すべてを救いたかったんだ   作:ソウブ

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32話 死、対、破壊

 

 

 七人の闇の者。

 暗い室内で、声が響く。

 

 

 ――全滅か。

 

 ――これでは破綻だ。

 

 ――今回は無理か。

 

 ――新しい大罪者を用意すればいいのではないか?

 

 ――やめておけ。無意味だ。あの異別でまた無殺されるだけだろう。

 

 ――あの力を封じる我らの悪魔術も破られた。再び用意するのも困難。リスクは大きい。

 

 ――三人分は集まらなかったが、半分は魂が集まったのだ。今回は潮時であろう。

 

 ――ここで終わらせたくはないが、続けても無駄になるだけ、か。

 

 ――そうだな。それなら別の方法か次に対する準備をした方がいい。

 

 ――ならば、全員一致で今回は退く、ということでいいな?

 

 ――お前は何やら勝手していたが、どうする?

 

 ――俺はまだ目的がある。

 

 ――せっかく治してやったのだから簡単に死んでくれるなよ?

 

 ――…………。

 

 ――…………。

 

 

 綺麗な緑を映えさせる下草が生える丘。

 そこに、一つの墓があった。

 その墓前に一人佇む男。

「待っていろ。どんな手を使ってでも、取り戻す」

 誰もいない場所で、一人呟く男。

 誰にも譲らない決意を瞳に秘め、道を定める。

 何を敵に回そうと、何を犠牲にしようと、必ず叶わせる。

 一人の悪魔は、七大悪魔の男は、この時、この瞬間に、堕ちて往った。

 闇の先を、その先も闇だと知っていても、進み続ける。

 唯々、唯一の望み。

 大切な人を、取り戻したくて。

 

 

 ――意識が、浮上していく。

 段々と、戻ってくる。

 瞼を開くと、天井。

 周りを見ると家のリビング。

 すぐ近くの感触に視線をやると、アイラと美子と姫香。

 

 どうやら俺は、リビングに布団を敷いてそこに寝かされていたみたいだ。

 アイラと美子が左右に密着し、姫香が上に乗っていた。

 伝わる熱と重量が心地いい。

 しかし、真白はどこにいるのだろう。

 お花摘みというやつだろうか。

 それとも外で日向ぼっこだろうか。

 まさか一人でコンビニとかに行ってはいないよな。なるべく一人で行動しないでほしいのだが。

 大罪者は全員倒したとはいえ、まだ危険はあるはずだから。

 

 自分の体を見る。

 右腕はそこに在った。

 全身、どこにも痛みはない。

 アイラが治してくれたのか。

 それ以外、あの死にかけの状態から生存出来るとは思えない。

 むしろ家まで辿り着いてアイラの『魂の橋渡し』(ソウルロード)で回復させてもらうまで生きていられたのが不思議だ。

 恐らく多重機動(デュアルシフト)で身体能力が強化されたことで生命力も上がっていたのだろうけれど。

 多重機動(デュアルシフト)が切れてから少ししか時間が経っていなかったのが幸いした、ということか。

 死ぬわけにはいかなかったから、死に物狂いで歩いたが。

 何とかなったようで、安堵する。

 

「和希さん、おはようございます」

「……っあ、おはようアイラ」

 考え事をしている内に、アイラが起きていた。

「おはようございます和希」

 美子も目を開けていた。

 詩乃守を見ると、まだ寝息を立てている。

「なあ、二人とも真白がどこに行ったか知らないか?」

 質問すると、二人は黙ってしまった。

 まさか。

 俺は嫌な予感に囚われる。

 真白がいない。それに関して訊いて黙る。導き出される結論。

 思考は断絶。

 やがて。

 アイラが言った。

「真白さんは……何かに気づいて出て行ったきり、戻って来ていません……」

 

 俺は走り出していた。

 姫香を起こさないように俺の上から優しく降ろした後、走り出した。

「和希さん!」

「和希!」

 後ろから声が聞こえる。

 玄関を開け放った。

 それからまた走り出そうと――

 

