心を殺した少年   作:カモシカ

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心を殺した少年は、リア王(笑)の評価を少しだけ改める。

「……それで、いつ頃からそのメールは出回っているのかしら」

 

 俺が雪ノ下の純粋すぎる怒りに密かに恐怖していると、雪ノ下が葉山(笑)と由比ヶ浜から情報を聞き出していた。

 

「先週末くらいから。だよな、結衣」

 

 前から思ってたけど何でこうもリア充(笑)ってやつらはお友だち(笑)を名前で呼び捨てできるんだろうな。心の底から信じているわけでも、実際の心の距離がそこまで近いわけでもなかろうに。まあ俺にはどうでも良いことだが。

 

「うん。確かそのぐらい」

「そのころ、何か変わったことは無かったかしら。もしくは変わった行動をしていた人は」

 

 雪ノ下はそこで俺の方をちらっと見る。それによって俺のハイドレートが少しずつ下がる……ようなデスゲーム染みたことはことは無いが、俺のステルスは元から 俺のことを認識している人には無意味らしい。初めて知った。 ところで雪ノ下がそこで言葉を切ったのは俺が変わった行動をしていると言いたいんでしょうか。

 

「……特に無かったよな」

「うーん。あたしも特に心当たりは無いなー」

 

 おお。由比ヶ浜は心当たりなんて言葉知ってたんだな。超意外。どうでもいいが。と思っていたら由比ヶ浜がむぅっとした顔でこちらを軽く睨む。エスパーか よ……。

  おい、さっさと雪ノ下の方向け。葉山に気づかれでもしたら……

 

「ヒ、ヒキタニくん!?いったいいつからそこに居たんだい!?」

 

 あーあーめんどくさい。なんでいちいちお前みたいなリア充(笑)ってやつは声が大きいんですかねー。いきなり大声出すから耳が痛いだろ。ていうかこれまでステ ルスステルス言ってたがこの至近距離で気付かれないとか俺のステルスちょっと高性能すぎやしません?そして俺はヒキガヤだ。

 

「いや、お前が入ってきたときから居たから。むしろよく気付かなかったな」

 

 俺よりは葉山の方が少しだけ背が高いので、俺が葉山を見ようとすると自然と上目遣いのような格好になってしまう。そうすると俺が葉山を下から睨んでいるよ うな構図になるのである。そして俺の目はご存じの通り死んでいる。この目で睨まれるとかなり怖いらしいのだ。平塚先生が言っていた。俺は睨んだつもりないのにな……

 

「い、いや、あの」

 

 そしてそれはリア王(笑)にも有効らしい。笑顔をひきつらせ、いまにも逃げ出したいという考えが伝わる。 なにこいつ、さっきからキョドりすぎて超面白い。まあ別に取って食おうって訳ではないからそこまで怖がられるのもこちらとしては不本意だ。

 

「まあまあ落ち着け葉山(笑)。別にお前なんざ態々潰そうとは思わないからそんな怖がるな」

 

 これはどう考えても挑発でしか無いが、あの睨みの前でひきつりながらも笑っていられる程度には度胸がある葉山の事だ。さらっと笑って無難に流すのだろう。

 

 

「あ、あはは、それは安心だ……」

 

 上目遣い(死んだ眼で睨む)をやめて少し微笑んで見せるとすぐに緊張を解き、教室で見せるものと

 

 

まったく同じ

 笑顔を見せてくる。それを理解するなど俺には到底出来ず、しかし少し面白そうではある。昼休みの一件、そしてテニス試合。こいつは俺にとってつまらない奴だとしか映らなかったが、案外隠れた面白味があるのかもしれない。別に積極的に関わろうとは思わないが、こいつはこいつで面白そうだし壊さないでも良いな。めんどいし。 …………なんだろう。今ものすごく嫌な波動を感じた。なんか腐ってそうな気配だ。どんな気配だよ。

 

「……」

 

 いや、深く考えるのはよそう。俺にとって何の益もなさそうだ。

 

「……もう、いいかしら」

 

 律儀にも待っていてくれたらしい雪ノ下が、呆れたとでも言いたげな目を向けながら尋ねてきた。

 こちらとしてもあれ以上続ける意味も意思もやる気も無かったのでこれ幸いと頷く。そして葉山も同じく頷きを返す。まあリア充(笑)である葉山にとってあの沈黙は苦行だったのかもしれない。だってこいつらいっつも喋ってて煩いんだもの……

 

「……それで、一応あなたにも聞いておくわ。先週末、何かあったかしら」

 

 態々一応をつける必要あるんですかね雪ノ下さん?もしかして俺を傷つけるためだけにそんな言い方をしてしまうん?

