【更新休止中】Fate/ぐだ×ぐだOrder 〜要するにぐだこがぐだおを呼ぶ話〜   作:藻介

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遅くなりました。

今回作中で引用している資料ですが、作者はぐだのように熱くはなれませんでした。せめて、選挙制度があれば死なずに済んだのにという具合です



2 バラのエレジー

 暗い獄中にあって、その紅い姿はまさに一輪のバラのようだった。

 溜息をつけば/剣を突き出せば、劇場から一人演者が消える。足を踏み出せば/剣を引き抜けば、劇場からまた一人演者が消える。ターンを決めれば/剣を振り回せば、劇場に残っているのは、もはや私だけになる。

 それもすでに過去のことだ。その白首に短剣を三度突き立て、毒矢を四本打ち込んで、最後に火縄銃でハチの巣にした。そうでなくては、そう命じなければ、死んでいたのは私の方だった。今、彼女は床に倒れ伏して埃まみれになっている。けれど、まだ生きている。未熟な私の魔術ではどうにもならないけれど、あれだけの攻撃をその身一つで受けていながら、それでもかろうじて生きていた。

 もしかしたらそこにいたのは私だったかもしれないと、震える足を無理やりに立たせて出口へと歩き出す、直前。

「…………ああ、寂しい」

 動かない体で彼女が最後にぽつりとこぼした。私はもはや聞こえているかどうかも定かではないのに、背中越しで返事をした。

「私には、貴女は救えない」

 

 

「余は! みんなが! 大好きだーーーー!」

 セイバーとの一悶着を終えマイルームを後にした。その出掛けで恐ろしい現場にかち合ってしまった気がする。

「おい、バラの皇帝。何をしている」

「ん?」

 こちらに気づいていなかったのか意味ありげな首の角度で振り向くバラの皇帝、もとい、ネロ・クラウディウス。

「誰かと思えば、あのネコの飼い主ではないか」

「まあ君とキャット――正確には玉藻の前(オリジナル)の方か、で彼女と君の二人には浅からぬ因縁があるようだし、それに関連付けるのも分かるが、その表し方はいかがなものかと思うぞ」

 それはともかく。

「で、何をしていたんだ。こんな誰もいない廊下の真ん中で」

「うむ! よくぞ聞いてくれた。余は発声練習をしていたのだ」

「は?」

 間抜けな声が出てしまった。待て、今なんと言ったこの赤い人。

 …………発声練習、だと。

 それは、時と場合によっては犠牲者が出たりしないだろうか。今となっては遠い昔だが、多くのサーヴァント(変人・奇人・狂人)と同居していた頃、必要に迫られ作成し、使い古した末に魂レベルで暗記することになった英霊対処マニュアルのページが、脳内でパラパラとめくられていく。

 その一つ、第六版から追記された条項、第三種警戒態勢コードエリちゃん『ジョイント・リサイタル』の項。『エリザベート・バートリー及びネロ・クラウディウス、並びに当英霊の別側面について。彼女らの歌唱・歌謡を禁ずる。無論、セッションについても同様である。もしもこのような事例が確認された場合、速やかにマスターに静止してもらうか、間に合わないようであれば、犠牲者を少しでも減らすため該当ブロックの一時封鎖をためらわないこと』。

 顔をできるだけ動かさず、視線だけで周囲を確認。居住区画と食堂をつなぐ廊下の一本、その途中にあるちょっとした休憩所。さっきも言ったようにここには誰もいない。目立った魔力の残滓もない、つまり、すでに昇天したサーヴァントはいないらしい。一つ安堵の溜息をついてから、すぐに引っ込める。

