すべてを救いたかったんだ   作:ソウブ

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3話 日常、誘い

 

 6月5日金曜日

 

 

 朝だ。

 俺はいつも通りに5時に起きた。

 ベッドから降り、木刀の短刀を持って一階に降りる。

 洗面所で顔を洗って、庭に出る。

 

 木刀を振る。振る。振る。

 いつもの鍛錬だ。

 俺はすべてを救う為に、力を付けなければならない。

 誰にも負けず、助ける事の出来る力を。

 

 振る、一瞬で順手から逆手へ持ち替え、突き出す。

 この器用さが、俺の取り柄だ。

 それを最大限伸ばしていかなければ。

 器用といっても料理は少ししか出来ないが。

 男料理と呼ばれるようなものぐらいしか。

 アイラには遠く及ばない。

 

 だがこういう器用さは、誰にも負けない自信がある。

 この力を伸ばし、上手く使い、やりたいことをやれる術とするんだ。

 

 振る、振る。持ち替え、突き出し、振り、持ち替え、振る。

 目の前に仮想敵を創り出し、それに向けて木の短刀を振る。

 相手の動きを予測し、それに対処する。

 

 何度も何度も、振る、突く、持ち替える。

 数十分した頃。

 

「おはようございます和希さん。今日も精が出ますね」

 アイラが起きて来た。

 水色のパジャマ姿。

 可愛く女の子らしい寝間着だ。

「おはようアイラ」

 挨拶を返し、すぐに鍛錬に戻る。

 

 振る、持ち替える、突く。

 脳内で創り出した仮想敵と、戦闘を繰り返す。

 

 アイラもいつも通りに縁側にちょこんと座って、俺のつまらない鍛錬を眺めている。

 本人は微笑んでいて楽しそうだが。

 

 風を切りながら振る。持ち替え、風と共に突く。

 敵の攻撃を避け、斬り付ける。

 敵の攻撃を受け流し、突く。

 

 今日の鍛錬も支障なく続き、そろそろ朝食を食べなければならない時間に近づいた。

 

 

 俺はシャワーを浴び、制服に着替える。

 その間にアイラも制服に着替え、朝食を作っている。

 ダイニングには味噌汁の煮えるいい匂いが漂う。

 椅子に座り、スマホを起動。

 ニュースの記事を見る。

 

 やはり、昨日のマンイーターに食われていた死体は、事件になっていた。

 八人目の犠牲者。会社帰りの男性だ。

 俺が救えなかった人。

 …………くそが。

 黒く濁ったイヤな感情が渦巻いた。

 

 朝食が並べられて行く。

 スマホを即座に消した。

 アイラの前で事件を調べるのは止めよう。

 なるべく心配は掛けたくない。

 いつものように、微笑んでいてほしい。

 

 アイラも席に座り、二人で、

「「いただきます」」

 味噌汁を流し込む。

 温かさと汁の味が、朝の体に染みる。

 ご飯を掻き込む。

 焼き鮭も美味い。

 そうして朝食を食べて行った。

 

 朝食を食べ終わる頃。

 アイラがうひゃい棒チーズ味を取り出した。

 昨日一本食って、もう一本残してたなそういえば。

 今から食うのか。

 俺は茶を啜る。今は緑茶だ。

 アイラは、紅茶ほどではないが緑茶を淹れるのも上手い。

 美味い。

 

 包装を剥がし、モキュモキュとうひゃい棒を食べ始めるアイラ。

 モキュモキュ。

 モキュモキュ。

 やはり小動物のよう。

 我が金髪ロリ妹様は、今日もキュートだ。

 緑茶が美味い。

 

 

 

