すべてを救いたかったんだ   作:ソウブ

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31話 刹那の突先

 

 

真白side

 

 

 いつもより、心なしか暗い気がする夜を走る。

 感じ取った気配を辿って、駆けて行く。

 怪しい月が、視界をか細く照らしている。

 そんな道を進んで行く。

 

 段々と近づいてくる気配。

 それにわたしから向かっていく。

 心胆が、震える。

 まるでわたしは火に入っていく虫のようだ、と思ってしまったから。

 それでも、護る為には向かうしかない。

 戦うしかない。

 

 やがて。

 暗い道の奥から、やってくる者に気づく。

 禍々しい。桁違いの気配。

 自分とは――天使とは反対の性質を感じる。陰と陽でいう、陰。

 視界に捉えられるのは、黒い角が頭部から生えた男。斜めに屹立する二本の剛角。

 悪魔だ。

 圧倒的な魔力を、犇々と感じる。

 実力の差も、叩き付けられるように理解する。悟る。

 

 足が竦んだ。

 拳で足を殴って叱咤する。

 しっかりしないと。

 戦うんだ。

 でないと、今まで何の為にヘヴンズで鍛えてきたのかわからない。

 わたしは、わたしの手が届くところまで守るって、悲しみをできる限り無くしたいって、その為にここまで来たんだから。

 だから今は、家にいる三人を護る為に戦う。

 カズくんに任されたんだから。

 カズくんも今戦っている。わたしも負けないくらい頑張らないと。

 

「あなたは、今からどこに行くの?」 

 まずは、本当に戦う意思があるのかを確認。

 戦わずに済むのなら、絶対にその方がいいから。

 悪魔は立ち止まった。

「お前は……あの大罪者と共にいた天使か」

 あの大罪者っていうのは、多分カズくんのことかな。

 大罪戦争は、悪魔に視られている、ということ。

 なら。

「目的はなに?」

「話す必要はないだろう」

「わたしがここで止めたらどうする?」

「殺す」

 震え上がりそうになった。

 圧倒的力量差を持つ相手に、殺意を向けられたのだから。

 鋭い瞳が、わたしを見てくる。

「わたしが止めなくても、今から誰かを殺しに行くんでしょ?」

 悪魔は何も答えない。

 けれど、沈黙は肯定だった。

「だったら、通すわけにはいかないよ」

 わたしたちを視ていたというのなら、アイラちゃんが――アイラちゃんの異別が目的だろうから。

 

 

「『破滅の黒光』」

 膨大な魔力が集束。

「――!」

 問答無用だった。

 放たれる、黒い極太のビーム状の光。

 破壊そのもの。

「『護り為す白き羽』《ティアティス》」

 わたしの背から白い一対の翼が生える。瞬時に目の前に白の楯を形作る。

 悟る。

 ――あ、これ無理

 咄嗟に全力で横っ跳びした。

 

 白き楯が一瞬で、無残に割れる音。

 白い羽の破片が散り消えていく。

 跳んだわたしの、紙一重横を、黒い光が過ぎて行く。

 服が、少し焼けた。

 地面になんとか着地、を少し失敗して膝を突くと共に、後ろから轟音。爆発音。

 背後が破壊で蹂躙される。

 爆風がわたしの背を叩く。

 コンクリ―トの地面が、塀が、無残に粉々と成り、クレーターが出来ていた。

 

 ――間一髪、避けれた。 

 ほとんど奇跡に近かった。

 ほんの僅か、天使術を使うのが、自分が跳ぶのが遅かったら。

 遅かったら、わたしは死んでいた。

 

 強過ぎる。力の差があり過ぎる。

『護り為す白き羽』《ティアティス》がほとんど意味を成していない。

 これは、わたしの普段の力では無理。

 直ぐに殺されてしまうだろう。

 圧倒的過ぎて、途方も無くて、逆に腹が決まった。

 

