一週間プロデュース~目指せパーフェクトコミュニケーション~ 作:シンP@ナターリア担当
今は先ほど幸子の曲から時間は過ぎ、終盤に差し掛かるバラード調の曲が流れている。彼女がふと周りを見ると、何人かは眠そうな表情を浮かべている。長時間の視聴と、身体を動かしていない気だるさからだろうか。そこにスローテンポのバラード曲となると、眠気が来るというのも頷けるというものだ。だが、ここで寝てもらっては何のために時間を取っているのか分かったものではない。彼女は手をパンパンと叩き、眠そうな数人の目を覚まさせる。
「ほらほら、後もうちょっとだから、最後までしっかり見てね。今回のライブではバラード曲は少なめにする予定だけど、いくつかは歌ってもらうんだから、ちゃんと歌いたいって思える曲を見ておいてね」
「でもさ~。さすがにこのタイミングでバラードって眠くなっちゃうよね~」
「超分かるっす!!やっぱりライブって言ったら、思いっきりハジケル感じが最高っすよね!!」
「君たち、彼女たちの歌はとても素晴らしいものばかりだ。確かに我々とは方向性は違うだろうが、表情や歌い方に関しての技術、それらを見て、覚えることは、必ず我々の力になるだろう。しっかりと見るように」
「「は、はい(っす)!!」」
「さっすが硲先生。にしても、こんな若い子たちがよくもまぁこんな難しい歌を歌えるものよねぇ。おじさん尊敬しちゃうわぁ」
「ふふっ。女性からしたら、S.E.Mの皆さんの曲は大人の男性って感じの曲で、とっても難しいんですよ?」
「あらら。こりゃ一本取られちゃったね。ま、向き不向きは人それぞれだからね。それを以下に伸ばすか、以下に上手く育てるか、が大事なのよね」
「うむ。山下君の言うとおりだ。まだ若い内は良いところを伸ばすこともとても大事だ。吸収できるところはしっかり吸収していくように」
「なんか、いつの間にか授業みたいになっちゃってる……」
そんな春名のぼやきは誰に聞こえるでもなく消えていく。そしてまた時間は過ぎ、バラードパートは終わり、今やライブは最高潮の盛り上がりを見せている。まさにラストスパートというものだろうか。さっきまでの鬱憤を晴らすかのようなアップテンポな楽曲の連続に、見ている彼らも知らずに身体が乗っており、とても気分が良さそうだ。だが、そんな中で少し神妙な面持ちをしている冬馬を見つけ、彼女は少し近づき声をかける。
「難しい顔してるわね。何かあったのかしら?」
「別に。そういうんじゃねぇよ。ただ、組む相手の事を、いろいろと考えてただけだ」
「ふーん。それで?誰かお眼鏡にかなう子はいたの?」
「べ、別に選り好みしたいってわけじゃねぇよ!誰かと組めって言われりゃあ、そいつと全力でやってやるさ」
「言うねえ冬馬。そういう強気な発言、嫌いじゃないぜ?」
「茶化すなよ。だけど、そうだな。こっち側から誰かって言うなら、一人だけ……」
「お?誰々?そういうのはしっかり教えてちょうだい!」
「ほら、さっきソロ曲歌ってたやつだよ。なんというか、そいつの雰囲気が、知り合いに少し似てる気がしてな……ほ、ほんの少しだし!べ、別にそいつとなんかあるってわけでもねぇからな!!」
「あ~らら。冬馬くんってば、自分から墓穴掘っちゃってるよ。でも、確かに冬馬くんの言いたいことも分かるかも。どことなく似てるよね~。は……」
「馬鹿!!いらないこと言わなくて良い!!!お、俺からはこんだけだ!!後は勝手にしてくれよな!!」
「ふふっ。分かったわ。素直に話してくれてありがとう」
「冬馬。女性には素直にって言った俺のアドバイスを早速実践するなんて、流石じゃないか」
「そういうんじゃねぇよ!!」
男の子同士って仲良いなぁなどと彼女が思う中、Jupiterの3人によるコントのようなやり取りは続いたようだ。だが、それもすぐに終わり、今はまた集中して映像を見ている。この調子なら、向こうからのも合わせて上手くまとまりそうだ。そう、少し楽観的に考える彼女だった。
