聖グロリアーナはいい物だ。   作:ハナのTV

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とりあえず、決意表明から


いいお応えでしょ?

明りを消した資料室に聖グロリアーナのMS道クラブの面々は映写機の移す映像に皆釘付けになっていた。これから相手をする黒森峰の戦力を改めて見る為に、ダージリンの言う勝機があるのかを見る為に、皆が、ローズヒップですら静かにして集中する。

 

真っ白なスクリーンに映し出されるのは黒森峰のこれまでの試合映像。彼らのMS隊は聖グロリアーナではお目にかかれない高性能機ばかりであった。知波単のザクⅡF2が小隊単位で果敢に突撃する。

 

「この一撃を受けよ!」

 

MS戦を想定された後期生産型のザクの乗り手は戦術はともかく、個人の技量としては流石で、バッタのように飛んでは接近し、必殺のヒートホークを振りかざす。だが、それを受け止めるのに相手は片手一本で足りる。

 

ヒートホークを持つ手をマニュピレータで受け止め、F2のコックピット部分を無慈悲に貫くは一条の光線。歯牙にもかけない、感情を一切感じさせないデスマシーンと化したMS-14ゲルググに背筋が凍る。

 

モノアイの無機質な輝きは聖グロのグフのそれよりも凶悪に思えた。映像が切り替われば、ザクが次々と撃ち落とされていく。必死に回避行動を取り、デブリを盾に前進しようとするザク達が高出力のメガ粒子砲か、正確で破壊的な粒子が次々と屠られていく。

 

「狙撃?! どこから?!」

「おのれぇ! かくなる上は全機突撃し……」

 

ツノ付きがそうはなったところで、デブリの壁ごしに光の矢が突き刺さった。

 

「隊長殿!」

「小癪なマネを!」

 

その小癪な犯人は三つ目の狙撃用レンズを装備したブルーのゲルググだ。赤星の恐るべき射撃に前進を阻まれたところで、八機のザクの上方から、ビームライフルが二条放たれ、“三機”が直撃。残る機体がザクマシンガンを連射し、迎撃しようとするが現れた二機のゲルググに照準が追いつかない。

 

「よく狙え!」

「速い! 速いであります! 副長殿!」

 

曳光弾が虚しく虚空を飛んで行き、倒せなかった代償を払うこととなった。バックパックを装備した赤と黒の高軌道型ゲルググがビームナギナタを通りすがりに振って、ザクを両断。仇を取ろうとザク二機がマシンガンを向けるが、そこへ、もう一機のゲルググが現れた。いつの間にか下へと回り込んでいたのに、ザクが気づくには遅すぎた。

 

まず一機目を下から殴りつけてガードを上げた所をスパイクシールドで頭部をもぎ取った。オイルが飛び散り、ゲルググMの頭部を血みたいに染め上げ、砕け散ったカメラレンズが下手人の鬼様な立ち振る舞いを反射する。

 

見るだけで喉がカラカラに乾く。メタリックグレーの機体が悪魔のようで恐ろしく、続く二機目を見ることすらせずにライフルで貫いた。

 

そして、頭部を失ったザクにグレネードを張り付けて、残るザク隊に蹴りつけ、三機をひとまとめに爆破。反応炉ごと吹き飛ばすことで、ザク三機は融合炉の誘爆と推進剤の入り混じったオレンジ色の光に消えて行った。

 

破壊の美学を実践している。見る者すべてが計算された暴力とそれを可能とする実力に目が離せない。

 

残ったのは無傷のコックピットブロックのみ。何の戦闘能力のないそれを下らなそうに一瞥するメタリックグレーのゲルググMはまさに悪鬼と言うにふさわしく、五機撃墜の名誉に浸ることなく、次なる獲物を求め、加速。スラスターの青い光跡が美しい曲線を描き、三機のゲルググは自分らの隊長の元へと飛んで行く。

 

そして、その先に見えたのは赤いゲルググ。彼女の周りには7機のザクが無残な姿に成り果てて、宙をさまようデブリの一つにされていた。そして、そこから飛び立つ様はまさに彗星。気高く、孤高で、気品に満ちた赤い彗星であった。

 