「『破滅の闇手(あんしゅ)』」

 悪魔が地面に右手を突く。

 その地面は、消し飛んで右手に収束していく。

 わたしが立つコンクリートまで崩れて、悪魔の右手へと吸い込まれていく。

 バランスを崩す前に後ろに跳んで、破壊の範囲から逃れる。

 エネルギーが貯蔵されるように、悪魔の右手に集中して魔力が跳ね上がっていた。

 

 わたしも、魔力を練る。

 練って、引き上げて、持って来る。

 異別炉を酷使。循環させる。

 純白の翼。自身の両腕に。性質変化。

 白く白く白く。

 強く強く強く。

 純白の剣状に、翼は変幻する。

 魔力の性質は、攻性へと。

 異別炉から魔力を掬い上げ掬い上げ。

 膨大放出。

 残存する魔力は総て、この剣へと。

 ありったけを乗せる。

 純性に、純正に、純生に、純聖に。

 聖剣で以って、勝利へ届かせる為に。

 

 普段使っている天使術が通用しないなら。

 そして、絶対に勝たなければならない戦いなら。

 もう、結局この手しかない。

 

「『破滅の黒光』」

 悪魔の右手から放たれる。漆黒の光。

 光速の黒は、破壊を内包。

 黒色のその光は、破壊の存在。

 正面から迫るは、破壊の王たる攻撃。

 

『白翼の聖魂剣』(ティアエル)

 白光する右腕を振り下ろす。

 純白一閃。

 白の斬撃。

 何処(どこ)までも届く、聖成る剣。

 

 激突する白と黒。

 拮抗。

 白剣と黒光。

 (せめ)ぎ合う膨大な力。

 

 ――刹那の間で。

 拮抗は破綻。

 

 暴爆。爆発。

 白と黒が散る。

 相殺。

 衝撃が辺りを荒れ狂う。

 跳ね飛ばされる。

 防御する間も無く地面に叩き付けられ、転がった。

 

「――――」

 わたしは顔を上げ、なんとか起き上がって膝を突くと、悪魔の表情に少しの動揺が見えた。

 自分の悪魔術が相殺されて驚愕しているのかもしれない。

 実際『白翼の聖魂剣』(ティアエル)は、異別、天使術、悪魔術を総合した中でも、最強クラスの一撃だ。

 そう、凄まじく強いんだ。

 ――強いん、だけど。

 

 悪魔術を相殺しか出来なかった上に、わたしだけが吹き飛ばされた。

『白翼の聖魂剣』(ティアエル)を破壊し、わたしを吹き飛ばした時点で、相手の行使した悪魔術の破壊力は破格級なんだ。

 早く倒さないと。

 埋められない差がある以上、戦闘が長引けば長引くほどわたしが不利になる。

 だったら、やれる内に最大の攻撃を叩き込んで終わらせる。

 今、悪魔が、ほんの微かな時だけど、動揺している。

 その隙に、白を奔らせる。

 

『白翼の聖魂剣』(ティアエル)

 純白の輝きが迸る。

 白の剣線が、遠く遠く、斬光を()く。 

 

 悪魔はさっき、力の補給のようなことをしていた。

 わたしはその光景から、推測。

 一度あの破壊の光を放った後は、その補給が必要な筈だ。

 だから今なら、この剣を届かせることが出来る!

 

「『破滅の闇手』」

 悪魔が、その右手で。

 ――『白翼の聖魂剣』(ティアエル)を、受け止めた。

 漆黒に輝く右手で受け止めたんだ。

 その右手に吸収されていく。

『白翼の聖魂剣』(ティアエル)が吸収されていく感覚が悍ましいほどに伝わってくる。

 全てを呑み込むブラックホールの様に。

 何もかもが、破壊の力へと。

 

 ――でも。

『白翼の聖魂剣』(ティアエル)はまだ消えていない。

 悪魔の右手の平も、微かだけど切り裂けている感触がある。

 なら、まだいける!

 このまま押し切る!

 斬り飛ばす!

 鼓舞し、力を振り絞り。

 剣よ届けと、精神を、魔力を、燃焼。

 斬り降ろす力に、全精力を込める。

 

 僅かずつ、斬り進めてきた。

 皮一枚ずつでも、斬り進めてきた。

 このままなら悪魔を斬り裂き、一撃を与えることが出来る。

 このままなら。このままなら。このままなら!