 この状況でするべきは一つ。この後起こるであろう歌謡ショー(宝具解放)に備えてこの一帯を封鎖することだけか。

「ま、さすがに余でも今は止めておくがな」

「そうか」

 杞憂で終わってくれて本当に良かった。

「なんせ一番の上客がいない。観客あってこその舞台だからな」

 なるほど。実に彼女らしい理由である。

「その上客というのは」

「言うに及ばず、マスターのことだ」

「だろうな」

 心なしか、そう言ったネロの表情が暗く見えた。とすれば。

「見てきたのか」

「ああ」

「どうだった」

「はっきり言って、よくは分からなかった。ロマニは医者として皆を何とか安心させようとしていたが、マシュに至っては目に見えて疲れているのが分かる。周りには大丈夫だと言っておるようだが、余はあやつの方が心配だ」

「そうか」

 概ね、オレ()の記憶と一致している。やはりマスターは今頃監獄塔(あそこ)にいるとみて間違いないらしい。そう考えを巡らせる一方で、

「だが」

 と、ネロが言った。

「なんであろうな。どうしてかは全く見当がつかぬのだが、『寂しい』となぜかマスターの顔を見て感じたのだ」

「寂しい」

「そうだ」

「それは、マスターがいないから、ではなくてか?」

「違う。何というか、そういう直近の寂しさではなかった気がする」

 それは、少し妙な話だった。確か監獄塔にネロはいなかったはずだ。であれば彼女がマスターの顔を見てそんなことを感じることもない。カリギュラもネロがいなくてよかったと言っていたはずではなかったか。

 だが今のオレがそんな事情をおくびにも出せるわけがない。そんなオレを他所にネロは先を続けた。

「それでな、すぐにマスターの部屋を出てな、こうして発声練習でもしていたのだ。そうでもしなければ」

 この時、なんとなしにネロの顔を見てしまったのがいけなかった。その顔は、

「泣いてしまいそうだったのだ」

 誰かの顔に似ていた気がした。

「……」

 いつも強がっていて、いや、実際強いけれども。けれどいつ倒れてもおかしくないような危うさがあって、一人にしてはいられない大切な相棒である彼女の、何かをこらえているような顔に。

 であれば、どんな事情があろうとも何もしないわけにはいかなかった。

「話くらいは聞こう。オレでよければ、だがね」

「うむ、……感謝しよう」

 自動販売機にコインをいくつか入れる。まずは自分の分のミルクティー、ネロは何でもいいとのことだったので、とりあえず同じものを買い、目の前に差し出す。彼女はそれを無言で受け取った。

「そなた、余についてはどの程度知っている」

「多少かじった程度だ。生前、ちょっとした機会があってね」

「どう思った」

 プルタブを開けて一口。輸送費込みとは言え、値段に釣り合っているような味でも香りでもない。今更ではあるが、こんなものを皇帝様に出して無礼に当たったりしないだろうか。ちらと様子をうかがう。どうやら考えすぎだったらしい。

 もう一口、さっきと同じくらい飲んでから返答を口にする。

「そうだな、まず何よりも一番最初に感じたのは違和感だったはずだ」

 確かあれは、生前、第二特異点から帰還した時のことだった。縁ができたのであればいずれ会う。会えば多少なりとも互いについて話す。その時に不便があっては困るだろう。そんな理由でマシュに相談しカルデア内の図書室をすすめられた。そして特にこれと言った意図もなく選んで、目を通した。事前に本人に出会っているという大きな先入観を持った上で。

 だから、当時の私が違和感を覚えるのは当然だったと思う。

「それは仕方あるまい。記録と事実がすれ違うのはもはや避けられぬ。だが、全ての悪評を嘘だなどとは、さすがの余も言いきれないのは、辛い所でもある」

「まあ、そんなものだろうな」

「ああ、そんなものだ」

 サーヴァントは過去の英霊そのものではない。あくまで再現にすぎないのだ。きっとそのしわ寄せがこの辺りに来ているのだろう。

「その違和感を無視した上での所感を語るとしたら、君は、いやあなたは間違いなく民を愛していて、民にも愛してほしかった、けれど」

「……」

「民は、あなたが求める意味では、あなたを愛してはいなかった」

 それは資料の最初のページに書かれていた一言がきっかけだった。

 

