一週間プロデュース~目指せパーフェクトコミュニケーション~   作:シンP@ナターリア担当

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最初の一歩~男達の葛藤~

 

 女性は今、ただただ驚いている。自分の事務所と事務所単位で企画をした相手。その相手の事務所が、自分の事務所の10分の1程度の大きさなのである。下手をすればこれはいくつかの事務所内の部屋よりも小さいのでは……。と、そこまで考えて頭を振る。そんなことを今考えたって仕方ないのだ。もう決まったことで、私は今から1週間ここで働くのだ。と、ほんの少し沈みかけた気持ちを引き上げる。

 

 彼女が建物に入ると、入り口は通路になっており、少し先に扉が見える。そこが仕事場兼談話室ということだろう。そして彼女は緊張しながらも扉の前に立ち、ひとつ、深呼吸をする。

 

「ここから私の新しい1週間が始まるんだ……。相手は男の子、中には勿論年上の人もいるんだけど。とりあえず、今までと全然違って大変だろうな……。どうなるだろう……」

 

 つい先ほど決意もどこへやら、やはりもう目の前となると緊張もしてしまうというものなのだろう。が、うだうだ悩んでも仕方ないと、今度こそ覚悟を決めたのかもうひとつ息を吐いて、よし!と気合をいれ、扉の取っ手に手をかける。

 

「おは……」

「さっきからうっせーんだよてめぇはよぉ!」

「ご、ごめんなさい!!」

「「「え?(あ?)」」」

「へ……?」

 

30秒後……

 

 とても大きな身体に赤いバンダナを巻いた男性に、鎖骨まである銀髪を結んだ細身の男が頭を下げさせられ、その横では漫画に出てくるヤンチャ坊主のような、鼻に絆創膏を貼った青い髪の青年が同じく頭を下げている。

 

「驚かせてしまい、本当に申し訳ありません!漣!お前もちゃんと謝れ!」

「っだぁ!止めろっての!何でオレ様が謝らねぇといけねぇんだよ!こいつが勝手にタイミング悪く入ってきたのが悪いんだし、元の原因はあのチビがオレ様にうだうだ言ってくっからだろーが!」

「あれはお前が今日から来る代理のプロデューサーさんの文句ばっか言ってたからだろ!これからお世話になる人の悪口を見逃せるわけないだろうが!あ、本当にすいません。俺が気をつけなかったばっかりに」

「あぁ!?てめぇオレ様のせいにするつもりか!?あんないきなりこんな面倒なこと言われて納得しろってのが無理な話だろうが!どこの誰だか知らねぇけど、そんな適当な奴がオレ様に命令してくるなんざ考えたくもねぇ!」

「こら!漣!すいません、少しいろいろありまして。あ、申し遅れました。自分は円城寺道流っす!それで、本日はどういったごようでしたでしょうか?あいにく、まだ今日はプロデューサーも事務員も来ていませんでして」

「あっ、えっと……」

 

 彼女は今、この数秒間で起きた事を振り返っている。まずは自分が部屋に入ろうとした瞬間に、男性……漣と呼ばれた男の怒鳴り声に驚いて思わず謝ってしまう。その後、事態に気付いた道流と名乗った男性によって漣が無理やり頭を下げさせた。という流れなのだが、その間の会話で、漣に自分の事を名乗るのがすごく気が引けてしまっている。が、それでも黙ったままでも仕方ないし、どうせすぐにばれるのだ、と諦め、一息ついてから口を開く。

 

「こっちこそ伝えるのが遅れてすみません。私が、その本日からお世話になる346プロダクションからの交代のプロデューサーです」

「「え」」

「あぁん?」

「ま、まぁ、今の流れだと、そうなりますよね……あはは……」

 

 突然のことに目を丸くする道流とまだ名乗っていない男、そして漣に至っては完全にケンカ腰である。思わず彼女も苦笑い。

 

「ご、ごめんなさいっす!!そうとは気付かずに勝手なことばっかり!!れ、漣!早く謝れ!相手はこれからお世話になる人で、うちなんかと比べものにならない大手の人だぞ!」

「だぁかぁらぁ~。なぁんでオレ様が謝る必要が……」

「いい加減にしろ!やる気が無いならもう帰れ!もうこの1週間お前は必要ない。いても邪魔なだけだ」

「んだとぉ!?けっ!だったら遠慮なく帰らせてもらうぜ!じゃあな」

「あ、おい!漣!タケル、言いすぎだ!漣も、そんなことをいちいち真に受けてるんじゃない!」

「あ~あ~聞こえねぇな~。じゃ、このくだらねぇ企画が終わったら連絡よこせよな」

「いい加減にしなさい!」

「「「っ!」」」

 