 もっと、もっと、魔力があれば。

 勝てる。

 勝てた。

 勝てる筈だった。

 

 ――――白き聖剣の勢いは、とまる。

 止まる、留まる、停まる。

 白の光は、黒の光に呑まれて往く。

 絶望が、心を侵食してくる。

 剣は、届かなかった。

 やがて。

『白翼の聖魂剣』(ティアエル)は、完全消滅した。

 

 項垂れて弛緩しそうになる身体を、無理矢理強く立たせる。

 まだ、まだ。

 わたしは、まだ。

「敬意を」

 悪魔が言葉を向けてきた。

「お前は俺の脅威と成れる敵だ」

 右手から赤い血を流しながら、悪魔は呟く。

「そんな相手は久しぶりだ」

 

 異別炉。異別炉。異別炉。

 異別、天使術、悪魔術、その全ての発動の核となるもの。

 異別炉から、魔力――

 死にたくない。

 もう一度死ぬなんていや。

 次はない。

 また死んでしまったら、今度こそ終わり。

 死にたくない。

 死にたくないんだよ。

 

 悪魔がわたしを見つめる。

「俺の味方にならないか? そうすれば殺さない」

「お断りだよ」

「即答か」

「死んでもお断りだよ」

 カズくんたちを裏切るような真似は、絶対に。

 選択肢にすら存在しない。

「そうか、なら死ね」

 風切り音。

 走る銀閃。

 投擲されたナイフ。

 身を護る翼は『白翼の聖魂剣』(ティアエル)に使った。もう無い。

 

 右足の太ももに、突き立った。

 風切り音。

 左の太ももにも。

 風斬り音。

 右の二の腕。

 銀が奔る。

 左上腕。

 突き立つ。

 

 全て、反応出来なかった。

 初撃を回避し損ねた時点で、痛みの隙と衝撃を狙われて、ナイフを避けることが出来なかった。

 激痛が苛む。

 四肢をまともに動かせない。

 痛い、痛い、痛い。痛いよ。

 

 コツコツ。

 足音が聞こえる。

 悪魔が、コツコツ、と足音を立てて歩いてくる。

 近づいてくる。

 接近。

 

「ああぁぁっっ!」

 激痛から叫ぶ。

 またナイフが、右脛近くに刺さった。

 銀の刃が、肉を突き裂いて入り込んでいる。

 力が抜けて、膝を突いた。

 四肢の感触が気持ち悪くて、痛い。

 激痛、撃痛、激痛。

 痛みに身体が蠢く。

 苦しみの中。

 

 悪魔が、懐から何かを取り出した。 

 黒い、水晶玉。

 それを見た時、最初に浮かんだ印象。

 悪魔が、それを持ってさらに近づく。

 ほんの数メートル先に、悪魔。

 接近している。 

 肉薄、している。

 

 悪魔が、よくわからない黒い水晶玉を掲げるように上げ――――

『白翼の聖魂剣』(ティアエル)

 激痛にもがき苦しんでも、わたしはまだ死んでいない。

 まだ、終わってない。終わるまでなら、やれる。

 この、近距離。

 そして、悪魔が何かをしようとしている隙。

 ここなら、命中する。

 倒せる。

 斃せる。

 最後の、異別炉を破壊して行使したこの一撃は、届く!

 

 振り切られた純白の聖剣は、白く高い線と成り。

 悪魔の、左腕を斬り飛ばした。

 

 ――避けられた。

 悪魔は、超越的な察知を以って、身を捻り、避けた。

 左腕は失わせた、けど。

 わたしには、もう手は無い。

 命も、終わっていく。

 

 いやだ。

 こんなところで。

 カズくん。

 

 視界が、段々と、暗くなっていく。

 気力が、体力が、無くなって。

 体が弛緩して、倒れ――

 