『一般市民がネロの皇帝就任を歓迎したのは、ただ単に、気分の一新を望んだからである』(1)

 

 これまでの足取りを否定されたように当時は感じた。

 きっと、著者にその気はなかったに違いない。けれどオレ()が見てきたローマはそんなものではなかった。

 誰もが、笑っていた。

 誰もが、上を向いていた。

 誰もが、ネロを愛しているように見えた。

 間違っているはずがない。だってこの目で、この足で見てきたのだから。答えを求めるようにページをめくり続ける。

 けれど、ついぞオレ()の求める答えは見つからなかった。勝利の女神(ブーティカ)は名目上のリーダーでしかなかった。黄金劇場(ドムス・アウレア)は完成しなかった。ネロの死に際のエピソード(インウィクトゥス・スリーピヌス)は省略された。

 そうして次の資料に手を伸ばすことなくマイルームへと戻ったオレ()に、マシュはこう言ったのだった。

「きっと、ロムルスさんならこう言うのだと思います。それもまた――」

 

「それもまた、ローマであろう」

 

 続きは記憶の中のマシュではなく、目の前にいるネロが言った。

「人の形がそれぞれにあり、(まつりごと)の形がそれぞれにあるように、愛の形もそれぞれにある。そして、その全てがローマに通ずる。であれば、余が求めた愛と市民たちの愛の形が違っても、しょうがないことだ」

「……」

 何も、言い返せなかった。というよりは、それ以上は踏み込むべきではないと判断した。きっとこの先の気持ちは彼女だけのモノで、少なくともオレが受け止めていいモノじゃない。

 缶の中身を飲み干す。その安っぽい暖かさが今だけはありがたかった。

「すまなかった。余の私情など聞いて面白いものでもないだろうに」

「いや、とても勉強になった。こちらこそ、勝手な想像を流してくれた寛容さには感謝しかない」

「別に良い。もう、終わったことなのだから。それでもまあ、見返りくらいは許されるのであろう?」

「……わかった」

「そう構えずとも良い。一つ、聞きたいことがあるだけだ」

 聞きたいこと、か。内容によるが、ひとまず聞くだけ聞こうと頷いておく。それを確認したネロはよしと腰に手を当ててから、

「私はいつか、私と似た愛の形を持つ者と出会えるだろうか」

 と言った。

「それを、(オレ)に聞くのか」

「うむ。他ならぬそなたに聞く。フジマルリツカよ」

 情報漏洩の経路は予想ができていた。

「ニンジン一本没収かな」

「あまりいじめてやるでないぞ。アレもそなたのことを思って余に漏らしたように見えた」

「分かってる。ほんの冗談さ」

 これくらいは圧倒的にプラスなままの、日々の感謝から差し引いておくことにする。

「それで質問の返答だが、私にも、そしてオレにも分からない」

「そうか」

「だが」

 だが、それでも。

「貴女を理解しようと歩み寄り、貴女を一人にしたことを誰よりも悔やみ、貴女の隣に寄り添おうと努力し、そして、貴女をただ一人の女の子として愛する者は、必ず、貴女の前に現れる」

 廊下はまだ静かなままだ。マスターの健康を気遣う者たちが一時的に魔力の温存のために眠っているのだと通りがかりの職員が話していた。オレも用件が済み次第、マイルームに戻るべきだろうか。

 空き缶をゴミ箱に入れる、その途中、窓の外を見た。相変わらず吹雪いていて月は見えなかった。見えないけれど、せめて祈ることくらいは許してほしい。

 

 私には、彼女を救うことはできないけれど。

 願わくば、ただ二つ、心からの笑顔が咲きますように。

 




引用文献 
(1)塩野七生『悪名高き皇帝たち ローマ人の物語Ⅶ』第17版 新潮社、2008年、372p。

ノッブ「なんか回を追うごとに怪文書になってきている気がするんじゃが」
ライダーさん「私オレでなにがなんだか」
作者「すみません。本当にすみません。頑張ります」

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