バトルがないとイマイチ盛り上がらないのは気のせいでしょうか…
紫はまた明日の昼に白玉楼に来て、ぬらりひょん達を永遠亭まで運ぶ足となることを約束した後、スキマを使い藍達の元へと帰っていた。
「あ!紫様おかえりなさい!」
帰ると紫自身の式神である藍の、さらに式神である橙が笑顔で迎えてくれた。
「あら橙、ただいま」
橙に近づき頭を撫でてあげた。すると橙は気持ち良さそうにしながら尻尾をパタパタと上下させた。
「紫様、お帰りなさいませ。ぬらりひょん様はどうでした?」
2人のやりとりを奥で聞いていた藍が、割烹着すがたで台所から出てきた。夕食の準備をしていたのだろう。
「ウフフ…ちゃんと隠れてたのに見つかっちゃったわ。なんでわかったのかしらね」
「なんと…さすがは魑魅魍魎の主といったところでしょうか…それで何かお話をされたのですか?」
紫のスキマはとても便利なものであり、自分から見ている場面でも、他人からは自分の姿を認識されないことがほとんどである。なので紫はよく霊夢達から神出鬼没という扱いを受けている。
なのでその紫に気がつくことは非常に凄いことなのだが、ぬらりひょんは自分の主人が尊敬してやまない相手だということもあり、藍はそれほど驚かなかった。
「まっ色々とね〜」
「色々…とは?」
「色々っていったら色々よ。それよりお腹がすいたわ。ご飯まだー?」
紫は決して教えたくないわけではなかったが、説明するのが面倒だったので話をすり替えた。
紫の意図を把握した藍は、それ以上は何も追求せずに夕食の準備を始めた。
「…それにしても昼頃に白玉楼にこいとぬらりひょん様は仰られてたけど…そんなに遅くていいのかしら」
ー次の日ー
「そろそろ時間ね。藍!」
「はい、ここに」
「それじゃあ行ってくるけど、留守番2人で頼んだわよ」
昼頃とは言われていたが、念のために1時間ほど早く紫は向かうことにした。
「お任せください。ではお気をつけて」
家のことを藍達に任し、紫はスキマを使って白玉楼に向かった。
シュウン…
「ほっと」
スキマからぴょんと庭の地面に着地した。すると後ろの方から紫の耳にはガンッ!ガンッ!といった何かと何かがぶつかるような音が入ってきた。
「なにかしら?」
その方へ振り向くと、ぬらりひょんが妖夢に稽古をつけている光景が目に入った。もちろん真剣ではなく木刀での稽古だ。
「ぬらりひょん様、おはようございます」
「ん?ああ紫か。おはようーーーーーーー」
「 油断禁物ッ!!!」
ブンッ!
紫の方を見たぬらりひょんの背中を、妖夢は躊躇なく斬りかかる。しかしぬらりひょんはそれを胃にも介さずにあっさりとかわした。
「〜っ!!! でもさすがぬらりひょんさんですね。今の不意打ちをこんなにも簡単に避けるとは」
「お主こそ躊躇なく背中から斬りかかろうとする姿勢はさすがじゃ。じゃが折角の不意打ちも殺気がこもりすぎてのう…」
気配を殺すようにしなければならない不意打ちを、妖夢は殺気満々で斬りかかっているのでぬらりひょんには簡単に察知し、避けることができたのだ。
「な、なるほど…勉強になります」
「魑魅魍魎の主相手に…さすが妖夢ね幽々子」
紫は稽古を眺めていた幽々子の隣に座りながら言う。
「そうねぇ…惜しかったわぁ」
「そうじゃなくて…まあいいわ」
言いたいことは全く伝わらなかったが、まあそんな事はどうでもよかった。
「よしっ まぁこのくらいで終わるとするか。いい運動になったぜ」
「ぬらりひょんさん、稽古ありがとうございました!」
「私からもお礼を言わせてもらうわ。なんだか妖夢も楽しそうだったし、私も見てて楽しかったわ」
稽古をつけてくれたぬらりひょんに対し、妖夢と幽々子は礼を言った。ぬらりひょん自身が稽古をつけるなど、元の世界でもあまり見ない光景である。
「ワシも楽しかったぞ。孫に稽古をつけているみたいでーーー」