映像が終わり、部屋に明りが点けられる。メンバーの表情は様々である。冷汗をかいたり、口をへの字にしたり、俯く者と様々。ルクリリなどは頭を抱え、瞼の裏で幻視した映像を振り払おうとしていた。

 

何の抵抗も出来ずに落とされていくヅダに、地を這う虫けらのように踏みつぶされていくグフ。剣を交えることなく、ただ向かってくる標的以外の価値も見出されずに、コロニーに転がる――そんな屈辱的な事があってたまるか。

 

しかし、想いとは別に脳は予想される現実を嘲笑うかのように見せてくる。誇りも、友情も完全なる力の前では無力だと言わんばかりに。

 

ヅダもグフもゲルググの前では性能が不足している。何より、グフの場合は宇宙で溺れてしまう。コロニー戦となれば宙域戦闘は必須。宙域で僅かなヅダが落とされれば、後背から残ったグフを挟み撃ちにゲルググの波が押し寄せてくる。

 

ヅダ隊の技量は確かだが、あの機体はどうあがいても失敗兵器でしかない。額面通りのスペックを最大に発揮して戦うことが出来ない上に数で負けているとあっては勝敗を語るのは難しくない。各個撃破の危機。知波単よりも危機的状況だ。

 

「さて、皆さま。コレを見て、どういった感想をお持ちに?」

 

ダージリンの茶目っけが今は恨めしい。聖グロリアーナの乗り手たちはこぞって、ネガティブな反応を示そうとした時、「ハイ!」と声が上がった。

 

「ローズヒップ」

「はい! ダージリン様! よーするに当たらなければどうって事はないのですわね!?」

 

ほぼ全員が崩れ落ちた。正反対、真逆、超楽観的! 「アラ?」と本人は周囲の反応に小首を傾げている。

 

「アレを見てどうしてそう思えるんですか?!」

「ええ、だって皆ビームライフルで狙い撃ちされているから、全部躱せばよいのでございましょう?」

 

副官の薫子にもそんな事を返すローズヒップにグフ乗り達は脱力しそうになる。もしかしたら、実はローズヒップはとんでもないニュータイプで、自分達の理解も追いつかない次元にいるのか、そんな事すら思う程である。

 

「だから! あんなのと当たったら、確実に……」

「別に黒森峰の皆が皆、色付きゲルググじゃありませんし、何とかなりますわ! ヅダの加速は宇宙一なのですわ!」

「バラバラになるでしょうが!」

 

薫子はそう言ったが、その手が興奮で震え、頬が紅潮していることにルクリリは頭痛を覚える。限界まで加速すると空中分解するジオン最悪の欠陥機EMS-10ヅダにほれ込んだ阿保共の小芝居にこれ以上付き合ってられるか。ルクリリは挙手して意見具申を求めた。

 

「何かしら? ルクリリ」

「ダージリン様、意見を述べても?」

「構わないわ」

「ローズヒップのアホは置いておくとして、私としては……その、この映像からどう勝機があると見るのかが理解しかねます。どうか、それを……」

「答えはローズヒップも言った通りなのだけれど」

「躱せってことですか?」

「ええ、敵のエースをね。それに、相手がゲルググばかりって状況は場合によってはかなりコチラにとって有利だと思わなくて?」

 

ピクリとルクリリの脳にひらめく物が生まれた。

 

「ゲルググが黒森峰の弱点になると?」

 

と訊くのはニルギリ。ダージリンはただカップを持ちあげるだけ。しかし、その笑みに否定の色はない。そして、ダージリンはサファイアブルーの瞳で全員を射抜いた。

 

「私達は私達の戦をする。それだけのことよ」

 

ダージリンはカップをテーブルに置き、立つ。そして、語る。

 

「こんな言葉を知っている?『土壇場を乗り切るのは勇猛さじゃないわ。冷静な計算の上に立った捨て身の精神よ』 私は今から考えうる全ての勝機を貴女方に話しましょう。しかし、その上で問わなくてはならないわ」

 

靴音が響き、ダージリンはメンバーの中央まで行く。各々が道を開けて、進んでいくのは紅海を歩いたモーセのようだ。そして、当然、ダージリンの歩みには一切の迷いがない。

 

「私達には必要な素質が揃っている。技量もある。誇りもある。機体もある……相手を貫くための矛には困らないでしょう。しかし、全ての資質は勇気がなければ、何の意味もない」

 

勇気。それは欠けていたピースであることは間違いない。負けるような試合で誰が勇気を振るえるものか。絶望や諦観は形ばかりの感情をいともたやすく砕いてしまう。だが、もし勝機があるならば、どうなる?