「その命、このまま散らすには惜しい」

 受け止められ、悪魔の声が響いた。

「お前でこの強さなら、あの男はそれ以上か。なら、さらに準備が必要だ」

 悪魔の声が、響いている。

 響いている。

 聴こえている。

 

 ――――見えない視界に、黒が瞬いた。

 

 

side return

 

 

 回転しながら振り下ろされる、超重量の大剣。

 身を、捻る。何とか、捻る。

 真横を落ちる大剣。

 風切り音と大地を砕く音が響いた。

 直後に飛んでくる拳。

 鈴倉は、大剣から右手を離し直接殴って来た。

 その拳速は、一流の武道家ほど。

 避け――

 右胸に拳が突き刺さる。

 本当は、右腕の傷口を狙われていたが、命中箇所をずらせはした。したが。

 殴り飛ばされる。

 地に落ち転がった勢いを利用して、薙ぎ倒された木の陰に入った。

 

 激痛が止めど無く奔る。

 右腕が亡い。

 血は流れ出て行く。

 だが。

 それでも。

 

「『総ての救済を望む傲慢な愚者よ、殺戮し、終わりの理へと導け』」

 左眼が翡翠色の煌めきを宿し、無くなった右手の代わりに左手に、全てが翡翠色の短剣が現れる。

 直ぐに跳んでその場から離れた。

 隠れていた木が魔竜の巨手によって砕き潰される。

 

 這う這うの体で下がって、体勢を一瞬整える。

 魔力は多重機動(デュアルシフト)で消費し続け、残りは何割か。

 辛うじて乗り切れているだけだ。

 間一髪の繰り返し。

 僅かに違えば、何処かで死んでいる。

 だが。

 それでも。

 

 この程度の絶望で、俺が止まると思うなよ。

 意図的に、不敵に笑う。

 俺は好き勝手に、やりたいようにやらせてもらう。

 絶対に、どんな手を使ってでも、貪欲に生きてやる。

 何があっても諦めない。

 弱気は終わりだ。もう終わった。

 障害は全て、ぶっ潰してやる。

 

 アドレナリンが大量に分泌され、心が高まり、精神が奇妙に凪ぐ。

 隻腕の痛みは、極限状況に無視された。

 多重機動(デュアルシフト)を意識する。

 この津吉のくれた力が在るから、俺は今戦えている。

 魔力はまだ残っている。

 まだいける。

 多重機動(デュアルシフト)の動きを意識するんだ。

 早く、速く、(はや)く。

 

 神埼の銃撃、避ける。

 腹を掠った。

 だが避けれた。

 離れた距離とはいえ、弾速を上回った。

 鉛玉を躱すことが出来た。

 

 されど、敵は神埼だけではない。

 数が違う。

 数の力は、喰らい進む。

 暴力の暴流が雪崩れ込んで来る。

 

 ライトマシンガンの鉛玉嵐。長剣の投擲。鈴倉の大剣撃。魔竜の撓る黒尾。邪鬼の豪腕。大蛇の毒液射。

 連続で、または一斉に、襲い来る。

 死の文字が頭に浮かんだ。

 躱さねば死ぬ。本能的に、咄嗟に動く。死を避けようと生物としての全霊が出される。

 見極め、全てを避け、短剣で逸らし、対処しようとした。

 脇腹が斬られる、足の甲に弾丸が食い込んだ。

 

「――っ!」

 それでも、まだ動ける。

 速度は傷を負い落ちただろう。

 痛みは蝕んで来ている。

 だが動けた。

 

 反撃する前に、流れるように続けて暴力の波が押し寄せて来る。

 魔竜の腕が疾走し振るわれる。大蛇の溶解液。邪鬼の大質量拳。鉛玉の雨。空を奔る銀の剣。大剣の振り回し。

 動く。避ける。視る。感覚で。

 死を潜り続ける。

 

 頬に血の線が出来る。

 太腿に毒液が少量掛かる。ズボンと皮と肉が溶けた。

 それでも生きている。

 動ける。

 

 暴力。波。

 魔竜。大蛇。鉛玉。長剣。大剣。邪鬼。

 避ける。躱す。意識的。無意識。

 脹脛(ふくらはぎ)が裂けた。

 

