ジルクニフは玉座の間の前まで案内された。
フールーダ、彼の高弟数名、帝国四騎士、秘書官、近衛五名を連れて来た。
フールーダはあまり連れてくる気はなかった。証拠は無いものの、まず十中八九裏切っただろう。しかし表面的には魔導国にはまだ鞍替えしておらず、本人がナザリックへ行く事を懇願したために連れてきた。
四騎士に関しては、デスナイトが馬車の周りを守護するので全員連れてきたのだ。属国となった我々を奴が安易に攻撃するとは思えない。そのような行動に出れば魔導国が周辺国家から反感を買うからだ。エ・ランテルを平和に統治している魔導王はその行動に出ないはずである。
それに四騎士と秘書官にはどうしても自分の最期の姿を見て欲しかった。
♧
間の扉の前に立つ。この奥に魔導王がいる。扉が自動的に開き、中から見えるのはやはり壮観。
道の両脇に並ぶ異形異形異形異形異形異形異形異形異形……。玉座の周りに集まる7人の側近。前回は見なかった執事のような老人もいる。
そしてこの世の闇を凝結させ、「死」を顕現させた存在。アインズ・ウール・ゴウンが中央に座している。
「(よくもまぁ、ここまでの財も知も力も兼ね備えている奴と戦う気が起きたものだ…。今となっては、愚かであったとしか言えまい。
だが!!)」
ジルクニフは玉座の間を見渡して、皇帝として再度決意した。
「行くぞ!」
自分自身へ、そして部下達へ喝を入れた。
───彼はこの数カ月を思い出す。
フールーダの提案でナザリックにワーカーを送り込んだ。ここから全て始まったのだ。
ドラゴンに乗った2人のダークエルフの少女がやってきて衛兵や騎士が何人も、そして四騎士の一人が大地に飲み込まれた。竜の尾を踏んだ、と言わんばかりの出来事だった。
ナザリックに赴き、アインズ・ウール・ゴウンと舌戦をした。だが舌戦とは名ばかりで、ジルクニフの発言の殆どは魔導王の台本通りだったのだろう。魔導王の圧倒的な『財』が証明された。
王国との戦争で魔導王が魔法を一つだけ放った。たった一撃で十八万超の死者が出た。魔導王の圧倒的な『力』が証明された。
法国との闘技場での密談を魔導王に阻止された。魔導王の圧倒的な『知』が証明された。これをきっかけに魔導王への敗北を認め、属国化を願い出た。
そして今。
魔導王を前に、属国の皇帝として跪いた。
「さて……久しぶりだな。ジルクニフよ。」
「お久しぶりです、魔導王陛下。闘技場でお会いして以来です。」
「私が帰国して早々に呼び出したことは申し訳ない。急がせたであろう。
まず早速だが、お前の口から教えてもらおうか。なぜ闘技場で私と会った時に属国化を願い出てきたのかを。」
(これは踏み絵だ。真実を言えば法国を売り渡すことになり、偽りを言えば帝国が…いや法国もまとめて潰されるだろう。だが嘘を言ったところで逆効果だ。魔導王は証拠と確信を持っている。)
「もし少しでも嘘を言えばどうなるか…分からないお前ではないよな?