 視界に見慣れないモノ。

 白い何かが、玄関の床に落ちた。

 衝撃に突き動かされるまま行動してしまったが、そのいつもと違う光景に少し冷静になる。

 よく考えたら――よく考えなくても、ここでアイラたちをおいて一人で探しに行っても、おいていった三人が危険になるだけだ。 

 とりあえず深呼吸して、落ちた物を拾い上げる。

 それは白い手紙封筒だった。

 ドアに挟まれていたのだろう。

「和希さん、それは?」

 後ろから追って来たアイラと美子が首を傾げる。

「手紙」

 俺はそれだけ答えて、焦りながら開封する。

 焦ったせいで少しもたついてしまった。

 この中に、重要な情報が入っている気がしてならなかったから。

 ようやく中の手紙を取り出すと、食い入るように読んだ。

 

「今夜、人気のない山の中で待つ。白髪の少女に無事でいてほしければ金髪の少女を連れて来い」

 描かれた地図と共に、そんな文言があった。

 自分で口に出して、怒りが増す。

 奥歯が割れそうなほど噛み締められる。

「そんなっ……」

「……」

 アイラと美子が悲痛な顔をした。

 真白は攫われたんだ。

 そして攫ったのは、悪魔。

 アイラを狙ったのはあの悪魔しかいない。

 だから、アイラを要求する脅迫文ということは、恐らくあの悪魔なのだろう。

 前の世界でアイラの命を奪った悪魔だ。

 また奪うのか。

 そんなこと、させない。

 させてたまるか。

 状況は悪い。

 悪魔は強大だ。 

 

 だけど。

 折れない。

 絶望なんて、蹴散らしてやる。

 真白を必ず、取り戻す。

 必ず、救い出す。

 俺はすべてを救う者なのだから。

 それがなくとも、真白が居なくなるなど、在ってはならない事なのだから。

 俺が真白に死んでほしくないから助ける。

 俺が真白に傍に居てほしいから救う。

 それだけだ。

 俺は自分が納得したやりたいことをするだけの、

 独善的で偽善者な、利己主義者なのだから。

 

 

 俺は何も喋らず、リビングのソファに座っていた。

 リビングに繋がったダイニング、そのキッチンから卵を焼く音が聞こえる。

 アイラと美子が朝食を作っている。

 

 真白を取り戻すために動けるのは、夜だ。

 今は何も出来ない。

 今動いても仕方がない。今何処(どこ)に真白が居るのか分からないのだから待つ他ない。

 焦りは募るばかりだが、焦っても意味はない。

 必ず取り戻す。その意思だけ持って、時間が経つのを待つべきだ。

 

「和希さん、朝ごはん出来ましたよ」

「和希、気を強く持ってください」

 アイラと美子が左右から俺の腕に抱き付いて、立たせてきた。

 そのままダイニングのテーブルへと連行される。

 背に手を当てて優しく押される感触。

「腹が減っては戦はできぬ、ですよ」

 姫香が俺の背中を押していた。

 別に食事を取らないつもりはなかったのだが。

 でも、みんなが元気づけようとしてくれているのは分かった。

「すまんな」

 情けなくて。

「なにを言っているのですか。謝るくらいなら真白さんをちゃんと助けてあげてください」

「ああ」

 姫香に激励され、食卓に着く。

「みんなありがとうな。いただきます」

 そうして、トーストとベーコンエッグとサラダを食した。 

 

 朝食後も、俺はただ座っていた。

 壁掛け時計の針が動く音が、やけに耳につく。

 カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ。

 何もしないのも無駄に思えて、戦いに向けて思考を巡らせた。

 あの戦いが終わった後、無の殺戮(タナトス・ゼロ)は戻っている。

 多重機動(デュアルシフト)は、先の戦いの力はイレギュラーなのであの時ほど発揮できないが、通常の多重機動(デュアルシフト)は使える。

 イメージトレーニングをしてみる。

 敵との戦いを想像して反芻する。

 相手はあの悪魔。だったら手の内は知っている。

 ナイフ投げと黒い破壊の光を放つ悪魔術だ。

 ――結論。持てる力を以って全力で対処に当たる。

 結局、それしかなかった。

 先の戦いの様に無の殺戮(タナトス・ゼロ)を封じられない限り、この力で何とかなりそうではあるが。

 油断せず行こう。

 ならばまだ時間はある。もっと色々考えてみよう。

 自分の異別の事。戦いの想定。その場合の対処法。

 

