一週間プロデュース~目指せパーフェクトコミュニケーション~ 作:シンP@ナターリア担当
(どうしてこの人は、この歌をこんなに楽しそうに歌えるんだろう……)
それが彼女の……白菊ほたるの真っ先に出た感想だった。画面の中で歌うアイドルの姿は、それほどに眩しく、とてもいい笑顔だった。曲の歌詞の中には、彼の実体験に基づくものであろう不幸な話が入っている。だが、その後に続くのは、どれも物事をプラスに持って行こうという意思を示した歌詞だった。彼女にとっては考えられないような、そんな前向きな歌。だからこそ、彼女はどうしようもなく、目を離すことが出来なかった。
「どうだ?ほたる。あれがうちで一番の不幸な男で、うちで一番前向きな男だ」
「プロデューサーさん……」
「ん?」
「私には、彼みたいに、自分の不幸を笑うことは出来そうにありません」
「そうだね。君は、自分の不幸が他人を巻き込むのが怖いんだね」
「はい。私が不幸なばかりに、周りの人もたくさん巻き込んで、皆が辛い思いをするのが、嫌なんです」
「それは君が優しいからだよ。何も悪いことじゃない」
「いえ、私は自分がかわいいだけなんです。『またあの子のせいで』『あの子がいたから』そんな言葉を聞きたくなくて、自分から一人になる道を選んできたんです」
「そうかもしれないね」
「でも……」
「でも?」
そこで彼女は一度言葉を区切って、また画面に目を向ける。画面の中の男性は、ちょうど曲の間奏部分なのだろう、ファンの皆に向けて大きく手を振りながら、舞台の上を右から左へと走っている。だが、ちょうど真ん中を過ぎた頃だろうか、何もないはずのステージで結構な勢いをつけて転んでしまう。マイクがその衝撃音を拾い、客席や一緒に見ているアイドル達から悲鳴やどよめきがあがるが、彼はすぐに起き上がり、そのまま『いってて』などと言いながら苦笑い。そして間奏が終わる前にこう叫んだ。
『今皆の不幸は俺がもらった!!後は全力で楽しもうぜ!!』
今までにないほどの、一際大きな歓声が上がり、そのまま最後のサビへと入って行く。彼の歌声も、先ほどのミスなど無かったかのように、より力強いものへと変わっている。その姿を見て、改めて彼女は続きを口にする。
「でも、私も……少しでも変わりたい……」
「うん」
「彼ほどじゃなくていい……それでも、この不幸な体質を、ただ不幸のままで終わらせたくない……」
「うん」
「皆と謝り合うんじゃなくて、笑いあいたい」
「うん」
「もっと!昔の私が安心できるように!笑っていたい!!」
「それなら、もう答えは決まってるね?」
「はい!プロデューサーさん、私に、この人と歌わせてください!きっと、私の中で、大きなきっかけになるはずだから!」
「よし!よく自分から言ってくれた!任せろ!俺が絶対に、君とあいつを一緒のステージで歌わせる!約束だ!」
「……っ!!はい!!」
二人の会話を口を挟まずに見ていた皆も、彼女の言葉に心を揺さぶられる。何人かは、『大丈夫だから。一緒に笑おう』と、泣きながら彼女に抱きついていた。ちょうどよく、と言うべきだろうか。曲が終了し、場面はMCに移ったようだ。この間にと、彼は今のところ組み合わせの良さそうな子たちや、誰が誰に興味を持ったかなどをメモしていく。期間は短いのだ、少しでも早く決めるに越したことは無いだろう。と、ここで卯月から声が上がる。
「それにしても、やっぱり男性アイドルの皆さんってすごいですよね。あんなに激しいダンスとかしながら、あれだけ歌えるんですから」
「そうね。私たちの中にも激しいダンスがメインの子とかもいるけど、やっぱり男と女では、根本的に体力とか動きの迫力が違うものね」
「ダンスがメインの曲やってる奏ちゃんが言うと説得力あるよね~」
「それに、歌声の力強さも違うよね。私たちの中だと、拓海サンとかが一番声が出る人だと思うけど、やっぱり男の人の声って違うよね~」
「あぁ?それはアタシの声があいつらに負けてるって言いてぇのか?」
「落ち着け拓海。柚はそんなこと一言も言ってないだろ?単純に、声の質が違うって話だよ」
「そゆこと~。女性の張った声ってのもやっぱりカッコイイからね。いつもありがとね、うちの特攻隊長サン」
「んだよ。そういうことなら早く言えよな。でも、確かにやっぱ野郎とじゃあ違いは出るよな。こればっかりはどうしようもねぇ」
「お互いに無いものを持ってるからこそ、今度やる合同ライブに期待が持てるってものさ。さぁ、そろそろMCも終わる頃だ。しっかり見といて、どんどん意見とか出していってくれよ?」
「「おう」」
「「「「はーい」」」」
