すべてを救いたかったんだ   作:ソウブ

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28話 真白

 

 

 山の中に、ぽっかりと空いた広場のような地帯。

 木々に囲まれ、下草の生えた休憩所みたいな場所。

 人気のない空間。

 

 俺たち五人は、二日前に俺が異別を使用する練習をした山中に、またやって来ていた。

 この間でほとんど感覚は掴めていたが、最後にもう一度試しておきたかったからだ。

 万全を、期すために。

 

「みんなはあまり離れないように、そこらへんで待っててくれ」

 俺はそう言って、広場の中心で異別を発動した。

 

 

真白side

 

 

 カズくんはカズくんでカズくんだからカズくんなんだろうな。

 意味わかんないね。

 カズくんは女の子が好き。

 だから好きな女の子全員でハーレムなんてものを実現させている。

 最初はアイラちゃんがかわいそう、と思ったけど。

 前にも言っていたように、今、アイラちゃんはとても幸せそう。

 姫香ちゃんも美子ちゃんも、特に不満はなさそう。

 なら、わたしは。

 わたしはどうしよう。

 もう決まってるようなものかもしれないけど。

 わたしもきっと、カズくんのことが好き。

 でも。

 やっぱり罪悪感みたいなものが、ある。

 カズくんほんとに大丈夫かな。

 わたしはともかく、みんなをちゃんと幸せにしてあげられるのかな。

 そこは信じてあげなきゃダメなんだろうけど、やっぱり心配。

 だから、踏み切れない。

 抱きついてみたいと思うけど、自分で引いた線の向こう側に行けない。

 抱きつくぐらい、ハーレム宣言される前なら簡単にできたと思うのに。

 

「真白さん」

「……なにアイラちゃん?」

 頭の中がぐるぐるぐちゃぐちゃしていると、横にちょこんと座っているアイラちゃんがわたしを呼んだ。

「なにかお悩みですか?」

 優しい笑みで、訊いてくる。

 ――。

 はたから見て分かるくらいだったのかな。

「……うん。まあ、そんな感じだね」

「私に言ってみてください。相談に乗りますから」

 アイラちゃんの笑みはすべてを包み込むようで。

 懊悩が限界突破していたわたしは。

 わたしは、思わず口走っていた。

 

「アイラちゃんは、みんなは、カズくんのことどう思ってる?」

 核心をそのまま言わず、少し外れたところを言ってしまった。

「大好きですよ。ずっとそばにいたいです」

 即答の、とびきりの笑顔。

「……うん」

 知ってたよ。

 訊いちゃってごめん。

 

 みんな近くで座ってたので、聞きつけてきた美子ちゃんと姫香ちゃんも答えてくれる。

「私だって、大好きですし、愛してますし……ずっと、永遠に一緒にいたいです……」

 やきもちを焼いたように、美子ちゃんは言った。

「いろいろと問題はありますけど……一緒にいるのもやぶさかじゃありませんし、か、かっこいい、とは思います……」

 姫香ちゃんが顔を赤くしながら、いまいち素直になれないかわいい反応をした。

 

「真白さんは、どう思ってるんですか?」

 アイラちゃんが優しい顔をして首を傾げながら、わたしに訊いてきた。

「わ、わたし……? えっと、わたしは……」

 訊き返されることを特に考えていなかったので、口ごもってしまう。

 わたしは……。

 抱きつきたいとは思える、ということは、好き、なんだと思う、けど。

 ううむむむ~~。

 一度拒否しちゃったせいで、なんだか好きだと言い辛い。

 軽い女の子だと思われちゃうのもイヤだし。

 それで嫌われちゃったら、悲しいし……。

 どうすればいいんだろう。

 ここは、ゆっくり時間を掛けて、徐々に心を開いていくみたいな――

 

「「「好き、なんですよね?」」」

「…………」

 

