夕刻。
俺とアイラと真白は、河川敷に来ていた。
詩乃守はもうすぐこの場所に来るだろう。
川のせせらぎを聞き、夕日を眺めていると。
道の向こうから、詩乃守の姿が見えた。
アイラが詩乃守を視界に収めて、呟く。
「あの時は言いませんでしたけど、あの子、
「ああ」
黒髪の色合い、顔立ち、纏う雰囲気が、そっくりだ。
「とっても、かわいい子です」
「ああ……」
妹の華怜も、あのまま成長してたらこうなってたのかもな。
「でも、似てるだけだ。詩乃守は詩乃守だ」
「はい……。それは、そうですね」
少し寂しそうな微笑みと声色で、アイラはそう言った。
詩乃守も俺たちの姿を見止めたからか、こちらに近づいてくる。
詩乃守が、生きている。
彼女の姿が接近して来ると共に、その思いが強くなる。
一度守れなかった、妹に似た女の子。
でも、また会えた。
アイラや真白と同じように、また会えたんだ。
熱を持った感情が広がっていく。
俺は詩乃守の元へ歩き出していた。
「相沢先輩、女のひと二人連れてどうしたんですか?」
声が届くところまで近づくなり詩乃守はそんな言葉を放った。
俺はさらに距離を詰める。
「お前を迎えに来た」
実際言葉に偽りはない。
俺は手を差し伸ばす。
「迎えにって、私を……?」
「ああ」
「どういうことですか?」
「そのままの意味だ」
「そのまま?」
疑問符を周囲に漂わせて首を捻る詩乃守。
「大罪戦争」
「――!」
「罪科異別」
「――っ」
「わかるだろ? だから、詩乃守を助けに来た」
「助けにって……なんで……」
詩乃守は、希望に縋りたい気持ちを抱きながらも、戸惑ってどうすればいいかわからない、多分、そんなような表情をしている。
――助けてくださいっ!
この子は以前、俺にそういった。
過ごした時間は少なくとも、仲良くなった後輩。
妹に似ているとか、それが全くないとは言わない。
だけど、それがなかったとしても、俺は詩乃守を助けたい。
詩乃守はすでに、俺の数少ない大切の一員になってしまっているのだから。
俺は、戸惑う詩乃守の手を取り、引き寄せた。
抱きしめる。
「わきゃっ」
変な声を上げる詩乃守。
「な、なにしてるんですか!? セクハラで訴えますよ……!?」
それはまずい。
だが、俺は構わずそのままでいた。
戸惑いと不安を消してやるために、言葉を向けた。
「お前は戦わなくていい。後は全部俺に任せろ」
「――――」
力があるのなら、戦えなんていわない。
協力してもらった方が勝率が上がったとしても、俺はいわない。
たとえ力があっても、怖いものは怖いのだから。
死ぬときは、あっけなく死んでしまうものだから。
戦いたくないやつは、戦わなくていいんだ。
詩乃守は、戦わなくていいんだ。
そもそも、詩乃守は巻き込まれただけだ。
俺も含め他の大罪者と違って、完全に徹頭徹尾巻き込まれただけだ。
それにこんなに震えている。
詩乃守の、今まで怖かったんだよ、という感情が至近距離から伝わってくる。
こんなにもか弱い女の子が、戦えるかよ。
俺の服の胸辺りは、いつの間にか濡れていた。
詩乃守が、少し鼻声になりながら声を発する。
「怖かった……」
「ああ、もう怖くない」
「不安で、堪らなかった……」
「ああ、もう安心だ」
「全部、本当に任せてもいいんですか……」
「ああ、全部俺に任せろ。約束だ」
前に、果たせなかった約束だ。
だけど、今度こそは必ず。
「相沢先輩は、すごいですね……」
すごくねえよ。
「ああ、俺はすごい」
「ふふ……っ」
詩乃守は、涙を流しながら少し笑った。
「なら、そんなすごい先輩に私は身を委ねます」
「ああ」
「助けてください」
「ああ、
「契約ですか」
「ああ」
「ふふ……」
その詩乃守の笑みは、妹が兄に向ける信頼の笑みのようで。
俺は呆けて、しばらく見つめてしまった。
…………。
……。
それから。
詩乃守の許可を取って、異別で詩乃守の両親の娘に関する記憶を一時的に殺させてもらった。
守るために、拠点となった俺たちの家にいてもらう必要があるから取らせてもらった処置だ。
詩乃守の両親には悪いが、少しの間友達の家に泊まるものだと考えれば罪悪感も薄まった。
まあ、あくまで一時的なものだ。
詩乃守の罪科異別も、無くしていいか聞いたあと殺させてもらった。
罪科異別が在れば自衛の手段にはなるだろうが、そもそも大罪者で在り続けることの方が危険だ。
大罪者でなくなれば大罪戦争から脱落し、誰からも狙われることはなくなる。
それに、もし危険なことがあったとしても、俺が護ればいいだけなのだから。