そして時間は流れ、画面では先ほど登場していたアイドル達が一同に集まり、客席へ向けてお辞儀をしている。見て分かるとおり、最後の一曲まで終わったのだろう。客席からは、惜しみない拍手が贈られている。見ている彼らからも拍手が出てきて、何人か……特にみのりは、ボロボロと泣いている。きっと彼女たちの挨拶の言葉に心を打たれたのだろう。
「あぁ……まさかこんなところであの見られなかったライブを見られるなんて……この仕事やってて本当に良かったよ……」
「みのり泣いてる~!泣いちゃダメー!ほら、笑って笑って!」
「ピエール。みのりさんは悲しくて泣いてるんじゃないから、今はそっとしといてあげな」
「そうなの?どこも痛くない?」
「ぐすっ……あぁ、大丈夫だよ、ピエール。心配してくれてありがとう」
「こんな風に泣いてくれる人がいるっていうだけで、彼女たちも喜ぶでしょうね。ありがとうございます、みのりさん」
「うっ、そんな風にプロデューサーさんから言われると、また泣いちゃうじゃないですか……」
「ああっ!!ごめんなさい!!」
「ああー!プロデューサーがみのり泣かせた!!」
少し頬を膨らませて怒るピエールに、ごめんねと謝る彼女だが、そんなやり取りを見た皆の中に大きな笑いが生まれる。彼女も少し驚いていたが、そんな姿を見てピエールまで笑い出したのを見て、やられた!と彼女が思うのは、皆の中で笑い転げるほんの直前だった。そして、ひとしきり笑い終えた後、先ほどのようにパンパンと手を叩き、話を戻す。
「さ、改めてなんだけど、見てもらってどうだったかしら?」
「途中で何回か言ってたけど、やっぱ俺たちと違って女の子ってアイドル!って感じがして可愛いよね!」
「そうそう!こう……華があるってやつ?それに、俺たちとは違ったかっこよさもあって、凄かったよな!」
「美しき 歌と舞より その姿 僕たちが出せる男性の魅力と違って、そこにいるだけで十分にアイドルが出来るって流石だよね~」
「はい。どなたもとてもお綺麗でしたね。特に、あの海にも負けぬ綺麗な青い髪をした少女。MCでの魚の話といい、とても仲良く出来そうです!」
「古論の話は置いといて、確かに皆の言うとおりだな。でも、そういうアイドルとしての華やかさ、綺麗さだけじゃなくて、俺にはあの子らの芯の強さみたいなのも見えたな。ありゃあ相当のもんだ」
「えぇ!なんたって、うちの自慢の子たちだもの!!」
「我と肩を並べるに相応しき新たなる光の民も見つけた!かの者は我と波長を同調し得る稀有なる存在!」
「僕も一緒に歌いたい子見つけたよ。あの子なら仲良くなれそう!って言ってます。多分、あの髪の毛巻いてたゴシックドレスの子かな?」
「あっ!確かにどことなくアスランの感じに似てたかも!良かったねアスラン!!お友達増えるかもだよ!」
「うむ!」
「アスランを分かってくれる人が増えるのは嬉しいな」
「そうやなぁ。仲良くなってくれはったら、お礼にお菓子でも作りましょうか」
各々からいろんな感想が出てくる。この調子なら、本当に良い具合に決まってくれるかもしれない。だが、ここで一箇所から声が上がる。
「それで?オレ様と組んで虎牙道の曲を歌うのはどいつになるんだ?一番マシだったやつらは不良どもが持っていきやがったからな」
「こら!そんな言い方をするんじゃない!」
「んなこたどうだっていいんだよ!それでどうすんだよ。誰がオレ様と組むんだ?」
「それなんだけど、君たち虎牙道の3人は、3人そのままでこっち側の曲を歌ってもらうわ」
「ああ!?オレ様に女の曲を歌えってのか!?冗談も大概にしやがれよな!」
「ふん。どうせ自信が無いだけだろ」
「そうやって安い挑発すりゃあ乗ってくると思ってんじゃねぇだろうな?言っとくが、どんな曲だって歌えねぇ歌なんざねぇよ。けどな、なんでオレ様がわざわざ女のチャラチャラした曲を歌わなくちゃいけねぇんだよ。こればっかりは絶対にゆずらねぇぞ」
「駄々をこねるんじゃない、漣。すみません、師匠。なんとかこっちで説得しときますんで……」
「チャラチャラした曲、ねぇ……。漣。あなたに歌ってもらおうと思ってる曲は、女性アイドルらしい曲とは正反対。むしろ、あなたのような人にこそ相応しい曲だと思うわ」
