一週間プロデュース~目指せパーフェクトコミュニケーション~   作:シンP@ナターリア担当

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ファーストコンタクト~SideCINDERELLA

 男性は今、とある建物の前にいる。それは例えるなら巨大で美しい城。少女達がシンデレラとなるために、目指し、集まる場所。346プロダクション。その門の前に立ち、改めてその大きさを再認識する。が、いつまでもそうして突っ立っていても仕方が無いと思ったか、よしっ!と一声の気合と共にその門を潜った。

 建物に入り、まずは受付にいる女性へと声をかける。

 

「おはようございます。この度企画にて1週間こちらで働かせていただく315プロダクションの者ですが。これ、身分証明です」

「はい。お伺いしております。基本的に事務所内での行動の制限等はございません。普段の仕事と同じように動いていただいて大丈夫です。使っていただく事務所は今からお渡しする臨時の社員証にも記載してありますが、この建物の5階が全て一つの事務所となってます。他と違いとても広いですが、彼女の受け持っていた人数だとこのくらいの部屋でないと足りませんので」

「あはは、それに関してはある程度は聞いてます。あの人もすごいですよね」

「そういう貴方も、315プロダクションの皆さんをお一人で受け持っているとお伺いしていますよ?その手腕、是非とも振るってくださいね」

 

 その言葉に自分の事務所にいるアイドル以外の人間を思い出し、確かに名実共に一人でやってるような物だなぁなどと考えてしまう。同時に、これからの1週間、本当に大丈夫かとの心配も出てくるが、ここに来て考えたところで仕方が無い。と、すぐに考えを捨てる。

 

「まぁ、頑張ってみますよ。他に何かありましたか?」

「いえ、説明に関してはこのくらいですね。そちらから何かご質問はございますか?」

「今のところは大丈夫ですね。また何かあればお尋ねします」

「はい。分かりました。では、こちらが社員証になります。失くしますと再発行の手続きが必要ですので気をつけてくださいね」

「分かりました。あ、すいません一つだけ。お名前を伺っておいてもよろしいですか?いざという時に知っておいた方がいいかなと」

「あ、これは失礼しました。私、この346プロダクションのチーフアシスタント、千川ちひろと申します。短い間ですが、よろしくお願いしますね。こちら、うちのプロダクションで販売してるスタミナドリンクです。疲労回復の効果もありますので、是非ご利用くださいね」

「ありがとうございます。それでは改めまして、これから1週間よろしくお願いします」

「はい。よろしくお願いします。エレベーターはあちらにありますので、どうぞご利用くださいね」

 

 なんて出来た人だろうか……。うちの事務員もあれくらいとは言わないが、あれの半分でもやってくれたら……。等という男性の考えは彼に届く事は無く、空しく消えていった。

 気を取り直し、辺りを少し見回しながらエレベーターへと向かう。まだ時間も少し早いくらいだからだろうか、スーツを着た人ばかりで、アイドルらしい子の姿は見受けられない。まぁ、うちでもこんなに早くから来るのなんて数人程度か、などと考えながら歩を進める男性。エレベーターに乗り、5階のボタンを押し、閉めるのボタンに手をかけたその瞬間だった。

 

「ま、待ってください!乗ります!!」

 

 かわいらしい大きな声が聞こえ、すぐに開くのボタンを押す。待つことほんの数秒、彼の目の前には髪をツインテールに結び、クローバーの髪留めをした女の子がいた。ここで彼は頭の中の記憶を思い出し、この少女が誰なのかを理解した。

 

「あ、す、すいません。急に、大きな、声を」

「いや、大丈夫だよ。5階でよかったかな?」

「え?あ、はい!そうです!けど、どうして……?」

「あぁ、ごめんごめん。君の事は交代になる彼女から聞いてたからね。緒方智絵里ちゃん、であってるかな?」

「彼女って……あっ!もしかして、プロデューサーさん?ってことはもしかして……」

「そ、今日から1週間、彼女の代わりに君達のプロデュースをさせてもらうことになった315プロの者だよ。よろしく」

 

 そう言いながら彼は握手の手を伸ばす。が

 

「きゃっ!」

「あっ!ご、ごめん!男性が苦手なんだったね!考えが足りてなかったよ!」

「あっ!こ、こっちこそごめんなさい!あなたは何も悪くないんです!わ、私が……」

「いや、彼女からしっかり聞いてたのに君を怖がらせてしまった。本当にごめん。次からは気をつけるよ」

「あ……」

 

 1階から5階。たったそれだけの距離のエレベーターが両者にとって今までに一番長く感じるほどの沈黙になった。そして、数分にも感じた数秒が過ぎ、5階に到着し、こちらです……という消え入りそうな案内の声の元、事務所の前へと到着した。

 

「た、多分他の人は、まだあまり来ていないと思います」

「確かに、かなり早い時間に来ちゃったからね。え~っと、智絵里ちゃん、でいいかな?」

「あ、はい!」

「智絵里ちゃんはどうしてこんなに早くに?」

「え、えっと、その、臨時だけど、プロデューサーさんが代わるって聞いて、心配で、落ち着かなくって……。ご、ごめんなさい!」

「だ、大丈夫だから。そうだよね。今までいなかったのに、突然知らない人間、それも男がプロデュースするなんて、心配にもなるさ」

 

