動物とは基本、群れるものである。別にそれ自体は悪いことでは無い。生存本能に乗っ取った至極真っ当な行動だろう。群れの一部を犠牲に、その他大勢が救われる。それは子孫を残す、ひいては種の存続をはかるのなら間違っていない。けれどそれは独りでは生きることさえままならない弱者の行動であろう。
このように、群れるという行動は個にとって何の益ももたらさない。
しかしそれは先程も述べた通り、弱者の行動だ。しかもこの行動は、
誰の助けも必要とせず、依る辺無くして立ち、日々の努力を欠かさず、全てに備える。その姿勢は熊に通ずる物があるのでは無いか。
熊は徒党を組まず、ただ己の力で以て自らの生を掴み取る。独りで生きることに何の不安も感じてはいないのだ。自らの糧を自らの力で得る。それは当たり前のことだが、その当たり前を実行できるものなんてほとんど居ない。だが、その人間ができないことを熊のような孤独な動物達はいとも簡単にやってのける。
だとするなら、人はどんな動物よりも下等なのではないか。
結論を言おう。下等な人ではなく、熊になりたい。
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「誰が人間の生態について書けと言った」
「はあ」
ただ今、絶賛怒られ中である。何故かって?ノリと勢いで書いたレポートと提出用のレポートを間違えたのだよハッハッハッ。はぁ、めんどい。
「ていうか、先生って生物の講師じゃ無いでしょう」
「私は生徒指導の教員でもある。故に、君のレポートについて丸投げされたのだ」
「若手だから?」
「ふ、ははは、そうだ比企谷。私は若手だからな。はっはっはっ」
ちょろい。
「はぁ、まあそれはそれとしてだ。これのどこが野生動物の生態なんだ」
「はあ。大抵の人間はそんなもんでしょう。まあ若干ふざけながら書きましたが」
「……はぁ。第一君は群れることを悪のように書いているが……」
「先生も独りだから同士かと思ったんですが」
「……ほう。私のどこを見て独りだと言うのかね?」
「いえ、なんでもありません」
やばい。あの目は流石にしゃれにならん。本気で殺りに来てた。……先生に独身ネタ振らないようにしよう。まだ死にたくない。
「はぁ、まあもうこれについては良い。再提出だ」
「りょーかいっす」
もう用は済んだとばかりに職員室からさっさと出ようとするが、平塚先生に話しかけられてしまう。……んだよこちとら貴重な休み時間消費して来てやってんだぞ。あ、自業自得?そうっすね。
「そういえば、先日の依頼は解決したのかい?」
「ええまあ。本人は納得したみたいです」
「そうか。なら良かった。ところで君から見て、雪ノ下はどんな奴だ?」
ふむ。『どんな奴』、か。だとするなら答えは決まっている。
「不器用で危なっかしくて面白い奴、ですかね」
そう答えるが、その答えがよほど意外だったのか平塚先生は口をポカンと開け絶句している。おーい、せんせー。帰って来ーい。
「……はっ、いや何、少し君の答えが意外だったのでな」
そこまでおかしなこと言ったかね?……まあ会ってからほとんど経ってないのにこんなこと言い出したらおかしいわな。多分。知らんけど。
「……それで、どういう意味だい?」
「……知ってるでしょ、あいつの目標」
「あ、ああ」
「あいつが変えた世界を、見てみたいって思ったんすよ。……ま、要するに暇潰しです。では」
そのまま職員室を出て、アウェーである教室へと向かう。何故かは知らないが、面倒が起こると俺の勘が騒いでいた。
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チャイムが鳴り、四限が終わる。一気に弛緩した空気が漂い、ある者は購買に走り、またある者は机をがたがたと動かし昼食を広げる。田原だか小田だかがゲームの話で盛り上がる。金髪爽やか系イケメンと、金色のドリルを頭に装着した女王様を中心とするリア充(笑)が騒ぎ出す。
「今日は部活あるし無理かな……」
「えー、一日くらい良いっしょ。あ、今日ねサーティーワンがダブルで安いんだよ。あーしチョコとショコラのダブル食べたい」
「それどっちもチョコじゃん」
そんな突っ込みでも笑いが生まれる。些細なことで笑えるのは良いことなのかもしれないが、ここまで配慮に欠けた高笑いをされると煩い。というか由比ヶ浜、お前もそこのグループに居たのな。昨日の勢いはどうした、笑ってるつもりなのかもしれないが超笑顔がぎこちない。何かを話そうとしている様に見えるが、中々切り出せないようだ。うーん。期待はずれだったのか?あいつからは雪ノ下とは違う面白さを感じたが……俺の目も曇ったな。
「悪いけど、今日はパスな」
無駄に爽やかなリア王(笑)がやんわりと苦笑いをしながら断る。金髪ドリルはそれでもごねるが、リア王(笑)の発言を補強するように、茶髪にヘアバンドを装着した見るからにチャラい男が、
「俺ら、今年はまじで国立狙ってっから」
は?まじで?