そして、家に帰ってきた。
「ここが先輩の家ですか」
「今は俺たち四人の家だな」
そういいながら玄関を開け、俺を先頭に四人で入っていく。
そのままリビングへ。
「へ~いい家ですね」
「無難な感想ありがとう」
詩乃守の本音なのかお世辞なのか判らない発言に返答していると。
「ところでカズくん」
真白が話しかけてきた。
「なんだ?」
「その子もハーレムの一員なの?」
「え」「違うぞ?」
詩乃守と同時に言葉を発した。
「とてもそうは見えなかったんだけど」
「そうですね、完全にヒロインの顔でした」
「ヒロインの顔ってなんだよ」
真白に同調したアイラの言葉に素で困惑する。
たまにアイラは変なこというな。
「隠さなくてもいいんだよ? もうすでに二人いるんだから今さら怒らないよ?」
「私も、ハーレム仲間が増えるならそれはそれでいいと思います。ですけど、ちゃんとみんなを愛してくださいね?」
「詩乃守はそういうのじゃねーよ」
大切な妹みたいな後輩だ。
多分。
「本当に?」
「本当ですか?」
「ああ。大切な後輩、それ以上でも以下でもねーよ」
多分。
「そうかなー?」
「そうですかー?」
「お前らほんとに姉妹みたいになってきたな……」
息ピッタリすぎだろ。
そこで、呆けたまま黙っていた詩乃守がおずおずと話に入ってきた。
「あの……なんの話ですか……?」
「和希さんハーレムの話です」
「そう、和希さんハーレム」
「なんだその名前」
間違ってはいないが。
なんか言葉にするとアレな感じが。
陳腐というかアホっぽいというか。
「で、実際どうなの? え~と、詩乃守ちゃん?」
真白が矛先を詩乃守へと移した。
「え? 私は、後輩ですよ――」
詩乃守は数秒考えるように呆けた。
「はい、後輩です」
「なんだ今の間は」
思わず俺が突っ込んで訊いてしまった。
「なになに? やっぱりそうなの?」
「そうなのってなんだよ」
「詩乃守ちゃんもやっぱり恋人なんですか、ということですよ」
「アイラ、丁寧に解説しなくていい」
「いえ、ただ……」
「「「ただ?」」」
「相沢先輩と会うのは二度目くらいのはずで、知り合いになったばかりみたいなものなのに、何度も会ってる感じがするんです」
「「「…………」」」
それは、前の世界での。
いや、さらに前の世界含めて全てのことか。
俺は、前の世界からしか正確な記憶は持っていないが。
少しは、俺以外にも記憶の引継ぎがあるということなのか。
詩乃守の様子を見るに、本当に微々たるものだろうけれど。
「詩乃守、それはだな――」
ということで、詩乃守にも説明することにした。
友のおかげで、過去に戻ってきたことを。
…………。
……。
「なるほど……そういうことだったんですね」
詩乃守は過去の感覚も相まって信じてくれた。
「そういえば、自己紹介がまだだったね。わたしは春風真白、カズくんの……恋人なのかどうなのかよくわからない存在だよ」
「私は、今は相沢アイラです。和希さんの妹をしていた現恋人ですよ」
「うおぅ……濃い自己紹介ですね……私は詩乃守姫香です。中三です。これからよろしくお願いします」
「うんっ、よろしくね」
「よろしくお願いしますね」
何とかみんなうまくやっていけそうな雰囲気だ。
ハーレムの話は有耶無耶になってくれたのでよかった。
閑話休題。
俺は先から目についていた物について口にした。
「詩乃守はぬいぐるみが好きなんだな」
そう、詩乃守はこの家に来る際、自分の家からぬいぐるみを持ってきていた。
こんな時に持っていたいほど好きなのだろう。
「はい。かわいいですから」
二つのぬいぐるみをぎゅっと抱き直す詩乃守。
「それ、俺が取ってやった奴だろ?」
ぬいぐるみの片方を指さす。
鳥のぬいぐるみだ。
「はい、最近のお気に入りです」
「そうか」
鳥のぬいぐるみに頬ずりする詩乃守。
そういえば躍起になってUFOキャッチャーで取ろうとしてたっけ。
あれ、取れなかったのが悔しくて意地になってたわけじゃなくて、本当にそれほど欲しかったから躍起になってたのか。
元から詩乃守が欲しかった物だとはいえ、自分があげた物をこんなに大切にしているのを見るとこちらも嬉しくなる。
「それで、こっちの方は昔お父さんからプレゼントされたぬいぐるみです。いつも抱いて寝てます」
抱いていたもう一つのぬいぐるみを示して詩乃守は言った。
猫のぬいぐるみだ。
それから詩乃守は訊いてもいないのに語り始めた。
やれ材質がどうのやれ容姿がどうのと、饒舌に。
俺はそれを聞き流しながら、思う。
この子、かわいい。
恋人にしたい、と。
ただの後輩?