 帰ろうと部屋の扉に漣が手を掛けた時、彼女の口から先ほどまでから想像がつかない大声が飛び出し、男3人があまりの衝撃に一瞬体が強張る。さらにそこに畳み掛けるように彼女は続ける。

 

「全員そこに座りなさい」

「あぁ?なんでオレ様がてめぇの言うこと……」

「いいから!正座!」

「っ!んだよ!座りゃあいーんだろうが!これでいいかよ!」

「まぁ、いいでしょう。ではまず、円城寺道流さん」

「は、はいっす!」

「場を上手くまとめようとしてくれるのは分かります。突然の私への対応もしっかりしてくれました。しかし、彼のようなタイプは、上から押さえつけてばかりではその分反発が返ってくるものです。言い方には気をつけて、より上手くまとめられるように頑張ってください」

「あ……確かにそうかも……き、気をつけるっす」

 

 先ほどと明らかに圧の違う彼女の声に素直に従ったが、その口から出たのは驚くほど的確なアドバイスであった。それを素直に受け取った道流は、座ったままだが何か考えているようだ。それを見ながら当人である漣は、その通りだばーか。とでも言いたげに少しニヤついた顔で道流のほうを見ていた。そして、彼女は視線はそのままもう一人の男へと向く。

 

「次。貴方は大河タケル君で間違いないわね?」

「あ、はい。そうです」

「彼が自分勝手なのは今に始まったことじゃないんでしょうし、その度に何度も我慢をしたり、こうやって爆発して言い合いにもなったのは簡単に想像出来ます。でも、今からの1週間は、本来のプロデューサーさんのいない大事な仕事の期間です。君の独断だけで彼の仕事放棄を決めていいものではありません。こんな時だからこそ、君がいかに上手く折り合いをつけ、皆がよりよく仕事を出来るのかを考えてください。」

「ん……そうですね……」

「ただ、それで君が我慢しすぎては元も子もありませんから、何かあればいつでも私に相談してください。出来る限り相談に乗りますし、これからのことも一緒に考えましょう。短い期間だけど、私は貴方やみんなのプロデューサーなんですから」

「あ、わか……りました」

「いつもどおりの口調で大丈夫だからね」

「わ、わかった」

 

 途中までなんともいえない表情だったが、最後まで話を聞き、少なくとも、信用してもいい人間であると分かったのか、少し表情は柔らかくなったように見える。途中から手を握られたのが効いたのか、顔が少し赤かったのは、運良く漣や道流からは見えなかったようだ。

 

「さて、最後に……牙崎漣」

「なんでオレ様だけ呼び捨てなんだよ!漣様とでも呼びやがれ!」

「分かってないわね、呼び捨てにするってのは、男として認めてるってことよ。まぁ、それが嫌って言うなら仕方ないわね、漣君」

「んだよ!そういうことなら先に言えよな!だったら呼び捨てでかまわねぇよ!んで、オレ様にまで説教か?」

「君にはいろいろ聞きたいのよ。まず、なんで私……代わりのプロデューサーをあそこまで嫌がったのかしら?」

「そんなもん、出会ってすぐの人間なんざ信用できるわけねぇだろ。お前はいきなり自分の上の人間が代わって、当たり前のように命令してきて、それにすぐに従えんのかよ?」

「そうね、やっぱり困惑すると思うわ。それが自分と密接に関わってた人であればあるほど、ね」

「は!分かってんじゃねぇか!そういうことだよ。しかも期間だってたったの1週間だろ?だったらそんくらい何もしなくたっていいじゃねぇか」

「そう……残念ね、この1週間があれば漣は間違いなく今の1段階……いえ、2段階上には上がれたでしょうに……。どうしても嫌なら仕方ないわ。道流さんとタケル君だけでもレベルアップしてもらおうかしら」

「おい、そりゃどーいうことだ?なんでぽっと出のお前なんかがオレ様をレベルアップできるってんだよ。簡単に乗ってくると思ったら大間違いだぞ」

 

 その瞬間、彼女の口元がニヤリと動いたのに、この場の全員が気付かなかった。

 

「まず一つ。格闘技なんかにおいても、慣れない環境でのトレーニングっていうのは、普段よりも大変だけど、得られる物も多いんじゃない?」

「確かに、高地トレーニングみたいな特殊な環境だと辛さも大きい分、成果も大きいっす」

「それと同じことがこの世界でも言えるわ。もう知ってるでしょうけど、番組のプロデューサー一つ取っても、それぞれ考え方や優先順位なんかが違うわよね。今まではそれでも自分なりに、自分のままで、としていたんでしょうけど、それに少し手を加えるだけで、上の人間から大きな評価を得ながらも、自分達の個性を遺憾なく発揮できる。ひいては、より上に辿り着きやすくなるわ」

