学園にはまさに天恵とも言えるだろう。

 

しかし、前者に関しては懐疑的であると最近は言われている。今回の聖グロリアーナと黒森峰の試合を見ても、コロニーに大半の戦力を集中せざるを得ない聖グロリアーナに比べ、黒森峰は自由に戦力を配置できる。

 

つまるところ、最初に少数の宙域戦闘が可能なヅダを殲滅し、コロニーの内で引きつけた敵陣をコロニー外から侵入させた部隊で後背を突くことができる点で黒森峰は優位なのだ。

これは地上、宇宙の両方で高い性能を発揮できるゲルググだからこその戦術と言える。

 

地上用のグフでは宇宙をまっすぐ進むことさえ出来ず、機体の制御不能に陥って、宇宙に溺れるだけ。

 

そんなことは聖グロリアーナだけでなくとも分かる。

 

『……と言うことで、今回は非常に聖グロリアーナが不利ですねぇ』

『では勝ち目はないと?』

『そうはいいませんが、まあスペック差も大きいですし、常勝黒森峰に三十分も保てば、大したものでしょう』

 

ハンガーに固定されたグフの中で少女たちは憤る。スピーカーから聞こえる声は不愉快極まりないものだった。脂ぎってそうな親父の声、コメンテーターの辛辣で“的外れ”な評価を聞き、ルクリリは鼻を一つ鳴らす。何が、三十分だ。それどころか、コッチは敵を討ち取りに来ていると言うのに。

 

試合開始前の挨拶をダージリンたちがしている間、ルクリリたちは自機の通信装備や私物のタブレットや携帯端末で外の情報を得ていた。聞けば、ネガテイブな批評に試合の予想。1対9で聖グロリアーナの負け確実と言わんばかりの下馬評。

 

TV報道を見れば、ダージリンと西住まほが選手宣誓と最初の握手を交わしているが、その後ろではガルバルディαとゲルググJがこれ見よがしに威容を見せつけている。

 

赤い彗星を思わせるゲルググJにギャンとゲルググを混ぜた最新鋭機ガルバルディα。ルクリリは何故、それらがそこにいるのかを理解しかねた。

 

「前回、前々回と活躍した“色付き”はステージの外か? 玩具の自慢だなんて黒森峰も子供っぽいじゃないか」

 

誇るのは名だたるエースではなく新鋭機と言うことにMS道履修生として、反発せざるを得なかった。乙女を育成する武道で、MSを見せつけて何になると言うのか。精々、新しい機体のお披露目でもしてるといい。

 

グフのコックピットに座り、紅茶のボトルを吸う。慣れ親しんだノーマルスーツを着込み、スティックを握り、固めのフッドペダルの感触を確かめ、愛機のご機嫌を伺う。何も問題はない、本当になにも。

 

闘気に満ちた精神と、興奮と緊張の波が体を引き締めてくれる。策も練った、昨日は茶柱すら立ったではないか、と自分に言い聞かせる。

 

『ルクリリさん』

「何だ?」

 

隣のグフから通信が届く。ルクリリ隊のキャディからのものだった。

 

『聞きました? コロニー通信。私達の試合は狩人に狩られるだけですって』

「どうせ、ゲルググJ(イエーガー)から取った洒落だな。コメントとしては三流以下だな」

『全くです。それに狩るのが鹿か兎かと勘違いしている様ですね』

「ああ、そこら辺はゆっくりお話しなきゃな。ガンパウダーでな」

 

我ながら上手い洒落だとルクリリは思ったが、隊内の反応は苦笑、と芳しくなく少し不満を覚えた。

 

『……それはちょっと』

 

オレンジペコのコメントが来た途端に皆が笑いだすので、更にルクリリは機嫌を悪くした。人のネタを取るとは流石はオレンジペコ、ジョークセンスも一流であるらしい。

 

「緑茶談義も置いておいて、もうすぐ試合開始ですわ。気を引き締めませんと」

「アッサム様も加わればよろしいのに」

「流石に試合前に冗談は思いつきませんわ。全く、こういう事をしているから“聖グロリアーナに沈黙と空のカップなし”と言われるのですよ」

「そのデータは?」

「全コロニージョーク集25巻より、ですわ」

 

グフカスタムの白いアッサム機と青いオレンジペコ機がモノアイで見合い会話している。グフの姉妹が言いあっているようで何だか微笑ましく思えた。こういう時にこそ、聖グロリアーナの同胞たちは紅茶を欲した。会話と紅茶の楽しみ無くして聖グロリアーナを名乗る資格はない。

 

無重力の中でMSの固めのシートに身を預け、ベルトで固定した今カップに茶を注ぐことが出来ないのが悔やまれる。

 

「さて、では別のお話をしましょうか」

 