 ……。

 …………。

 ………………。

 ……………………。

 

 昼食も夕食も、アイラと美子が作ってくれた料理を食べて、英気を養う。

 今日は、姫香も料理を出来ないなりに少し手伝っていた。

 何かを頑張ろうとしているのが伝わって来て、背中を押された気分になる。

 俺も、頑張らねば。

 

 夜。

 時が来た。

 約束の時間だ。

 

「私たち、戦えなくてもちゃんとついてます」

「和希が死んでしまったら、私も死にますから」

「しゃんとしてくださいね先輩」

 

 アイラ、美子、姫香が立ち上がった俺を元気づける言葉をかけてくれる。

 最後に強く背中を押された気がして、意思が更に強固に固まる。

 偽りのすべてを救う者は、大切な人を――真白を救う。

 その為に、今から進む、戦う。 

 歩き出す。

 

 後ろからアイラもついて来ていた。

「なんでついてくる?」

「手紙に私を連れて来いって書いてありましたよね。だったら私が行きませんと真白さんに危険が及ぶかもしれないではないですか」

「確かにそうだが、それだと全力で戦えない。アイラを護りながら悪魔を倒すのは難しい」

「でも、それだと真白さんが」

 縋るようにアイラは見つめてくる。

「真白は俺が護る。だからアイラが来ても危険を増やすだけだ。必ず生きて連れ帰ってくるから、ここは待っててくれ」

 アイラまで危険な目に遭う必要はない。大切な人を誰も死なせたくない。

「…………はい」

 アイラは少し考え、不承不承の納得、了解の返事。

 その返事を聞くと、俺は再度歩き出す。 

 

「真白さんを、頼みました」

 後ろから、祈る様なアイラの言葉を聞いて、家を出た。

 

 

 山の中。

 夜の月光に照らされた、開けた場所。

 そこに、奴はいた。

 視界の先、二本の黒き角を生やした男。

 悪魔。

 あの男個人の名前は、知らない。

「来てやったぞ」

「そのようだが、あの少女は?」

「俺を倒してからにしろよ」

「そういうことか」

 悪魔は殺意を宿した黒い瞳を向けてきた。 

 

 俺はその殺意を受け流し訊く。

「お前の名前はなんだ?」

「なぜそんなことを訊く?」

「聞いておきたいからだ」

 これから戦う相手の名を、これから殺すかもしれない相手の名を知っておきたかった。

「訊かれたからといって、俺が態々(わざわざ)伝える理由も必要もないと思うが?」

「そうかもな」

 悪魔は、少しの間沈黙した。

「貴様の名を教えるなら教えよう」

「相沢和希だ」

「俺はルシファー。ルシファー・ヘルライ」

 ルシファーか。覚えた。

 殺すなら殺すで、その名を覚えて背負おう。

 傲慢で偽善な考えだが、俺はそうしたいからそうする。

 

「そして、この子の名も教えよう」

 ルシファーが言うと、後ろの木が連なる暗がりから、一人の少女が出てきた。

 

 ヴァイオレットの瞳は神秘的で、けれど光は無く、意識が在るのかすら分からない。

 着ている服は白いパーカーに白いスカート。

 しかしたなびく長髪は、漆黒。

 唯の黒ではない。邪悪。

 感覚、伝わる。あれは普通ではない。

 黒い黒い、悪魔の様な漆黒。

 

「堕天使だ」

 ルシファーが、そう口にした。

 

 息を呑む。

 焦燥と怒りと恐怖で心臓の鼓動が早鐘を打つ。

 その女の子に視線が釘付けにされる。

 

 ――その子は、間違いなく俺の知っている女の子で。

 ――あの女の子の髪は、本当は真っ白で。

 ――瞳には、元気な光が宿っている筈で。

 名前は、春風真白だ。

 

