心を殺した少年   作:カモシカ

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心を殺した少年は、テニスにて無双する。

 ダンッ!

 

「え?」

 

 俺が放ったサーブは葉山と三浦の間を通り抜け、ラインギリギリのところでバウンドし、そのままフェンスに突き刺さる。時速百八十キロに届くかどうかという程度ではあるが、これは充分プロレベルである。

 

「フィ、15―0(フィフティーン ラブ)

 

 審判をしている戸塚の声が聞こえる。そして葉山の試合を見に来ていた取り巻きたちが静まる。テニスをやっていたやつなら、今の球速を俺が出していることがどれだけおかしいことなのか分かるだろう。しかも俺はまだ本気ではない。

 

「おい、さっさと続きしようぜ」

 

 歪んだ笑みを浮かべ、固まってしまった葉山と三浦に声をかける。どうやらあの日の昼休みの恐怖を今さら思い出したようだ。

 素人テニスなので、サーブは一回ずつ交互に打つ。ちなみに三ゲームとったほうの勝ちである。

 

「はっ、案外やるじゃん。けど勝つのはあーしだから」

「おう。精々頑張れ」

 

 一々三浦を煽っていく。三浦は単純ゆえに頭に血が昇りやすく、俺としても御しやすい。

 すると三浦は何を思ったかにやっと笑い、

 

「あーし手加減苦手だから。当たっちゃったらごめんね?」

 

 うわー予告危険球だー。俺初めて言われたよ。言ったことは何度かあるけど。

 

「安心しろ。俺は手ぇ抜いてやってやるから」

 

 挑発に挑発で返した瞬間、三浦の手が瞬いた。次の瞬間、俺はすぐさま着弾点を予測して駆ける。そして俺が予測したところにボールが来る。何とかボールに食らいつき、力任せに振り抜く。が、少し反応が遅れたためコースが甘くなってしまった。そしてそれを見逃す葉山ではなく、揺さぶるように俺が居る逆側に打ち返す。しかし俺とてそのぐらいの予測はしている。今度は難なく追い付き、最初と同じく豪速球で返して点を取る。

 

30―0(サーティ ラブ)

 

「惜しいっ!」

「でも結構いい勝負じゃね?」

 

 そんな声が外野から聞こえる。まあまあまあ、確かにあいつのサーブは速かった。それは認めよう。だがしかし、俺はいい勝負になんかしない。これはあくまで俺の一方的な蹂躙劇だ。そこにいい勝負なんて必要ない。そして俺はまだ、全力にはほど遠い力しか使っていない。けれどあの球速は厄介だ。三浦の球速に対応するには、三浦の球速を落とすか、三浦の球速を簡単に認識できるようにする必要がある。前者はやりようがないので、俺は後者を選択する。

 具体的には動体視力を強化する。普通の人間はそんなことをこの数秒でできる筈がない。しかしそれはあくまで『普通』の人間の話。対して俺は狂人で、それは単に性格がおかしいという訳ではない。俺は脳までおかしいのだ。狂っている、というべきか。普通の人間は、脳がリミッターをかけて自分の体を守っている。筋力を最大まで使うと筋肉が崩壊するからである。しかもそれは筋力に限った話ではない。五感にも記憶力にも思考力にもリミッターは存在する。

 そして俺はそれらのリミッターを()()()()()()

のだ。なぜこんなことが出来るのか俺には分からない。気づいたら出来るようになっていた。しかし脳がリミッターをかけているのは体を守るため。だからそれを外すなんてことはおいそれと出来るものではない。全力なんか出した日には多分死ぬ。

 なので俺は、五感の中の視力のリミッターを少しだけ外す。これで俺は銃弾を見切るぐらいの動体視力を手に入れる。

 

「はっ」

 

 そんなことをしながら、俺はサーブを打つ。今度はさっきよりも緩いサーブである。それを好機と見て三浦がボールに向かっていく。動体視力を強化したお陰で三浦の動きも確実に捉える。そして三浦はさっきのサーブよりも幾分か速く球を打つ。確かにさっきの俺がギリギリ対応した速度よりも速い球を打てば、俺から点は取れただろう。だがしかし、それはあくまでさっきの俺が対応できない球である。そして弾丸すら見切るほどの動体視力をもってすれば、その程度の球など止まっているに等しい。

 分割され、伸びて行く時間の中で、俺はラケットが振られ始めた瞬間に着弾地点を予測して走る。伸長された体感時間の中では全てがスローで、己が走る速ささえもひどく遅く感じる。

 そして俺は難なく三浦の返球に対応し、再びラインギリギリのところに球を撃ち込む。

 

40―0(フォーティ ラブ)

 

 戸塚がまたしても俺の得点を告げる。それを聞いたギャラリーにはざわめきが広がり、葉山と三浦には焦りが浮かぶ。

 そこからは一方的だった。本気を出した葉山と三浦に対応するため俺も筋力のリミッターを僅かに外し、更に球速を上げる。三浦が全力で打ったサーブはすぐさま時速二百キロで返し、葉山が何とか食らいついたボールはラインギリギリにゆっくり落とす。そして余裕の表情で二人を見る。そして三浦がそれに逆上し、ミスが増えていく。

 そして時は進み、俺は二ゲームと三ポイントを取っていた。このままでも勝てるが、生憎と俺はそんなに優しくない。

 というわけである提案をする。

 

「おい、葉山」

「はぁ……はぁ……な、何だい」

「お前の言う通り、良い練習になったよ。審判の。だからこのまま引き分けにしてやってもいいぞ?」

「はぁ!?何それ、ふざけんのもたいがいにしろし!……げほっ、ごほっ」

 

