厄神様は幻想郷が大好き【完結】   作:ファンネル

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第七話

 事の発端は数時間前の、守矢神社で起きた。

 

 

「雛が厄の消費をしきれないと言うのならば、雛から厄を取り除く方法は一つしかない。今溜めこんでいる厄すべてを吐き出させる事だ」

 

 

 神奈子がそうみんなに伝えた。

 溜まったモノは吐き出すのが一番。単純な理屈ではあるが合理的でもある。だがそれは厄が消えた事にはならない。ただ吐き出されただけだ。

 

 

「ちょ、ちょっと待ってください八坂様。それは厄が消えた事にはなりませんよ? むしろ厄を幻想郷に降りかからせる事になります」

 

 

 射命丸がそう質問を返してきた。だが彼女の言い分も尤もだ。今の雛の回りにある厄が全部吐き出されたらきっと幻想郷中に厄が蔓延する事になるだろう。その結果、幻想郷には多くの災難が降りかかるに違いない。

 

 

「射命丸、最後まで話を聞かないか。そんな事私だって分かってるさ」

「あ、す、すみません……」

 

 

 さすがに神奈子も無策と言うわけでもなかったようだ。文はバツが悪そうな顔で引っ込んだ。

 

 

「話を続けるぞ。確かに射命丸の言う通り、ただ厄を吐き出させれば良いと言うわけではない。それじゃ意味がないからな。だからこそ、厄を何かに変換させて吐かせなければならない」

「変換? 厄をか?」

 

 

 魔理沙が尋ねてきた

 

 

「そうだ。お前たち人間も食物を小便や大便に変えて体外に出すだろう? それと同じだ」

「ッッ!!? げ、下品だぞッ!神奈子ッッ!!」

「そうですッ! その例え話はありえませんッ!」

 

 

 魔理沙と早苗。人間二人が顔を真っ赤にしながら怒鳴った。心なしか、にとりも天狗二人も顔を赤くしてしまった。

 

 

「す、すまない。確かに今の例え話は品が無かったな……。ち、違う例え話をしよう。魔理沙。お前は魔力をどんなふうに消費する?」

「私か? そりゃ、空を飛んだりとかして消費するが……」

「それじゃ一番魔力を消費するのは何をする時だ?」

「そりゃモチロン弾幕勝負だろうな。特にマスタースパークは燃費が悪くて……あッ!!?」

 

 

 何か魔理沙が気付いたようだ。魔理沙だけじゃない。早苗も何かに気付いたように顔を驚かせていた。

 

 

「そうだ。厄神の原動力は厄だからな。つまり雛の厄を全て弾幕に変換させて吐き出させればよいのだ。そうすれば雛の厄は無くなる事になるだろう」

 

 

 厄神の原動力は厄。そしてその厄を弾幕に変換し、大量に吐き出させる。それが神奈子の出した作戦だった。

 にとり達は次第に笑顔になって行く。希望が見え始めてきたからだ。なんて事は無い。要はただ単に弾幕勝負をするだけで良いのだから。

 しかし、顔がゆるんできたにとり達に比べ、神奈子と諏訪子は未だに真剣な顔をしている。

 

 

「まあ待て。確かにこの方法ならば厄神から厄を取り除く事が出来るが、問題が幾つもある。その中で最も難しいと思われるのは、消える事を決意している厄神をどうやって弾幕勝負をする気にさせるかと言う事。そして、もう一つは厄神の放った弾幕を受けきる事が出来るかどうかだ」

 

 

 雛はすでに消える事を決意しているのだろう。

 そんな雛に弾幕勝負を強いらなければならない。確かに難しいかもしれない問題だ。

 だが、神奈子の言ったもう一つの問題。雛の弾幕を受けきれるかどうか。この問題だけ魔理沙には理解できなかった。なぜなら魔理沙は一度厄神に弾幕勝負で勝っているからだ。

 

 

「神奈子。厄神の弾幕を受けきれるかどうかって……。あいつの弾幕はてんで大した事ないぜ? 実際、私は勝ったこともあるし……何が問題なんだ?」

「馬鹿を言うな魔理沙。私は受けきれるかどうかと言ったぞ? 厄を弾幕に変えると言ったがそれは通常の弾幕と違い、厄を含む弾幕と言う事になる。つまり雛の『弾幕を避ける事は許されない』。分かるか? 『避けてはならない』のだ。こちらも弾幕を放ち、厄神の弾幕を消し飛ばさなければ厄を消すと言う事にはならない。」

