心を殺した少年   作:カモシカ

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今回で原作二巻分終了!

ちょっと短めです。


心を殺した少年は、職場見学へと赴く。

 テスト期間が終了し、やって来た月曜日。その放課後。なんか葉山に負けるのも癪だったのでちょっと点数上げて学年二位に躍り出てみた。というかもしかしたら一位かもなーなんて思ってたら雪ノ下が普通に一位取ってた。

 

「ヒッキー!順位三つ上がったー!」

 

 そして休み時間ごとに報告に来ていた由比ヶ浜が学年順位上昇に歓喜している。元がほぼほぼ底辺みたいなもんなんだから三つ上がったところでそこまで喜んで良いのか。全くもって疑問である。

 

「おー、そりゃ良かったなー」

 

 という訳でまずは由比ヶ浜が本心から俺に関わっているのか判断するべく観察をする。その一環として勉強会なんかにも参加してやった。

 

 観察の結果、少なくとも嫌々参加している感じはしなかった。まあ俺が見破れないほど仮面が分厚いという可能性はあるが、それを疑いだしたらキリがない。そもそも俺とて観察しただけで全てを見破れる筈がないのだ。人間(?)だし。結局ハテナマークが入ると言う。

 

 

 

 所変わって職場見学当日。

 

 ほぼほぼクラス全員を引き連れた葉山は相変わらずリア王(笑)である。デュフフ。

 

 とはいえこの見学自体は特に退屈しないと思われる。機械って何か滑稽だよな。見てて面白い。

 

 ────────

 ────

 ──

 ─

 

 ……はっ!あ、ありのまま今起こった事を話すぜ。ガシャンガシャン動く機械を心の中で社畜扱いしていたらいつの間にか解散していた。何を言ってるか分からないだろうが俺も分からん。要するに置いてかれました。いやまあステルス全開だったから仕方がないと言えば仕方がないが。

 

「おーい、ヒッキー」

「……由比ヶ浜」

「一人でなにやってんの。もう皆行っちゃったよ」

「……由比ヶ浜は優しいんだな」

「え、えへへぇ、そうかなー?」

 

 由比ヶ浜ははにかんだ笑顔を見せる。どうにも信じられないが、これが俺への罪悪感からきた気遣いなのだとすれば大したものではないか。

 ──だからこそ、確かめる必要がある。俺のためにも、由比ヶ浜のためにも。

 

「あの時のクッキー、だれに上げたんだ?……犬でも助けてくれたやつにか?」

「……ヒッキー、それって……」

 

 笑顔を浮かべていた由比ヶ浜の表情が固まる。

 

「……なあ、お前は別に俺を気遣う必要は無い。無理して優しくしてるんなら今すぐやめろ」

「そんなこと!」

 

 涙を湛えた目でキッとこちらを睨んでくる。それを俺は無表情で受け入れる。

 どんな答えを出そうとそれは由比ヶ浜の自由だ。俺との関わりを断つも良し。これまで通りに関わるも良し。自分の責任で、己の判断で選んだのなら文句なんて無い。

 

「……まあ、今すぐでなくて良い。これまで通りでも良いし、もう俺に関わりたくないならそうしてくれ。俺は人を気遣うなんて出来ないんでな」

 

 怒りからか、はたまた別の感情からか、顔を真っ赤に染めて固まってしまった由比ヶ浜を置いてさっさと立ち去る。

 

 俺は結局、何を演じようと、狂人でしか無いのだから。

 

 

 

 

 ****

 

 

 

 

 さて、ここらで一度、比企谷八幡という人間について話をしたいと思う。

 

 幼少期は愛を知らぬまま育ち、少年期には絶望を知り、拒絶を経験し、暴力を経験し、裏切られ、理不尽の中に生きていた。

 

 だが、少年は不思議なことに、壊れること無く育った。少なくとも表面上は。

 

 ならば、少年が自覚している狂気とは何なのか。心は壊れたのでは無かったのか。

 

 それは彼にも分からない。そも、本人がそれを自覚していないのだ。……正確には、自覚できないのだが。

 

 それ程に彼の精神構造は歪だ。

 

 彼の心は一度死んだ。それは疑いようのない事実である。

 

 ならば、彼が今感じている感情は偽物であるのか。

 それはまた違う。彼の感情は確かに本物だ。それもまた事実の一端。されど、彼の心は一度完全に壊れた。

 

 狂気。

 

 幼かった彼の心は、壊れきった先にそれに取り憑かれた。だが彼はそれに全てを任せることを良しとしなかった。それが妹への愛ゆえか、未だ世界を信じていたのか。それは彼にしか分からない。

 

 結論として、彼は狂気を理性で抑えることにした。

 言うのは簡単だが、実際には生半可な事ではない。だが彼はそれを成し遂げた。理性の鎖で狂気を縛り、理性の楔で己を縛り、理性でもって己を守る鎧とした。結果産まれたのが今の比企谷八幡だ。

 意識的に肉体の枷を操り、『人』という種の限界へと迫る明らかな『人外』。『人』の身では到れない境地へと、彼は至ってしまった。

 それは幸か。それは不幸か。それは救いか。それは希望か。それは終焉か。それは絶望か。

 

 あるいは、彼はこの世に存在してはならないとでも言うのか。それは誰にも分からない。

 分かるのは、彼は世界に徹底的なまでに拒絶されて生きてきたという事。それに対抗する力を手に入れたのは、彼にとって喜ぶべき事なのか。或いは嘆くべき事なのか。

 

 そして、彼は何が為に狂気に抗ったのか。一体何が彼をそうさせたのか。

 

 

 

 それは誰にも分からない。


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