お久しぶりな気がします。
こんな小説でも楽しんでもらえる方がいれば幸いです。
自室で先ほどウドンゲに注いでもらったお茶を、輝夜はチョビチョビ飲んでいた。
窓の先の空を見ると、雲1つない青空が広がっている。
「……はあ……」
そんな青空を見ると何故だかため息が漏れる。私はこんな天気の中、室内で何をしているのだろう…と愚痴に近いものが脳内を巡る。
「よう、姫」
「…!」
すると自分1人しかいない筈の部屋から声が聞こえる。
男の声だ。輝夜はそれが誰か判りつつも確認のため振り返った。
「ぬらりひょん…」
するとそこには
以前会った時と何も変わらない。相変わらず彼からは
「久しぶり、じゃあねーな。まぁなんにせよまた会えたな」
「フフ…大袈裟ね」
輝夜は笑顔を見せる。普段他の者には見せないような笑顔だ。
悪どい笑顔でも、決して色気付いている笑顔でもない。
「毎日は退屈かい?」
ぬらりひょんは輝夜に歩み寄り、近くに胡座をかいて座った。
いつもの癖でキセルを取り出そうとしたがやめた。輝夜が嫌がるだろうと思ったからだ。
「そうね…でも悪くはないわ。これが私の決めた選択だもの」
詳しい事情はもちろん話さない。
ぬらりひょんも輝夜がどんな過去を歩んできたかはわからないが、ここで聞こうとはしない。
「ふぅん…けど〝悪くはない〟であって〝楽しい〟わけではないんだろう?」
「何が言いたいの?」
「別に何も?ただ自分から進まなきゃ決して前には進まねえってだけさ。
お主からはなんか違和感を覚えるんじゃ。なんて言えばいいのかのう」
違和感を覚えていたのはお互い様らしい。
「そう。まぁなんでもいいわ。
…それより何しにきたの?」
2つの意味を込めて輝夜は聞いた。
1つ目は何故〝永遠亭〟に来たのか。
2つ目はその中で何故〝この部屋〟に来たのかということだ。
ぬらりひょんが永遠亭に来ていることは聞いていたのだが、何故来たのかまでは聞いていなかったからだ。
「おおそうじゃ。よし、じゃあいくぞ」
「…え?」
ぬらりひょんは輝夜に手を差し伸べる。
この意味が輝夜には全くわからない。
「川じゃ。みんなで川に行くらしいぞ」
「………川?」
輝夜からすれば突拍子のないことだ。理解が追いつかないのも無理はない。
「そうじゃ。もうみんな行っちまったぞい」
「いや待って?みんなって誰よ」
「行ってからでいいだろそんなもん。
ほら、早く用意しろ」
ぬらりひょんは輝夜を急かすように手をクイックイッと動かす。
そのせいもあり、輝夜は立ち上がって周りをキョロキョロし出す。
「誰かいないのー?」
輝夜は珍しく声を大きくして兎を呼ぶ。
が、間が悪いことに近くには誰も居なかった。
「何してんだ?」
「いや…履くものが…」
今日は出かける予定もなかったため、履くものが近くになかったのだ。それどころか足袋すら身につけておらず、白く細い足が露出していた。
「多分あっちに行ったらあるは…きゃあ!?」
再びキョロキョロし始めた輝夜をめんどくさいと思ったぬらりひょんは、後ろから輝夜をヒョイっと持ち上げた。
文字通り『お姫様抱っこ』している状態だ。
「川に行くんじゃ。履物なんていらねえだろ?」
「そ、そういう問題じゃなくて…!いやそういう問題でもあるけど…」
輝夜を無視し、ぬらりひょんはそのまま部屋を出て川へ向かおうとする。
道は全くわからないが、なんとなく勘が働き、大体の方角はわかった。
「…!!!
ぬっ…ぬらりひょん!人よ人!」
輝夜の目の先には、恐らく人里から永琳を訪ねて来ただろう人間が居た。
「早く下ろして!こんな所見られたら…!」
「あっちか…」
「!?」
川の方向が、その人間のいる先にあるだろうとわかったぬらりひょんは、輝夜をお姫様抱っこしたまま人間の横を通り過ぎようとする。
「何を!………え?」
しかし人間はこちらに全く気づく様子なく歩いて行く。
そして遂にぬらりひょん達はその真横を通ったのだが、結局気づかれることはなかった。
「気づかない…?」
「ハハハ そりゃあそうじゃ。
ワシは〝ぬらりひょん〟だからな」
「〝ぬらりひょん〟…」
輝夜は冷静になって考えた。
先程もぬらりひょんは誰にも気づかれることもなく、部屋へ入り込んだ。
それもこれもぬらりひょんの〝能力〟あるいは〝特性〟が原因ではないかと。
「こっちって事は人里を抜けなきゃいけねえってことか。
…下ろしてほしいかい?」
「…別にいいわ」
人に見られなければ良い…ということではないのだが、輝夜はこのまま行くことを許可した。
そもそも別に川へ行きたい訳でもなかったのだが、もう軽くヤケになっていた。
「ハハハ そう怒るなよ。そんなにワシにお姫様抱っこされるのが嫌か?」
「嫌ではないわ。私は姫だもの。ただ…」
「ただ?」
こんなにも心の底から素直に接してくれる相手は、永琳を除いて初めて出逢った。
輝夜は自分が姫だということに誇りを持っているし、他の者とは根本的に違うと思っていた。
そしてそれは輝夜と接する相手ももちろんわかっていた。〝高嶺の花〟という訳ではないが、特別な存在を目の当たりにすると、人は萎縮してしまったり、ご機嫌取りをしたりなどすることがある。輝夜自身もそういう者をごまんと見てきた。輝夜の容姿が美しいことから、男性はそういう者がほとんどだった。
しかしそれに対し否定的な気持ちはなかった。
自分は姫であり、特別な存在であることを自覚しているからこそだ。
が、ぬらりひょんは違う。自分が姫であっても特別扱いはしない。『姫』ではなく、『蓬莱山輝夜』として接してくれるのだ。
だからこそ、こういう時にどんな顔をすればいいのかわからなかった。
「なんでもないわ」
先程から気難しい顔をしている輝夜をぬらりひょんは気になっていた。決して嫌がっているという訳ではなさそうなのだが、なんというか女とはわからない生き物だなと思った。
「そうかい。でもそんなしかめっ面してたら綺麗な顔が台無しだぜ?」
「…しかめっ面?」
言われて気がついた。
そんな表情をしているつもりはなかったし、実際しかめっ面をする理由もなかった。
「ごめんなさいね。決してそういうつもりじゃなかったんだけど」
「お前、心の底から楽しんでるか?」
ドキッとした。同時に少し怖かった。
なぜ?理由はわからない。
「…貴方が楽しませてくれるんじゃないの?」
「ハッ、お前が楽しもうとしてるならできるが、そうじゃねーならワシにも無理じゃな」
〝楽しむ〟と〝楽しませてもらう〟は違う。
どのように違うのかというと、〝自分から〟と〝人から〟ということだ。
輝夜はもちろん後者である。自分からは楽しもうとせず、いつも人からだ。その内、心の底から笑えたのは数える程しかないのだが。
「自分から…」
輝夜を抱っこしたぬらりひょんは、そろそろ川へ着きそうになっていた。
はい、第36話でした。
今回短くてすいません。次回はその分長めにできるといいなぁ…
ではお疲れ様でした。