「げッそれって……!」

「お前たち人間は火力と言うよりも回避に重点を置いているだろう。そんなお前たちが今の厄神の弾幕を消すほどの力があるはずもない。その上お前が相手にした時の厄神は、厄が安定していた時の厄神だ。だが今回の厄神は違う。厄が溢れかえっており、その厄が弾幕として放出された場合、どれだけの威力になるか想像も出来ない。その上、あれだけの厄だ。ただの弾幕ではないのかもしれない。物理的なダメージが発生するのか……。少なくとも遊びではなくなるぞ。スペルカードルールそのものが適用しないかもしれない」

「ッッ!……そ、それは……ッ!」

 

 

 弾幕勝負の一番の特徴は殺し合いを禁じている所にある。

 そのため妖怪たちは気軽に異変を起こせるし、人間たちも軽い気持ちで異変を解決出来る。力の無い人間が唯一、強力な妖怪に立ち向かえるルールとも言えるだろう。 

 だから、神奈子の言ったスペルカードルールが適用しないと言うセリフは魔理沙を戦慄させるに十分すぎる威力を持っていた。そして神奈子の言葉の意味を重くとらえたのは魔理沙だけでは無い。同じ人間の早苗も、種族として力の弱い方でもある河童も。神奈子の言葉に戦慄した。

 

 

「そして、大問題がもう一つ……」

 

 

 神奈子はさらに言葉を続けた。

 

 

「この作戦自体が根本的な解決にはなっていないと言う事だ。一旦、厄が無くなったとしても時間が経てばまた同じ事が起きる。元の木阿弥だよ。その場しのぎの作戦でしかない」

 

 

 神奈子の作戦はただ厄が無くなるだけだ。雛の厄の貯蔵量が増えるわけでもない。根本的な解決にはなっていないのだ。

 

 

「そう言うわけだ河童よ。一応、策の全てを話してはやったが――やはりあまりお勧めは出来んぞ? 危険が伴う上、根本的な解決にもなっていない。それでもお前はあの厄神を止めるのか? 厄を溜めきれなくなった力の無い者のために命をかけるのか?」

 

 

 神奈子がどうして最初に雛が消える事を考えたのかその場の全員がようやく気付いた。

 根本的な解決方法が無いからだ。それだったら、危険が無くてより確実な方法。つまり雛が消えて次の厄神を待つと言う方法の方がはるかに良いだろう。もしも次の厄神が雛よりも優秀だったら儲けもの。例え雛より劣っていたとしても厄神のシステムの循環が早まるだけ。それだけだ。

 

 神奈子の問いににとりは答えた。

 

 

「勿論だよ。私は雛を助ける。絶対に消えさせない」

 

 

 迷いの無い言葉だった。

 神奈子は顔をしかめながら再度問うた。

 

 

「厄神は助けて欲しくないと思ってるやもしれぬぞ?」

「雛の気持ちは関係ない。私が助けたいから助けるんだ。その結果、雛に恨まれる事になっても、私は構わない」

「……そうか。分かった、もう止めない。好きにすればいいさ」

「ありがとうございます。八坂様」

 

 

 にとりは立ち上がり、一礼した。そして魔理沙の方を向いて言った。

 

 

「魔理沙、聞いての通りだ。かなりの危険が伴うかもしれない。魔理沙はここで降りた方が良いと思う」

 

 

 付いて来てくれると言った魔理沙だったが、人間の魔理沙では荷が重いと判断したにとりはここで同盟を切ろうと言いだした。

 

 

「冗談じゃない。私も行くぜ」

 

 

 だが魔理沙はにとりの提案を鼻で笑いながら返した。

 

 

「八坂様の話を聞いてなかったのかい? 魔理沙、スペルカードルールが適用しないかもしれないんだ。人間の君には危険すぎる」

「要はただの危険な弾幕勝負ってだけの話だろ? 弾幕勝負なら私は誰にも負けない自信があるんだ」

「で、でも……危険すぎる」

「良いから連れて行けよ盟友。大体、お前の火力じゃ雛の弾幕を相殺しきれるかどうかも怪しいじゃないか。私がお前の武器になってやるよ」

「それは……いや、魔理沙……ごめん」

「ごめんじゃない。そこはありがとうって言うんだぜ?」

「そ、そうだね。あ、ありがとう魔理沙……」

 