詩乃守はそういうのじゃない?
いやいやいや。
気に入った女は嫁にする、常識だ。
「詩乃守」
「はい? なんですか?」
ぬいぐるみ語りを中断されキョトンとした顔。
「好きだ。恋人になってくれ」
「「「は?」」」
詩乃守、アイラ、真白、三人の声が重なった。
「え? ……え? なんで……?」
困惑、当惑、混乱、みたいな様子で固まる詩乃守。
一足先に固まりから解放された真白とアイラが言葉を発する。
「やっぱりハーレムの一員にするつもりだったんじゃん!」
「やはりそうでしたか。私はそれでいいと思います。何度も言うようですが、ちゃんと愛してくれれば」
「だからアイラちゃん懐深すぎぃ……」
「詩乃守ちゃんもかわいくていい子そうですし」
「確かにそうなんだけどぉ……」
そんな言葉が交わされるうち、詩乃守も固まりから解放され。
「先輩。私たち知り合ったばかりですよ……?」
「さっき色々説明しただろ? だからそうでもない」
前の世界とか、きっと覚えてないその前の世界やそのまた前の世界でも逢っているはずだ。
「で、でも、こんなにかわいくて綺麗で素敵な人が二人もいるじゃないですか」
「ああ、そうだな」
「私、必要ないじゃないですか」
「そんなわけがない」
かわいくて好きな女の子はそばに何人いてもいい。
大切な人は、みんなそばにいてほしい。
別離は悲しく、受け入れがたい。
恋仲にでもならなければ、それはいつか必ず来る。
離れないで、自分のそばにずっといてほしい。
喪い続けた俺が至った結論だ。
だからハーレムを作ることを躊躇わない。
「私に二人と同等の女の子としての魅力があるとは思えません」
「俺は思うぞ」
「うぅ……」
詩乃守は頬を朱く染めて俯いてしまった。
「もう一度言う。詩乃守、好きだ」
「うぅ~~~~~~っ!」
唸る詩乃守。
「恋人になってくれ。今すぐじゃなくてもいいから。今結論が出せなくてもいい。好きになってもらえるまで好意をぶつけ続けてやるから」
「――ば、ばか! 相沢先輩、ばか! あ、あと、あほ!」
真っ赤な顔で涙目になり、そんな言葉を撒き散らして詩乃守はリビングから走り去ってしまった。
部屋の外から階段を上がるドタドタという足音が聞こえた。
静かになるリビング。
ポツンと残される俺たち三人。
「あぁー……カズくん、どうするの? 詩乃守ちゃんちょっと泣いてたよ?」
真白は辟易した顔で俺に問う。
「なんとかするさ」
「和希さんなら、幸せにできますよね?」
絶対の信頼を湛えた笑顔で、アイラはそう言った。
「ああ、必ずしてみせる」
これは、決定事項だ。
失敗してはならない、俺がやるべきことだ。
ずっとそばにいてもらうためには、最低限為さねばならないことだ。
俺はみんなを、幸せにする。
とりあえず今日は詩乃守を引き入れて目的は達成だ。
詩乃守は夕飯の時にさっと戻って来て何も喋らずさっと食べてさっと出ていってしまった。
今日はもう話しかけない方がよさそうだ。
その後順番で風呂に入り。
空き部屋に一人でいた詩乃守をアイラと真白が連れ出して、三人でアイラの部屋で寝ていた。
俺も寝ることにした。
三人と一緒に寝たかったが、自分の部屋で一人で。
明日も、頑張ろう。