 たくさん動いた後にいきなり大声を出したからか、三浦がむせている。

 

「おっと失礼。別にふざけたつもりは無いがそう見えたんなら謝る。けどよ、その前に葉山、三浦、お前は戸塚に言うことがあるんじゃねえのか?」

「「は?」」

 

 おうおう。マジでお前分かってなかったのな。

 

「いやね、三浦はともかくお前は運動部でしかも国立狙うなんていってるのに、なんで強くなりたいって言ってるやつの練習にずかずかと入ってこれるんだろうな」

「い、いや、それは」

「お前がやったことをお前に置き換えるとこうだ。『お、葉山。サッカーやってんじゃん。俺も入れてよ。……え?練習中?じゃあ俺が付き合ってやるから試合させろよ。俺とやったほうがお前のためになるって』と、そんなことをお前らは戸塚にしたわけだ」

「「…………」」

 

 二人は俺の言葉を理解したのかしていないのか、少なくとも葉山は理解したようで沈痛な面持ちで俯いている。逆に三浦は親の仇でも見るかのような目で睨んでくる。

 そしてそのまま二人とも動かない。その空気に飲まれ、ギャラリーも由比ヶ浜たちも喋れないし動けない。

 

「……そうか」

 

 俺は二人が謝ることも出来ないことに完全に失望し、なら終わらせようと思い、ボールを二メートルほど上に上げる。そして一瞬だけ筋力のリミッターを五十パーセントまで解放し、全力でラケットを振り下ろす。とてつもないエネルギーを加えられたボールは一瞬たわみ、凄まじい速度でコートに落ちる。それはコートを抉り、土煙を上げながらバウンドしてフェンスに穴を開ける。

 

「……げ、ゲーム、セット」

 

 戸塚の試合終了を告げる声は、静かなテニスコートでは、やけに大きく聞こえた。

 

 

 

  ****

 

 

 

「やー、今日のヒッキーすごかったねー」

「うんうん。比企谷くんって本当にテニス強いんだね」

「ゴラムゴラム。激しく同意っ!して八幡よ。何をしたらあんなに強くなれるのだ?」

「んなことねぇよ。後材木座近い。離れろ暑苦しい」

「まったく。勝手なことをしないでもらえるかしら」

「それはホントにすみません」

 

 俺たちは放課後、奉仕部にて反省会を開いていた。内容は雪ノ下への俺のやらかしたことの報告。そして雪ノ下による俺へのお説教である。どうやら一人だけ仲間外れにされたのが悔しいようである。

 

「それで、勝手なことをしたからには徹底的に叩き潰したんでしょうね」

「おう。その点は抜かり無く。葉山たちには一点も取らせずに、一方的な試合でトラウマを刻み込んでやった」

「よろしい」

 

 そして俺と雪ノ下はニタァと笑う。なぜかは知らないが雪ノ下も葉山のことは嫌いらしい。そういえば葉山って弁護士が雪ノ下建設の顧問弁護士だったか。もしやその繋がり?まあ確証は無いが。そもそも葉山がその弁護士の子供かなんて知らないし知りたくもない。

 

「ゆきのん、ヒッキー、何か怖いよ……」

 

 由比ヶ浜にツッコミを入れられ、雪ノ下はバツが悪そうにしながら表情を戻し、咳払いをする。

 

「して八幡よ。これからも昼休みは練習をするのか?」

「ん?まあそれは戸塚次第だが……どうする、戸塚。まだ練習には付き合った方が良いか?」

 

 すると戸塚は悩むように顎に手を当て、やがてばっと顔を上げる。そして

 

「ううん。これからはぼく一人でやるよ。奉仕部のみんなと材木座くんにこれ以上迷惑かけられないし」

「戸塚くん、別に遠慮する必要はないわよ?」

「そうであるぞ戸塚氏。我とそなたの間柄だ。遠慮など不要!」

「ちゅうにうっさい!……でもさいちゃん。あたし達、別に迷惑とは思ってないよ」

「ううん。ぼくが一人で頑張れるようにならないとダメなんだ。今日も比企谷くんに守ってもらってただけだし。頼ってばかりじゃダメなんだよ。ぼくが、みんなを引っ張っていけるようにならないと」

 

 そう堂々と答える戸塚からは、もう弱々しさは感じられなかった。初めて奉仕部に来た頃の怯えた様子はすっかり鳴りを潜め、確かな意思が見える。

 

「そっか。まぁ、たまには付き合うよ」

「うん!ありがとね八幡!」

「おう……へ?八幡?」

 

 おかしい。俺と戸塚は名前で呼び会うような親密な関係では無かった筈。それを戸塚は今なんつった?は?八幡?あれ?これフラグ立った?立っちゃいました?え、いや戸塚は男だよね?いやもう可愛いからオールオッケーじゃね?可愛いは正義ってよく聞くし。なら性別とかどうでもいいよね。そこに愛があるんだもの。

 

「えへへ。ダメ、かな?」

「いーや全然。寧ろ推奨。というかそちらのほうがベターいやベスト!」

「ヒッキーきもい……」

「流石比企谷くん。居るだけで不快感をばらまくだなんてある意味才能ね」

「は、はぽぽん!?八幡お主、裏切るのか!?」

「うるせー暑い近づくな」

 

 散々な言われようである。まあ暴走しかけてたから丁度良かったけども。

 まあそんなこんなで、戸塚からの依頼は一応終わった。

 

 結論。

 

 と つ か わ い い




脳のリミッターに関する話は諸説あります。しかも筋力以外のリミッターが存在するという話は聞いたことがないです。ですのでこれはあくまで物語の設定として見てください。

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