「今のままじゃダメだって言いてぇのか?なんでオレ様が上のやつらの顔色を見ないといけねぇんだよ」

「それよ。そこが勘違いしてるところなの。私は『上の人間の顔色を見て自分を変えろ』って言ってるんじゃなくて『上の人間に、自分の良さを見せる力を付けろ』って言ってるのよ」

「なるほど、根の部分を曲げることなく、逆に自分達をよりよく上に見せる。そういうなんだな」

「そ!物分りが早いわね!その器用さを身に着けることが出来れば、君達は今よりも間違いなく前に出られるわ」

 

 この説明に、漣以外の二人はなるほど……と納得しているが、漣はまだ今一つ決定打が足りないようだ。が、彼女は手応えを感じ、さらに言葉を続けていく。

 

「そしてもう一つ。異性とのコミュニケーションは、男性の良さをより引き出してくれるの。この事務所の中でも女性ファンの多い人達って、そういうのを分かってて、いろんな場所で異性とのコミュニケーションを取れていた人たちなのよ」

「ま、まぁ……自分達は元は格闘技のような女性があまり来ない所にいましたし、今のファン層も、割合は男性の方が多いですし……」

「そう、君達は間違いなくカッコイイの。ただ、それは、男から見たかっこよさという意味であって、女性が求めているのはそういうのじゃないのよ。勿論、今が悪いわけじゃないし、男性のファンを獲得できるというのは物凄い長所よ。でも、それに加えて女性のファンが増やせたら?」

「より人気になって、さらに上にいける……か?」

「そういうこと!たった1週間っていう短い期間ではあるけども、絶対にやらないよりも効果があるのは保証するわ。まぁ、勿論それは皆のやる気次第なんだけども……どうかな?」

 

 どうやら、道流とタケルの二人はやる気になったようだが、漣はどうしても最後の一歩が踏み出せないように見える。そして、彼女は最後の一言を彼にぶつけた。

 

「私はね、他の子たちだと難しいかもしれないけど、常に上を目指し続けている漣になら、この1週間でその力をモノにできると思ったからこそ話したの。お願い。たったの1週間だけでいいから、君の時間を貸して欲しいの!」

「っ!しっかたねぇなぁぁ!そこまで言うならやってやろうじゃねぇかよ!オレ様にかかったらそんくらい余裕だって見せ付けてやるよ!その代わり!絶対にこの1週間で成長させてみせろよな!」

「えぇ!勿論!最初に会ったのが君達で本当に良かった!これからの1週間をやり抜く自信が持てたわ!本当にありがとう!」

「いや、自分達は何も……」

「あ……お、俺!まだ時間あるからちょっと走ってきます!」

「あ、チビ!てめぇだけ何勝手してやがる!勝負だこの野郎!」

「あ、おい!す、すいません!あいつらのこと見てきますんで。プロデューサー……いえ、師匠はゆっくりしててくださいっす!」

「分かったわ。……って師匠!?師匠ってどういう……って、もういないし。流石バリバリの体育会系……」

 

 ふぅ……と、彼女は先ほどまでの自分の語りっぷりを振り返りながら一息つく。適当なことを言ったつもりは無いが、ここまで上手く事が運べたのだ、少し気分がいいのだろう。先ほど言った1週間をやり抜く自信が出来たというのも、あながち間違いではないのかもしれない。

 先ほどの3人、THE・虎牙道が出て行ってから3分くらいが過ぎた頃だろうか。廊下の方から話し声と一緒にいくつかの足音が聞こえる。もう戻って来たかと思ったが、どうも先ほどよりも声のトーンがいくらか高い。これは誰か違うメンバーが来ると分かった彼女は扉の正面3メートルくらいの位置に立って待つ。そして、ノックされることもなく無造作に扉は開かれた。

 

「でさ~、そん時の先生の顔、すごかったんだぜ!」

「それはメガヤバっすね!あ、賢ちゃん、おはよ~っす……って、あり?」

「女の人……なんで?」

「お客さん、ですかね?というか、他の人はどこに行ったんですかね、お客さんを放っておくなんて」

「うわぁ、すっげぇ美人……」

「あはは、ここの子たちは察しが悪いというかなんというか……」

 

 彼女は軽く頬をかきながら、入ってきた高校生くらいの5人を苦笑いで見る。その言葉に3人はまだ頭にハテナを浮かべているが、残りの二人は気付いたようだ。

 