 三人に、ハモって言われてしまった。

「う、うん……」

 勢いに押されて、本音が出る。

 そのまま続けて喋ってしまう。

「でも、拒否しちゃってたから、なかなかうまくいかなくて、どうすればいいのかわかんなくなってきちゃって……」

 

「それならアタックしましょうっ」

「あの人はちょろいですから真白さんなら絶対余裕です」

「私は……ライバルが減るから失敗してもいいですけど、和希なら愛してあげてしまうのは確信できます……和希は、優しい」

 

 みんなそれぞれ好き勝手言うけど、全体的に伝えたいことは分かった。

 三人とも、わたしの背中を押してくれてるんだ。

 

「アタックと言いましたけど、和希さんはもう真白さんのことが大好きですよね」

「うん、まあ、それはわかってるよ」

 

 ――俺は、アイラと真白、お前たち二人が異性として大好きだ。必ず幸せにするから、二人とも恋人になってくれ――

 

 あれだけ劇的に宣言してたし。

 

「だから、和希さんは愛してくれます。今のままでも大丈夫ですよ。無理をする必要はないんです」

 アイラちゃんはわたしに優しい言葉をかけてくれる。

「でも、どうしてもなにかしたいのだとしたら、素直に自分の感情を伝えるだけでいいと思いますよ」

「うん……」

 素直に伝える、か。

 結構、難しいかも。

 でも、それが必要なことなのはわかるな。

 

「私も、今のままでも問題ないと思います。先輩は、なにせ私を好きになってしまうほどちょろいので」

 姫香ちゃんを好きになるのはわかっちゃうほど、姫香ちゃんかわいくていい子だと思うんだけどな。

 

「一度和希が好きになったのなら、どうしようと愛されて、追いかけてきて手を掴みに来ると思うのですけど」

「なにそれこわい」

「ストーカーですか?」

 

 わたしと姫香ちゃんの言葉に、美子ちゃんがムッとした顔になって返す。

「和希はどう行動しても、愛してくれるって言いたかったんですっ。間違ってたら正してくれるし、どんなになっても手を伸ばしてくれる」

 アイラちゃんがその言葉に嬉しそうに同調してきた。

「そうなんですよっ。和希さんなら絶対大丈夫なんですっ」

「そうなの……?」

 

「「そうなんです」」

 アイラちゃんと美子ちゃんは、信頼と自信たっぷりに言った。

 

「……なんだか私、自分がかなりダメな子に思えてきました……」

「なんで!?」

「だって、アイラさんと美子さんはあんなに想って、信じて、優しい人なのに。私はさっきから先輩の悪口しか言ってません……」

「そんなことないよ。わたしは姫香ちゃん、いい子だと思うよ」

「うう……」

 頭なでなで。

 手触りのいい黒髪の頭を、わたしはなでなでした。

 アホ毛がぴょんぴょん手に当たって気持ちいい。

 なでなで。

 なでなで。

 

「…………」

 でも。

 結局どっちでもいいなら、どうしよう?

 

 

 6月11日木曜日

 

 

 次の日。

 カズくんが行こうと言ったので、みんなでショッピングモールに来ていた。

 食材が足りなくなりそうだから、らしい。

 元々それなりにストックはあったみたいだけど、流石にカズくんとアイラちゃんの二人から、わたしと姫香ちゃんと美子ちゃんが増えて五人という大所帯になったからには相応の食材が一食ごとに無くなっていく。

 でも、それだったら近くのスーパーでもよかったんじゃないかなと思うんだけど、なんでわざわざショッピングモールなんだろう?

