「千葉市内でエンジェルと名のつく店は二つ。メイド喫茶とホテル・ロイヤルオークラのバーだ。そしてそのどちらかの店の店長から電話が掛かってきた……と」
「は、はい。そうっす」
毒虫の登場により殺気増し増しだった俺は、小町成分を大量摂取することで落ち着きを取り戻し毒虫に提示された情報を纏める。
この二つの中なら十中八九ロイヤルオークラのバーだろう。毒虫から聞く感じ真面目でちょっと怖い系(笑)の女子みたいだし。それに高級ホテルのバーのほうがメイド喫茶よりも学校関係者に会う可能性が低いはずだ。深夜のバイトなんてことをやる奴でも其くらいの計算は出来る。きっと。
「なら、その二つを当たってみる?」
「いやいや、普通に考えてメイド喫茶は無いだろ。材木座みたいなやつも居るし、学校関係者に会う確率がバーと比べて高すぎる」
「そうね。誠に遺憾ながら私も比企谷くんと同じ意見だわ」
遺憾の意を表されてしまったが、この程度事情を聞いて情報を集めれば誰にだって出来る推理だ。由比ヶ浜?さあな。
「んー?結局そこに行くってことで良いの?」
話に全くついてくることが出来なくなっていた由比ヶ浜がお得意の空気読みを発揮して確認を取ってくる。ずーっとぽかーんと話を聞いていただけで分かるなら空気読みって凄い。俺もやってみようかな。いやあれは『普通』の感性を持っているから実現するのだ。感情のほとんどを遠い過去にかなぐり捨ててきた俺に出来る筈が無い。
「ええ。そういうことになるわ」
「おい川崎大志。お前姉ちゃんの出勤状況分かるか?」
「え、えーーっと……」
「ちょっとお兄ちゃん睨むの止めて上げて。結構怖いから」
「え、あ、おう。すまん」
俺は別に睨んだつもりは無いが、小町の言うことは絶対である。
「それで大志くん。結局お姉ちゃんのシフト分かるの?」
アホの子もとい由比ヶ浜が毒虫に話しかけている。毒虫は何故か顔を赤くし、目に見えて落ち着きを無くし始めた。最初から落ち着いていなかったという意見もある。
「あ、え、えっと、流石に毎日って程じゃ無いんすけど……先週とシフトが変わってなければ明日と明後日はあるはずっすよ」
「そう。なら明日、都合が悪いなら明後日にそこに行きましょうか」
「あたしはどっちでも大丈夫だよー」
「そう。なら明日で良いかしら?」
雪ノ下が由比ヶ浜に確認を取っているのだが、俺を忘れているのはわざとだろうか。故意にせよナチュラルに忘れているにせよ、俺が予定を確認され無かったことは確かである。
****
俺の事情を一切加味すること無く訪れた当日。元々俺に予定なんて無かったという説もある。
俺はこれまで全く使うこと無く貯めていた金で高級ホテルに相応しい服を買い、去年の誕生日に小町に貰った伊達眼鏡を装着し、ホテル・ロイヤルオークラのエントランス前で由比ヶ浜と雪ノ下を待っている。
小町いわく俺の死にきった目も眼鏡によって目付きが悪い位に緩和され、髪をオールバックにした姿はさしずめインテリヤクザだと言う。いやインテリヤクザとか知らんけど。
実際さっきからちらちら通行人に見られている。ホテルの前にヤクザが居るとか通報されないと良いが。
「……あ、あの」
「あ?」
そんなことを考えながら待っていると、おどおどした声で話しかけられる。……そんな怖いなら話しかけなければ良いのに。
「わ、わわ、ホントにヒッキーだ」
「……由比ヶ浜か」
と思ったら由比ヶ浜だった。
はーとかほーとか言ってる由比ヶ浜を一先ず置いておき、突っ込みどころ満載の服装を見る。
髪型は相変わらずのお団子。まあそれは良い。
お気に入りなのかいつも首にかけているハート型のネックレス。まあこれも許容範囲だろう。
だがこの服装はどうなのか。
胸元を強調し生足を晒す所謂ナウでヤングな感じのファッションである。知らんけど。というかビッチ臭がスゴい。そしてこいつの場違い感がパない。高級ホテルに明らか一般人の見た目ビッチが居るという状況だ。
「……お前雪ノ下の話聞いてた?」
「え?大人っぽい服でしょ?」
「あっそ。じゃあお前はそれで入れ。俺とはタイミングずらして」
「え、何かあたしダメだった?」
と、人の言葉を正しく理解できない程にアホだったのかと由比ヶ浜に戦慄していると
「ごめんなさい。少し遅れたかしら」
俺の予定も聞かず作戦を立てた張本人が颯爽と現れた。
上品なドレスに身を包み堂々と歩いてくる。その姿に由比ヶ浜はぼうっと見惚れ、いつもならゆきのーんと騒ぎながら抱きつくのだろうが今は大人しくなっている。俺?狂人に美しさが理解できる筈がないだろう。
「いや、時間は別に大丈夫だ。それより由比ヶ浜をどうにかしてくれ」
由比ヶ浜の方を顎で指し、雪ノ下に問題を伝える。するとそれで理解したのか一つ溜め息を吐き、由比ヶ浜に話しかけた。
「由比ヶ浜さん。大人しめの服、と伝えた筈なのだけれど?」
「え、大人っぽい服じゃないの」
「ええ。これから行くところはそんな軽薄な格好で入れる場所では無いもの」
「けーはく?」
由比ヶ浜の発音は怪しかったが事態は理解したようである。
そしてそのまま由比ヶ浜は言われるがまま雪ノ下宅へと連れていかれた。雪ノ下の家にはそういった類いの衣装も割とたくさん有るのだそうだ。それが何を意味するのかは……いや、俺にとってはどうでも良いことだな。
****
雪ノ下と由比ヶ浜をエスコート(笑)しながらバーに入る。静かな雰囲気の中、何だかよく分からない洋楽が流れていて俺のような中流階級の人間が入る世界ではない。もちろんファミレスよろしく何名様ですか何て聞かれることもなく静かに案内され、川崎のカウンターに座ることが出来た。
目の前には此方を見ることもなく黙々とグラスを磨いている川崎が居る。
「さて、川崎沙希。家族に心配かけるとは感心しねぇなぁ」
さあ、楽しい楽しい
週一投稿?
…………ごめんなさい。