「お前、真白に何をした?」

 俺は言葉に怒りと殺意を込めていた。

 どう見てもまともじゃない。ただ髪を染色しましたでは済まない異常。

 

「この少女は俺の傀儡(かいらい)にさせてもらった。貴様の異別でも元に戻す事は出来ない。俺以外には不可能だ。さあ、金髪の少女を連れて来い。そして寄越せ。この少女を死なせたくないのなら、差し出せ。そうすれば助かる。助けてやる」

 

 思考が一瞬止まる。

 けれど心を奮い立たせ。 

「そんなこと、信じる訳無いだろ」

「もう一度言う。貴様の異別では元に戻す事は出来ない」

 

 仮に。

 仮にそれが本当のことだとして。

 アイラをルシファーの手に渡らせた場合、アイラは恐らく死ぬだろう。

 それは駄目だ。

 けれどルシファーを斃し、真白を取り戻したとして、真白は元に戻らず、真白は戻らない。

 どちらかを、選べと?

 二人のどちらかを選択しろとこいつは俺に向かって言っているのか?

 

 ――ふざけるな。

 俺が選ぶのは俺が望む道だけだ。

 アイラも真白も、二人とも居る道だけだ。

 大切な二人を取り零すなど、二度とごめんだ。

 ルシファーは俺の異別では元に戻す事は出来ないと言った。

 だが、裏を返せば俺以外で元に戻す事が出来る力を持った者がいるかもしれないとも取れる。

 ならば要求に応える必要はない。

 どちらにしろアイラを失う選択など俺がする訳が無い。

 そして真白が失われる選択も論外だ。

 出る結論は、敵を倒して他も何とかする。

 ルシファーを殺さずに倒せればいいが、そこまで甘い相手ではないだろう。

 殺さずに無力化出来れば、ルシファーに真白を元に戻させればいい。

 無理ならば、他の方法。

 それだけだ。

 俺に出来ない訳が無い。

 ならば後は、戦うだけだ。

 

「返事は決まったか?」

「ああ」

「なら聞かせてもらおう」

「クソ食らえだ」

 

「『破滅の黒光』」

 黒く黒い光が、瞬いた。

 極大破壊がルシファーの右掌から放たれる。

 一瞬にして存在を消滅し尽くさんとする一撃。

 問答無用の、不意の戦闘開始。

 

 刹那より速く、声を置き去りにした、意識感覚による詠唱。

 喉を介さない言霊。

 ()(かく)発動しなければ、俺は一秒と経たずに死ぬ。

「『総ての救済を望む傲慢な愚者よ、殺戮し、終わりの理へと導け』」

 

 ――無の殺戮(タナトス・ゼロ)――

 

 両眼が翡翠色へと輝き、両手に全てが翡翠色の短剣が具現。

 黒光へと左の短剣を突き出した。

 

 ――殺戮せよ――

 

 言霊を介さない、死の概念の顕現。

 翡翠の短剣と黒光がぶつかり合う。

 衝撃を周りに撒き散らしながら、死の概念と破壊の概念が拮抗する。

 

 最中。

 漆黒の真白が、動いた。

 

 真白の背から、闇の様な黒色の翼が一対生える。

 光の無い瞳、闇の様に黒い髪に翼。

 その容姿は、正に堕天使だった。

 更に、闇色の翼が漆黒の光と成って、堕天使の両腕へと宿る。

 その光は、刃状。

 右腕が振り下ろされた。

 

『黒翼の魔魂剣』(ティアエル)

 

 何処(どこ)までも届く、漆黒の刃。

 性質は、魔剣。

 真っ直ぐ線上に、此方(こちら)に届く。

 

 右の短剣を水平に翳した。

 ――殺戮せよ――

 漆黒の刃と死の概念を宿した短剣が衝突。

 空間が、震撼する。

 衝撃が更に周囲へと荒れ狂い、草は舞い散り木は薙ぎ倒された。

 