 深く考えても仕方ないのかな。カズくんだし。

 

 そんなわけで。

 今は、カズくんを先頭にわたしたちはショッピングモール内を練り歩いているわけなのです。

 わたしはなんだかまだカズくんに対する態度が決めづらくて、一番後ろを歩いているんだけど。

 

 う~ん。

 う~む。

 うみゅみゅ。

 

 変な唸りが心の中で響く。

 昨日みんなに背中を押してもらえたのに、結局こんな風に悩んだまま。

 ダメだなあ、わたし。

 わかってるんだけど、わかってはいるんだけど。

 うまく、いかないなあ。

 どうしてこんなに悩んでるんだろう。

 このままでも、カズくんにアプローチしても、どっちでも問題ないなら悩む必要なんてないと思うのに。

 決まらない。決まらないまま、このままでいるという選択肢を選んでいることになってしまっている。

 

 ん~む。

 む~ぬ。

 んにゅにゅ。

 

「着いた……」

 

 思わず呟いてしまったといったかのような、感慨深い声。

 足を止めたカズくんから、発されていた。

 カズくんの視線を追うと、ガラスのショーウインドウ。

 そこは、服飾店だった。

 …………ん?

 頭に何か、引っかかる。

 カズくんは振り返って言う。

 

「先にアイラと姫香と美子に謝っておくよ。でも俺はみんなを幸せにするし、誰一人蔑ろにしない。あとで同じようにしてやるから楽しみにだけしておけ」

 

 カズくんの言葉に、わたし含めてみんな首を傾げる。

 だけどとりあえず分かったとみんな頷く。

「じゃ、ちょっとみんな待っててくれ」

 そうするとカズくんは一人で店内に入っていった。

 どういうことだろう?

 わからなかったわたしは、ショーウインドウに飾られている白くてふわふわなワンピースを、いいなあ、と思って眺めながらカズくんを待つことにした。

 …………やっぱり何か、引っかかる。

 特に、このワンピースを見てると。

 

 すぐにカズくんは店員さんを連れて入り口近くに戻って来る。

 そして、わたしが見ていた白くてふわふわなワンピースを指さして言った。

「これ下さい」

「え?!」

 カズくん、もしかしてそういう趣味が……というのは冗談として。

 アイラちゃんとかにプレゼントするんだろうな。

 ハーレムを宣言してただけはあるね。まさかこんな行動に出るなんて。

 それに服のセンスいいよカズくん。

 

 わたしが腕を組んでうんうんと頷いていると。

 いつの間にかカズくんが目の前にいた。

「?」

 思わず首を傾げてしまう。

 カズくんの手には、プレゼント用の包装紙に包まれたさっきの服であろうもの。

 

「真白、これ、受け取ってくれ」

「?」

 カズくんは、わたしの名前を呼んで、わたしの目の前にあの服を差し出している。

 つまり、わたしへのプレゼント……?

「なんで……? わたしより――」

「これは、真白に受け取ってもらいたいんだ」

 わたしの言葉を遮ってカズくんは言った。

「どうして…………?」

 わからないよ。

 わたしは、みんなみたいにかわいい態度ができていたわけじゃないのに。

 イヤな態度ばかり取っちゃってたはずなのに。

 どうしてわたしに。

 

「これだけは、どうしてもお前なんだよ」

 なんで、そんなこと。

「着たくないなら、それでもいい。それでも、受け取ってほしい」

「どうしてそこまで……?」

 訊くと、カズくんは曖昧に笑っただけで、何も言わなかった。

 だけど、そこまで言われると貰わないわけにもいかなくなってしまう。

「うん……じゃあ、貰うよ……」

「ああ、貰ってくれ」

 カズくんは満足そうに笑った。

 わたしは綺麗な包装紙に包まれたそれを両腕に抱える。

 

 …………。

 つい、口をついて出た。

「ここで、着てっていい?」

 カズくんは、口をポカンと開けた。

 数秒、そのまま。

 けど、すぐに元の表情に戻ると、言う。

「ああ、着てこい」

「カズくん、カズくんに最初に見てほしいから更衣室の前で待ってて……」

「ん? あ、ああ」

 カズくんはみんなに

「ちょっと待っててくれ」

 と言ってからついて来てくれた。

 

