厄神様は幻想郷が大好き【完結】   作:ファンネル

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第八話

 

「雛ッ! 私たちと弾幕勝負だッ!」

 

 

 状況を判断できない雛は混乱していた。

 どうしてこんな事になっているのか?その上、弾幕勝負とは一体どう言う事なのか。

 

 

「にとり! これは一体どういう事なの!? 何でこんな……それに弾幕勝負ってどういう事!?」

「まぁ、普通はそうなるわな。私があの厄神の立場だったら同じように発狂するぜ」

 

 

 雛の言葉に魔理沙がそう呟いた。

 無理もないだろう。ここのは各勢力のトップが揃いもそろって並んでいるのだから。

 そして魔理沙の後ろからにとりが叫んだ。

 

 

「雛ッ! 今雛が纏っているその厄を、全部弾幕に変えて吐き出すんだ! 私たちがそれを受け止めて見せるからッ!」

「なん……ですって……? 何を言っているの? にとりッ!」

「聞こえなかったのかい雛ッ! 私たちが雛の厄を受け取るって言ったんだ! さぁ雛ッ掛かって来い!」

「馬鹿なこと言わないでッッ!!」

 

 

 雛の――とても温厚な雛の顔が酷く歪んでいた。真剣そのものだった。

 

 

「貴女達は一体、何を考えているの!? ここにいたら危険だから早く離れなさい!」

「嫌だよ!」

「何ですって!?」

「ここにいるみんなは雛の厄を受け止めるためにやって来たんだ! 雛を元に戻すために来たんだ! 君の厄をどうにかしないうちには絶対に帰らない」

「~~ッッ!!!」

 

 

 にとりの言葉にその場の全員が頷いた。

 本気だった。あの場にいる全員は本気で厄を受け止めるつもりだ。

 厄を弾幕に変えたとしたら、それはスペルカードルールに適用されない攻撃的な弾幕に代わるだろう。それは物理的なダメージが発生するだけでなく、もしも被弾したのならば厄が全身に回る事になる。

 『厄』と言うのは、何も災難の要因、起因になる現象だけを言うのではない。マイナスの思念――恨み、辛み、妬み、嫉み、僻み……それら全ての負の感情がもたらす心意現象も『厄』に内に入る。そんな物が体に入ってしまったのならば、精神に深い傷を負う事になるだろう。人間の業を受け止めきれる存在など何処にもいやしない。人間は言わずもがな、精神面の大きい妖怪にとってもこれは致命的だ。

 

 

「山の神よッ! 貴女なら分かるはずです! こんな事に何の意味もない事を……ッッ!」

 

 

 雛は神奈子の方を向いて叫んだ。

 意味は無い。危険を冒し、厄を消す事に成功しても、時間が経てばすぐに溜まる。無意味だ。

 

 

「まぁ、確かにそうなんだが……」

 

 

 神奈子は頬をポリポリとかいて、バツが悪そうな顔で答えた。何せ、自分自身、意味がないと何度も何度も口を酸っぱくしてにとり達に言ったのだから。

 

 

「それだったら……ッッ!!」

「でもな、頼まれたからなそいつ等に。ほら、私は神だろ? 頼りにされて何もしないってのは私の神としてのメンツに関わるのだよ」

「ッッ!!」

 

 

 神奈子の横で、早苗と諏訪子が冷めた目で神奈子を見た。

 よく言うわ~……と言わんばかりの目で、神奈子は少したじろいだ。

 雛も神奈子たちに何を言っても無駄だと判断したのだろう。神奈子ではなく、今度は霊夢と紫の方を見て睨んだ。

 

 

「博麗の巫女に八雲の管理者ッ! 貴女達を見損ないました! 貴女達二人のどちらかが欠けた時、幻想郷は終焉を迎えるッ! こんな……後先考えないような行動に走るなんて……ッ!」

 

 

 雛の叫びに、霊夢と紫はお互いに顔を見合わせた。

 そして少し考えた後、こう答えた。

 

 

「いやだって、これって『異変』って呼べるレベルじゃない? 『異変』を解決するのは私の仕事なんだから、私が出張って来ても何もおかしくないと思うんだけど……」

「な……ッ! も、もしも私が厄を弾幕に変えた場合、物理的なダメージが発生するのよ!? これはスペルカードルールに反する事ッ! ルールの上でしか異変を解決で出来ない巫女は下がっていなさいッ!」

「――イラ……来たよこれ、うん。久しぶりにカチンと来たわ」

 

 

 霊夢の頭に血管が浮き出てきた。そして神に仕える巫女とは思えないような憤怒の面構えに成っていった。

 雛の言葉は霊夢の地雷を踏んだようだ。霊夢には雛の言葉を気にしているのかどうかは分からないが、かなり癇に障ったようだ。

 そんな霊夢を見て、紫は面白おかしく笑っていた。

 そして、紫は微笑を絶やさないまま、雛に向かって言った。

 

 

