さて、攻撃を仕掛けるのなら早くした方がいい。雪ノ下が来たら攻撃どころか殲滅だし。 そんなわけで 、俺は颯爽と立ち上がり……はせず、この十六年間で培ったステルス機能を全開にし、金髪ドリルの後ろにスルッと現れる。
「……ごめん」
「またそれ。何なの?何か言えない様なことしてるわけ?」
「うるせーなお前ら、黙ってろよ」
「「「「「「「!?」」」」」」」
おうおうやっぱ気づいてないのな。流石俺のステルスは優秀だ。優秀すぎて誰にも認知されないまである。たった今認識されたけど。
「は、は?あんた誰だし」
「あ?んなことはどうでも良い。俺はお前らがギャースカギャースカ騒ぐから注意しに来てやってんの。内輪揉めは見てて楽しいが、俺の静かな昼休みを壊すなら容赦せん」
今までこんなことを言われた経験が無いのか、リア王(笑)と金髪ドリルとその他大勢は揃いも揃って呆けている。
「あー、えっとヒキタニ君?煩くしたのは謝るけど、これは俺達の問題だからさ」
「あ?ヒキタニって誰だ?ていうか誰お前。つーか問題だって認識してんならこの低能な女王猿の威嚇宥めろよ。延々と聞かされるこっちの身にもなれ」
「なっ……」
教室から逃げ遅れた奴等に緊張が走り、何をしているのかと咎めるような視線が俺を貫く。まあそりゃそうだわな。関係ないその他大勢の級友(笑)達からすれば、 俺はトップカーストの揉め事に油をリットル単位でぶっこんだ奴にしか見えないからな。
「はあ!?何なのあんた。ていうかあんた何様のつもり!?あーし今ユイと話してんだけど!」
「ほーん。随分と特殊な会話だな。俺にはお前が一方的にキイキイ叫んでるようにしか見えなかったが」
「はあ!?さっきからなんだし……!」
「ま、まあまあ二人とも。そんな喧嘩腰になるなって。な」
「あ?だから誰お前。そもそもフォローするなら問題が起きる前に、少なくとも起きた直後にしろ。俺が介入してきてからフォローするなんて意味が無い。先に解決しなけりゃならん問題が目の前にあんだろ」
「は?あんたさっきから何が言いたい訳?」
おー怖い怖い。金髪ドリルが睨んでくるぜ。にしてもこいつ話を促す様なこと言ってるが話を聞く気は無いからある意味すごい。
いきなり現れた俺に、由比ヶ浜はおろおろしている。こんなことをして大丈夫なのかと、気遣わしげな視線を送ってくるがこの程度余裕である。むしろ余裕すぎて欠伸が出るまである。
そして金髪ドリルの前に移動し、
「あ?何が言いたいかって?まあ要するに、会話すらできない猿の癖に俺の昼休みを煩くするな、ってことだな。まあお前らが仲間割れしようがどうでも良いが、人の話聞けない奴は嫌われるぞ。ソースは俺」
「なッ!ざっけんな!!」
激昂した金髪ドリルが平手打ちをしようと乗り出すが、俺の顔に当たる前に左手で掴み、逆に捻り上げる。
「痛っ、は、離せ……!」
跡は残らないが、振りほどけないぐらいの力で金髪ドリルの手を捻り上げる。
「ほーん、面倒くさくなったら暴力で解決?さすがリア充はやることが違う。しかも先に手を出したのはお前だろ?つまりこれは正当防衛。よって離す必要は無い。なあ、そうだよな。お前達も見てたよな?」
そう言って、俺はこの場を支配していることに少しの優越感を得、愉悦に顔を歪ませる。すると、それを近くで見ていた由比ヶ浜を除くトップカーストの連中が小さく悲鳴を上げる。……おいおい俺の顔はそんなにキモいか。
すると、そんな空気を壊すように由比ヶ浜が、
「ヒ、ヒッキー、それぐらいにしてあげて」
と、俺を制止する。由比ヶ浜の目は若干潤んでいたが、その目からは強い意思が見える。……ふむ。どうやら俺はやりすぎたようだ。
そう言われ、俺は素直に手を離す。金髪ドリルは涙目になりながら俺を睨み付けてくるが、腐りを通り越して死んじゃった目で睨み返すと悲鳴を上げながら俯いた。……なんか楽しいなこれ。
すると、教室の扉が開き雪ノ下が現れる。恐らく由比ヶ浜を呼びに来たのだろうが、この教室の異様な空気に気付くと少し戸惑ったような表情をする。
「……由比ヶ浜さん、何があったのかしら」
「あー、えっと……」
雪ノ下と由比ヶ浜が話している間に、教室から逃げ遅れたやつらがそそくさと出ていく。一人俺を心配げな目で見てくる奴が居た気がしたが気のせいだろう。俺を心配する奴なんか居るわけ無いし。
「……まあいいわ。用が済んだらすぐに来なさい。先に部室に行くわ」
由比ヶ浜の態度と俺の立っている場所と周りの状況から色々察したらしい雪ノ下は、そう言って教室から出ていってしまう。
そして俺も教室から出ていこうとするが、
「ヒッキー、後で話あるから」
と由比ヶ浜に止められてしまった。どこか咎めるような声色に少し驚くが、どうやらこいつは予想通りおもしろそうな奴で少し安心する。
自分を責めていた相手がやられても、喜ぶどころか逆に心の底から心配する。それはこれまで俺が見てきたものとは全く違うものだ。由比ヶ浜の優しさは長所だが、それは甘さでもある。いつかその甘さ故に傷つくこともあるだろうが……雪ノ下を強くするためには由比ヶ浜は必要不可欠だろう。だとするなら、俺が暇潰しついでに構っても問題ないだろう。いや、あるか。
そんなことを考えながら由比ヶ浜の呼び出しに頷き、教室を出ていく。そして、昼休みが始まってから結構経っていることに気づく。あー、こりゃ購買行ってもパンなんか無いな。
たまたま弁当を忘れてしまった今朝の俺を呪いつつ、ベストプレイスに向かって歩き出した。