心を殺した少年   作:カモシカ

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心を殺した少年は、試合をふっかけられる。

 戸塚の依頼があった次の日、今日の昼から地獄の特訓が始まる。廊下で材木座に捕まって色々あったあとに材木座もついてきたが概ね予想通りだ。

 流石に雪ノ下が言った通りに練習させたら誰でもぶっ倒れるので、最初の何日かは走り込みで体力をつける。そして体がたんさん動くことに慣れたら筋トレをする。それにも慣れたらいよいよ第二フェイズ。要するにボールとラケットを使っての練習である。

 

 戸塚が鬼教官、もとい雪ノ下の指導の元、俺とひたすらラリーをしている。俺は戸塚がとれるギリギリのところにボールを打ち、返ってきたボールをフェイントを混ぜながら返す。しかし毎回際どいところに打つのではなく、ギリギリアウトの場所に打って対応を見たり、回転をかけたゆっくりなボールを打ったり、力任せに豪速球を打ったりする。あぁ、ごめんよ戸塚。それもこれもこんな指示をする雪ノ下のせいなんだ……!分かっておくれ……!

 

「比企谷くん、もっと際どいところに返しなさい。じゃないと練習にならないわ」

「ぐ、くぅぅぅ……!許せ!戸塚……!」

「何でさいちゃんよりヒッキーのが辛そうだし……」

 

 雪ノ下の鬼!悪魔!絶壁魔王!くそっ、もっと俺に力があれば……!

 ……いや、ごめんなさい。そんなに睨まないで。

 雪ノ下が殺気を放っていた。ごめんよ戸塚。まだ自分の命の方が大切なんだ……

 

「うわっ!さいちゃん大丈夫!?」

 

 戸塚をいたぶるのが辛すぎて無心で雪ノ下の指示通りボールを返していると、二十回ほど返した頃戸塚がずざーっと転んだ。

 それまで基礎代謝を上げて痩せるために腕立て伏せをしていた由比ヶ浜が駆け寄る。

 戸塚は擦りむいた足を撫でながら、濡れそぼった瞳でにこりと笑い、無事をアピールする。うあぁぁ!俺は何て事を!あぁ憎い!憎い!己が憎い!マジで俺戸塚に何しちゃってんの!?

 

「スマン!スマン戸塚……!」

「だから何でヒッキーのが辛そうなの!?」

「あはは、大丈夫だよ。擦りむいただけだし……さ、比企谷くん。続き、しよ?」

 

 戸塚は練習を続けるつもりのようだが、それを聞いた雪ノ下は顔をしかめた。

 

「まだ、やるの?」

「……うん。みんな付き合ってくれてるから。もう少し、頑張りたい」

「……そう。由比ヶ浜さん。後は頼むわね」

 

 戸塚の答えを聞くと、雪ノ下はさっさと校舎へと歩いていく。戸塚はそれを心配そうに見送る。

 ありゃりゃ、素直じゃないことで。

 

「ぼ、ぼく、呆れられちゃった、かな」

「いやぁ、いつもあんなもんだろ」

 

 しかもあれは救急箱を取りに行ったんだと俺は予想する。帰ってきたらからかおう。ツンデレノ下さん、覚悟しろ。

 

「うーん、そうじゃないと思うよ。ゆきのん、頼ってくる人見捨てたりしないし」

 

 拾ったボールを手で転がしながら由比ヶ浜が言う。まあ俺が気に入ったやつなんだ。そんなつまらないことをする筈がない。

 

「ゴラム、ゴラム!雪ノ下嬢のことはよく知らぬが、我にもあの御仁がそのような輩では無いことぐらい分かる。安心せよっ!」

 

 材木座はちょっと良く分からんが、まあ言いたいことは分かる。どうせ材木座の短絡な思考とあの厨二病なら答えは限られるし。

 

「そっか。そうだね」

 

 材木座のお陰とは思えないが、ひとまず戸塚の心配は晴らせたようだ。そして良い雰囲気の中練習に戻ろうとそれぞれ立ち上がった瞬間、

 

「あ、テニスやってんじゃん、テニス!」

 

 その雰囲気をぶち壊すように、長い金髪をくるくる巻いた頭の悪そうな女が入ってきた。……どこかで見たことあるような?

 そしてそれが、いつか俺が黙らせたつまらない奴等だと気づく。要するに葉山(笑)と金髪ドリル(笑)御一行である。

 

「ね。戸塚、あーしらもここで遊んでいい?」

「三浦さん、ぼくは別に、遊んでるんじゃなくて、その、れ、練習を……」

「え?何?聞こえないんだけど」

 

 戸塚の精一杯の、しかし小さすぎる抗弁は三浦には通用しないらしい。まああいつの頭はお猿さんレベルだからな。

 しかも三浦はその見てくれや口調で常人には怖い印象を与えるだろう。ただし俺のような狂人や一部の人間を除く。

 

「れ、練習だから」

 

 戸塚はなけなしの勇気を振り絞り、女王三浦(笑)に自身の主張を伝える。

 

「ふーん、でも部外者混じってんじゃん。ってことは別にテニス部でコート使ってる訳じゃ無いんでしょ?」

「それは、そう、だけど」

「じゃ、あーしらがコート使っても文句無いっしょ」

「それは、いや、けど……」

 