 魔剣と破壊、その両方を防いでいる状態。

 腕に掛かる負荷自体はそこまでではない。

 だが、物理的な威力以上の問題。

 魔力が湯水の様に消費され、力が摩耗して往っている。

 黒翼の魔魂剣(ティアエル)と破滅の黒光。無の殺戮(タナトス・ゼロ)を以てしても容易に消し去る事が出来ない。

 

 それでも。俺は、取り戻す。誰も失いたくなんてない。

 今は多くを考える事は不要。

 自分に出来る事を、全力で為すしかない。

 

 やがて。

 黒光と魔剣は消失する。

 多量の魔力を消費した拮抗の後に、殺す事が出来た。 

 防げない訳では無い。

 ならばやれる。

 道筋に手を伸ばし、進んで往ける。

 

「『破滅の闇手』」

 ルシファーを中心として、俺の足元までの地面が崩れて削れた。

 これは、前の世界でやられた……!

 相手のバランスを崩すと共に、右手にエネルギーを貯蔵する一手だ。

 崩れた地面の広さは数十メートル。深さはそこまでではない、一メートルほど。

 けれど、完全な対処は間に合わなかった。 

 バランスを崩し、しかし以前とは違い即座に体勢を立て直――

 

『黒翼の魔魂剣』(ティアエル)

 何処までも届く極大威力の魔剣。

 左腕を振り下ろした真白。

 漆黒の刃は狙い違わず此方へ。

 死神の鎌の如き、命を終わらせる刃落とし。 

 

 咄嗟に翡翠を翳す。 

 ――殺戮せよ――

 黒く黒い魔剣を受け止める。

 しかし、体勢は整っていない。

 集中が削がれる。

 物理的な衝撃に対して、大地に足を踏み締めていない。

 大部分は相殺出来たが、僅かだが相殺し損ねた。

 短剣と魔剣がずれる、拮抗が破綻。

 

 弾き飛ばされた瞬間。

 相殺しきれなかった、残った魔剣のエネルギーが暴発する。

 漆黒の余波、爆発、衝撃波。

 近距離でそれに晒される。

 吹き飛び転がった。

 爆発の前に丸まって急所は防いだが、腕や足の皮と肉が弾け鮮血が舞う。

 

 だけど休んでいる暇など無い。

 痛みを堪えて、転がりながら即座に立ち上がる。

 手足は動く。戦える。

 

 間髪入れず銀閃が空を奔った。

 ルシファーのナイフ。

 凄まじい速さと技量のナイフ投げ。

 何本も、此方へと寸分の狂い無く投げられる。

 

 避けて、短剣で受け流す。

 多重機動(デュアルシフト)の速さで、食らい付く、追い縋る。

 身体を捻る、横っ飛び、身を屈める、跳び退る。

 怒涛の、大量のナイフ。

 踏み込み、掻い潜り、身を逸らせ、跳ね上がり、滑り込む。

 対処、していく。

 それだけに集中しなければ避けれないほど、ルシファーのナイフ投げは脅威だった。

 

 故に。

 大きな隙。

 ナイフを逸らし、避けた瞬間。

 

『黒翼の魔魂剣』(ティアエル)

 刹那にして、漆黒の刃が真白の右腕に顕現。

 横に振り抜かれる何処までも届く漆黒の魔剣。

 両足が斬り飛ばされた。

 

「――ああああああああああっ!!」

 両足、鮮血、跳ぶ、飛び、舞う。

 痛みが脳を焼き尽くす。  

 投げ捨てられた人形の様に地べたを這い蹲る。

 

 絶体絶命。

 九死。

 死の瀬戸際。

 絶望の際。

 地獄の淵。

 最悪の状態。

 

 ――――だが。

 だけど。

 しかし。

 けど。

 けれど。

 こんなところで終われない。

 

 ――――――――――。

 

 執念。

 執念を爆発させろ。

 必ず、真白を取り戻す。

 それ以外認めない。

 ぶっ潰す。

 