 何て下らないことを考えていると雪ノ下が睨んできたので真面目に考える。……先週末、先週末かー。とするとつい最近なわけで。最近あった、それでいてチェーンメールなどというものが出回りうるようなことというと、

 

「……職場見学、とかか?」

 

 確か三人一組で回るとか言ってたような気がしないでもないような気がするような……

 

「あー、それだよそれ。グループ決めのせいだよ。こういうグループを決めるやつは後の関係に響くからね~。ナイーブになる人もいるんだよ~」

 

 そういうもんか?俺はそういうイベントの時は同じグループのやつらに迷惑をかけないように休んでたし、そもそも最初からクラスの人数にカウントされなかったりしてたからな。俺にはまったく分からん。というかその程度の出来事で変わってしまうような関係に縋る意味はあるのかね。まぁ昔はそんな関係でも羨ましかったが。……やめよう。変なこと思い出しちまう。

 

「確か職場見学は三人で一グループだったわよね」

「それで葉山のグループから一人外そうって訳か。けっ、下らねぇ」

 

 その程度の理由で下らない争いをし、無駄な憎しみをばらまき、不用意に傷つける。どれだけ人間というのは醜いのだろう。

 そして俺がその一員であることは俺自身が良く分かっているし、自分だけが特別正しいなんて思っちゃいない。寧ろ俺は悪の側の人間だ。だからこそ、己の安寧を守るためにこんな行動をしたのだと言われれば俺は否定するつもりは無い。それが悪に生き、狂気に堕ちた俺の譲れない自分ルール。それは俺を”人間”に繋ぎ止める杭だ。明らかに常人を逸脱している俺は、己さえも裏切ってしまえば簡単に狂ったバケモノになるだろう。

 けれど、だからこそ、俺は下らないと断じる。別に無関係なクラスメート(笑)を巻き込むなとは言わない。自分だけで決着をつけろとも言わない。

 ただ、虚しいのだ。雪ノ下に由比ヶ浜、材木座に戸塚。そういった強くて弱い、面白い連中がここには居る。だというのに相も変わらずそんな下らないことをするやつがいる。それがただただ虚しくて、哀しいのだ。

 

「では、そのグループの中に犯人が居ると思っていいわね」

「ちょ、ちょっと待ってくれ。俺はあの三人の中に犯人が居るとは思いたくない。そもそもあいつらを悪く言う内容なんだぜ、あいつらは違うんじゃないか?」

 

 そんな俺らしくもない考えに浸っていると、葉山がまた妄言を吐き出す。普通なら友達にかかった容疑を晴らそうとする葉山くん……きゅんっ、となるのかもしれないが俺からしたら最早不気味だ。何がここまで葉山に『良いやつ』を演じさせるのか。葉山のこととか正直どうでも良いが、ああも露骨に同じ仮面を被られると気になるものである。

 まぁ妄言には違いないので切り捨てるが。

 

「そんなん自分に疑いがかからないようにするために決まってんだろ。もっとも、俺なら誰か一人だけ悪く言わないでそいつに罪を被せるがな」

 

 ホント、今回の犯人さんやる気あんのかね?こういうことに慣れてないのか、それとも根はそこまで悪に染まってないのか。そのどっちもなのか、はたまた別の意味があるのかは本人にしか分からないが。

 

「ヒッキーすこぶるサイテーだ……」

「さすがは比企谷くんね……」

「はっはっは、褒めるな褒めるな」

「「褒めてない」」

 

 わーお息ぴったり。さすがいつも抱き合ってるお二人だ。そのうちココロもコネクトするんでないの?

 何て俺たちが下らない掛け合いをしている間、葉山は対照的に暗い顔をしていた。おいおい、仮面もここまでくると立派だな。

 

「はぁ、まあいいわ……それで葉山くん、その三人について教えてくれるかしら」

 

 雪ノ下はメモ帳とペンを取りだし、葉山にチェーンメールに書かれていた三人の説明をさせる。何か雪ノ下がやると警察の事情聴取に見える。まぁ事情聴取なんて見たこと無いけど。

 

「えっと、まず戸部は見た目は悪そうに見えるけど、一番ノリの良いムードメーカーだな。イベント事でも積極的に動いて皆を盛り上げてくれる。良いやつだよ」

「騒ぐだけしか能がないお調子者……っと。どうしたの、続けて」

 

 す、すげえ。葉山の美化のしかたもすげえが、雪ノ下の翻訳も酷い。色々酷い。というかお互いの見方が穿ち過ぎて情報としての価値が全く無い。まぁ面白そうだし止めないが。

 