 

そして、この場に居る全員が信頼するダージリンがそれを語るとすれば、どう応えるべきか。

 

皆その答えを知っている。

 

「機体性能差は覆しましょう」

 

そうだ。彼女達はグフとヅダを知り尽くしている。何を嘆くのか。

 

「数の差など些末事」

 

そうだ。いつだって、彼女達は戦い抜いてきた。強豪として。立ちこめていた臆病な心が生み出した幻、霧。それが晴れていく。

 

「さて問いますわ。賽は投げる前に。貴女方にその資質はおあり?」

 

そこで全員が手を上げる。今一度、剣を握るために。

 

勝つために。

 

 

暗黒の空を十二隻の艦隊が進む。ジオンのシンボルとも言えるムサイ級の軽巡洋艦に囲まれ、旗艦として中央に配置されるのは旧時代のスペースシャトルを大型にし、砲台を取りつけた戦艦、ザンジバル級グリューネワルト。

 

焦げ茶色の船体には黒森峰の校章が映え、その周囲をゲルググが舞う。グレーと深緑の大型MSの描く軌道はさながら彗星のようで、艦内レストルームからも、その弧を見ることが出来る。

 

「青い燃焼反応の星、ね」

 

推進剤の化学反応が生み出す流星を目で追う。虎の皮が敷かれたソファに身を沈めて宇宙に手を伸ばす女子が一人。美しい白い髪の毛の少女は後ろから見れば、年相応の可憐さだが、彼女を正面から見ると、今度は灰の狼を思わせる孤高さが垣間見れる。

 

逸見エリカは外を飛ぶゲルググを見て、独り苦笑する。キレイじゃない。あんな弧の描き方はキレイじゃない。機体の性能で強引に曲がっているだけだ。あんな無理な動き方じゃ、ザクで動いたらきっとデブリ帯での戦闘なんて出来っこないだろう。

 

エリカは長い人差し指で自分の理想とする軌道を描く。キャンパスに絵筆で好きな絵を描くように。

 

「あ、いたいた副長」

「直下」

「また、此処で宇宙のお絵かきですか? 副長の描く軌道なんて再現するの難しいんですから。他人に期待するだけ無駄ですよ」

「隊長とアンタならできるじゃない」

「生憎と私は真似っこばかりが上手いだけですから。軌道ならみほさんが一番上手かったし……」

「何の用?」

 

エリカは遮り、きつそうな目で直下を見る。直下は仕方なさそうにため息を吐いて、タブレットを手渡した。そこには黒森峰に追加される戦力の細かなデータがびっしりと詰まっていて、あまりの情報量の多さにエリカも最初は面倒くさそうに頭を掻いていたが、読み進めていくうちに、熱中し最後には放り投げた。

 

「ちょっと」

「下らない。また新型? 誰が乗るのよ」

「西住流分家の三年生様ですよ」

「次の試合まで三日もないのよ? 慣らし運転なしでF1カー乗ろうって話じゃない」

 

エリカは憮然として言ったが、直下は飄々としていた。

 

「そういえば、かつてのアバオアクーも間に合わなくてゲルググが大して活躍しませんでしたねぇ。こんな話を言葉を知っている? 歴史は繰り返す!」

「ダージリンの真似? 強いて言うなら『賢者は歴史に学び、愚か物は経験に学ぶ』ね」

 

直下は「似てる」と言って膝を叩いて笑うが、エリカは不機嫌なまま。冗談じゃない――かつてのジオンの失敗を何故黒森峰が再現しなくてはならないのか。エリカは右往左往する黒森峰のお上達に苛立ちを隠せない。

 

先の知波単もそうだ。F2ザクに接近を許されるどころか、撃破された者もいた。確かにF2型のザクはいい機体であるし、スペックの差を埋める戦法などいくらでもある。だが、それを反省せずに、新型の導入とは! 短慮すぎる者達の浅はかな考えだ。