「あ……もしかして」

「貴女が、ですか?」

「ん?なんすか?ナツキっちもジュンっちも!なんか分かったんなら教えてくださいっすよ!」

「まぁ、隠すつもりも無いから言っちゃうけど、私が今日から1週間君達のプロデューサーの代理ってわけ。昨日聞かなかった?」

「そういえば企画でそんなのやるって……って!お姉さんが代わりのプロデューサー!?」

「マジで!?やった!こんな綺麗な人にプロデュースしてもらえるとか最高じゃん!!」

「君ってすごく素直だよね。いいことだとは思うけど、聞く側として恥ずかしいからちょっと抑えてくれると嬉しいかなーって」

「あ、ごめんなさい!ちょっと舞い上がっちゃいました」

 

 驚き方はそれぞれだが、どこか浮ついてるように見える。やはり今までが男性のプロデューサーだったのが急に女性になり、違和感やそわそわした気持ちが大きいのだろう。約1名、舞い上がりすぎてるように見えるが、そこがある意味彼の原動力の一つなのかもしれない。

 

「さてと、君達5人はHigt×Jokerであってるわね?落ち着きのない緑の髪の子が秋山隼人、バンダナ付けてるのが若里春名、眼鏡かけてるのが伊勢谷四季、眼鏡かけてない落ち着きのある黒髪の君が冬美旬、青…でいいのかしら?綺麗な色の髪に細目の君が榊夏来。間違って無いわよね?」

「すっげー!まだ名乗ってないのにしっかり当たってるっす!臨時プロデューサーメガヤバっす!!」

「なるほど、記憶力や判断力なんかはすごいみたいですね。流石は大手の346プロダクションのプロデューサーってとこですか」

「女性の褒められるの……慣れてないな……。でも、悪い気はしない……かな」

「うっわ、こんな綺麗な人に名前呼び捨てで呼ばれちゃった。なんかすっげー嬉しい」

「俺の特徴だけなんか少ないような気がするんだけど……ま、いっか!あ、良かったらドーナツいります?近所に朝早くからやってるとこあるんで、来る途中にお土産に買ってきたんだ!」

「はいはい、皆そんな一斉に喋らないの。呼び方はどうしてほしい?呼び捨てが嫌なら君付けくらいになると思うけど」

 

 数秒後、各々考えた結果、全員呼び捨てで行くことになった。君付けはどうにも子どもっぽいと思ったようだ。一人だけ、大人のお姉さんから子ども扱い……それはそれで……などと悩んでいたようだが、どうやら大人っぽく見られたいという欲求が勝ったらしい。女性や春名は苦笑いをしていたが。

 

「よし、それじゃあ改めてよろしくね。期間は短いかもだけど、少しでもコミュケーションとか取っていけたら嬉しいって思ってるから、なんかあったら相談とか質問とか、じゃんじゃんしちゃってね」

「あ!じゃ、じゃあ!今お付き合いしてる人は……」

「隼人?そういうのに興味を持つのって、男性としては素晴らしいことかもしれないけど、アイドルとしては良くないんじゃないかしら?」

「う……そう、ですね……気をつけます」

「分かればよろしい。まぁ、積極的にコミュニケーション取ろうとしてくれたのは嬉しかったよ。夏来や旬も、これくらいとは言わないけど、話してくれたら嬉しいなって思うんだけど、どうかな?」

「まぁ、善処はしますよ。仕事のことなんかはどうせ聞かなきゃ分からないんですから」

「コミュニケーション……苦手……」

「ゆっくりでいいのよ。誰にも得意不得意はあるわ」

「ちょっと~俺たちは無視かよ~」

「そうっすよ!そういうの、マジへこむっす!」

「君達二人は言わなくてもこうやって喋りかけてくれるじゃない?それだけ信頼してるってことよ」

「「あ……」」

 

 どうやら、コミュニケーションを取ることに関しては問題無さそうだ。これこそが彼女が346プロダクションのアイドル達の多くをひきつけた魅力の一つなのだが、当の本人は当たり前のようにやっているため、そのような自覚は無いというのがまたおかしな話である。

 

 さてと、と彼女が一息ついたところで、また廊下から話し声と足音が聞こえてくる。さて、今度はどんな子かな?と、どことなくわくわくしてるように見える。が、彼女の予想はある意味裏切られることになる。そう……『子』ではないのだから。そして、扉の向こうからノックの音があり、ワンテンポ空いてから扉が開き始める、その扉の向こうには、3人の男性……。金髪の活発そうな男性、どこかけだるげな表情の男性、そして、眼鏡をかけた真面目そうな男性である……。

 


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