 たはは、と自嘲気味に笑いながらも事務所の入り口の扉の取っ手に手を掛け、彼は言葉を続ける。

 

「でもね、俺は、企画だから仕方なく、なんて思ってないよ。この出会いを、しっかりと大切な物にしたいと思ってる。だから、最初は少し難しいかもだけど、大丈夫だと思ったら少しでも頼って欲しいな」

「あ……」

「な、なんて!ちょっと臭かったかな!さ、事務所に入ろう!おはようございます!」

「あ!お、おはようございます!」

 

 照れ隠しに大きな声で挨拶しながら入った事務所は、先ほど話していた通りまだ人がいる気配が無く、広いはずの事務所が閑散としている。大きな声を出したのが裏目に出たか、尚更気恥ずかしさが募る二人。が、それも束の間のことで、二人の耳に細く、澄んだ声が届く。

 

「おはよう、ございます。智絵里ちゃんと……貴方が臨時のプロデューサーさん、ですか?」

「おっと、誰もいないわけじゃなかったか。あぁ、その通り、俺が臨時のプロデューサーだ。君は……彼女からの資料で考えるに、鷺沢文香さん。で、あってるかな?」

「はい。鷺沢、文香と申します。それにしても、よく分かりましたね。そんなに詳しく特徴などが書かれてたんでしょうか?」

「あ、それ、私も気になってたんです。あ、文香さん。おはようございます」

 

 ペコリと文香に向けてお辞儀をする智絵里。そんな姿を横目に、彼は昨日の夜に改めて読み返した内容を思い出す。自分が作った資料も人のことを言えたものではないが、あれは……と。

 

「まぁ、似たようなものだな。恥ずかしい話、自分達の事務所の事で手一杯だから、他の事務所の子を確認したりする余裕が無かったから、活躍したりしてる子でも、どこの所属とか分からなかったりするからね。いやはや、情けない限りだよ」

「いえ、315プロダクションに所属されてるアイドルの皆さんも今やとても大人数でしょう。それをお一人でプロデュースされてるんですから、十分すぎるほどのお仕事ぶりかと」

「ありがとう。その言葉だけでも少し救われた気がするよ。で、肝心の内容だけども、ある程度の特徴と、気をつける部分なんかが書いてあったよ。文香さん……でいいかな?の場合、長い黒髪に、普段は目元を隠すように髪を流してて、喋り方はとてもゆったりした喋り方。注意する所としては、読書をしてると集中し過ぎて周りで何かあっても全く気付かない事がある。って感じでね」

 

 どうかな?という彼の問いかけに、お恥ずかしい限りですね。などと軽く頬をかきながら少し顔を赤らめる。

 

「あ、あの。私のは……」

「あぁ、智絵里ちゃんは、少し赤みがかった髪をツインテールにしていて、最近は私、あぁ、これは資料をくれた彼女のことだね。まぁ彼女が渡したクローバーの髪留めを使ってくれており、喋り方は少しオドオドした感じの喋り方。注意する所は、男性が少し苦手なので、距離感を少し気にしてあげて欲しい。こんな所だね」

「あ、だからさっき……」

「そ、資料で君が男性が苦手なのを知ってたのに怖がらせちゃったみたいだからね。本当にごめん」

 

 頭を下げる彼に対し、だ、大丈夫ですから!と手を振りながらわたわたと慌てる。そんな姿を見て、文香にも思わず笑みがこぼれる。

 

「っと、とりあえず、今は二人だけかな?他の子はまだ来ないだろうし」

「あ、それでしたらもうすぐ数人来ると思います。先ほど連絡がありましたので」

「そうか、それならまぁ来た子から順に挨拶すればいいかな。で、誰が来るんだい?」

「ふふふ、どうせなら、名前を当てられた皆さんの反応を見てみたいですので、まだ内緒です」

「あ、それはちょっと見てみたいかも」

 

 二人して、ね~。と言わんばかりに顔を合わせて笑う。そんな微笑ましい光景を見ながらも、頑張ってしっかり名前を当てなければな、と意気込む彼の耳に、来訪者を告げるノックの音が響く。文香のどうぞ、という声を聞き、数人の少女が部屋へと入る。

 

「おはようございます。あっ……」

「おはようございます。あれ?見たこと無い人……」

「おはよう……。……?」

「おっはよーございまーっ!あれー?お兄さんだーれ?」

「ふふ、皆元気ですね。おはようございます」

「おはよう皆。この人は、昨日聞いた代わりのプロデューサーさんだよ」

「あー!せんせぇの言ってた人だー!わぁい!あ、あのねあのね!私の名前は……」

「龍崎薫ちゃん、であってるかな?元気な挨拶が出来て偉いね」

 

 続けざまの4人の少女の挨拶を受けながらも、最後に入った子が名乗ろうとしたのを遮って名前を言い当ててみせる。その結果、少女……薫は目をパチクリとしたと思いきや、すっごーい!と声をあげた。

 