 痛みと弱気、絶望、全てを置き去りに、多重機動(デュアルシフト)を全力発揮した。

 切断された足で。

 大地を蹴りつけ、真白の方へ飛ぶ。

 多重機動(デュアルシフト)で強化された速度と身体強度に任せて、無理矢理身体を前に進める。 

 先の戦い程の速さを出す事は不可能。けれど、超人的な速度という事は変わらない。

 一気に地を踏み切り、投げ出すように、己の身を射出する。

 その体ごと突っ込む。

 

 足を切断されているのだ。

 この状況、俺はほとんど負けている。

 ルシファーも、ほとんど勝ったと思っているだろう。まだ警戒はしていても、全く隙が出来ていないほど油断が一切ないということはないはずだ。

 だから、俺がここまで動けるとは想定していなかったのだろう。

 結果、ルシファーは虚を突かれた様子を見せる。

 ルシファーにとっては完全に予想外だったのか、対処が間に合っていない。

 俺はやると言ったらやる。

 敵の執念を侮ったなルシファー。

 後一秒と経たず、真白に肉薄する。

 時。

 

『黒翼の魔魂剣』(ティアエル)

 真白は右腕に漆黒の刃を顕現させた。

 即座に薙ぎ払う。

 脅威に特攻する愚かな敵を断罪する様に。

 

 短剣を強く握り込む。

 ――殺戮せよ――

 左の短剣で受けてから、受け止めている魔剣に右の短剣を打ち付ける。

 ――殺戮せよ―― 

 両の短剣で、魔剣を挟み込む様にした。

 死の概念が、翡翠色の短剣二本分発現。

  

 漆黒の刃を持つ魔剣を、殺した。

 

 一瞬にして消滅する刃。

 間髪入れず、俺は進む。

 前に進む。

 

 真白の目前。

 到達。

 右手に握った短剣を、突き出した。

 真白の胸に刀身が突き立つ。

 されどその刃は、幻想。 

 

 ――殺戮せよ――

 春風真白の、数十分間の意識を殺した。

 

 

 意識が落ち、倒れる真白。

 だけど、今の俺に真白を心配出来る余裕はなかった。

 真白の意識がなくなったと確信した後、直ぐに敵へと視線をやる。

 

 ルシファーが此方を見ている。

 俺もルシファーから視線を外さない。

 外した瞬間殺されるだろう。

 残るはルシファーのみだが、俺は満身創痍。

 なにせ両足が無い。今にも倒れそうだ。

 血が無くなっていく。

 痛みは連続的に襲う。

 意識を保つので精一杯。

 

 ここまで、僅かすら攻撃する時が無かったとも思えない。

 しかし、何故か。

 ルシファーは仕掛けて来ていない。

 そして。

 ルシファーが、懐から何かを取り出した。

 それは、何かが入った小瓶。

 身構えていると、ルシファーはその小瓶の蓋を開け中身を全て飲み込んだ。

 

 ――爆発的だった。

 ルシファーの、魔力が爆発する様に増量したのだ。

 元々桁違いの魔力量が、更に数倍と成る。

 しかし、ルシファーは吐血した。

 恐らく副作用だろう。そうでなければここまで使わなかった理由がない。

 されどその威力は、絶大。

 ルシファーが右手を此方に向けて突き出す。

 

「『破滅の黒光・Ωblast(オメガブラスト)』」

 

 放たれる。

 総てを破壊する力。

 黒。

 唯々黒い、極大の光柱(ひかりばしら)

 空間すらも喰らい尽しながら破壊し、破壊のエネルギーとする。

 今まででも既に最強クラスの攻撃。それが、更に比べ物にならないほどに強化されている。

 破壊破壊破壊。

 視認するだけで破壊が脳を埋め尽くしそうなほどの破壊。

 

 破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊。

 

 右手に持つ、翡翠色の短剣を前に突き出す。

 ――殺戮せよ――

 左手に持つ、翡翠色の短剣を前に突き出す。

 ――殺戮せよ――

 

 衝突。ぶつかり合う。

 死と破壊が、お互いを無に還さんと押し合う、喰らい合う、競り合う。

 対抗、出来ている様に見えた。

 けれどそれは見えただけ。

 焼け石に水。数秒と経たず押し負けそうになる。

 

