厄神様は幻想郷が大好き【完結】   作:ファンネル

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第十四話

 皆が雛との弾幕勝負の決戦を開始した頃――

 別の場所では誰にも知られないもう一つの戦いがあった。場所は、氷精の湖の奥に聳え立つ紅い西洋風の館――紅魔館。

 

 

「これはこれは……こんな夜更けに随分と珍しい客が来たものだわ」

 

 

 紅魔館の主、レミリア・スカーレットは目の前の二人を見て感慨深くそう思った。

 

 

「貴方たちは私の屋敷に来るのは初めてだったわね。歓迎するわ。――ワーハクタク。そして蓬莱人」

 

 

 上白沢慧音と藤原妹紅の二人は、奥の椅子でワインを片手にふんぞり返っているレミリアを睨みつけている。

 対し、レミリアは実に涼しい顔をしていた。

 

 

「レミリア・スカーレット。何故貴様は動かない?」

 

 

 慧音はすでにワーハクタクの状態になっている。

 二本の角に、長い尻尾を生やしている。

 

 

「動かないとはどういう事?」

「とぼけるな! 厄神の件についてだ! お前の所にもカラス天狗が来た筈だぞ!」

「ああ、コレの事か……」

 

 

 レミリアの左右には十六夜咲夜、そしてパチュリー・ノーレッジの二名が控えていた。

 そしてレミリアはパチュリーに指示を出す。

 パチュリーは水晶を取りだし、何やら詠唱を開始した。

 そしてパチュリーの水晶は淡い光を放ち、その映像を空中にスクリーン大画面で投影した。

 

 

「おッ♪ 丁度始まろうとしている所ね。実は私たちもこの件をゆっくりと鑑賞しようと思っていたのよ。この通りワインを片手に用意してね。貴女たちもどう? 一緒にこの馬鹿げた三文劇を鑑賞しない?」

 

 

 レミリアはそう言った瞬間、レミリアが持っていたワイングラスが大きな音を立てて弾けた。

 その結果、中に入っていたワインはレミリアの太股の部分にかかり、大きなシミを作り出す事になった。

 

 

「何故動かないのか? ――私はそう尋ねたはずだぞ?レミリア・スカーレット」

 

 

 慧音の掌から白煙が上がっていた。

 弾幕を放ったのだ。

 そして咲夜は右手にナイフを抱えながら、慧音たちに近づいていく。

 明らかな殺意を身に纏っている。だが、咲夜以上の殺意を後方から放つ者が居た。レミリアだ。

 

 

「待ちなさい、咲夜」

「しかし……」

「私は『待て』と言ったわよ」

「はッ。申し訳ありません」

 

 

 レミリアは笑みを絶やさない。だがレミリアの笑みはどう見ても友好的なそれとはまるで違っている。

 まるで獲物を見つけて歓喜している獣のような……とても攻撃的な笑みだったのだ。

 

 

「さてワーハクタク。貴女の質問に答えましょう。何故我々が参加しないか。――答えは簡単さ。理由が無い。得が無い。以上」

 

 

 実に簡潔にレミリアは述べた。

 

 

「他の者たちは、皆厄神を助けようとしている」

「知ってるさ。だが我々には関係ない」

「暇つぶしになるかも知れんぞ? どうせ、ずっと屋敷に引きこもっているのだろう? 刺激的な事が起きるかもしれない」

「かもしれない。だが参加するよりも、こうして映像にして眺めてる方が面白そうだ。他者の努力してる姿を見るのは実に気持ちが良い。そしてそれ以上に、努力した先に、なにも報われる事がなかったと言うシチュエーションを見た時などは心が躍る感動だ。――詰まる所、暇つぶしと言う理由も私たちが行く理由にもならないのさ。ぶっちゃけ、面倒くさいし」

 

 

 ピシッと屋敷内の空気が張り詰めた。

 これ以上何を言っても無駄だと双方、理解押したのだろう。そして口で言っても分からないならなんたらだ――妹紅や咲夜はすでに臨戦態勢だ。

 そして慧音もそれは同じだった。妹紅と顔を見合わせ、臨戦態勢に持ち込んだ。だが、ここでレミリアが二人に問うたのだ。

 

 

「一応、聞いておきたいのだけど良いかしら? ワーハクタク」

「何だ?」

「お前もどうしてそんなに必死になるんだ? お前たちとあの厄神は何の接点も無いじゃない。他の連中はお前の言った暇つぶしで参加してるんだろうが、お前は違う。明らかに自分の意思を持ってここに来ている。一体、お前はどんな理由であの厄神を助けようとしているんだ?」

 

 

 レミリアの問いに、慧音は真っ直に答えた。

 

 