 暴。流。波。

 魔。剣。弾。

 動。避。躱。

 感。察。生へと手を伸ばす。

 髪が何本か斬られる。

 

 数の暴力の波。

 一斉攻撃。

 回避。

 服が斬れる。

 

 攻撃。

 回避。

 逃れる。

 傷は無い。

 

 魔力残量は少しずつ減って行き、血液も流れて行く。攻勢は止まない。

 

 暴力。

 避ける。

 掻い潜る。

 傷は皆無。

 

 

 極限状態の中。

 ここまで動き、まだ生きている。

 確実に、最初の方よりも傷を負わなくなって来ている。

 気づく。

 俺は、内側の変化を確信した。

 感覚のみのモノを、確信した。

 

 敵は最初、無の殺戮(タナトス・ゼロ)を無効化した。

 その無効化の原理が、原因だったのだ。

 恐らく敵が使用した手段は、俺の異別を半分制限することで、無の殺戮(タナトス・ゼロ)を使用できなくするもの。

 俺の異別は、殺戮終理(さつりくついり)の魔眼と、無の殺戮(タナトス・ゼロ)

 その半分の内、無の殺戮(タナトス・ゼロ)を無効化したのだろう。

 だが、奴らは知らない。

 多重機動(デュアルシフト)のことを。

 これは、俺の力であって俺の力ではない。

 津吉から譲り受けたものだ。

 半分制限ではなく、完全無効化だったら俺は死んでいただろう。

 しかし、半分制限なら、話が違う。

 つまり、無効化された無の殺戮(タナトス・ゼロ)、その半分の埋め合わせが可能なのだろう。

 だろうとしか言えないのは、事実そうなっているからだ。

 

 自分の内の変化を、自覚していく。

 簡単に言えば。

 力が半分制限された影響で、無の殺戮(タナトス・ゼロ)の分多重機動(デュアルシフト)の方で保管されている。

 無の殺戮(タナトス・ゼロ)、アイラの力の分が多重機動(デュアルシフト)に移って覚醒されている。

 多重機動(デュアルシフト)が、規格外なほど強化されている。

 段々と、その力が浸透していたんだ。

 そして。

 

 ――魔竜の腕を潜り抜ける。

 ――銃弾を視て回避。

 ――大剣を掻い潜り。

 ――投擲された銀の長剣を弾く。

 ――大蛇の毒液を余裕を持って避け。

 ――邪鬼の剛腕は亀の様。

 

 ここまで力が浸透すれば、もう終わりだ。

 完全無効化ほど強力ではなかった手段、そして、敵が俺と津吉の力――多重機動(デュアルシフト)を知らなかったこと。

 それが、お前らの敗因だ。 

 詰めが甘かったな。

  

 疾走。

 疾風の如く、奔る。

 魔竜が腕を振るい、兇悪な爪を以って俺を殺そうとする。

 その爪を、掻い潜る。

 そうして、潜った先。

 魔竜の眼を、見た。

【ロックオン】

 カチリ、と何かが填まる音。

 死の楔が、魔の者に宛がわれた。

 爪を振るった後の伸び切った魔竜の腕に、全てが翡翠色の短剣を、刺し込む。

 

「『殺害せよ』」

 

 死の言霊。

 詠唱の後。

 ギロチンが落ちる様に。

 世界に、魔竜の死という概念が決定付けられる。

 魔竜は瞬時にして黒い塵へと還り消えた。

 

 吐かれる大蛇の毒液。

 躱して、前に進む。

 大蛇の眼を見た。

【ロックオン】

 死へと誘う楔が、大蛇へと打ち込まれる。

 大蛇が直接、鋭い牙を突き立てようと咬み付きをしてくる。

 横に跳び避けた。

 間髪入れず、大蛇の横っ面に短剣を突き立てる。

「『殺害せよ』」

 死の現象を決定付けられた大蛇は、息絶える。存在が消滅した。

 