「あぁん?んな曲が都合よくあるかっての。これではいそうですかって返事なんかしねぇよ、バーーカ!」
「えぇ、返事は曲を聞いてからでいいわ。今ちょうどその曲の音源もスマホに入れてあるから、ここで流しましょうか」
そう言いながら彼女は自分のスマホを操作する。曲はすぐに見つかったのか、すぐに再生の準備に入る。虎牙道の3人は勿論、他の皆も気になるのか、すぐに聞く体勢に入った。そして数泊の後、曲は始まった……。
数分後、曲の再生が終わり、スマホをポケットの中にしまう彼女。周りの皆は感心したように頷いており、どうやら反響はとても良かったようだ。そして、肝心の漣はと言うと……
「……っち!確かに曲の内容も曲調もオレ様には向いてるかもしれねぇな」
「なんでいちいち上から目線なんだお前は」
「そんなもんオレ様がナンバーワンだからに決まってんだろ。バカかオメーは。んなことより、確かに曲は良いかもしれねぇけど、途中に入る女っぽい歌詞が気にくわねぇ!!オレ様に女言葉使わせるつもりか!?」
「いえ、そこはメロディや音程が変わりさえしなければ、女性っぽい言葉を男性っぽい言葉に変えてもらって構わないわ。もちろん、これは他の皆もだけどね。さ、これでどうかしら?」
「ちっ!しっかたねぇなあ!そこまでやるんだったらやってやってもいいぜ。ただし、やるからには絶対足引っ張るような奴を入れんじゃねぇぞ?」
「失礼な言い方をするなってば」
「大丈夫ですよ、道流さん。漣もよ。ちゃんと足を引っ張らないような相手を用意するわ」
「すんません。よろしくお願いします」
最後にタケルが頭を下げ、なんとか丸く収まったようだ。そして、改めて落ち着いたところで、向こうと同じく、今の段階で組みたいと思う人を紙に書いて提出させる。そして、ものの数分でその作業も終わり、時計を見ればもう6時を差している。朝から休憩を挟みながらとはいえ、ぶっ通しでライブの映像を見ていたのだ、身体を動かすのも疲れるが、これはこれで疲れるだろう。彼女はまた皆に声をかける。
「さぁ、こんな時間になっちゃったし、今日はここで解散にしましょうか。荷物を持ってきてる人はそのまま帰っても大丈夫よ。未成年組の中で車で送るのが必要な子はいる?」
「ハイジョ組は結構近いんで大丈夫でーす」
「Jupiterの方は、俺が責任持って送り届けるよ」
「うちは迎え呼んだら来てくれるから大丈夫だよ!」
「ほとんど大丈夫そうね。もふもふえんの皆はどう?」
「なおのとこの母さんがいっつも俺たちも送ってくれるんだ!」
「僕たちは大丈夫だよ。プロデューサー」
「そっか、じゃあ直央君、お願いしていい?」
「は、はい!大丈夫です!」
「よし!それじゃあ皆大丈夫そうだし、ここで解散しましょうか!今日は一日お疲れ様!明日からは、いつも通りの仕事をしながら、空いてる人はここを使わせてもらえる事になってるから、歌の練習ね」
「「「「はい(はーい)!!」」」」
全員(か、どうかは分からないが)返事したのを見て、ニッコリ笑って頷く。その笑顔に隼人が少しときめいていたのは内緒の話だ。
車での送迎がある者も全員を見送り、最後に事務所に鍵をかけ、事務所を後にする。今回のこの大きな企画に、改めて自分が抜擢された事の重さ。そして、その間のここのアイドル達の道を、自分が導いていくのだということの責任。そんなものが彼女の肩には重くのしかかっていた。だが、彼らに実際に触れ、話し、笑いあった今、その不安や重圧はとても軽いものになっていた。今の彼女にあるのは、いつも通り。あの子たちと接する時のように、一緒に歩いていくという気持ちだった。さぁ、そのための一歩を踏み出そう。まだまだ一週間は始まったばっかりなのだから。
ちなみに、これは余談なのだが、朝方に道夫も言っていた通り、315プロダクションにも勿論事務員はいるのだが、今日はアイドル達との顔合わせと、ライブ映像の鑑賞を優先するために、合わない時間帯で出勤していたようだ。これを彼女が知るのは、もう少し後の話だ。