「今回の騒動の元凶に、人間たちが多くからんでいる。彼女は人間たちの厄を一身に背負い自らを消そうとしている。私は人間を守る者として、責任の一端を感じているからだ」

「ふ~ん……つまらない答えね」

「そうだな。私自身、面白みのない理由だと思う。だからお前風に言い直すとしよう。――私はな、全ての災厄を厄神一人に押し付け、それで厄神が消えれば、はい終わり! なんて結末が気にいらないんだ! だから、是が非でもハッピーエンドで終わらせたいのさ」

「ハッ! ――少しは面白い事が言えるじゃない」

「褒めの言葉として受けておく――レミリア、今回の騒動はお前の『運命を操る程度の能力』が必要不可欠だ。人間の業は深いが、彼女の業もまた深い。運命自体を変えなければ同じ悲劇が繰り返される。だから力ずくでも協力してもらうぞッ!レミリア・スカーレットッ!」

「お前は? 蓬莱人。お前も同じ理由か?」

「いや。私はそこまで深い考えは無いよ。ただこうしてここにいるのは、慧音に協力してほしいと言われたため。そして、もう一つは――あの満月の日の竹林での仕返しをしに来たのさ。吸血鬼」

「――宜しい。ならば力付くで私たちをねじ伏せてみなさい。そうすれば協力を考えないでもない」

「行くぞッ!」

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

「屋敷をこんなに荒らして……賠償を要求するわよ?」

 

 

 慧音と妹紅が紅魔館に入り込んで数時間―――屋敷内部はあちこちがボロボロとなっている。

 だが屋敷以上に、慧音と妹紅はボロボロになって、レミリアの前で倒れている。

 

 

「貴方たちがここまでやるなんてちょっとビックリだったわ。あの時の永夜の時とはまるで別人――決意と言う奴は人をここまで強くする物なのかしら?」

「ぐぅ……!」

「ごほ……!」

「もうお止しなさいな。すでに決着は付いている。如何にルールに則った弾幕勝負と言えど、ダメージが発生しないわけじゃない。そこまでダメージと疲労を積み重ねていったら、危ないわよ?」

 

 

 レミリアはそれでも立ち上がろうとしてくる二人にため息をつきながら視線をずらした。

 丁度そこには、パチュリーの魔法によって映し出されたスクリーン映像があって、レミリアは外の様子を眺めていた。

 

 

「おや? ――御覧なさい。あっちの方も佳境に入ったみたいだわ」

「――ッッ!?」

 

 

 投影された映像を見ると、雛がにとりたちを厄で捕らえ、動きを封じている様が見える。

 慧音たちはそれを見た瞬間、立ちあがった。

 

 

(あれじゃ……駄目だ! 向こうも失敗したのか……!?)

 

 

 映像は明らかににとり達の敗北を映し出していた。

 あれでは駄目だ。厄神が消えてしまう。それでは今までの事が無意味になる。

 慧音と妹紅は立ち上がり、それを見たレミリアは感嘆の声を上げる。

 

 

「――驚いた。命に別状がないとはいえ、立てるようなダメージでは無かったはず……。そこまでしてあの厄神を助けたいの?」

「はぁ……はぁ……く、くどいッ! 当たり前の質問を繰り返すなッ!」

「ふぅ……。諦めなさい。お前たちは私には届かない。そしてあの厄神も消えるわ。だけど安心しなさい。これはお前たちが悪いわけじゃない。言うなればそうだな。――【運命】と言う奴じゃないかな?」

 

 

 レミリアは二人に背を向けて離れていく。

 変わって咲夜が二人の前に現れた。

 

 

「咲夜。もう十分楽しんだ。貴女が終わらせなさい。私はこの三文劇の終演を見てるから」

「了解しました。お嬢さま」

 

 

 咲夜は無表情にナイフを取り出し、慧音たちに向け始めた。

 咲夜は恐らく、なにも思う事なく、レミリアの命令を忠実にこなすだろう。

 そして慧音たちは終わる。敗北と言う形で。

 そして映像の先の河童たちも、もう終わろうとしている。厄神が消えると言う結果をもって……。

 それは運命だとレミリアは言った。

 運命を操る彼女が言う事だ。そして多分、それは間違いない結果なのだろう。

 終わり?

 厄神を助けると言う元、行われた戦いが全て無意味になるのか?