「どうしたんですか?」
突然言葉を詰まらせたぬらりひょんをみて妖夢は首を傾げた。
「…いや、なんでもないさ」
そういえば孫のリクオとはこういう稽古のようなことをやったことなかったと不意に思った。リクオが生まれた頃には、ぬらりひょんは既に老いていたので仕方ないといえば仕方なかった。
しかしリクオを過保護にしていたのも事実だったのでなんともいえない気持ちになっていたのだ。
「ぬらりひょん様」
「………」
「ぬらりひょん様?」
紫がぬらりひょんに話しかけるも、考え事をしていたぬらりひょんの耳には入らない。
「ぬらりひょん様!」
「…え?ああわるいのう、聞いてなかった」
「どうされました?どこか体調でも優れないのですか?」
紫はぼーっとしていたぬらりひょんの顔をよくみて心配する。
「いやなんでもねえよ。それより来るのが少し早いんじゃないか?まだ昼にはなってないぞ?」
「申し訳ありません。念のためにと思って早い時間に参った次第です」
紫の堅苦しい敬語に対しぬらりひょんははぁーとため息をつく。まるで側近の鴉天狗のようだ。
「お主の話し方なんとかならんのか?敬語にしてももっとくだけた言い方があるじゃろう」
「いえ、私のような下級妖怪にはこれくらいで丁度いいものだと思います」
自分が下だとは認めているのに、意見は全く変える気ない紫。その顔からは固い意志を感じさせた。
「それよりぬらりひょん様、準備が出来ておられるのなら早めに行かれますか?」
「ワシもそうしてぇのは山々なんじゃが…」
ぬらりひょんは髪をポリポリとかきながら屋敷の中を見つめる。
「…妖夢」
「わかりました」
幽々子が目で妖夢に指示すると、何も言わずに妖夢は屋敷に入っていった。
「? なに?」
紫もぬらりひょんと幽々子と同じように屋敷を見つめる。
すると急に屋敷から大声が聞こえた。
「起きなさーいッ!!!!!」
ビクッ!
急な大声だったので紫は一瞬何があったのか理解できなかったが、すぐに頭が働いた。
「ああ…そういうことね…」
「そうよ〜フランちゃんがまだおっきしないのよ〜」
さっきから何度起こしてもフランが起きないのだ。ぬらりひょんはこうなることを見越して、紫を昼に呼んだのだ。
「吸血鬼だから仕方ないわね」
そう話していると妖夢が部屋からフランを引っ張り出してきた。出てきたフランはパジャマはくしゃくしゃで、髪はところどころはねていて、ほぼ目は開いてない状態だった。
吸血鬼の誇りなどカケラほども見当たらない。
「フラン!起きろ!永遠亭に行くぞ!」
ぬらりひょんの声が聞こえたらしく、目が先ほどより少しだけ開いた。
「……え……て…い…?」
「………」
もはや言葉になってない。
「皆さんすいません!すぐに支度をさせます!ほらっ!顔を洗いにいくわよ!」
足のおぼつかないフランを、再び妖夢は連れていった。
「…妖夢はいいお姉ちゃんになりそうだな」
「そうですね…」
「そうねえ。じゃあフランちゃんが起きるまでご飯にしましょ。私が作るから紫とぬらりひょんは座ってて〜」
「まって幽々子!私も手伝うわ!」
強い口調で紫は幽々子に言った。幽々子に作らせれば一人一人の量が多すぎて、確実に食べ切れないことになるからだ。
「そう?助かるわぁ」
「ええ…ではぬらりひょん様、少々お待ちください」
「あ、ああ…」
「あー美味しかった!!!」
支度ができたフランは他の3人と共に昼食を取っていた。髪も服もキチンとされており、いつものフランに戻っていた。
「昼飯にしてはだいぶ多かったがな…」
「申し訳ありません…」
紫が目を離している内に幽々子は大量に料理を作ってしまっていた、のだ。しかし幽々子にとってはつまみ食い位の量らしい。
「お腹も一杯になったしもう準備万端ね、ぬらりひょん?」
「まあそうだな。そろそろ行くとするか!」
ザッと立ち上がりながらフランを見て言う。フランも「おー!」とノリノリな様子であった。