「うふふ、厄神様。確かに貴女の言い分は尤もです。この子は決められたルールの上でしか闘えない未熟な巫女。しかしこの子はスペルカードルールを相手に守らせる立場にある者です。ルールを守らせる側にあるこの子にとって、ルールを無視した攻撃を対処する技術を身に付ける事は必要不可欠。ですので、今回のこの一件、この子にはいい勉強になると思われるのですが……」

「な、な、な……!?」

 

 

 雛は唖然とした。この二人は一体何を言っているのかと……。

 博麗の巫女と八雲の管理者は重要度は幻想郷でもトップだ。二人のうちどちらかが掛けたら幻想郷は終わる。

 大袈裟でも誇張表現でもないのだ。だと言うのに……。

 そしてそんな唖然としている雛に対し、大きな声で叫んだものがいる。魔理沙だ。

 

 

「ごちゃごちゃと五月蝿いぜッ厄神! どうしても私たちと弾幕勝負しないって言うのならお前をそのまま連れて帰るぜッ!」

 

 

 『にとり、しっかりと掴まってろ』

 そんな事を口にした途端、魔理沙は猛スピードで突貫しはじめた。魔理沙の行動は神奈子たちにとっても予想外の行動だった。まずは雛を弾幕勝負をする気にさせなければならないと言うのに、そのまま連れ帰ってたのでは意味がない。誰もが魔理沙の行動に驚いた。

 だが、一番驚いたのは雛の方だった。

 この時、雛の頭の中では突貫してくる魔理沙とにとりをどう対処すべきか、頭を回転させながら考えていた。

 魔理沙は猛スピードで雛に迫る。このままでは不味い。そう思った雛は、無意識に、弾幕を張った。

 

 

「わ、私に近づかないでッ!」

 

 

 その瞬間、雛の体が光り出した。纏っている厄が集まり、光と成って弾幕へと姿を変え、一斉に魔理沙を含む、全ての者へ撃たれたのだ。

 

 

「なッ……にいいぃ!?」

 

 

 その威力。その質量。ただの弾幕では無い。魔理沙の目の前には隙間など存在しないほどの弾幕の壁が迫り寄って来たのだ。

 魔理沙も勝算が無かったわけではない。雛が弾幕で応戦する可能性は十分高かったと判断していた。その上で、回避しきれると思ってた。伊達に幾つもの異変を弾幕勝負で解決して来たわけでは無いのだ。回避力には自信があった。どれだけの規模の弾幕であろうとも、避けられる。そして避けた弾幕は後ろの連中が何とかするだろう。――そう思っていた。

 

 だが、それが余りにも無謀な事であったのかを、魔理沙は目の前の弾幕の壁に迫られて初めて気付いた。

 

 

「魔理沙ぁッ!! ――霊符『二重結界』ッ!!」

 

 

 霊夢が叫んだ。その瞬間、魔理沙たちの目の前に結界が織りなす二重の壁が顕現した。結界は雛の弾幕を一斉に受け止め、魔理沙たちを守った。だが凄まじいまでの質量で迫ってきた弾幕を受けきれるはずも無かった。ガラス細工が崩れ去るような音を出しながら一重目の結界が崩壊した。二重目の結界が破壊されるのももはや時間の問題だった。だが、それだけで十分だった。魔理沙たちはすぐさま上昇し、雛の弾幕を回避する事に成功したのだった。魔理沙が回避した時、結界は完全に崩れ去った。

 

 そして魔理沙が避けた弾幕は後ろに控えている者たちに襲いかかって来た。

 

 

「全員ッ! 弾幕を張って相殺しろッッ!!」

 

 

 神奈子が叫んだ瞬間、その場にいる全員が弾幕を放った。弾幕の質も量も負けているが、人数の理ではこちらが上であった。一斉に放たれた弾幕は雛の弾幕とぶつかり合い、相殺されて行く。

 結果、雛の放った弾幕は跡も残らずに消滅したのだった。

 しかし、この結果を喜ぶものは何処にもいなかった。余りにも規格が良すぎるほどの弾幕。全力で放った者もいれば、様子を見て多少の力で放った者。それら全ての弾幕が放たれてようやく相殺、互角であったのだから。

 

 魔理沙たちは一旦、距離を取り、皆と合流した。

 

 

「はぁ、はぁ! す、すまない霊夢」

「無茶しないで魔理沙。――それにしても、なんて規格外な弾幕なのかしら。本当にあれはあの時の厄神なの?」

「恐るべきは人の業。――と言った所かしら?」

 

 

 紫がそう呟いた。あの弾幕の威力が人間の厄を吸いとって出来たモノなのならば、確かに恐るべきは人間の方であるとも言えるだろう。

 

 そして弾幕を放った雛は少々動揺していたようだが、すぐに気持ちを切り替えて叫んだ。

 

 

「はぁ……はぁ……。こ、これで解ったでしょうッ!? 貴女達にこの厄を受け止める事は出来ないッ! だから帰りなさいッ! 怪我をする前にッ!」

 

 