 

 

 ふざけるな

 

 

 慧音と妹紅の心に燈ったのはただ『ふざけるな』と言う気持ちのみだった。

 気が付けば、いつの間にか妹紅は咲夜に向かって走り出し、マウントを取って押し倒していた。

 そして妹紅と同時に、慧音もまた走り出していた。その身は一直線にレミリアへと向かった。

 

 

「レ、レミリア・スカーレットォッ!!」

 

 

 それは慧音の叫びだった。

 慧音は、わき見しているレミリアに体当たりして、押し倒した。

 

「なッ!?」

 

 レミリアは明らかに動揺していた。何処にそんな力があったのかと……。

 そして慧音はレミリアを馬乗りの状態にした。そして叫んだ。

 

 

「どうだッ! レミリアッ! お前ほど極端でないにしろ、私たち人間もこれくらいの運命だったら己の気持ち一つで変えられるのだッ! 何が運命だッ! 何が届かないだッ! たった今、お前の運命とやらは変わったぞッ! 私はお前に届いたッ!」

「――ッッ!?」

 

 

 レミリアは無防備だった。ここで慧音が何かくりだせば慧音の勝利となるだろう。

 だが慧音は何もしなかった。

 いや、出来なかったのだ。

 慧音の意識はすでに無かったのだから。

 

「無茶をするから……」

 

 立っている事が不思議なくらいのダメージを受けていたんだ。

 すでに彼女の意識は途切れていても不思議で反勝ったのだ。

 彼女たちの体を動かしたのは、執念のたまものか。

 意識がなくなっているにも関わらず、慧音はレミリアを取り押さえる行為を止めない。

 レミリアは慧音をどかし、立ち上がった。

 

 

「お嬢さまッ! お怪我はッ!?」

 

 

 咲夜の方も終わったようだった。

 妹紅は完全に意識を手放していた。もうピクリとも動かない。

 

 

「私はなんともない。それよりも、何故こいつを通した?」

「も……申し訳ありません。油断していました。まさかまだ動けるとは……」

「……」

 

 酷く申し訳なさそうな様相で主であるレミリアに謝罪する咲夜。彼女の様子には嘘はない。そこにいるのは、自責の念に捕らわれている一人の女性の姿だ。

 

 レミリアは思う。

 油断? 本当にそうなのか? と。 ある種の疑問が浮かび上がる。

 如何に油断していたとはいえ、咲夜の時間停止能力を使えば、レミリアの元まで届く事は無かった。

 なのに何故届いた? 

 何故、咲夜は使わなかった?使う事を忘れていたと言うのか? 

 あの咲夜が……。あり得ない。

 いや、問題は咲夜だけじゃない。自分もそうだ。

 なぜ自分はあの時、避けなかったのか。

 慧音が向かって来た時、自分はそれを避けれたはずだった。

 油断してわき見していたとはいえ、重症を負った者の特攻など、自分ならば防げたはず。なのにどうして体が動かなかったのか?

 

 結局のところ、慧音がレミリアに届いたのは一言で表せば幸運と言う奴だ。あらゆる要素が絡み合って出来た結果だ。

 だが、レミリアはそれでも届かないと思ってた。どんなに要素が深く絡み合っても、届く事は無いと。

 しかし慧音は届いた。レミリアに。

 そしてレミリアはある結論に達した。

 

 慧音たちは運命を変えたのだと。

 

 慧音たちは本来だったらレミリアに触れることすら出来なかったはずだ。

 運が良かったとかそういうレベルの話ではない。慧音の言う通り、気持ち一つで運命を捻じ曲げたのだ。

 

 

(気持ちで運命は変わる……か)

 

 

 慧音の言葉を思い出した。

 そしてその事にレミリアは深い関心と興味を覚えた。

 『気持ち』等と言う小さな要素で運命が変わるのだとしたら……。

 あの河童たちに小さなきっかけを与えたら運命はどう変わるのか? ――と言う事に。

 

 

「咲夜、そいつらに治療を――丁重にね。」

「え……あ、はい!」

 

 

 咲夜は言われるがまま、慧音と妹紅を運び込み、その場を後にした。

 そしてレミリアは御機嫌な顔でパチュリーが映し出している映像に目をやる。

 

 

「随分とご機嫌な表情ねレミィ。――まるで悪戯を思いついた子供みたい」

「分かる? パチェ。――あのワーハクタクの言葉が気になってね。厄神ではなくあの河童にチョットだけ――ほんのチョットだけ運命を変えてやったら、どんな結末になるのかな? って思ったのよ」

 

 

 投影されている映像には、にとり達が厄に捕らえられ、喋る事が出来ない状態になっている。

 そしてそこに厄神が別れの言葉を話している所だ。

 すでに運命は決められている。

 それをほんの少しのきっかけで変えられると言うのならば――。

 

 

 レミリアは映像に向かって、腕を掲げた。

 

 

「さて、河童よ。お前の運命を変えてやる。――そこでお前がどういう未来を紡ぎだすのか……。見せてみなさい」

 

 

 一言、そう言い放ち、レミリアは指を使ってパチンと渇いた音を出した。

 

 

 

 




レミリア様大好き

 次話、最終回です。

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