そこへ、ダージリンのギャンからの通信が全機に入った。宣誓を終えて、キングオブアーサーに戻って来たらしく、艦上に接地した機体から「お肌の触れ合い通信」を艦の強力な無線装置から送っているらしかった。

 

ここからは、お嬢様の茶なしのお茶会はしばらく禁止され、全員が戦士としての貌へと変わる。機体のスクリーンにマップを表示し、作戦領域内での行動をもう一度おさらいする。

 

「私達の目的は勝利。敵フラッグ機西住まほ機を撃破することにある。しかし、敵機体の戦力から見て、極めて不利な立場となるのは皆さまご承知ですわね? 幸い、私達はコロニー内部の市街地に敵よりも先んじて布陣が可能となっている、今回はコレを利用することが作戦の前提条件ね」

 

市街地のマップが拡大される。ビルやデパート、高速道路などの大型の建築物が多く、18mのMSも、この中に隠れられる程だ。今回のコロニーはかなり複雑であり、市街地だけでなく、ちょっとした山岳地帯まであり、地球の地上を出来る限り再現し、ただでさえ、コロニーの内壁などの地下トンネルもある中に、それらが入交りっている。

 

オマケにこのコロニーは資源採掘用の物を改造した物で、巨大な岩塊に円筒状のコロニーを刺したような物。宙域ですら細かな岩片が漂っているのだ。

 

まさに具だくさんのシチュー、魔女の鍋と形容するに相応しい。

 

これこそが聖グロリアーナの希望であった。

 

「市街地にはルクリリ隊、ロシアン隊、キャラバン隊の三つの隊を配置し、二か所の山岳地帯にはラプサン隊とスーチョン隊を。敵の侵攻前に各員、“迅速に”迎撃態勢を整えて待機」

「了解」

 

重々しさにいがらっぽい声を出してしまい、ルクリリは口を抑えた。ダージリンに「落ち着いて、ね」と嗜まられ、少し恥ずかしい。

 

「ダージリン様、私達は?」

「忘れてないわよ。ローズヒップ」

 

ローズヒップの声が入り、ダージリンはヅダ隊にも指令を送る。

 

「今回のコロニー戦は知っての通り、宇宙と地上の二面作戦。敵は必ず宙域部隊を送り、コチラの後背を突こうとする」

「敵が全部隊を宙域に置く可能性は?」

 

今度は薫子が訊く。声が若干震えており、安心を得たいようである。

 

「ないわね。黒森峰が恐れているのはコロニー内壁内でのゲリラ戦。私達に内壁でのゲリラ戦をしかけさせる暇を与えずに直接攻撃をかけてくるはず。市街地で私達を釘付けにし、その後背を機動力に優れた隊で急襲する。だから、ヅダ隊にはこの宙域部隊の足止めを行ってもらうわ。ヅダ隊の指揮はローズヒップ、貴女に一任するわ。出来るわね?」

「勿論でございますわ!」

「あと、独立部隊としてニルギリ。ローズヒップ達を助けてあげてね」

「お任せください」

 

ダージリンの凛とした声に二人が返す。この戦闘を前にこの堂々さ。ルクリリは拳を固く握った。ダージリンの作った道しるべを信じ、勝利を得るための誓を込めるように。此処にいるのは旧式の機体と伝統に拘る思考停止のご令嬢ではない。

 

剣に誓った強者たちだ。弾倉に弾は込めた、推進剤を満タンにした。ゲルググなど重いヒート剣で敵を叩き切れば、済むことだ。一機残らず駆逐する、そんな気概で全員が満ちている。

 

「後は私達が勝利すれば、準決勝を突破できる。聖グロリアーナの悲願を、そしてこのMS道に蔓延する機体頼りの風潮を私達が払しょくする。赤いジャケットはレッドコートの誇りであり、西住流の赤ではない。夢の轍はまだ終わらせられない、私達はまだ進まなくてはならない」

 

夢の轍――いい言葉だ。その夢は人によって様々かもしれない、だが今、此処を勝ちたいと願うのは誰もが同じことだろう。燃え尽きる事知らずに向かう。

 

「かつての、こんな言葉があるわ。『すべての大偉業は、最初は不可能といわれた』。しかし、今日私達がその最初の一歩目となりましょう」

 

「トーマス・カーライル」とオレンジペコが呟いた。19世紀のイギリスの歴史家の言葉は波紋のように広がって、グフの瞳を灯した。全機、一斉にモノアイを起動させ、核融合炉に火を入れた。

 

「勝利を紅茶で祝いましょう」

 

その一言と同時にハンガーに赤色灯が灯され、艦全体が揺れる。いよいよ、だ。聖グロの乗り手たちはヘルメットを着用し、備える。

 

『接舷10分前! ヅダはカタパルトデッキへ!』

 

アナウンスの鋭い声が木霊する。カメラアイを左右に動かし、マニュピレータを握っては離す。一機のツノ付きのヅダがカタパルトデッキへと進む。一番機ローズヒップ機がデッキに足を固定させ、ルクリリの方を向いた。