それと、お前達はジルクニフが何を言っても一切動くな。」
魔導王はそう言うと玉座に並ぶ下僕たちの方を一度向く。ジルクニフに向き直すと、言うように催促した。
「はっ。私は────」
♧
ジルクニフは
・対魔導国の同盟を結ぼうとしていた事。
・その為に法国と闘技場で密会していた事。
・しかし魔導王が現れて同盟締結が完璧に防がれ、帝国を守るために属国化を願い出た事。
この3点を嘘偽り無く魔導王に告げた。
「なるほど。正義が何かを履き違え、人類の存続をかけて動いた。つまり、
(全ては魔導王のシナリオ通り……か。はっきり言ってこいつの英智には感服の他は無い。)
「さて今日来てもらった本題に入ろうか。まずバハルス帝国の今後について、私の考えを述べたいのだが。」
「はい。」
帝国の今後、とは一体何であろう。
例えばデスナイトで警備するため、死体を年に○人送れ、とか。
いやしかし、エ・ランテルは初めに思っていたほど暴力的な支配はされていない。むしろ平和的に統治されている。恐らく、敵対者には冷酷に、恭順する者に対しては理知的に対応するのが魔導王なのだろう。
しかし魔導王の考えるものは帝国が国として存続する未来ではなかった。
「バハルス帝国は一年後、我がアインズ・ウール・ゴウン魔導国と併合したい。この一年後というのは目安だな。早まるかもしれないし遅くなるかもしれない。」
魔導王のその言葉に反応して、連れてきた部下達がすこし騒がしくなった。当然だ。属国化の時ですらバジウットとニンブルがあの様子だった。魔導王が言った併合の考えの驚きは属国化よりも大きかった。
だが魔導王の前。少しだとしてもザワつくことは許されるはずがない。
「そ───」
「───『静かにしたまえ』」
魔導王が何かを言おうとした所、デミウルゴスと呼ばれた
(属国化も、全て我々を──いや我々のみならずおそらく王国、聖王国、法国の事も飲み込むために何かもう手を打っているのかもしれない。)
「『自由にしたまえ』」
「ありがとうデミウルゴス。」
「感謝なぞ勿体なきお言葉。」
「さて、併合しようと思った理由は──」
魔導王は左手を目に辺りに当てて、言葉を続けた。
「──大きく二つあるな。
第一に帝国の民の暮らしをさらに厚く保証するためだ。もしかしたら多少の税収変動はあるだろうな。ただの属国に対してより魔導国の都市に対しての方が手厚く、暮らしをバックアップしたいと思うのは心理的に当然であろう?」
「それはそうですが…。何故帝国を併合してまで」
「それは後程答えよう。まずは私の話を聞きたまえ。
第二に、エ・ランテルでの実用例を見れば分かるがアンデッドは利用価値が極めて高い。噂に聞けば帝国もアンデッドを労働に利用しようと考えていたのだろう?
貸し出すアンデッドは私の支配下にあり、一切危険で無い。それでも心配であるならば命令権を讓渡しても構わない。
防衛面においてはアインズ・ウール・ゴウン魔導国と併合される事でバハルス帝国は真なる平和を手に入れるだろう。もちろん、アンデッドは農業や運搬にも有用性を発揮する。
…あぁ、安心してくれ。帝国民から税のように人間をアンデッドに変えたりはしないさ。そこの心配は無用。
併合についてジルクニフよ、異論は?この場で答えが出ないなら持ち帰って検討しても結構。」
魔導王の顔が笑っているような気がした。反対をしようものなら恐らく悪い未来が待っている。持ち帰った所で結局、賛成するしか道は無い。
魔導王を前に舌戦だろうが勝機がないジルクニフは諦めたように認める。
「…ありません。」
「うむ。その一年は皇帝として帝国を統治してくれ。」
ジルクニフの背中から安堵の息が聞こえた。この場でジルクニフが殺されないと分かったからだ。
だが安心は出来ない。一年後に併合すると同意したためだ。魔導国の一部になったのなら暮らしの質は格段に、確実に向上する。密かにアンデッドに労働させようと計画していたジルクニフ達はそれを分かっていた。
「そして……都市化の際にはジルクニフの皇帝の地位も剥奪する。"帝国"では無くなるのだから当たり前の事だ。
自分の地位に固執せず、真に帝国の民の暮らしを第一に考えているのなら別に問題ないはずだ。そうだな?ジルクニフ。」
「その通りです。異論はありません。」
「それでは一年間はジルクニフには皇帝として帝国を統治していただくこう。その一年で国民にもアンデッドの有用性・利便性を理解させる。一年後には、
問題は、なにも無いよな?」
「ありませ──」
ジルクニフが諦めたように言い切ろうとした時、それよりも前にひとりが声を上げる。
「お待ちください魔導王陛下!!」
「……ほう。なんだお前は。たしか…ニンブル……と言ったか?」
「はっ!私はニンブル・アーク・ディル・アノックと申します。
魔導王陛下!どうか、どうか!皇帝陛下を刑に処さないで頂けないでしょうか!!私の身の程をわきまえていない発言だとは───」
「おいニンブル!!!魔導王陛下の前だぞ!私の顔に泥を塗るつもりか!」
ジルクニフは怒りから魔導王の前でのニンブルの発言を遮る。だが魔導王は軽く手を振り、
「構わん。続けろ。」
「はっ!
ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス皇帝陛下は素晴らしい御方であり、帝国の発展にご尽力なさってました。外交能力・交渉能力も高く、さらには深い知識と教養をお持ちです。加えて我々や帝国民からの信頼はとても厚く───」
ニンブルが止まらない舌で皇帝の優れている点を述べていく。
「ククククッ。」
そしてニンブルの異議申し立ては今度は魔導王の笑いによって遮られた。
「いや済まない。
ジルクニフ。お前はとても信頼されているのだな。だがな、ニンブルよ、早とちりするな。お前は何か勘違いをしてはいないか?」
「勘違い…ですか?」
「そうだ。」
魔導王はそう言うと『ニヤリ』と笑って告げる。この表情は、何故か顔が骨だけでも明らかに読み取れた。
「私がいつ『ジルクニフは我々に敵対しようとしたため、処刑する』なんて言った?」
「先程笑った事を許して欲しい。だが私の
ニンブルよ。お前はこの私に向かって堂々と意見した。
忠道、大儀である。努々その在り方を損なうな。」
今のジルクニフ達を一言で表すなら「ポカーーーン」である。流れ的に「ジルクニフは皇帝の地位を剥奪後、我々に敵対しようとしたため処刑す」という流れであった。
「さて…バハルス帝国を我が国と併合、『バハルス領域』とした際には、新たな『領域守護者』にジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスを任命。担当はバハルス領域とする。
アルベド、デミウルゴス、彼が領域守護者になる事になんの問題も無いな?」
「なんの問題は御座いません。」
「アインズ様の御心のままに。」
即答だ。しかもニンブルの異議申し立てに魔導王の下僕たちは微塵も動じなかった。
つまり。これはジルクニフの部下からの信頼度を検証したにすぎない。
魔導王によって道は初めから用意されていた。それに乗るか反るかはジルクニフ達次第だったという事だ。
「領域守護者、とは一体どのような…」
「まあこの場合は都市長の様なものだ。いや少し違うか。
そうだな…。その辺りの事は後ほど草案の件などとまとめてアルベド、デミウルゴスとすり合わせてくれ。頼んだぞ。」
「畏まりました。」
「さて、帝国に懇意にする理由は一国の支配者として情けないものでな。ジルクニフよ、闘技場で声をかけた理由の一つは、私の勝手な理由からなんだよ。
私は帝国と、いや、君とは敵対したく無かったのだよ。」
(こいつ…何を考えて……。
……いや!この状況で私個人に恩を売ろうが売りまいが魔導国に帝国が下ること決まっている。
つまりただ単純にそう思っているだけ……なのだろう。この場においては言葉の裏を読む必要は皆無だ。)
「なに。深い考えは無い。単純にして明快。
初めて私と会った時堂々としていた。それに今までの君は何一つ間違った手を打ってきていない。帝国を第一に考えている。私は君をとても評価しているのだよ。
つまりだな。」
魔導王は手を差し出し、ゆっくり告げる。
「ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス。
────私と友にならないか?」
・意見等は感想欄へお願いします。敬語が変な気もするので訂正をバンバン加えると思います。
・Fate/Zeroのギルガメッシュの「忠道、大儀である。努、その在り方を損なうな。」って名言使いたかったんだよなぁ。なのでゴリ押しでぶち込みました。
・お分かりでしょうが、アインズが「ジルクニフ。お前の口から属国化の理由を語れー!」はアインズの常套手段である「デミえもぉ〜〜〜ん、皆に私の真意を聞かせてあげてぇ〜〜(俺も聞きたい)」の派生です笑
アインズは武力で脅して真実を語らせました。アインズの想定通り動いた訳がありません。笑