 銃弾の雨を潜り抜け、大剣と拳の連撃を捌き、投げられる長剣を逸らし弾く。

 その間に、邪鬼は高く跳んだ。

 数メートル高みから、隕石の如き邪鬼のドロップキックが此方(こちら)へと降って来た。

 神速で以って回避する。

 邪鬼は地面へと衝突し、地震の様な衝撃が辺りに広がる。

 邪鬼の周りはクレーターが出来上がっていた。

 

 俺はその着地の隙に、邪鬼の正面へと回る。

 眼を合わせた。

【ロックオン】

 概念の楔が填め込まれる。

 振り下ろされる豪腕。

 疾走。

 豪腕は背後の地面に減り込んだ。

 邪鬼の腹に、翡翠を刺した。

「『殺害せよ』」

 処刑人の斧が、振り下ろされた。

 死が確定する。

 概念が広がる。

 邪鬼は、跡形も無く消滅した。

 

 あとは、三人だけだ。

 その三人は人間だ。

 俺はすべてを救う者だ。

 されど。

 

 鈴倉が、大剣を捨て徒手空拳で迫る。

 一流の武人の如き拳打。連撃。  

 技は鈴倉の方が上だろう。

 だが、超越的な速さで、それを潰す。

 拳の初撃を避け、続きの連撃を短剣を払うことで牽制。

 鈴倉の拳の範囲から即座に跳び下がって逃れる。

 速さを乗せた短剣を、鈴倉に投擲。

 足に刺さる。

「『総ての救済を望む傲慢な愚者よ、殺戮し、終わりの理へと導け』」

 詠唱し、短剣を左手に戻す。

 その間に、俺は既に鈴倉の懐へと接近していた。

 痛みで、僅かにでも出来た隙。

 そこへ短剣を突き込んだ。

 鈴倉の肩へと刺さる。

 

 俺はすべてを救う者だ。けれど。

 字面は偽りだ。

 俺はやりたいようにやる。

 殺されない為に、殺す。

 必ず生きて帰る為に、敵を殺す。

 偽善上等、独善上等の納得者。

 今は善ですらない、利己主義者。

 だから俺は。敵を、殺す。

 守りたいものを、守る為に。

 

「『殺害せよ』」

 

 ガチン、とギロチンが落とされる。

 鈴倉の死という概念が、確定。

 波動の様に広がる。

 

 鈴倉は。

 俺が通う学校の教師は。

 糸の切れた人形の様に崩れ落ち、その命を終えた。

 

 ――次だ。

 佐藤へと向かうため踏み込み走る。

 疾風迅雷。

 迅速。神足。超速。神速。

 接近。

 銀の長剣が一本投擲される。

 難なく避け正面突破。

「くっっそがあっ!」

 肉薄すると、佐藤が焦りの悪態を吐きながら、振り抜かれる長剣。

 潜り避け、背後へと回る。

 その背へと、翡翠色の短剣を突き立てた。

「『殺害せよ』」

 概念の、ギロチンが落ちる。

 死の確定が広がる。

 佐藤は、息絶えた。

 斃れ、動かない。

 

 ――あと一人。

 神埼に向けて、一直線に向かおうと足を踏み出す。

 

 既に、銃口が此方に向けられていた。

 ミニガンの、六本の銃身が、確実に敵を殺そうと殺意の口を覗かせている。

 俺が走る直線状に、弾道は重ねられていた。

 今から、一切の時を用いずに、避けることは出来ない。

 さらに、ミニガンの毎秒百発、毎分何千発の弾丸が大雨の(つぶて)と成って襲うということ。

 

 今は、走り出した瞬間だ。ここから回避は不可能。

 一瞬後には、無数の鉛玉が正面から、一人の人間を殺す為に来襲する。

 

 ――されど。

 ならば。

 だったら。

 

 正面から、潰せばいい。

 

 やってやる。

 やらなければ死ぬ。

 出来なければ終わり。

 俺はすべてを救う者だ。

 俺に、出来ない訳が、無い!