 今日も今日とて朝の教室。

「なあ和希。俺は思うんだよ」

「何がだ?」

「転入生が来たら、なにかイベントがあるはずだろ?」

 津吉がまた頭のおかしなことを。

「何のだ?」

「そりゃ何かさ! 変な部活に誘われたり! 変なこと聞かれたり! なにかに巻き込まれるんだ!」

 確かに、変なこと聞かれたな。

「それなのに何さ! 全くそんなイベント起きないじゃないか!」

「そういうのは主人公に起きるものだ。お前は主人公じゃないということだな」

「うがーーー!」

 頭を抱えるほどのことだろうか。

「とにかく! 俺は! お前が読んでるラノベみたいな青春を送りたいんだよおおおお!!」

「諦めろ」

「無理だね!」

 ドヤ顔で言うな。

「お前は何かイベント起きたのかよおおう!」

「暑苦しいぞ。つーかまずテンションがおかしい」

「せっかく変な時期の転入生来たのに何も起きなければこうもなるわ!」

「どうしたんだ津吉。いい病院紹介するぞ? 知らないけど」

「ガチで心配そうな顔するんじゃねえ!」

 

 

 ガラガラ。教室のスライドドアの開く音。

「おはようおはようおっはよーうっ!」

 真白も朝っぱらから煩いテンションで入ってきた。

「来た! 転入生! ――おうおうおうおうおう! 俺に何のイベントも発生なしってどういう了見だ春風!」

 ヤンキーのように歩み寄っていくバカ。

「このアホ。真白に突っ掛かってどうすんだ」

 後頭部をすっぱたく。

 だが痛がる事無く一瞬で振り向いてきた。

 

「お前。今なんて言った?」

「このアホ」

「違う。その後だ」

「突っ掛かってどうすんだ」

「その中間」

「真白」

「…………」

「真白」

「お前なんで転入生をいきなり名前呼びしてんだああああ!!」

「うるさい」

「そういやさっきはぐらかされたが何かあったのか!? あったんだろ!? そうでなきゃそんなことにならねえもんなああああ!?」

「あ、カズくんおはよう!」

 真白が朝に眩しい笑顔で挨拶。

「おう。おはよう真白」

「うわあああああああ! カズくんって、もうあだ名かよ! 俺もつよつよとかよっしーとか呼ばれてえよおお!」

 その二つはどうかと思うぞ。

 

「朝からうるさいほど元気だねー。剛坂(ごうざか)くんもおはよう!」

 真白の、白の髪を揺らしながらの、笑顔。

「おはよう!」

 コンマ数秒もない切り替え。

 歯をキラッと輝かせた野郎の笑顔が憎い。

 現金なやつだ。

 結局青春らしいことをしたいだけなのだろう。

 あと真白。お前が言うな。

 

 そうこうしている内に、庵子(あんこ)先生が来てホームルームが始まった。

 

 ――話している間、津吉が少し寂しげに見えたような気もしたが。

 あれだけテンションが高かったのだから気のせいだろう。

 

 

 眠い。

 非常に眠い。

 途轍もなく眠い。

 

 今は古典の授業。

 いつもこの授業は、眠い。

 

 現在進行形で黒板にチョークを走らせ淡々と説明している教員。

 鈴倉佐生朗(すずくらさぶろう)。古典の教師だ。

 生徒たちからは、眠りの鈴と呼ばれ恐れられている人である。

 いつも眠そうな目をして、はきはきとしない声を念仏のように唱える。

 それが子守唄のように睡眠欲を激しく刺激してくる。

 

 あー眠い。

 かくんと首が傾いてノートが視線に入ると、ミミズがのたくったような解読不能な文字ですらないものが書かれていた。

 誰だよこんなん書いたやつ。

 俺か。

 

 周りを見ると、寝こけてるやつらがちらほらと。

 真白は堂々と突っ伏して寝ている。

 その横顔は幸せそうだ。ほっぺたを(ひね)ってやりたいぐらい。

 津吉は珍しくちゃんと起きて――ないな。目を開けたまま寝てやがるアイツ。

 他にもこくんこくんと舟を漕いでいるものが多数。

 いつも思うが大丈夫かこの授業。

 この学校の古典の成績は絶望的なのでは。

 もうあの教師クビにしたらどうだ。

 