 魔理沙は本気だった。本気で得にもならない事だと言うのににとりを手伝おうとしていた。それは彼女の意地か何かか……。それはきっと魔理沙にしか分からないだろう。

 魔理沙の本気の目を見てにとりはとうとう首を縦に振った。

 

 

「それじゃ、私たちはもう行くよ。八坂様、早苗。いろいろありがとう」

 

 

 にとりと魔理沙が出て行こうとした時だ。突然、後ろから声が響いた。

 

 

「待ってくださいッ!」

 

 

 早苗だった。

 

 

「――私も。私も行きますッ!」

「え?」

「ちょッッ!? さ、早苗ッ!?」

 

 

 早苗のいきなりの発言に素っ頓狂な声を出したのは神奈子だった。

 神奈子は急いで早苗を諌めた。

 

 

「さ、早苗、何を言ってるんだい! 私の話を聞いてなかったのかい!?」

「聞いてました。しかし、『義を見てせざるは勇なき無り』と言います。二人の覚悟を見て動かなかったら人として笑われます」

「お、お前は私の風祝だろうッ!? 他の神のために動くなんて……!」

「お言葉ですが神奈子様。私は風祝と同時に現人神。下の者の願い事を聞けなくて何が神ですか!? ――とにかく、私は行きます。何を言っても無駄ですから」

「さ、早苗~……」

 

 

 早苗は立ち上がり、にとり達の所に寄って行った。

 

 

「良いのかい? 早苗」

「良いんですよ。嫌だと言われても後ろから付いていきますから」

「……ありがとう」

 

 

 早苗がそう言った時、射命丸が三人を止めた。

 

 

「お待ちください御三方」

「……な、何だ射命丸」

 

 

 気持ちが一つになっていざ出発と言う時のこの発言。

 魔理沙は少しイラっと来た。だが射命丸は気にせず言葉を続ける。

 

 

「三人でも恐らく手に余るでしょう。我々が各勢力に協力を要請してきます。了承さえ取れればかなりの戦力を揃えられるはずです」

「な、そ、それは本当かい、文!」

 

 

 一番最初に喰いついたのはにとりだ。

 他の勢力から協力を得られればかなりの戦力になるはずだ。

 

 

「はい。さすがに全ての勢力を……とはいきませんが、話だけは付けておきます。尤も危険が伴う今回の一件。協力を得られる保証は出来ませんが……」

 

 

 射命丸の提案は魅力的なものだった。確かに得にもならないのに協力してくれとは虫の良い話ではある。だがもしも。もしも手伝ってくれる者がいればこれと無いほど心強い存在になる。

 

 

「では、私は各勢力の元へ行き、話しを付けてきましょう。椛、貴女は大天狗様に報告を。この妖怪の山が決戦の地になるでしょうから。もしも余裕があったのならば天狗の勢力を使う事の提案もしておいてください」

「了解しました」

「それでは、行って参ります!」

 

 

 文は窓から凄まじい速度で彼方へと消えて行ってしまった。椛もそれを追うかのように守矢神社から離れて行った。

 にとり達も行動を開始しようと、守矢神社を離れて行った。

 そしてにとり達が出て行き、静かになった守矢神社では神奈子と諏訪子が取り残されていた。

 

 

「行っちゃったね、みんな」

「そ、そうだな……」

「それで? 神奈子は動かないの?」

「はぁ? じょ、冗談だろう諏訪子。なんで私が他の神のために……」

「うわぁ、ないわ~。作戦の立案者が何もしないとかないわ~」

「ウぐッ!」

「あの子たちに危険が伴うかもしれない作戦を提示しただけじゃなく、希望まで持たせちゃって、自分は何もしないとか……うわ~汚い! さすが神! 汚い!」

「ぐぐぅッッ!!」

 

 

 諏訪子からくどくどと嫌味を言われつづけ、神奈子はとうとう心が折れた。

 そして三人を追うように飛んで行った。

 三人もそう遠くまで離れていなかったようですぐに見つけられた。そしてこう伝えたのだ

 

 

「ま、待ちなさい! はぁはぁ……」

「か、神奈子様?」

「や、厄神が厄流しを行うのは恐らく深夜だ。その時間帯が最も厄の力が高まる時だからな。今お前たちが向かった所でする事は何も無い。天狗たちが戻って来るまで神社で休んでいなさい。その間にいろいろと作戦を立案してあげるから!」

 

 

 神奈子は息を切らせながら三人に伝えた。

 そして神奈子の協力を得られる事に成功し、三人はハイタッチして手を鳴らし、喜びを分かち合った。

 

