皆殺しのその後で   作:蒼天伍号

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終わります


もう一人のナナシ・後編

「うぅ……」

 

気がつくと、どこか暗い場所にいた。

真っ暗で何も見えない。ただ、身体は何かに押さえつけられたように動かない。

 

「目が覚めたか、“俺”」

 

いつの間にか、横に“俺”がいた。

 

「お前、は……」

 

言いかけた俺の口を“俺”の手が塞ぐ。

 

「ああ、いらないぜそういうお約束は。お前ならとっくに分かってんだろ? ……そう、俺はお前だ」

 

ニヤリと口を歪めて述べる“俺”に、俺は何も言えなかった。

こいつが現れた瞬間に、本当は分かっていたのだ。分かってしまったというべきか。

こいつは、“俺”なのだと。

 

「俺がしたいのはひとつ。お前に気付いてもらうことだけだ。それ以外に興味はないし何をする気もない。

まあ、ダグザの次の審問官とでも思ってくれ」

 

言いながら“俺”は俺の頭に手を乗せる。

 

「安心しな、これは“お前”の記憶でもある。見れば分かると思うぜ?」

 

「なにをーー」

 

瞬間、多くの情報が入り込んで来た。

 

「が、がぁぁぁ!?」

 

怒り、憎しみ。それらに彩られた無惨にも非情なる残酷な結末の果てが。

今の俺とは違う、しかしあり得たかもしれない俺の記憶。

 

仲間を裏切ってダグザと共に行くことを決めた俺の、虚しい旅路の物語。

 

「そうそう、よぉく思い出せよ。お前は“俺”だろう?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ナナシくん!」

 

「リーダー!」

 

「主様っ!」

 

やがて、俺の元に仲間たちが駆けつけた。

暗闇の中を、よく見つけられたな。

 

「よぉ、お仲間さんたち。遅かったじゃねぇか、それほど難しいダンジョンにはしなかったんだが。

……もしかして、俺の見せた“未来の記憶”に思い当たる節でもあったのかな?」

 

ニヤリ、と“俺”が笑うと仲間たちは皆一様に複雑な表情を返した。

 

「っ、これがあなたの悪魔としてのやり方なのね? ありもしない幻覚を見せてーー」

 

ノゾミさんはすぐにキリッと立ち直って“俺”を睨み返した。

 

「ありもしない? 冗談はよせよ妖精女王。これは紛れも無い真実だと、他ならぬテメェが一番わかってんだろうがよ」

 

「っ!」

 

しかし“俺”の言葉に悲痛な顔をしてそのまま黙りこくった。その顔には“俺”の言葉が真実だと書いてあるようだ。

 

「さてさて、俺の言葉が真実だとご納得いただけたところで。君たちには“こいつ”の覚醒をご覧になっていただこう。新たな門出だ、盛大に祝福してやれよ?」

 

「な、ナナシ!?」

 

困惑したアサヒの表情が殊更に心に刺さる。

でもーー

 

「俺は、分かったんだ。気付いたんだ。……こいつの、“俺”の言葉が紛れも無い真実だと分かってしまう。

みんなもそうなんだろ?」

 

俺の言葉に仲間たちは黙りこくった。そう、それでいいんだ。

それがみんなの弱さで、真実。なんら否定すべきものじゃない。

 

その上で、俺は悟った。

 

「俺はーー」

 

「リーダー!!」

 

途端、ハレルヤが悲痛に満ちた顔で叫んだ。

 

「俺は、確かに、リーダーがダグザの手を取ったらリーダーを殺すと決めていた」

 

ああ、知っているよ。俺だってわかる。彼は背負うものができた、それのためならたとえ相手が俺でも立ち向かうんだろうって。

 

「でも、俺はリーダーを信じてーー」

 

「くだらないな。それで、何が違うというんだ?」

 

“俺”が侮蔑するように声を出した。

 

「信じていた? 結局は殺しただろうよ、お前は。結局、お前は“俺”の手を取らなかっただろうが!」

 

「っ!」

 

ハレルヤは泣きそうな顔で押し黙った。

 

「でも君はーー」

 

すかさず声を上げるノゾミさんに“俺”が畳み掛ける。

 

「テメェもだろうが! 散々聞こえのいい言葉を吐き出しておいて、いざ使えないとなれば騙し討ちすら厭わない。外道ごときが絆なんて語るんじゃねぇよ!!」

「ああ、そうだよ。みんなそうだ! 間違っちゃいねぇよ。

でもな、これは“俺”の個人的な恨みなんだ。いくら正しいからって許せねぇもんが俺にもあるんだよ!!」

 

それは“俺”の言葉そのものだった。

悲痛な道を選んでしまった俺の、しかし心から叫びたかった言葉だった。

 

「前世? みんなのため? ふざけんじゃねぇよ、なら俺のことは誰が救ってくれるっていうんだ? 生まれた時から親もなく“家族のいなかった”俺を、お前らは散々祭り上げて不都合になれば罵倒して切り捨てるんじゃねぇか!

もうたくさんだ! 本音を押し殺して戦うのも、作り笑いをうかべるのも! 全部全部、もううんざりなんだよ!!」

 

いつしかその言葉は俺の口から出ていた。

 

「ナ、ナシ?」

 

「お前だけだよ、アサヒ。お前だけが俺の味方だった。でもな、結局家族にはなれなかったよ。死んじゃったんだから」

 

それはあのシェーシャに食われた時か? いいや違う。

()()()()()()()()()()()()()()()()()

女神を選べと、かつての仲間から選べと奴は言った。なのに、戻って来たのは洗脳された抜け殻でしかなかった!