「や、大和は、寡黙だけどその分人の話を聞いてくれる。ゆっくりマイペースで、接する人に安らぎを与えてくれる。良いやつだよ」

「反応が鈍い上に優柔不断、と」

 

 いやぁ雪ノ下さん、あんたもしかして俺より性根が腐ってるんでねぇの。え?お前ほどじゃない?そっすね。

 

「……大岡は、人懐っこくて、いつも誰かの味方をしてくれる。良いや―」

「人の顔色を伺う風見鶏、と」

 

 いや、せめて最後まで言わせてあげよう。葉山も由比ヶ浜も若干引いてるぞ。まぁ俺も雪ノ下と同じような脳内変換してたから人のこととか言えないけど。

 

「誰が犯人でもおかしくないわね。葉山くんの話ではあまり参考にならないわ」

 

 まぁ葉山には最初からそこまで期待してなかったから良いんだが。そもそも葉山は三人を擁護する立場で、対する雪ノ下は三人の中から犯人を炙り出そうとする立場。対極に偏った二人の間での情報では、客観的な事実が含まれていないだろう。それでは全く意味がない。

 

「あなたたちはどう思う?」

 

 葉山からの情報をばっさり切り捨てた雪ノ下は、今度は俺と由比ヶ浜に意見を求めてくる。だから俺そいつら知らねぇの……

 

「え?どうと言われてもな……」

「俺その三人知らねぇし」

「あんなことをしておいて良く言うよ……」

 

 葉山がぼそりと俺に対して文句のような言葉を放つ。葉山が言ってるのは三浦(笑)の手を捻り上げた時のことか、はたまたテニスの時のことか。まぁどっちでもいいけど。

 思わず出てしまった言葉なのだろうか。葉山はハッとした顔になるも、俺が聞こえてない振りをしていたためにほっと胸を撫で下ろしていた。何かイラッと来たので一瞬だけ殺気を葉山に放つ。

 ……あ、びくってなった。冷や汗流してるし。よし、これからも授業中とかに殺気を送ってやろう。しかも指名されてるときとかに。なにそれ超面白そう。

 

「なら、調べてもらっていいかしら」

「……う、うん」

 

 由比ヶ浜は気乗りがしないのか、表情を暗くして苦笑いをする。

 

「……ごめんなさい。あまり気持ちの良いものでは無いわね」

 

 まぁ一応は同じグループのお友だち(笑)のことだ。心情的にも状況的にも聞きやすいものでは無いだろう。

 

「俺がやるよ。由比ヶ浜や葉山じゃやりにくいだろうしな。時間をかけるわけにも行かないだろうし」

 

 まぁ俺が聞き込み調査をしても、誰?とか言われるか逃げられるかのどちらかなんだがな。

 

「……少し心配だけれど、そうも言ってられないわね」

「はーい!あたしも、あたしもやる!」

 

 由比ヶ浜は元気に手を挙げ先程の暗い表情はどこへやら、明るい笑顔を見せる。

 

「それに、ゆきのんのお願いなら聞かないわけにはいかないしね!」

「そ、そう」

 

 と、雪ノ下は一見素っ気なく言い放つも、由比ヶ浜に言われたことが嬉しかったのか耳は赤くなり視線はゆらゆらと揺れて落ち着かない。ほんとうちの女子二人はお互いが好きすぎて困る。悪いことではないのだが、自分の目の前でやられると居心地が悪い。べ、べつに入れてもらいたいなんて思ってないんだからね!?……おぇ。キモい。

 

「仲が良いんだな」

 

 その後も、がんばるね、とか言いながら由比ヶ浜が雪ノ下に抱きついたり、それによって雪ノ下がさらに赤くなったりしているのを見た葉山が突然言った。

 その呟きにどんな意図があったのか、何を思ってそんなことを口走ったのか、そんなものは本人しか知り得ない。

 けれど俺には、悲壮感漂う呟きに聞こえてならなかったし、葉山が自分とそれ以外で線引きをしたようにも思える。

 

「あいつらは、な」

「……そうか」

 

 そして俺もまた、面白いだの強くなれだのつまらないだのと言って関わってはいるが、心のどこかではやはり独りなのだと認識している。それは過去の経験から作られた防衛方法で、そして俺の狂気を否応なく縛り付ける鎖でもある。いつかは彼女らのように、お互いを好きでいられて、仲が良くて、理解し合える関係が欲しいなんて、そんな世迷いごとを掲げたりもした。けれど俺の中に狂気が住み着き、性格が壊れ、脳が壊れ、心が壊れ、希望は消えた。救いは霧散した。俺は独りでいなければならない。狂気を持つのは己一人で構わない。

 

 だから俺は、やっぱり独りだ。


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