——皇歴2017年12月。
神聖ブリタニア帝国内のとあるエリアで、革命的——もしくは史上最大の愚策——と言われる政策が始まろうとしていた。
『行政特区日本』。これまで、ブリタニア臣民とナンバーズと呼ばれる被征服者を明確に区別してきたブリタニアにとっては異例の政策。巷では、この政策を主導したユーフェミア皇女殿下が、イレブンの英雄であるゼロにたぶらかされたのではないか、との噂もされているほどである。
しかし、彼女はブリタニア皇帝シャルル・ジ・ブリタニアをはじめ、帝国宰相を務める第二皇子、シュナイゼル・エル・ブリタニアの支持を得ることに成功する。まだまだ問題点は残すものの、表面上は無事に特区設立記念式典当日までこじつけたのであった。
行政特区は、ゼロがすすんで黒の騎士団とともに参加することにより、大成功。それまで批判的だった軍部の大多数も、黒の騎士団という最大の反抗勢力を実質的に抑え込むことに成功したこの制度の評価を改め、コーネリアも渋々ながらもユーフェミアの功績を褒め称えた。
しかし、集まったほとんどの人たちは知らない。この成功が、1人の手によって危うく悲劇になるところであり、他の1人の手によって、かろうじて守られた平和への第一歩だったのだと…
○○○
会場から少し離れた場所にある、黒の騎士団が臨時に設置した医務室に1人の少女がいた。
数十分前、彼女のもとに届いた一報。それを聞いた途端、『ナイトメア内で待機』という命令を無視し、一目散に持ち場を離れていた。
『戦闘隊長殿が銃で撃たれた』
それが、少女のもとへと届けられた連絡であった。
彼女が医務室に駆け付けたとき、すでに彼はベッドで寝ていた。連絡が回った時点ではすでに最低限の処置は済んでいたらしい。
腹部を銃で撃たれたという報告を医師として詰めていたラクシャータから聞いた。弾丸は貫通したらしく、出血量は多かったものの命に別状はないとのことだった。
それでもなお、いまだに目を覚まさぬ彼の手を握りしめ、彼女は涙を流す。
「お願い…早く目を覚まして私を安心させて…」
脳裏に浮かぶのは、これまでの戦いで命を散らしていった仲間たち。
行政特区日本というある意味での平和までやっとの思いでたどり着いたのに、ここにきてまで彼を失ってしまうことは酷なことだった。
そんな彼女の心配をよそに、眠ったままの銀髪の彼は穏やかな表情を浮かべている。
「ん…」
「ライ…!よかった…!」
眠っていた彼の意識が戻った。しかしまだ朦朧としているようで、うまく焦点が合わない。
赤髪の彼女は、喜びのあまり、彼に抱き着いた。
言葉は出てこない。ただ、目から喜びの涙が流れ落ちるばかりだった。
「えっと…カレン…?ちょっと…痛いんだけど…」
「あっ!ごめんなさい…!」
ライの体の状態を思い出し、とっさに身を離すカレン。
そして、彼女の頬に手を伸ばすライ。
「僕は……生きてたのか」
「うん……」
「式典は、うまくいった?」
「うん……」
そう言ったカレンは再びライを抱きしめた。先ほどよりもかなり優しく、包み込むように。
ライはカレンの身体の重みを心地よく感じながら、あることに気が付いた。体の中から何かが抜け落ちている。
(ギアスの力が、消滅している——)
ユーフェミアを止めることに成功した、あの力を使うための感覚がまったく呼び起せなくなっていた。
「ゼロがね……あなたが魔法を使ったって……」
「魔法?」
「うん……あと一歩で、取り返しのつかないことになるところを……あなたが魔法で救ってくれたって」
「そうか……魔法か……」
「うん……」
「だけどカレン……僕はもうその魔法を使えないんだ」
「そうなの……?」
「あぁ……」
ライが使った魔法−−ギアスは、式典会場にいた全員にかけたものだった。ユーフェミアにかかったギアスを止め、そしてその場にいた人々全員にその光景を忘れるようにと。それだけのものを使用したのだから、ギアスの力が枯渇してしまったのも納得ができた。
「あの時何があったかは知らないし、ゼロのいう魔法もどうでもいいの。ただ……」
カレンは再び大粒の涙を流す。
「あなたが生きていて、本当によかった……」
涙を流しながら、カレンはライのことを見つめる。ライも自然とそれにこたえ、彼女の頬に手を添えた。
そのまま自然と顔が近づき、互いの唇と唇が触れる。
「うん……僕ももう一度、こうして君に会えてよかった。もう、きみに心配をかけたくない。ずっとそばにいるよ…」
「うん…私も、ずっとあなたのそばにいたい…」
お互いの顔を見つめあい、もう一度抱き合う。
「僕は君のことが好きだ、カレン」
「私もあなたのことが好きよ、ライ」
遠くからは特区成立に歓喜の声をあげる声がたくさん聞こえてくる。
その声を聴きながら二人とも笑みを浮かべていた。
○○○
「いいのか、ルルーシュ。お前もライに話があったんだろう?」
二人がいる医務室の外、扉の脇には黒ずくめでマスクをかぶった人物が腕を組んで壁に寄りかかっていた。
その人物に声をかけるのは緑髪の少女。
マスクの人物はその問いかけに静かに笑って答えた。
「あの中に割って入れると思うか?それに俺の話は今でなくてもいい。明日にでも出直すさ」
「ほぅ……童貞坊やの割には考えているようだな」
「誰にでも幸せは必要さ。もともと俺だって幸せに過ごせる世界を作るために行動を始めたんだ。やっとの思いで手に入れることができた幸せがどれほど大事かはわかるさ」
「ふっ……お前も甘くなったな。じゃあ私は先に帰るぞ。特区成立記念パーティにピザが出ているか物色してくる」
普段だったら小言を漏らすところだったが、今だけはそのような気持ちもわいてこない。
やっとのことで幸せを手に入れた親友をねぎらうとともに、感謝の言葉を述べる。
「ありがとう、ライ。お前がいなければ、悲劇を起こしてしまうところだった。お前には感謝してもしきれない」
扉の向こうにまで聞こえるはずのない言葉を残し、彼もまた、その場を後にしたのだった。
3人称視点が難しかったので、次回からは1人称にしようと強く決意したプロローグとなりました笑。
もう一つの連載作品もまだ完結まで持っていけてないのですが、たまたまやろうと思った構想ができてしまったので、プロローグだけでも…と載せました。
今後ともよろしくお願いします。