あんなのはアサヒじゃない、トキじゃない、ノゾミじゃない、ハレルヤじゃない、ガストンじゃない。……ナバールじゃない。

 

おまけに奴は何食わぬ顔で他の魂を創世のために釜にくべてしまった。

 

「おかしいだろ、そんなのは俺の望んだもんじゃなかったのに……」

 

ただ、涙が溢れた。

もう戻らないと知っているから。元には戻せないことを知っているから。

 

「だから、俺はーー」

 

「ナナシくん」

 

その声はノゾミではなかった。

緑の霊体、ナバールのものだった。

 

「私は、“彼”によって別の世界の私が辿った運命を見た。その世界で私は君と戦い敗れ散っていった。

だが、それでも君を信じていたのは確かだ。だからこそあのメールを送っていたんだ」

 

思い返すのは、仲間を皆殺しにしたあと、ふとメールを確認した時だった。

その内容はまるで、俺が仲間を裏切ることを知っていたかのようなものでーー

 

『決して、後悔するな』

 

最後にそう締めくくられた文章。激励だった。そのメールが届くということはすなわち自らが殺されるということだというのに。

 

「私はあくまでこの世界の私だ。記憶を知ったからといって“あの世界”の私がどうだったのか詳細を知ることは叶わない。

それでも、私は“あの私”がどういう気持ちで送ったのか、戦ったのか。それははっきりと分かる」

「私は、最後まで君を信じていた。仲間だと思っていたよ」

 

泣きそうだった。わかってたことだったのに。ただ自らの遣る瀬無い気持ちをどうにかしたくて封印していた記憶。

 

「私たちは、君が嫌いだから戦ったのではない。

私たちはそれでも君を仲間だと、友だと思っていた。ただ、お互いの信じる道が違ったから、戦い、結果、私たちは敗れ死んでいったんだ」

「その選択に、誰も後悔など抱いていないはずだ」

 

言い切ったナバールに続いてハレルヤが口を開く。

 

「……ナバールに全部言われちまったな。

俺もさ、もしリーダーが卵を手に入れようとするなら戦うと思う。でもさ、それってすげぇ辛い決断だと思うんだ。辛くて辛くて、涙が止まらなくて、それでも、俺は自分で道を見つけたから。

それを、裏切ることはできねぇんだ」

 

変わってガストンが口を開いた。

 

「……私は、私はナンバーワンという言葉の意味を知った。ずっと、周りの評価ばかり気にして私でも気付いたんだ、本当に守るべきもの、守りたいもの。誇れる存在に。

それは、君を見ていたからだ。

こんなこと、本来なら言うつもりもなかったのだが……君がその道を歩んでしまいそうなのであれば、私ははっきりと伝えよう。

私は、君に憧れたんだ。

人を気遣うその優しさを、人を本気で心配する、誰かのために本気で悩むことができる君のその姿が、美しいものだと。そう思ったから私は……今の、ナンバーワンを目指すことにしたんだ」

 

誇らしげに語ったガストンに続いて、ノゾミが口を開く。

 

「私から言うことはあまりないけど、それでも、私はあなたの決断を尊重する」

 

どこか達観したノゾミの次にトキが前に出た。

 

「私は、主様の決断がどうであろうと否定しない。それでも私の望みはあなたと共にあること。共に研鑽し高みを目指してもらいたい。

戦いたくなんて、ないんだよ」

 

ポロポロと涙を流しながらトキは俯く。

 

「ナナシ」

 

最後にアサヒが優しい顔で近づいて来た。

 

「やめろ、来るな、来ないでくれ」

 

その笑顔が失われたから、俺はーー

 

「もう、悩まなくてもいいんだよ」

 

ぎゅっと、抱きしめられた。力強くも優しい暖かさに満ちた抱擁。

俺は自然と身を委ねていた。

 

「悩んだら、私に相談していいんだよ。仲間に相談してもいい。

みんな、ナナシの味方だから。きっと、悲しいこととか、仲間同士でも喧嘩することあると思う。これからも。

でも、生きていればきっと、分かり合う機会はあるから、だから、殺しあうだなんて、悲しいこと、もう……言わないで」

 

涙を零しながら語るアサヒに。俺はもう、何も返すことができなかった。

ただひとつーー

 

「ああ……そうか。俺は、この言葉が欲しかったんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前の勝ちだ“ナナシ”」

 

薄れゆく意識の中、壁にもたれかかりながら俺は告げた。もう体を動かす力も残っていない。

 

「……」

 

“ナナシ”は俺のこと無言で見下ろしていた。その瞳には哀愁が見え隠れしどう言葉をかければいいのか分からないようだった。

 

「慰めなら不要だぜ。俺は俺のやりたいようにやった。結果、お前らの絆とやらの方が一枚上手だっただけの話だ」

 

そう、それだけの話。並行世界の“俺”の無念はもう晴らした。

思い残すことはない。

まあ、この魂を“アイツ”の無念のためだけに使われたのは不愉快だったが、もう全部が“ナナシ”になっちまってる俺としてはどうでもいい。

ドッペルゲンガーとしての本分は果たせなかったが、なかなかに満足のいく物語だった。

 

「お前は、もしかしてーー」

 

「おっとその先は言わない約束だぜ?」

 

危うく無駄なことを口走ろうとした奴のくちを封じる。

マカジャマオンがこんなところで役に立った。

 

「まあ、なんだ……お前は、後悔とかしないようにな」

 

それだけで十分、俺は満足してこの世を去った。

 

 

 

 

 

 

 

 




俺は何が書きたかったんだ(困惑

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