 雛にとってはそれは最後通告だったに違いない。もう時間もそれなりに経っている。丑の刻が尤も厄が強まる時間帯。この時間で無ければ厄流しが出来ないわけではないが、どうせならより多くの厄を持っていきたいと言うのが雛の本音だったからだ。

 

 だが、雛の言葉に耳を傾ける者はいない。

 驚き、たじろぐ者もいるのだが、帰ろうとする者は皆無だ。

 一体、何が彼女たちをここまでさせているのか。雛には理解が出来なかった。

 

 

「分からない……分からないわッ! 一体、何なの貴女達はッ!? 何でこんな事を……」

 

 

 雛の叫びに、にとりは大きな声で返した。

 

 

「それじゃ、逆に聞くけど雛ッ! 君はどうして『あの時』、霊夢と魔理沙の二人を助けようとしたんだ!?」

「あ、あの時?」

「そうさ、あの時さ。八坂様たちが初めて幻想郷にやって来た時の異変の事さ! 雛は二人が妖怪の山に入るのを止めようとしたよね! 危険だからと言って、二人を助けるつもりで止めようとしたんだよね!? 何で助けようとしたんだい!? 雛には何の得もありはしないと言うのに……」

「それは……」

「その結果、雛は弾幕勝負をする羽目になって。そうなってまで二人を助けようとした。ほっとけば良いのに……」

 

 

 にとりの言う通りだった。雛は言っても無駄な二人をほっておくと言う選択もあったのだ。なのに、助けようとした。弾幕勝負をする事になってまで……

 何故か?

 それはなぜだ?

 雛はここに来て、にとりの意図を読み取る事が出来た。

 自分は――危険な目に会うかもしれない二人を助けたかった。例え、弾幕勝負を持ちいられようとも……人間を助けたかったのだ。

 

 

「私たちは、あの時の雛と同じさ。助けたい。ただその想いだけなんだ。損得なんか関係ない! 雛、私たちは君を助けたい! 元に戻してあげたいッ! また、君に……笑顔になってもらいたいんだ! だから私たちは逃げないッ! たとえ、危険な目に会おうが絶対に……!」

「にとり……」

 

 

 にとりの叫びに皆が同意の意を示した。

 それと同時に雛は理解した。そうか……この者たちはあの時の自分なのか……と。

 ならば口で説明した所で何の意味もない。

 宙に浮き始めた。そして、皆に視線を合わせたのだった。

 

 

「本当に勝手だわ……にとり……貴女は勝手すぎるわよ。私は助けて欲しいなんて言ってないのに……消える事を望んでいるのに。貴女は酷い人ね……」

「そうとも! 人間に毒され過ぎてね。私も随分と自分勝手な妖怪になっちゃった!」

「……まぁ、あの時の私も助けて欲しいなんて言われてないのに、勝手に助けようとしたから人の事言えないのだけどね。――分かりましたッ! その『弾幕勝負』、受けて立ちましょうッ! 貴女達を退け、私は厄神としての本懐を遂げて見せるわッ!」

 

 

 弾幕勝負を承諾した瞬間、雛から大量の厄が発生した。月明りに照らされた河は完全に黒く濁り、空は不穏な空気にさらされる事となる。妖怪の山は完全に厄に包まれる事となった。

 

 

「なッ……うッ……おえええぇぇッッ!!!」

「さ、さとり様ッ!」

 

 

 雛が厄を展開した瞬間、さとりが嘔吐した。

 さとりの突然の嘔吐に皆が驚愕した。だが、神奈子だけはさとりの事態を把握していた。

 

 

「ちぃッ! さとりよ、『アレ』を直接『視た』のか!?」

 

 

 神奈子の言葉に大部分の者たちが理解した。

 雛は今の今まで幻想郷中から集めて溜めた厄を解放したのだ。それは厄と言うよりも、凝縮された『悪意』と言う表現の方が正しいかもしれない。

 心を読み取るさとりは、そんな凝縮された悪意の全てを読み取ってしまった。精神に致命的なダメージを負ってしまった。

 

 

「おいッ黒猫! さとりを連れて下がれッ!」

「あ、は、はいッ!」

 

 

 神奈子は燐にそう命令した。燐はさとりを抱えたまま後方へと飛んで行った。

 

 さとりを非難する者は誰もいない。むしろ事態の深さを誰よりも率直に教えてくれたとみんな思っていた。

 一目『視た』だけで、さとりを昏倒させるほどの厄。それが弾幕となって放たれた場合、どうなるのか……。皆に緊張が走った。

 そして雛の回りの厄が弾幕に姿を変え始めた。先ほどと同じだ。美しさを競い合う弾幕はどれもこれもが美しい色合いをしているが、雛の弾幕は美しさとは完全にかけ離れた色をしている。鈍く黒光りする弾幕の一斉発射は広範囲にばら撒かれ、一斉ににとり達を襲い始めた。

 

 

「これまで溜めてきた厄を――人間の業を受けてみなさいッ!」

 


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