 鈴倉は寝ている生徒に注意もせず、ただ淡々と授業を続けていた。

 つまらなそうに、機械的に、無気力に。

 

 

 

 昼休み。

 アイラと屋上で、並んでベンチに座り弁当を食べる。

「なあアイラ」

 アイラは噛んでいた食べ物をごっくんと呑み込み。

「なんですか?」

 小首を傾げ、金髪が揺れる。

「誰かを遊びに誘って、且つ確実に乗ってくれる方法ってないか?」

「う~ん、難しいですね。用事があったらそれまでですし、用事があってもそれを差し置いてまで遊びに行きたい理由がないと」

「理由? 例えばどんな?」

「それは、その一度しかないすごく楽しいこととか、でしょうか?」

「なんで疑問形なんだ」

「私も良く分かってないですから。やっぱり確実っていうのは難しいですよ」

 そう言って苦笑した。

 俺は卵焼きを頬張る。

「すごく楽しいこと、ねえ……」

 アイラは茶を飲み、一息吐き、

「誰か、誘いたいんですか?」

 聞いてきた。

「まあな」

「例の転入生ですか?」

「まあ、そうだな」

「普通に誘えばいいんじゃないんですか? 転入生なら最初の友達との関係は維持したいはずです」

「そうなのか。つーか友達になってたのか」

「友達じゃないんですか?」

「一応名前では呼んでるし、向こうにはあだ名で呼ばれてる」

「転入生、ですよね?」

「ああ」

「昨日が初対面、ですよね?」

「おう」

「早過ぎません?」

「なにが?」

「関係進むの」

「別にそういうのじゃねえよ。ただの成り行きだ」

「どういう成り行きだったらそんなことに……」

「まあ、話してたらとんとん拍子に」

「来週には結婚してそうですね」

「それはない」

 

 

 

 放課後。

 皆が皆、帰りの支度をしている時。

「よお真白。とびっきりの楽しくて楽しくて楽しすぎてもう何が楽しいのかすらわからなくなることするから今から俺と遊ばないか?」

「その誘い文句で乗ると思った思考回路が知りたいよ」

 教科書を鞄に詰めている真白のジト目。

「なにか用事があるのか?」

「う、う~ん……」

 曖昧な、複雑な表情。

 なにを考えているんだ?

 だがここで逃すわけにはいかない。

 俺はマンイーターの情報をこいつからなんとか引き出したい。

 今のところ情報源は真白ぐらいしかないからな。

 だから誘ったのだが、予想と違って芳しくない反応。

 ここで情報源を逃がして手をこまねいていれば、また一人犠牲者が増えてしまうかもしれない。

 普通に聞いても良かったのかもしれないが、それでは答えてくれないだろう。

 遊んでいる中さりげなく聞いて、何気ないことのように。

 心を許して気が緩んでいる時にポロッと零させ、情報をかすめ取るんだ。

 ここは畳みかける!

 

「おい津吉!」

 振り向いて叫ぶ。

「ん? なんだ?」

 まだやつは帰っていなかった、鞄に教科書を詰め終わったところ。

「今から真白とゲーセン行くんだが、お前も来るか?」

 するとやつは一瞬で目の色を変え。

「行く行く絶対行くって! 地球が滅亡しても行くぜ!」

 よし。青春バカが釣れた。

 このまま流れを持っていく。

 この雰囲気で断ったら空気読めないってぐらいに。

「行くよな? ゲーセン。ゲーム好きって言ってたもんな?」

 さっきは咄嗟にゲーセンといったが、自己紹介でゲームが趣味といっていたのを思い出して説得に使う。

 真白に詰め寄る。

 少し気圧されたようだが。

「…………なんでそこまで必死なのか分からないけど、そこまで言うなら行くよ。別にいやじゃないからね」

 またもや何を考えているのか読めない顔。

 しかし、説得は成った。

「それじゃ今から行くか」

「うん」

 立ち上がる真白。白髪が(なび)く。

「津吉、行くぞ」

「おう!」

 三人で教室を出た。

 

 

 廊下を歩く。

 歩いていたら、視線を感じた気がした。

 今すれ違った女の子がいたが、あの子か?