 あーなんかイライラしてきた。どーしてこの進学校にこうもレベルの低い人間が来れるのかねぇ。まあそれだけ日本の、ひいては世界の人間のレベルが低いってことか。どうでもいいが。

 

「はあ。言っても分からんと思うが、一応教えてやる。ここは戸塚がテニス部の顧問に許可を取って使っている。だから使用許可の無いお前らは使えない。そして俺たちは戸塚に練習相手を頼まれてここに居る。つまり部外者ではなく関係者だ」

 

 俺はあえて挑発した。三浦(笑)は馬鹿でアホでもうどうしようもない。そのお陰で、いつか完全に負かされた相手である筈の俺相手でも向かって来る。挑発されたら乗る。こういうところは雪ノ下と似てんな。

 

「っ……はぁ?あんた何様?」

「ぷっ……」

 

 あいつちょっとビクッとしてた。まじか、まだ威嚇すらしてねえのに。この前の一件が随分と効いてんだな。

 

「あぁっ!ほんっとむかつく!あんた一体なんなわけ?大体あんた……」

「まあまあ優美子、そう喧嘩腰になるなって。ヒキタニ君の言ってることも一理あるわけだし」

 

 おー、葉山(笑)、お前案外分かってんじゃん。俺の名前はヒキタニじゃねーけど。

 

「だからこうしたらどうかな。俺たちとヒキタニ君たち部外者同士で試合をして、勝った方がコートを使う。もちろん俺たちが勝ったときは戸塚の練習に付き合うし、俺たちが負けたときは素直に戻るよ。強いやつと練習した方が戸塚のためにもなるし。どうかな」

 

 おーうあんた全然分かって無いのな。俺たちは部外者じゃないと言っただろう葉山(笑)よ。しかも俺たちが勝ったときの利点が一っつもねぇ。流石リア充(笑)、俺に負けず劣らずの姑息さですねぇ。いや恐らく、というか絶対俺の方が上だが。

 

「あ、じゃあどうせだし混合ダブルスにしない?やっばテニス勝負とか超楽しそうなんですけど」

 

 そして、三浦(笑)と葉山(笑)を中心にして、テニスコートとその周りの人間が盛り上がる。はぁ、めんどくさい。けどまあ、俺が出る時点で勝ちは確定している。いくらあいつらが強かろうとやつらは常人で凡人。ありとあらゆる人間は、恐怖を捨てない限り狂人には勝てないのだ。

 

 

 ****

 

 

「HA・YA・TO!フゥ!HA・YA・TO!フゥ!」

 

 う、うるせぇ。何なのこれ。最早葉山教か何かじゃねぇのこれ。

 今やテニスコートの周りには百を優に越える人間が集まっている。そのほとんどが葉山(笑)の勇姿を見に来たやつらで、中には上級生も居る。……こんなに集まって先生が来るような事態にならなきゃ良いけど。

 

「ね、ヒッキーどうするの?」

「あ?どうするってやるに決まってんだろ。アホな猿どもは躾をしなくちゃならん」

「さ、猿って……ヒッキー言いすぎ」

「?そうか?」

 

 かなりオブラートに包んでみたんだが……これで足りないなら俺にはどうしようもない。しかも由比ヶ浜も躾については否定してないし。

 

「ねー、早くしてくんない?」

 

 仲間(笑)が集まって完全に調子に乗っている三浦(笑)がテニスコートから呼んでいる。

 

「はいよー」

 

 なので俺は誰も伴わず一人でコートに入る。当然、混合ダブルスのルールは破ることになるが、先にルールを破ったのはあちらなのだ。これぐらいは許してもらおう。

 

「ちょっとまさか誰も一緒にやってくれないってわけー?ぷくっ、ヒキタニくーん、一人でだいじよーぶー?あーし県大行けるくらいには強いんだけどー」

「おう。安心しろ。お前らごとき俺一人で余裕だ。全力を出す必要もない」

「……は?なに余裕ぶっこいてんの?ムカつくんだけど。ていうか混合ダブルスの意味分かってんの?」

「いーだろそれぐらい。そもそもルールはそっちが勝手に決めただけだ。これぐらいの我が儘させろよ。それに二対一でお前らの方が有利じゃん」

「は?舐めてんの!?――あぁ!もうムカつく!後悔させてやるし!」

 

 ふぅ。三浦(笑)の焚き付け完了。そして俺の一人試合の許可ゲット。これで好き放題できる。由比ヶ浜たちは心配そうに見ているが、俺のスペックを発揮するには一人の方が都合がいいのだ。

 

「ルールとか良くわからないし、単純に打ち合って点を取るってことで良いよな。――じゃ、始めようか」

 

 俺と三浦(笑)の会話を聞いていた葉山だったが、ルールの提案に俺と三浦が頷いたのを見ると開始を宣言した。

 

「ヒキタニ君は一人みたいだから先にサーブして良いよ」

「お、マジで。なら遠慮無くやらせてもらうわ」

 

 そしてにやつく三浦(笑)を視界に捉えながら俺はラケットを大きく振りかぶり、思いきり振り抜いた。


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