 

 多重機動(デュアルシフト)を、更に、更に、更に、更に、感覚で捉える。

 浸透を意識する。感覚を、能力の最上を手繰る。

 浸透は既に十分。後は、慣れだ。感覚を掴め。

 五感を、第六感も、全てを支配し行使するんだ。

 最、高みへ。強く。

 強く、強く、強く!

 最大限を出し、感覚も総動員し、対処に当たる為に。

 刹那の間に、万全に力を高めて往く。

 

 後は、自分の力次第。

 出来るか出来ないか。

 死ぬか死なないか。

 勝つか負けるか。

 結果は、誰も知らない。

 だけど。

 

 俺に出来ない訳が無い。

 

 

 火花が散り、最初の鉛玉が射出。

 零点数秒と経たず、弾丸は到達し殺しの役目を果たす。

 

 翠閃、閃かせた。

 刹那を超える、疾さ。

 翠閃の突きは、鉛玉を打ち砕く。

 線は点と成り、撃ち砕く。

 

 刹那より、速く、早く、(はや)く、疾く、突先を閃かせる。

 目の前に広がるは、弾丸の壁。

 対して此方は、短剣一本。

 されど、打ち砕く。

 何度も、何度も。

 一瞬を、瞬間を、瞬時を、瞬刻を、瞬きを、寸刻を、寸時を、寸秒を、一寸を、刹那を超えて。

 突きを放つ。

 鉛玉は止め処無く襲い、そして死んで行く。

 

 弾丸。

 突き。

 鉛玉。

 突く。

 弾。

 突。 

 

 機関銃から放たれる弾を殺し続ける。

 視認ではない、(すべ)て感覚の彼方。

 (ただ)、突く。

  

 突く、()く、()く、()く、()く。

 突を総て、掌握する。

 

 弾丸。突く。弾丸。突く。弾丸。突く。弾丸。突く。弾丸。突く。弾丸。突く。弾丸。突く。弾丸。突く。弾丸。突く。弾丸。突く。弾丸。突く。弾丸。突く。弾丸。突く。

 

 ――――津吉は、そういえばこんなことを言っていた。

 ――まずぶち壊してやりたいこの『大罪戦争』だが、一度決定付けられた物語を破綻させるのは簡単じゃない。これまで何度も失敗してきた。だが、今回の大罪戦争は、今までと大きく違うところがあった。それは、和希が生き残った。ということだ。お前今までで、何回も呆気なく死んでるからな。今回はすげえよ。ほんとに――

 多重機動(デュアルシフト)は、前の世界の自分と、身体能力をかけることで超人的な速さ、動き、身体強度になる異別。

 その前というのは、一つ前だけではなく、以前に存在したすべての世界。

 だからなのか。

 今、その最大限を放出できているほど掌握したからか。

 流れ込んでくる。

 恐らく、以前に存在した、無数の世界の記憶が。

 

 弾丸。突く。

 ――アイラが死んでしまった時の記憶。

 

 弾丸。突く。

 ――真白が死んでしまった時の記憶。

 

 弾丸。突く。

 ――姫香が死んでしまった時の記憶。

 

 弾丸。突く。

 ――美子が死んでしまった時の記憶。

 

 弾丸。突く。

 マンイーター。池谷に殺された時の記憶。

 

 弾丸。突く。

 魔獣に噛み付かれて死んだ時の記憶。

 

 弾丸。突く。

 魔竜に引き裂かれて死んだ時の記憶。

 

 弾丸。突く。

 歪な大剣で殴り殺された時の記憶。  

 

 弾丸。突く。

 長剣に、ナイフに、串刺しにされた時の記憶。

 

 弾丸。突く。

 銃撃に斃れた時の記憶。

 

 弾丸。突く。

 ――大切な人達と過ごした記憶。

 

 一つ一つの光景が突いて弾を殺す度に浮かんでくる。

 死の記憶が多いのは、恐らく衝撃度が高い記憶だからだろう。

 俺は、その積み重ねの上で立っているんだ。

 惨劇を乗り越え、奇跡を経た上で、今この場所に居る。

 ならば、死を背負って、大切な記憶を抱いて、俺は進んでいかなければならない。

 望んだ結果を、手にする為に。

 