 振り向く。

 女の子は歩きながら目を向けていた。

 俺が視ると即座に恥ずかしそうに見るのを止め、足早に去って行った。

 伸ばしっ放しの野暮ったい、黒色のかなり長い髪。

 言っては悪いが、地味な印象の子だ。

 スカートの色が青色ということは、後輩か。

 でも、会ったことなんてあったか?

 記憶を辿る。

 ……何か引っかかるような気がするが、思い出せない。

 誰だ?

 俺を見てたってことは、向こうは俺を知っているはず。

 覚えてないってことは、少し関わった程度か?

 だから引っかかる程度、なのだろうか。

 

「カズくんどうしたの?」

「あ?」

 再び前を向くと、真白と津吉が立ち止まって待っていた。

「なんだ、和希。あの子が好みなのか?」

「ちげえよ」

 考えてても分からんもんは分からん。

 今は忘れよう。

 どうせ同じ学校だ。会いたきゃ向こうからくるだろ。

「行くぞ」

 立ち止まった二人を置いていくように、歩いて行く。

 忘れようと思ったが、妙に引っかかって苛立った。

 

 

 昇降口に着くと、アイラが待っていた。

 あ。アイラに今日は一緒に帰れないと伝えるのを忘れてた。

 家で主人の帰りを待つ小動物のように佇んでいる。

 このまま一人で帰ってもらうのはアイラに悪すぎる。

「なあ、もう一人誘っていいか?」

「もう一人? 別にいいけど」

「あ、もしかしてアイラちゃんか? 俺は大歓迎だぜ」

 津吉は面識もあるし、いつも俺がアイラと帰っていることを知ってるから察したのだろう。

 

 俺は先行して走り気味にアイラに近づく。

「和希さん?」

 俺の様子に頭にハテナマークを浮かべている。

「アイラ、昼に言ってた遊びの誘い無事通ったんだが、一緒に来るか?」

「私が一緒でもいいんですか?」

「あいつらは問題ないと言ってくれた」

「なら、いいんでしょうか?」

「ああ、いい。むしろ来てくれ」

 少しアイラは考える様子を見せた後。

「はい。行っていいなら、行きたいです」

 そう言って微笑んだ。

 

「おい二人とも。アイラも行くことになった」

「よっしゃ! これで男2女2でバランスいいな!」

「カズくんの恋人?」

 真白の、不思議そうな表情。

「ちげえよ。妹だ」

「妹…………」

 あまり納得いっていない様子。

相沢(あいざわ)アイラです。兄がお世話になってます」

 ぺこりとアイラはお辞儀した。

「あ、こちらこそ。わたしは春風真白だよっ。昨日転入して来たばかりなんだ。よろしくねっ」

「はい、よろしくお願いします」

 二人で笑い合う。

 仲良くしてくれるといい。

 

「それにしても、兄妹なのに随分と違うね」

「あ? どこがだ?」

「それだよそれ! カズくんはいつもそんな態度なのにアイラちゃんはお淑やかな感じだしっ」

「俺の態度が何だって?」

「すごく傲岸不遜っていうか、我が道を行くというか」

「俺もアイラも余裕を持った態度だってことだろ? なら同じだ。俺たちは似たもの兄妹さ」

「そうかなあ? あと見た目も――」

 

「春風さん」

 間隙(かんげき)を突くような、凛とした声音。

「ん? なにかなアイラちゃん?」

「早く遊びたいです。もう行きましょう」

「あ、そうだね。ごめん。立ち話続けちゃって」

「いいえ。歩きながらでもお話ししましょう」

「そうだねっ」

    

 そうして話は中断され、先の話がもう一度されることはなかった。

 

 

 


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