「お先に失礼しますわよ! ルクリリさん達も健闘を!」

「馬鹿! 勝利を、だ!」

 

モノアイ越しの目くばせの後、ヅダの背面の木星エンジンが火を噴きだし、推力をため込んでいく。高音のエンジン音が爆音を響かせたが、ハンガーは宇宙と同様の真空になってソレも消える。

 

ローズヒップの声を聞くのも、このハンガーが最後である。あとは試合後まで、互いに違う戦場を駆け抜けるのみ。サムズアップするヅダにルクリリは敬礼し、それで最後の会話とした。

 

『ローズヒップ、ヅダ一番機! ダージリン様のため! 戦場を切り開きますわ!

『発艦!』

 

レールに沿ってカタパルトが走り出した。火花と激しい閃光をまき散らし、ヅダのスカイブルーの機体を最高の加速と共に送り出す。強烈なGと宇宙への旅立ちに湧くローズヒップの歓声が上がり、無重力の大海へと放たれたローズヒップ機はバレルロールを行って遥か彼方へ。

 

他のムサイから発艦した者達と共に、彗星の尾を残して戦場へと飛んで行く。

 

『二番機、薫子! 聖グロリアーナの旗の下に!』

『三番機、クランベリー! ダージリン様の為に!』

 

次々とヅダたちが発進するのを見送る。一機一機、ローズヒップの元に集おうとする流星達は想いを乗せて戦場へ。飛び立った20機のヅダが集結。円錐状に隊列を整え、中央のローズヒップ機から信号弾が上がる。

 

青に輝くそれは花火のようにパッと華を開かせた。特注した信号弾らしく、漆黒の宇宙に青いバラを咲かせたのだ。

 

「味なマネするじゃないか」

 

ルクリリ達はそれを捉え、ほほ笑んだ。その青いバラはダージリンの花であり、自分たちであった。これから奇跡を起こす自分達だと。

 

『接舷!』

 

キングオブアーサーがコロニ―港に乱暴に接舷する。シートが揺れて、汗の雫が宙を舞う。いよいよ、この時が来たか。ルクリリは声を張り上げる。

 

「make ready!」

「Make ready!」

 

備えよ! と全機に叱咤すれば、戦乙女の華やかで荘厳な返答が帰ってくる。降下用の下部ハッチが開く。今度は自分達だ。ルクリリはコロニー内壁を見つめ、降下ランプがグリーンになるのを待つ。これを最後の出撃にしないために、遥かなる勝利を掴むために。

 

ハンガーに重力が加わる。身体に1Gの重みが伝わり、栗色のサイドテールが垂れた。いよいよだな、と深呼吸をする。4つ数えて息を吸い、4つ数えて息を吐く。顔と心を引き締めれば、覚悟は完了する。

 

『進路オールクリア! 発進ヨロシ! 降下! 降下! 降下!』

『グリーンライト!』

 

スティックを前に倒し、いざ人口の大地へ。

 

「ルクリリ機! 出撃する! 我に続け!」

 

機体の固定フックが解除され、重力に従い降下を開始。大気に触れて機体が振動し、内壁を潜り、奥へ奥へと進めば、視界に光が差し込む。厚い岩壁を抜けた先に広がるコロニーのパノラマ。ミラーで反射された太陽光で生い茂る緑と、かつて人口密集地帯であったコンクリートジャングルがハッキリと視界に映され、決戦の地を前にして血がたぎった。

 

モノアイを左右に見渡せば、頼もしいブルーの一つ目の巨人グフが降下している。空気を切り裂き、重い機体を自由落下させ、指定高度でスラスターを噴射。

 

重力の法に従って、かかる重みにルクリリは歯を食いしばって耐え、そのグフの巨大な両足を地面へと下ろす。市街地の一歩手前に着地し、機械仕掛けのサイクロプスが粉塵と土砂を巻き上げて、遂に立った。

 

機体各部から冷却のために熱気が噴出され、破壊的な出力と共にモーターが回り、聖グロリアーナの騎士が舞い降りた。

 

次々と僚機が着地していき、行動を開始。

 

「時間がない! 市街地での準備は全て完了させるんだ! 今まで最も急いで正確にだ!」

『了解!』

 

ルクリリはビル群を背中に、敵が来るであろう方向を見やる。

 

来るなら来い。聖グロリアーナがどんなものか教えてやる。何故、紅茶を飲んでいるのかを教えてやる。

 

それは紅茶が 勇気を燃焼させる飲み物だからだ!

 

ルクリリのグフはヒート剣を引き抜き、十字架のように構えた。

 

 




上手くできている事を祈るばかりです。
次は戦闘か、もしくは黒森峰の出撃シーンを書こうと思います。

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