先ほどの庭に集まり、紫はスキマを開いた。
「色々とありがとな幽々子!それと妖夢!フランに構ってくれてありがとよ!」
「またいらっしゃいね。いつでも歓迎するわ〜」
妖夢は何も言わずにぺこりと一礼した。
「バイバーイ!」
フランは手をブンブンと振って挨拶をしていた。無邪気な子供のように。
スキマにはいって間もなくするとスキマは閉じ、3人は消えた。
「ぬらりひょんさん…なぜだかとても不思議な人でしたね」
「…そうね」
幽々子は扇子を取り出し、口元へ持っていき何かを呟いた。それを妖夢は聞き取ることはできずに、また不思議に思ったのだった。
シュウン…
「到着しましたわ」
フランはワクワクしながら顔を上げて前を見た。しかしすぐに顔を曇らせた。
「えー…海じゃないじゃん…」
「当たり前じゃ。ワシは一言も海に行くとは言ってないぞ。というかお主海に入れるのか?」
「そんなのは行ったらわかるよ!それより入ろ!すごく暑いわ…」
日傘はさしていたのだが、冥界とはちがいジリジリと蒸し暑い天気でフランには少々きついものだった。
「ではぬらりひょん様、私はこれで失礼します」
「ああ悪いな。こんな事に呼んじまってよ」
「いえ!私はぬらりひょん様のひゃっ…」
急に黙り込む紫をみてぬらりひょんは「どうした?」と聞き返す。
「な、なんでもございません!では失礼致します!」
シュウン…
紫はスキマを開いて逃げるように帰って行った。
「何だあいつ…まあいいか」
気にしてもしょうがないと思ったぬらりひょんはとりあえず中に入る事にした。
「てゐ!アンタまたイタズラしたでしょ!」
永遠亭全体にうどんげの大声が響く。日常茶飯事である。
「なんのことウサ?」
「惚けないで!アンタが作った落とし穴のせいで洗濯がまたやり直しにーーーーーーーーー」
ガラガラ
「邪魔するぜ」
「あっ…お客さん…って!ぬらりひょんさん!?」
扉を開けて入ってきたのはぬらりひょんとフランだった。
フランはぬらりひょんの後ろに少し隠れて周りを見渡していた。
「よう兎ちゃん。なんか久しい気がするな」
うどんげの元へ歩み寄り、初めて会ったときのごとく頭を撫でた。
「だから鈴仙って言ってるじゃないですかーっ!」
「なんかしっくりこんのじゃ。で、何を怒っとるんじゃ?」
それを聞いてあっ!と思い出したように声を上げた。
「てゐがイタズラで仕掛けた落とし穴にハマっちゃって…」
「私は悪くないウサ!ぬらりひょんはどっちが悪いと思うウサ?」
チラッとぬらりひょんの顔を見ながらてゐは言う。
「あん?そんなの決まってるじゃねえか」
うどんげはうんうんとニヤニヤしながらずっと頷いていた。
…が、ぬらりひょんからうどんげが望んでいた答えとは逆の答えが出た。
「そりゃ兎ちゃんが悪いさ」
「そうそう…ってええ!!!なんで!?」
そう聞き返すのは当然である…が、ぬらりひょんが一風変わった妖怪であることを今うどんげは思い出した。
「なんでもなにも…そんなモンに引っかかる奴が悪いんじゃ。なあ?てゐ」
「その通りウサ!引っかかる方が悪いんだ〜!」
ぐぬぬぬぬ…と手が出そうになる拳をうどんげはぐっと抑える。私は大人…大人なんだ…と自分に言い聞かせながら。
「ところでぬらりひょんは何しにきたウサ?ていうかその子は誰?」
てゐがフランを指差すとフランはササッとまたぬらりひょんの後ろに隠れる。
「変な人見知りじゃのう。こいつはフラン…まぁ…その…吸血鬼ってやつだ」
「へぇ〜吸血鬼………」
うどんげは急に黙りこみ、目が点になっていた。
「どうした兎ちゃん?」
「きゅ…吸血鬼ーーーー!!!!??」
うどんげの本日2回目の大声が永遠亭に響いた。
はい、第29話でした。
私もうどんげの頭ナデナデしたいです。
ちなみにナデナデされたいのは衣玖さんです。
ではお疲れ様でした。