 圧倒的な力。

 それを前に、ただ潰されるだけの木っ端。

 俺はそんなものだった。

 今この瞬間、俺はそんなものでしかなかった。

 

 やがて。

 押され。圧され。

 死へと、片足が浸かる。

 

 

 ――――――――――背に、手が当てられる感触。

「和希さん」

 俺の背に両手の平を当てた、アイラがそこにいた。

 

「何故ここにいる」

「追いかけてきちゃいました」

「大馬鹿だ」

「でも、そんな馬鹿な私だからこそ、今和希さんを助けられます」

 

 アイラが瞳を瞑る。

『魂の橋渡し』(ソウルロード)

 その両手が、藍色に光り輝き煌めく。

 刹那。

 瞬時。

 一瞬にして。

 俺が受けたダメージも、切断された足も元に戻る。

 完全回復。

 俺は両足で大地に(しっか)りと立つ。

 押し負ける寸前だった、破壊対死の競り合いは。

 何とか、あと一歩分の拮抗を取り戻せた。

 されど、また直ぐに破壊は此方を破壊し尽くす。

 それまでは僅かな時しか要されていない。

 

「一緒に戦いましょう」

 アイラが言う。

「どうやって」

「私が魔力を流します。『魂の橋渡し』(ソウルロード)を流します。それを上手くコントロールしてください」

「簡単に言ってくれる」

「私の方も、回復の力にせず上手く流せるか、出来るかはわからないんですけどね」

「おい」

「それでもやってみせます」

「大丈夫なのか」

「和希さんなら出来ますよね?」

 試す様な、当然と言った様な、信頼の言葉と笑み。

「当たり前だ」

「ふふ」

「俺に出来ない訳が無い」

 アイラは、明るい笑みを深めた。

 そうして意を決した様に瞳を閉じ。

 

『魂の橋渡し』(ソウルロード)

 

 アイラの手が、藍色に光る。

 流れ込んでくる。

 アイラの異別の力が、魔力が。

 それを、精神力を可能な限り総動員して把握する。

 

 実、やり方は良くわからない。

 感覚で補え。

 そうしようと想像し、動かせ。

 なんとなくでもいい、とにかく考えて内の力を動かせ。

 

 感覚。

 間隔。

 感覚。

 

 俺とアイラの力、『無の殺戮』(タナトス・ゼロ) 

 そして、アイラの異別『魂の橋渡し』(ソウルロード)

 その二つを完全に把握し、逢わせる。合わせる。

 不適合。

 適合させる為の思索。試作。視索。施策。

 

『魂の橋渡し』(ソウルロード)は生を司る。

 ならば、反転。無理矢理にでも、捻じ曲げる様に反転。

 死へと。

 殺へと。

 概念を反転。

 

 ――――。

 ――。

 

 適合。

 合わせる。

 可能。出来た。

 混ざらせる。

 力を強くする様に、操作。強く、強く、強く。

 完成へと近づいていく。

 アイラの魔力が加算され、混ざり合い、増幅する。

 更に近づく。強く成る。

 生る。為る。成る。

 殺す力を究極まで高めて往く。

 到達。

 一つの究極が、今此処(ここ)に顕現。

 

『lord・無の殺戮』(ロード・タナトス・ゼロ)

 

 二つの眼が、翡翠色と藍色に輝く。

 手に持つ短剣が、翡翠色と藍色が混ざり合った全身を持つ短剣へと、変貌。

 死の究極。

 殺しの到達点。

 それこそが『lord・無の殺戮』(ロード・タナトス・ゼロ)

 

 闇よりも黒い黒光と拮抗。

 互角。

 翡翠と藍色、漆黒、暗黒色(あんこくしょく)、黒色。辺りに散って行く。

 衝撃が周囲に広がり、近辺の木々や地面は折れ、崩れ、吹き飛んでいる。

 (これ)より勝利するのは魔力量、質、精神力に関する想いがより強い方。

 死の概念、対、破壊の概念。

 (タナトス)、対、破壊(ブロークン)

 

 背にいるアイラを思う。君を護る。

 傍らに倒れている真白を思う。君を救う。

 この(つるぎ)にかけて。

 その想いで。その為に。前に進む。

 