 

 

 

 そしてその数時間後………

 

 

 

 

 時間は夜。辺りを見渡せば、とんでもない光景だ。

 そうにとりは思った。

 いや、にとりだけでは無い。きっと魔理沙も早苗も二柱も……誰もが思っているに違いない。何せ、各勢力のトップが揃いもそろって守矢神社に集結しているのだから。

 

 

「なんともまぁこれだけの勢力を……私、あの天狗の事甘く見てた」

 

 

 魔理沙がそうぼやいた。そしてそのぼやきは文にも聞こえたようだ。

 

 

「いいえ、魔理沙さん。私だって予想してませんでしたよ。まさか皆さんが何の疑問もなく一発オーケーするなんて信じられませんでした。皆さんそんなに暇なんでしょうかね~? 理由を尋ねたら面白そうだからとか何とか。純粋に雛様を助けたいと仰ってくれたのは命蓮寺だけでしたよ。いやはや何とも何とも……」

 

 

 そして射命丸も別に煤ましくしている訳ではなさそうだ。ただ純粋に驚いていた。

『面白そうだから』

 いつも幻想郷を駆け回っている射命丸には分からないだろう。長寿の妖怪たちは常に刺激を求めていることに。そのため、面白そうと言う理由は、命を賭けるに値する理由なのだ。

 

 

「しかし紅魔館の協力を仰げなかったのは残念です。散々事情を説明したのですが、興味無いの一点張り。まあ危険が伴う事ですし、何の得もないので彼女たちの言い分は尤もなんですがね。それだけ彼女たちの戦力は残念です」

「これだけのメンツだ。あんな奴等いなくたって大丈夫だぜ」

「あはは。かもしれませんね」

 

 

 射命丸は各勢力に協力を要請する事に成功はしたのだが、紅魔館だけは協力を拒否されたのだ。理由は興味がない。得が無い。この二点だけだ。

 これだけのメンツを目の前にしておきながら、射命丸はそれでも紅魔館の戦力を勿体ないと感じていた。それだけの存在感を持つ者たちなのだ。紅魔館の住人は……。

 

 

「早苗、あんた等またとんでもない事をしようとしてるわね! こんな奴らを集めて……!」

「ち、違います! 今回は我々は関係ありません!」

 

 

 魔理沙たちと少し離れた所で霊夢と早苗が言い争っている。そしてその傍には八雲紫と伊吹萃香が霊夢を宥めている。

 早苗も苦労してるなと、にとりは思った。

 

 

「失礼します。貴女が河城にとりさんですか?」

「――え?」

 

 

 にとりに近づく者たちが現れた。一人は紫とブロンドの二色を持つ長髪しており、実に穏やかそうな顔をしていた。そしてもう一人は金髪で長い槍を持った実に立派な風貌をした女性だった。

 

 

「え、あ、うん。そうだよ。私が河城にとりだ」

「お初にお目にかかります、にとりさん。私は命蓮寺で僧を務めております、聖白蓮と申します。そしてこれなるは毘沙門天の代理を務めています、寅丸星と申します。星、挨拶を……」

「はッ! ――初めまして。命蓮寺で毘沙門天様の代理を務めてます、寅丸星と申します」

「え、ええ! あ……その……ご、ご丁寧にどうも……。私は河城にとりと言って……か、河童です」

 

 

 白蓮と星の余りの丁寧な自己紹介に、にとりは思わず似合わない自己紹介をしてしまった。

 

 

(この人たちが命蓮寺のトップか………絵にかいたような善人だな)

 

 

 にとりが二人を見て最初に思った感想だった。射命丸の話によれば、この命蓮寺の人たちだけは暇つぶしだとか、面白そうだとかそんな理由では無く、真摯な気持ちで雛を助けようとやって来てくれた者たちだ。胡散臭さマックスだったがにとりはこの二人と対面してそんな事は無かったと実感した。

 

 

「えっと……白蓮さんだよね。今日は私のために集まってくれて本当にありがとう。こんな事につき合わせちゃって凄く悪い気もするんだけど……」

「何を仰いますかッ!」

「ひゅいッ!?」

 

 

 白蓮はにとりに迫って、にとりの手を胸元で両手で包みこんだ。その姿はまるでにとりを崇拝し、祈っているように見える。

 

 