 わたしは更衣室に入って、いつも着ている白いパーカーとスカートを脱いでいく。

 下着姿になって、なぜか逸る気持ちを抑えながら包装紙を解いていく。

「ふわぁ…………」

 白くフリルのついたワンピース。

 白くてふわふわなワンピース。

 視界に収めると、思わず声が漏れてしまった。

 なぜか胸が高鳴る。

 早く着たい。

 そんな思いがむくむくと膨らんで。

 ワンピースが破れないように、丁寧に、すぐに着た。

 更衣室内の姿見に、自分の姿が映る。

 白くてふわふわなワンピースを着た、わたし。

 

「あ…………………………」

 

 さっきから感じてる、頭の引っ掛かり。

 それが、存在すべてに浸透してしまうほど増した感覚。

 記憶。

 記憶が。

 知らないはずの記憶が、激流のように、脳裏に光景として映って、流れていく。

 

「うぅ…………」

 

 カズくんとの、日々、日々、日々――。

 

 一緒に戦った時。

 一緒に悲しんだ時。

 デートした時。

 楽しかった時。

 ぬくもりを感じた時。

 心が暖かくなった時。

 

 ――お前は俺の、パートナーなんだからさ。

 ――信じるからな。何があっても、お前のこと。

 

 色々な、いろいろな、言葉。

 そして、そんなカズくんとの時は。

 最後に、崩れ去ってしまった。

 終わってしまった。

 暗闇に、閉ざされてしまっていた。

 

 そのはず、だったんだ。

 そのはず、だったんだよ。

 そうならなくちゃ、(ことわり)的におかしかったんだよ。

 そうなって、全部全部、終わっちゃうことになっていたんだよ。

 

 カズくん。

 カズくん……。

 カズくん…………。

 好き。

 好き。

 大好き。

 

 うう……。

 ぅぅ……。

 もう、限界。

 張り詰めていたものが、すべて消えた。

 

「うえええ~~~~~~~~~~ん!」

 涙が大量に溢れる。

 もう頭の中、ぐちゃぐちゃで。

 わけがわからなくなって。

 ただただ、心から湧き上がってくるままに号泣だけが止まらない。

 

「真白!? どうした!?」

 更衣室のカーテンが開けられる。

 カズくんが、焦った表情でこっちを見ていた。

 敵が来た時に、警戒しているみたいな顔。

「真白……?」

 わたしを見て、キョトンとするカズくん。

 カズくんっ。

 カズくんだ。

 

 わたしは、思い切り飛びついて、抱きついた。

「うお?! マジでどうした!?」

「うえぇ~~~~んっ…………! わだし、じにたくなかったよぉおおぉぉぉぉ……っ」

 言葉が、せき止められることなく自分でもわからないまま漏れていく。

「怖かったよおおぉぉ……っ」

 気を張ってた、出してはいけない本音が湧き水の如く溢れる。

「カズくんがすごく辛そうで、悲しんでて。今にも潰れちゃいそうで。わたしが、まもらなくちゃって……。あんな時なのに服プレゼントしてくれて。キスして、幸せで。すごく、すごく好きだったのに。うぇっ……うぇっ……。かずくぅん……死にたく、なかったぁ……別れるなんて、終わるなんて、いやだったぁ…………」

 幼い子供のように、ただ激情を吐き出す。

「うえぇ~~~~~~んっ! カズくんっ。カズくん。カズくん!」

 強く強く、抱きついた。

 このまま溶け合って、一つの存在に成りたいかのように、抱きついた。

 すると。

 強引に、大胆に、でも優しく抱きしめ返される。

 ポン、と頭に手が乗せられる感触。 

「大丈夫。大丈夫だから。な?」

 そのまま、頭を撫でられた。

 わたしは、それだけで。

 たったそれだけで、すごく安心してしまって。

 今までで、一番、安心してしまって。

「うええぇぇぇぇぇん…………」

 心も体も暖かい中、衝動のままに泣き続けた。

 

 カズくん。

 だいだい、大好き。

 

 


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