 ――限界の戦いを繰り広げているからか。

 全力の、最大最強の一撃同士が拮抗し、この攻防で総てが決まると確信出来ているからか。

 高揚した精神で、ふと思う。

 

「俺、ずっと思っていたことがあるんだ」

 こんな状況だというのに。

「このシチュエーションは、最高に主人公だってなあ!」

 いや、こんな状況だからこそ。

「主人公が負ける訳ねえだろうが!!」

 それを口にした。

 

 俺の、今までの出来事、今の状況全部引っ(くる)めて、完全に俺が読んできたラノベの主人公が経験するシチュエーションだ。

 今まで、そんな余裕がなかった上、不謹慎過ぎたので言わなかった。思わなかった。

 だけど、今は言う。これで最後なんだ。精神力を最大限まで高める為に。

 俺は、主人公だ。

 俺が負ける訳が無い。

 俺に出来ない訳が無い!

 

 アイラと、力を高めて往く。

 何処までも何処までも。

 内なるアイラとの力を、制御する。強く、高める、高める。

 さあ、死を与えよう。

 総ての力を、総てを殺す力に。

 破壊を、完膚無きまでに殺してやる。

 

 殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死。

 

 総てを殺し尽くす。

 

 ルシファーが、更に懐から小瓶を取り出し、飲み干した。

 破壊の力が、莫大に増大。

 数倍になったものから、更に数倍。

 破壊の概念が、荒れ狂う。

 総てを破壊せんと狂い迫る。

 

 破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊。

 

 目の前の破壊は強大。

 真に総てのものを破壊し尽くしてしまうだろう破壊の権化。

 圧される。壊される。破壊される。

 死が、破壊されて行く。

 

 ――されど。

 此方は死の権化だ。

 

 強く強く。

 高みへ、高める。

 アイラと共に、強く成る。

 際限なく、強く。

 

 死と破壊。

 

 拮抗。

 同等。

 対等。

 均衡。

 匹敵。

 

 狂い荒れ、在れ、喰らい合い、会い、逢う。

 殺し、破壊し、死なせ、破戒する。

 死と破壊が競合。

 

 いつまでも、何度も、何回も、幾度も。

 

 それでも。

 いつしか。

 いつかは。

 今ここで。

 

 崩れる。崩壊。

 

 殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺

死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死。

 

 死を。

 脅威へと、生涯へと、敵へと。

 死を。

 

 破壊を、殺す。

 破壊に、死を与える。

 

 概念を、殺す。

 

 そうして。

 ――――破壊の権化たる黒光は、消滅した。

 

 破壊の力を打ち砕いた。

 殺した。

 死んだ。

 

 翡翠色と藍色が混在した短剣を握り込む。

 多重機動(デュアルシフト)を使用。地を蹴り、速く、疾く、力を使い果たし立ち尽くすルシファーへと肉薄。

 目の前へ。

 右に持つ短剣を、突き出――

「俺は、あいつを取り戻すんだああああああああああ!! 死ねえええええええ!」

 茫然が刹那の間に変転。

 ルシファーは何処からか取り出したナイフを両手に持ち、執念の表情で正面から突貫。

 

 不意の突撃。

 このまま翡翠藍色の短剣を突き立てようとすれば、ルシファーの方が速く此方の命を奪う。

 

 ――だが。

 翡翠藍色を一振り。

 直ぐ目の前を、横に薙いだ。

 

 ――殺戮せよ――

 

 目の前の空間を殺した。

 翡翠藍色に広がった無の場所、俺とルシファーの間に出来上がる。

 その場は、死の空間。

 ルシファーは、勢いを殺せず、停まれないまま突っ込んで来る。

 その先は、死の空間。

 総てが死ぬ場所。

 

 ルシファーは、前のめりにその空間に突っ込む。

 上半身が丸ごと消滅した。

 

 死の空間が消失した後の場には。

 下半身だけが倒れていた。

 血液が水溜まりを作っている。

 

 ルシファーは死んだ。

 殺した。

 俺が殺した。

 

 


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