「天狗の方から聞きました! 友を危険な目に会わせぬよう自ら消えゆく神! そしてそれを止めようとする友! その覚悟ッ! その決意ッ! 種族の違いなど関係なく、ただ友のために危険を顧みないその姿勢! か、感動ですッ! 私は感動致しましたッ! にとりさんッ!」

「え、ええ……あ、その……」

 

 

 聖はブンブンとにとりの手を上下に振っていた。

 しかも感涙極まったのか、白蓮は涙も流していたのだ。しかも、その隣にいる星も白蓮を止めようとしない。にとりは思わず後ずさりした。気味が悪かったからだ。

 

 

「にとりさん! 我ら命蓮寺を好きなようにお使いください! 貴女方が元の関係に戻れるよう、我々は協力を惜しみませんッ!」

「え、あ、う、うん!あ、ありがとう!」

「はいッ!では後ほどッ!」

 

 

 そう言って白蓮たちは去って行った。

 にとりは白蓮の余りの善人振りに思わずその場で茫然としていた。

 そしてしばらくして、もう一組がにとりに近づいてきた。その者たちを見た瞬間、にとりは思わず恐怖した。あの頭に生えている一本角。忘れたくたって忘れられない。鬼の星熊勇儀だ。そしてもう一人、大きな目を持った少女だ。

 

 

「ようッ! 河童!」

「ひゅいッ! ゆ、勇儀……様!」

「応! 久しぶりだな! 聞いたぞ、厄神を救うために私たちを利用する腹なんだろ? やるじゃないか」

「え、ええ……いや、その……これは………」

「何を慎んでるんだ。私は褒めてるんだ。友を想うお前の性根。立派だと思うぞ」

「あ、ありがとうございます」

 

 

 褒められているのだろうが、鬼に対する恐怖感が邪魔をして素直に喜べないにとりだった。

 

 

「あ、そうそう……紹介がまだだったな」

 

 

 急に話題を変えてきたと思ったら、勇儀は隣にいる少女の紹介を始めた。

 

 

「こいつは古明地さとり。とっくに知ってるだろうが、今の地底を治めている奴でな……まあ、今の私たちの大将って事だ」

「初めまして、河城にとりさん。古明地さとりと申します。こうして直接御会いするのは初めてでしたね」

「あ、これはどうも……」

 

 

 魔理沙と地底の異変を解決する際、一度弾幕勝負で対決した事のある人物だ。

 こうして直接会うのは確かに初めてである。

 そして最初に思った事は、やはり小さな少女だな、と言う事だ。

 この人物が、恐ろしい鬼たちをも束ねているなんてやはり信じられない。にとりはそう思っていた。

 

 

「ふふ。私を見る者はみんな同じような事を思うのですよ」

「ひゅい!?」

 

 

 心を読まれた事ににとりはようやく気付いた。

 すぐに無心になろうとあれこれ考えるが、それすらもさとりに見破られていた。

 

 

「今回、山の神の協力要請との事でやって来たのですが……なるほど。貴女は心の底から厄神を救いたいと思っているのですね。立派な事だと思います」

「こ、これはどうも……」

「我ら地霊殿は、河城にとりさん。貴女を助力する事に全力を尽くします。私の能力もきっと何か役に立てるかもしれませんので、ぜひお使いください」

「あ、ありがとう。でもどうして私なんかの為にそこまでしてくれるんだい? 何も得する事なんかないのに……」

「あら? これでも一応下心があるのですよ?」

「下心?」

「ええ。我々地底の妖怪たちは、本来ならば地上にいてはならない存在です。単純に嫌われていますからね。あの地底異変以来、こうして地上に出られるようにはなりましたが、まだ地底妖怪に対する反感は続いております。ですのでこう言うボランティアで、少しでも地底の妖怪に対する感情を軽くしていきたいのですよ」

「ふ~ん……」

 

 

 参加しても得なんかしない今回の騒動だが、得と言うのは人それぞれに違う物なのだなとにとりは実感した。

 そしてそれと同時に、さとりの紳士的な程度を見て地底の妖怪たちに対する認識も少し変った気がする。

 

 

「ふふ。貴女は実に優しい心の持ち主なのですね。我らをそのように思ってくださるとは……」

「あッ……また読まれた」

「申し訳ありません。相手の心を口にしてしまうのはさとり妖怪の性分と言う奴なのです。……では私たちもこれで。行きましょう勇儀」

「ああ。それじゃぁな河童。うちらに働きに期待しててくれて構わないぞ」

「あ……は、はい!」

 

 

 そう言って、さとりと勇儀はにとりから離れて行った。

 