何、こいつらってアホなの?頭の中お花畑すぎて笑える。本気で国立目指してる奴はそんな軽々しく国立国立言わないから。はぁ~、進学校ならレベルの低い人間も少ないかと思ったがそんなことは無かったようだ。まあ去年から分かってたが。
「くはっ……」
いやーもうね、俺凄いこと言ってるぜアピールが滑稽すぎてクソワロタ。ドヤ顔が面白すぎてウケる。
「それにさー、ゆみこ。あんまり食べ過ぎると後悔するぞ」
「あーしいくら食べても太らないし。あ~、やっぱ今日も食べまくるしか無いかー。ね、ユイ」
「あーあるある。マジで優美子スタイル良いよね~。でさ、あたしちょっと今日予定あるから……」
「だしょ?やっぱ今日食いまくるしかないでしょー」
金髪ドリルに追従するようにどっと笑いが起きる。けれどその笑いは後から付け足されたように空虚で、偽物だ。そんなつまらない奴達の会話でも、やたら声が大きいせいで聞こうとせずとも耳に入ってしまう。
そんな煩いリア充(笑)共の中で、リア王(笑)が誰からも好かれる笑顔を浮かべる。……ちっ、どこまでも気に入らん。
「食べ過ぎて腹壊すなよ」
「だーかーらー、いくら食べても平気なの。太んないし。ね、ユイ」
「やー、優美子ホント神スタイルだよねー。脚とかすっごいきれい。で、あたし用が……」
「えー、そうかなー、雪ノ下さん?て子のほうがやばくない?」
自分を必ず肯定する存在に囲まれた中で、あえて群れの外の人間を褒める。そうすることで更に自分を肯定させ、自尊心を満たすのだ。実に下らない。
「あー、確かにゆきのんはやば」
「……………………………………………………」
「あ、でも優美子のほうが華やかというか……」
金髪ドリルが眉をピクッと動かすと、それを察知した由比ヶ浜がすぐにフォローをする。……なんかもうね、由比ヶ浜が可哀想になってきた。
だがそのフォローでも女王の機嫌は取り戻せなかったらしく、目がますます細められる。するとその緊迫した空気を察したのか、リア王(笑)が、
「ま、良いんじゃない。俺も部活の後なら付き合うよ」
とフォローを更に入れる。こうまでせにゃならんとはリア充というのは相当に面倒くさいものだ。だがそのお陰で女王の機嫌も直ったようで、「おっけ、じやあ後でメールして」などと何事もなかったかのように振る舞う。ひとまず由比ヶ浜の発言は流されたようだ。
と、由比ヶ浜と目が合う。すると由比ヶ浜は何かを決意するかのように深呼吸をする。
「あ、あの、あたし今日行くとこあると言うか……」
「あ、そーなん。じゃ飲み物買ってきてよ。レモンティー。あーし今日パンだしお茶無いときついじゃん?」
「あ、や、それはどーだろーというか、あたしお昼まるまる居ないからそれはどーだろーというか……」
すると、金髪ドリルの顔が硬直する。まるで飼い犬に噛まれた様な表情だ。……益々気に入らねぇ。
「は?ちょ、それ何?ユイこの前もそんなこと言って放課後バックレたじゃん。最近付き合い悪くない?」
「やーそれはやむにやまれずというか、私事で恐縮ですというか……」
どこのリーマンだお前は。だがそんなしどろもどろのはっきりしない答えが火に油を注ぐことになったようだ。
「あんさー、それじゃ分かんないから。あーしら友達でしょ?そういう隠し事?とか、良くなくない?」
由比ヶ浜はしゅんと俯いてしまう。金髪ドリルの言っていることは字面だけ見れば綺麗だが、その実強要でしかない。友達である以上隠し事をしてはならない、それができないなら友達ではない。そう声高に主張しているのだ。……本当にここ進学校かよ。人間としてのレベルが低すぎやしませんかね。
「ごめん……」
下を向いていた由比ヶ浜は恐る恐る口にする。
「だーかーらー、ごめんじゃなくて。何か言いたいことあるんでしょ?」
そう言われて言える奴なんか俺ぐらいだ。こんなのは会話がしたいのではなく、ただ攻撃したいだけなのだ。
「あんさーユイのために言うけど、ユイのそのはっきりしない態度、結構イラッとくんだよね」
爪で机をカツカツしながら、なおも金髪ドリルは吠える。……あー、うるせー。ここまで教室静かにしたんだから最後まで静かにしてろよ。つーかそれ、由比ヶ浜のためとか言ってるが、ただ攻撃したいだけだろ。まじで人として恥ずかしくないのかね。
さて、もしかしなくても由比ヶ浜の用事とは雪ノ下との昼食だろう。雪ノ下の性格からして、そろそろ時間に遅れた由比ヶ浜を呼びに来るはずだが……俺も攻撃しなきゃ気が済まんな。
そういうわけで、攻撃開始。