威勢のいい返事と元気な返事が重なり、場面はちょうど暗転。そのまま次の曲へと入るようだ。この調子で見て行けば、今日中にでもある程度は決められるだろう。
そして時間は一気に飛び、今は昼を過ぎた頃。見る予定のライブ映像はディスク2枚分であったため、現在は途中休憩も兼ねて昼食の時間のようだ。各々が食堂で食べたい物を頼み、席に座って自由に話している。何人かは別の所属の仲のいい子のところへ行き、今回の企画のことを話しているようだ。今、彼の席の周りには比奈、沙南、悠貴、夕美、千枝が座っており、何故か膝の上には芳乃が座り煎餅を食べている。
「芳乃。どうして君が私の膝の上にいるのかな?」
「先ほど~、薫と雪美から、そなたの膝の上は心地がよいと聞きました~。ですので、確かめてみようと思いまして~。重いでしょうか~?」
「いや、対して重くない……というか、年齢の割りに軽すぎるくらいだ。もう少ししっかりと食べたほうが……じゃなくて。そんな重さのことよりも、周りの視線がだな……」
「まぁまぁ、この事務所の中には、四六時中自分の担当の子にべったりな男性のプロデューサーもいるっスよ。このくらいじゃあ特に何か言われることは無いっスから」
「それに、人に好かれるのって、いいことだと思いますよ?心が優しい人の証拠ですから」
「比奈さんに相葉さんまで……。普通はだめだと思うんだけどなぁ……千枝ちゃんや悠貴はどう思う?」
「……なぁ……」
「千枝ちゃん?」
「へっ!?あ、な、なんでも無いです!千枝はいいと思います!」
「芳乃さん、いいなぁ。プロデューサーさんっ!私も今度膝の上乗せてくださいっ!」
「はぁ……ここまで来たらもうやるしかないかな……」
「うちのプロデューサーもそうだけど、プロデューサーさんも結構な流され体質だよね~。頼まれたら断れないゲームの主人公みたい」
「主人公だなんて柄でもない。せいぜい脇役だよ。さ、それよりも早く食べよう。まだまだ見ないといけないんだ」
「おっと、忘れてたっス」
そう言って全員自分の前の昼食を食べていく。その間にも、先ほどのライブに関しての話をしているようだ。
「いや~。途中で卯月ちゃんも言ってたっスけど、あっちの皆さんはパワフルですごいっスね~」
「そうですねっ!皆さん背も高くてカッコイイですし、あの中に入ったら、私の身長も目立たなくなるかなっ?なんてっ!」
「悠貴の身長は、アイドルとしては長所なのでして~。私からすれば、うらやましいことですね~」
「私も、前は芳乃さんくらいの方が良かったですっ!でも、今はもうそんな事思って無くって、この身長だからこそ輝けるんだってこと、分かっちゃいましたからっ!」
「それは、とても良きことですね~」
「私も、成長したらもっと大きくなれるかな?悠貴ちゃんみたいに、背の高い素敵な女性になりたいな……」
「ふふっ、大丈夫だよ、千枝ちゃん。これから背が伸びるのなんてまだまだ先なんだから。それに、もしもあんまり背が伸びなくたって、背の低い素敵な女性だっているんだから。ね?」
「そうそう。ゲームにだって、小さいことをちょっと気にしたりするけど、とっても大人っぽくて素敵な人だっているからね!見た目よりも、中身が大事なんだよ!」
「そ、そうかな……そうだと、いいな。えへへ」
「プロデューサーさん、今の『えへへ』どうっスか?」
「100点だな。アイドルとして最高の笑顔だ」
「へ!?あぅ……あんまり、見ないでください……」
「ごめんごめん。でも、常に理想を目指すのもいいけど、今しか出来ないことだってあるんだから、それを忘れないようにね」
「はい……」
そう返事をしながら、まだ少し赤い顔を隠すように、ごまかすように昼食を食べ進める千枝を見て、その場にいた6人は微笑ましく思う。その後も他愛の無い談笑をしながら昼食を進め、20分ほど経って全員が完食し、食堂を後にする。席を立つ際に、膝の上から芳乃を下ろす姿を、千枝が羨ましそうに見ていたのは内緒のお話……。
そして今はまた全員が先ほどの部屋へと集まり、2枚目を見ようという段階。一旦昼食を挟んだので、全員の集中力が途切れていないか心配だったが、そこは流石にアイドル達、いらぬ心配だったようだ。そして2枚目のディスクの再生を始め、最初に現れたのは、綺麗な和服を着た3人組のユニット。その中でも一番目立つ、背が低い奇抜な髪をした男が第一声を口にする。
『さぁさぁさぁ!!ここからはワガハイ達の出番でにゃんす!綺麗な礼儀は脱ぎ捨てて、大見得切ってあいや御免。話の言葉を歌に変え、一世一代の大舞台!見なきゃ末代までの笑いもの!ここに集まる聴衆の皆々様。今しばらくのお付き合い。え~、毎度くだらないより上げるでにゃんす!』