 そして時間が経過していき、とうとう哨戒役の椛から伝令が走った。

 

 

「神奈子様! 厄神様に変化あり! 恐らく厄流しを開始するつもりなのでしょう!」

 

 

 椛は千里を見通す事の出来る能力を持つ。先ほどからずっと雛の様子を千里眼で見ていたのだろう。

 椛の伝令が全員に伝わると、先ほどのほのぼのとした雰囲気は一気に張りつめた糸のように変わった。恐らく、ここにいる全員が知っているのだろう。この先に――とんでもない戦いが待っている事を……

 

 

「良し! 我らも出発するぞ! ――が、その前に……」

 

 

 神奈子はにとりを引っ張って行き、皆の前に立たせた。

 にとりは訳も分からないまま皆の前に立つ。

 

 

「え、あ、あの……神奈子様?」

「にとりから皆に話があるそうだ! ほら、にとり。何か皆に言ってやれ」

「ちょッ!? か、神奈子様!? どういう事ですか!?」

「ここにいる奴らはみんなお前の為に集まって来た奴らだ。言うなればお前が大将と言うう事だ。大将は仲間たちに檄を飛ばすものだぞ。さぁッ!」

「おわッ!」

 

 

 神奈子がにとりの背中をポンと押して、無理矢理皆の前に立たせた。

 そしてみんながにとりを注目している。にとりはすでに逃げる事も出来なかった。

 

 

「え、ええと……その……」

 

 

 檄と言われても気の良いセリフなど思いつける筈もない。

 刻々と時間が経っていく。実際の時間は幾分も経っていないのだが、にとりはそれが途轍もなく長い時間に感じた。

 そんな中、皆の中から野次……と言うか助け舟を出してくれた人物がいた。魔理沙だ。

 

 

「にとり! 別に気のきいた言葉を話す事は無いんだ。ここにいる連中はみんな理由を知っているんだからな! だからお前はただ、自分の気持ちを言ってしまえば良いだけなんだぜ!?」

「魔理沙……」

 

 

 魔理沙は回りからやかましいと注意を受けた。

 だが、にとりはそんな魔理沙に感謝した。深く感謝した。心が軽くなって行くのを感じる。そうとも。ここにいるみんなはすでに事情を知っているのだ。ならば、大義名分みたいな言い訳を言うのではなく、ただ単に自分の気持ちを話せばよいのだ。

 

 

「みんな……わ、私は雛を助けたい。でも、雛は助けて欲しくなんか無いのかもしれない。私のやっている事はエゴなのかもしれない。自分勝手なのかもしれない。それでも、それでも私は雛に幻想郷の厄神でいて欲しいッ! 雛に消えて欲しくなんか無いんだ! ――でも、でもそれは私だけじゃ無理なんだ! 私は弱いから……雛を止める事が出来ない……だから、助けて欲しい! みんなの力を私に貸してほしいんだッ! ――みんな……助けてくれ!」

 

 

 実にエゴイズム満載の自分勝手な檄であると、にとりはそう思った。

 でもこれが本音であり、偽らざる真実なのだ。雛に消えて欲しくない。今はただそれしか思い浮かばない。

 にとりが皆に向かって、『助けてくれ』。そう言った時、誰だか知らないが急にこう叫んだ。

 

 

「えい! えい! おーッ!」

 

 

と。

 

 

 

 一人だけじゃない。二人三人……どんどん増えて行った。次第に声は合わさって行き、大きくなっていく。

 

 

「「「えい! えい! おーッ!」」」

「「「えい! えい! おーッ!」」」

「「「えい! えい! おーッ!」」」

 

 

 みんな、楽しそうに声を合わせて出す。

 声は天高くまで届き、幻想郷中に響き渡っていたのかも入れない。

 ふと、ポンとにとりは肩を叩かれた。神奈子だった。

 

 

「ノリの良い奴らだな……」

「八坂様……」

 

 

 感涙極まってにとりは思わず涙を流しそうになった。だが、この涙はここで流す物で無いと、にとりは袖ですぐに拭きとった。

 

 

「さぁ!それでは行くとしようッ!厄神の元へ――!」

 

 

 神奈子がそう皆に伝えると、一斉に声が返って来た。

 

 

「「「「おおおおッッッ!!!!」」」」

 

 

 そしてみんな守矢神社から一斉に飛び立ったのだった。

 厄神を元に戻す。そしてにとりの願いを叶える、そのためだけに………

 


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