 

「でもいーな」

 

直下がソファに倒れ込み、冗談めかして言った。

 

「何が?」

「だってガルバルディにゲルググJですよぉ? 乗ってみたいと思いませんか?」

「アンタにはカラー付きの高機動型ゲルググがあるじゃない」

「副長、もしかして小っちゃい頃は他人の新しい玩具には興味ない子でした?」

「うっとおしく自慢されなきゃ、気にしないわ」

「ああ、さいですか」

 

ゲルググJにガルバルディα。ジオンの後期MSでも最も高い位置に属するMSである。ガルバルディはその後のティターンズでも同系統の機体が作成され、ゲルググJなどはゲルググの中では最高の性能を誇ると言っていい。

 

性能だけなら、グフやギャンなど圧倒できる。無論、性能だけなら、の話だ。

 

「……知波単にやられた経験じゃあ、カウントされないんでしょうね」

「……そうね」

 

直下は皮肉っぽく言った。此処のところ、黒森峰の動向はおかしくなっていると暗に言っているようである。エリカもそれに同調せざるを得ないのが、口惜しかった。10連覇を達成できなかったあの日から、黒森峰は絶対に勝つための戦力を揃える努力を惜しまなくなったのだが、それがいつしか人材の育成を離れ、マシンスペックに比重を置くようになったと感じるのはエリカたちに限った話ではない。

 

前回の敗戦によって西住流の権威に多少なりとも傷がつき、その分家たちがこぞって調子に乗りだし、気が付けば上の三年生の中で派閥が出来上がっている始末。おかげで、余分な新型機が参入してきて、補給や整備に支障をきたし、慣れない機体で出撃されては、お守りまでさせられている。

 

「エリカさん、前回何機倒しました?」

「10機」

「私は7機です」

 

二人は同時に頭を抱えた。今年の黒森峰はエースたちが数多くいる、と評判だがエリカはそれこそがおかしな話だと思っている。撃墜数が多いエースと言えば、聞こえはいい。だが、戦闘の理想とは全員がことに当たり、無理な活躍をしなくていい状況下で優位に進めることであり、エースが多いとは即ち、そのエースに過剰な敵を相手にさせている状況を作り出していることなのだ。

 

「あーあ。ゲルググ乗ってF2相手に圧される黒森峰ですねぇ」

「見抜かれてなきゃいいわね」

 

連邦の白い悪魔など、その一例だ。ホワイトベース単艦で各地を突破しなくてはならないが故に大勢を相手しなくてはならなかったのだ。

 

 

普通に考えれば、知波単のザク隊相手に同数のゲルググがいて、ほんの数機ばかりが突出した戦績をはじきだすのがおかしい。

 

これが常勝黒森峰? 王者の戦いか? 指揮官の要望に応えず、勝手な機体ばかり増やしていく。宇宙を見上げれば、ガルバルディが飛んでいる。その光跡にエリカは何も見出せない。惹かれない光跡は虚しく、あの流れ星のような跡を出せるのは此処にはまほだけだ。

 

胸が締め付けられる。エリカは一抹の寂しさを覚えた。

 

「もっと綺麗な星を描けるのに……」

「副長は描けていますよ。まほさんに完ぺきに追従出来ているじゃあありませんか。綺麗な双子星ですよ」

「……そうかもね」

 

愛機のゲルググMを思う。初めて受け取ったゲルググは角もなく、指揮官用でもないゲルググMを誰かが言った。「角もないゲルググなんて」と「悪名高いゲルググMはアンタにピッタリよ」とも。

 

でも、エリカの脳裏には浮かぶ。「荒っぽいけど、粘り強い所がエリカさんらしい」と。一番、双子星と呼ばれるにふさわしい子の言葉が。

 

「エリカさんは……ずっとあの子に乗るんですよね?」

 

直下は砕けた口調で問う。

 

「当然よ」

 

エリカは即答した。

 

 




次回、訓練と聖グロメンバー達の意気込み等を描き、戦闘開始の予定です。
中々ドラマティックに、と出来ればいいのですが。

ご意見や感想、いつでもお待ちしてます。

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