「薫、まだお名前言ってないのにどうして分かったのー!?すごいすごーい!!」

「薫ちゃんの先生のおかげだよ。薫ちゃんっていう元気な挨拶が出来る子がいるよ、って教えてくれてたんだ」

「わー!せんせぇのおかげなんだー!やっぱりせんせぇってすごい!じゃあじゃあ、ほかのみんなの名前も分かるの!?」

「もちろん。最初の子が橘ありすちゃん。丁寧な挨拶が出来る子だね……っと、子ども扱いはしない方が良かったかな?それに名前も、橘さんって呼んだらいいかい?」

「っ!わ、分かってるならいいです。あの人も余計なことを……」

「あら?そう言う割には嬉しそうに見えますよ?」

「そ!そんなこと無いです!文香さんもからかわないでください!」

 

 少し頬を赤らめながらも、皆子ども扱いして……などと少し不満そうな表情のありす。彼がそこから残ってる二人に顔を向けると、二人ともどこかわくわくしてそうな表情をしている。……一人はどことなく表情が読みにくいのだが。

 

「次に入ってきた君は、佐々木千枝ちゃん、だね。ウサギとお花のヘアピン、すごく似合ってるよ」

「わぁ……!ありがとうございます!千枝、このヘアピンすごくお気に入りなんです!」

「ふふ、さて、最後になっちゃってごめんね。佐城雪美ちゃん、だね?その青くて長いさらさらの髪も、ドレスみたいな服もすごく似合っててかわいいよ」

「ありがと……あの……」

「大丈夫、喋るのが苦手なのもちゃんと聞いてるよ。ちょっとずつでいいから、いっぱい話そうね」

「あ……うん……!」

 

 無事、少女達の名前を言い当てた彼は、薫からすごいすごーいとぴょんぴょんと飛びつかれている。小さい子は反応が素直でかわいいなぁ、などと考えていると、また新たにノックの音が鳴る。

 

「おっはよ~。って、あれ?もしかしてもう臨時の人来てる感じ?へぇ~、結構カッコイイじゃん!」

「おはよう。あら、確かに中々の顔ね。よろしくね、プロデューサーさん」

「あはは……そういう照れるお世辞は簡便して欲しいかな。とりあえずおはよう。そっちが城ヶ崎美嘉で、こっちは速水奏、であってるかな?」

「マジ!?まだ名乗ってないのに当てちゃったじゃん!って言っても、私くらいのカリスマギャルならトーゼンかもね」

「私は美嘉ほど前に出てるイメージは無いと思うのだけど、よく分かったわね?素直に驚いたわ」

「事前に予習はプロデューサーとしての必須項目だからね。見た目なんかのお世辞より、こっちを誉めてもらった方が嬉しいよ」

 

 新しく入った二人の女性、美嘉と奏もずばりと言い当てる。美嘉は大げさに驚いて見せたが、奏は表情にこそ出さないものの、少し目を丸くしてるようにも見える。そんな二人にも先ほど伝えたような事前の情報交換の話も行い、なるほど、と納得したような表情を浮かべる。と、ここで彼の袖がくいっ、と引っ張られる。

 

「ん?雪美ちゃん、どうかしたかい?」

「立つ、疲れる……椅子……」

「あぁ、椅子に座ったらってことかな?ありがとう。じゃあ、遠慮なく座らせてもらうよ」

「ん」

 

 軽く袖を引っ張られながら、事務所内のソファに案内される。そして、促されるままに座るが、ここで彼の頭に疑問符が浮かぶ。何故……

 

「なんで、膝の上に座ってるのかな?」

「座り、たかった……だめ……?」

「いや、別にいいんだけども、とりあえず他の皆に先に言っておくけど、そういう趣味は無いからな」

「あの……趣味ってもしかして……」

「あ、あの!わ、私は、人それぞれなんじゃないかなって……」

「なるほど、そういうのがあるから見た目のお世辞が嫌だったのね。大丈夫よ、そういう人もいるわ」

「ねぇねぇせんせぇ!次薫ね!!薫もせんせぇの膝座りたーい!」

「もしもしちひろさん?うん、この人は止めた方がいいかもしれない」

「近寄らないでくださいね!近寄ったら警察呼びますから!」

「まぁ、こうなるよな……」

「ふふふ。皆珍しくて楽しんでるんですよ」

「そーそー、気にしてたら疲れちゃうよ~。はい、これでも飲んで落ちついちゃいなよ~」

「あぁ、ありがとう」

 

 さんざ囃し立てられ疲れ果てたのか、彼はその出されたものを口にする。

 

「ふぅ、いやぁありがとう」

「にゅふふ、いいよいいよ~。お礼は後でしっかりもらうからね~」

「ん?さっきから話してるのって……」

 

 そう言いながら彼が横を見やると同時に彼の顔からサーっと血の気が引いていく。美嘉、奏、文香なども、あちゃー……と言った表情に。

 彼がその声の方向を向き、目にしたもの。それは少し赤みのある長い髪を癖っ毛のようにくしゃくしゃと靡かせ、青い瞳を一段とキラキラさせた、制服の上に白衣を着込んだ少女の姿だった。


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