 突先を、放つ。

 魔力が続くまで、何処までも。

 ミニガンから発射される鉛玉を殺す。

 防ぐ。砕く。殺す。

 

 鉛玉の壁を、翡翠色の壁で潰す。

 総てを越え、翠閃が奔る。

 翡翠色の短剣が閃く。

 障害を打ち砕く、その一点で以って廻り流れる突先。

 救いを求め進む先。

 奇跡の軌跡を辿り、着き、突く、先。

 

「なん、なんだ……」

 神埼の、か細い声が聞こえた。

 弾丸を、突く。

 続けた果て。  

 

 いつしか。

 お互いの魔力が、切れた。

 

 神埼の手から、ミニガンが消失する。

 俺の手には、翡翠色の短剣。

 多重機動(デュアルシフト)は使えない。

 だから唯の走りで、俺は神埼に接近、肉薄した。

 

「お前は、なんなんだあああああああああああ!!」

 化け物を見るような目で、神埼は叫んだ。

 

 俺は考えた。

 俺は、なんなんだ。色んな名が頭に浮かぶ。

 浮かんでは消える。

 すべてを救う者。相沢和希。利己主義者。偽善者。独善者。

 

 だけど、今の俺を端的に云うなら。

 神埼の目前に、到達。

 俺は神崎の耳元で、呟いていた。

 

「――ただの、ハーレム野郎だよ」

 

 心臓に、短剣を突き立てた。

 魔力が無い。罪科異別は今使えない。

 されど、人が死ぬにはそれで十分だった。

 

「がふっ」

 神埼は血を吐き、倒れる。

 意識が落ち、命が潰えて往く光景が目に移る。

 血が流れ広がり、動かない男。

 神埼進は、死んだ。

 

 俺は。

 俺は、勝った。

 総てを殺し、勝利した。

 これで、みんなを護れた。

 守れた。帰れる。

 俺は、今から帰る。

 

 ふらついた。

 頭が痛い。意識が落ちかける。

 そういえば、今、右腕無いんだったか。

 血は、断面から未だに流れていた。

 足に力が入らなくなり倒れる。

 立てない。

 動けない。

 意識は混濁。

 

 ――でも。

 立たなければ。

 死ぬわけには、いかないのだから。

 死なないと、離れ離れにならないと、帰ると自分で言ったのだから。

 帰らないと。

 少しずつ、手間取りながら、体を動かす。

 左手を支えに上半身をゆっくり起こし、両足を慎重に動かして、立たせる。

 なんとか、立ち上がれた。

 

 歩き出す。

 遅いけど。

 普段の歩く速度より全然遅いけど。

 ふらふらと、歩き出す。

 目的地は、みんなが待つ家だ。

 暖かさが待つ、俺たちの家だ。 

 

 何度も倒れそうになりながら、歩いた。

 意識をギリギリで繋ぎ止め、ただ家へと足を動かす。

 動かす。動かす。動かす。

 歩いている感覚はほとんど無い。

 身体を引き摺るように、ただ気持ちだけを前に進める。

 歩き続ける。

 

 ――次第に。

 みんなが待つ家の明かりが見えてきた。

 心に明かりが灯る。

 もうすぐだ。

 もうすぐ、着く。

 ふらふら、ずりずりと、歩く。

 

 着いた。 

 家だ。

 ドアの前。

 震える手を駆使して、ドアを開けた。

 

 家の中から光が差す。

 俺はそれで、かなり安心してしまった。

 そうして気が緩んだからか、倒れる。

 玄関で倒れた。

 もう、流石に起き上がれそうもない。

 でも、ちゃんと帰れたんだし、いいよな。

 俺は今、生きている。

 

「和希さん……? それとも真白さんですか……?」

 リビングのドアが開くと同時に声が聞こえる。

 混濁する意識と視界に金の髪が映った気がした。

 

「和希さん!?」

 アイラの声が、最後に微かに聞こえたとき。

 

 ――ぷつりと、電源が切れるように。

 俺は気を失った。

 

 

 


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