すべてを救いたかったんだ   作:ソウブ

21 / 33
21話 戦い、その先

 

 

 夜。

 特に何をするでもなく、壁に背を預けて真白とお互いの身体を寄り掛からせていた。

 真白と共に、ここにいる事。存在している事。それに価値を感じる。

 準備は万端。

 後は英気を養うだけなのだから、こういうのもいいだろう。

 俺はもう、迷う事などないのだから。

  

「真白」

「なあに?」

「これからもよろしくな」

「急になに?」

 すぐ近くで苦笑する真白。

「お前は俺の、パートナーなんだからさ」

「うん……」

 気恥ずかしそうに、静かに返す女の子。

「信じるからな。何があっても、お前のこと」

「わたしも信じてるよ。カズくんなら、どんなことでも乗り越えて進んで行くんだって」

 俺達は、今お互いに信じている。

 だからってなんでも出来る訳でもないけれど。

 それでも、そうでないよりはずっといい。

 やってやれる気がしてくる。

 気力が、生き抜く為の活力が溢れてくる。

 だから、進もう、乗り越えよう。

 俺達は、生きる。

 アイラや詩乃守の分生きる――のは少し違う。

 俺が覚えているアイラや詩乃守を失わせない為に、生きて行く。

 これは、守る為の戦いだ。

 

 

 

 

 

 ドクンッ――――

 

 

 

 

 

 鼓動。

 振動。

 超動。

 

 感知する。

 罪科異別が、発動された。

 

 残る大罪者は、俺ともう一人のみ。

 魔獣使い。

 最後の大罪者。

 ついに、動き出したんだ。

 これが最後の戦いになるのだろうか。

 わからない。

 だけど、進もう。

 真白と共に、生き抜く為に。

 迷いはない。

 もう、抱く事はない。

 さあ。

 立ち上がろう。

 

「真白、来たぞ」

「――いよいよだね」

「ああ」

「いこう」

「ああ!」

 

 俺たちは、同時に立ち上がる。

 決意を固め、家から飛び出した。

 

 ――――――。

 ――――。

 ――。

 

 感知した方向へ走り、走り、走り続けた先。

 見えてきた光景。

 それは。

 

 地獄絵図だった。

 

 辺りに響き渡る悲鳴。

 崩壊する家屋。

 飛び、舞い散る血液。

 咆哮する魔獣の群れ。

 

 複数の魔獣が、人を一方的に襲い、蹂躙していた。

 

 必死で逃げる人を、また一人喰い殺している。

 そして別には、潰されて果実のように潰れる人。

 肉塊が、地面にこびり付く。

 淡々と、殺されていく人達。

 許してはおけない、所業。

 殺戮の意図を、理由を考えている暇もない。

 ただ、看過できる光景ではない。

 ならば、止める為に戦うのみ。

 

「『総ての救済を望む傲慢な愚者よ、殺戮し、終わりの理へと導け』」

 

 殺戮終理(さつりくついり)の魔眼、詠唱、起動。

 左目が翡翠色の光源と化し、右手に柄の底から刀身の先まで翡翠色の短剣が顕現、握られる。

 

『貫きを為す攻性の羽』(ティアティス)

 真白が純白の翼を展開し、鋭き羽を複数射出。

 

 瞬間。

 急激。

 魔獣の動きが、洗練され統率されたものに変化した。

 一斉に一般人を襲うのを止め、後方に退く。

 真白の放った鋭角な羽は避けられ、地面に突き刺さり消滅する。

 突きかかろうとした俺も、標的を見失って足を止める。

 

 異様な行動に、俺と真白は身構える。

 と。

 視界の奥。

 悠然と歩いてくる人影。

 神父服を着た男。

 そいつは。

 左眼を。

 深紅に輝かせていた。

 それは、罪科異別の魔眼の証。

 

「最後の、大罪者……っ!」

 魔獣使い本人が、とうとう姿を俺達の前に現した。

 

「これが最後か……貴様らは何の為に戦う?」

 ぶしつけに、神父服の男は問うてきた。

「救いたいからだ」

「守りたいからだよ」

 俺と真白は即答する。

「そうか……俺の望みは完全なる救済だ。超常の存在しない世界を、永劫の平和を手に入れたい。どんな方法を使ってもだ」

 誇示するように、そう宣言する魔獣使い。

 俺と似た願い。

 されど、相容れることはない。

 俺は、護りたい人に害をなす敵以外は殺さない。

 この男は、罪のない一般人をも殺す。

 故に、交わる事のない平行。

 俺は、その救済を認めない。

 人を殺して願いを叶えても、いい結果になどなるはずがないと思うから。

 

「お前の名前はなんだ」

 訊いた。相容れない、これから殺し合う敵の名前を。

 背負い、この胸に刻んでおく為に。

神埼進(かんざきすすむ)だ」

 神埼、進。

 覚えたぞ。

「俺は相沢和希だ」

「わたしは春風真白だよ」

 

 名乗り合った後、もう言葉は不要とばかりに、数秒の静寂。

 神埼と眼を合わせた。

【ロックオン】

 死の概念の楔が、カチリと填め込まれた。

 死へと続く前段階。

 後は、刃を突き立てるのみ。

 汗が頬を流れた。

 呼吸を乱さないように気を付ける。

 

 嵐の前の、間隙(かんげき)

 その戦意を燻らせる静けさ。

 それは。

 刹那の間に。

 終わりを告げる。

 

 俊敏な移動から、戦闘は開幕された。

 神埼の後方にいた魔獣の群れが、神埼の前へと寄り集まる。

 そして、体を密着、いや、合体と呼ぶべきか。

 何故なら、体を溶けさせ、膨脹し、融合していっているのだから。

 

『貫きを為す攻性の羽』(ティアティス)

 真白が羽の刃を放つ。

 されど、融合する魔獣は命中しても効いている様子はなく、蠢いている。

 俺は、その見た目と魔力のうねりに気圧されて、身構えたまま接近できなかった。

 接近できたとして、悪手になったかもしれないが。

 

 やがて蠢きは静止し。

 一瞬、黒き閃光が瞬いた。

 刹那の間、視界が光に包まれた後。

 三体の強力無比が、誕生する。

 

 数メートルはある巨躯の魔獣が、三体。

 一体は、禍々しく毒々しい色合いをした、大蛇(だいじゃ)

 一体は、破壊力の権化を思わせる筋骨隆々の巨人、二本角の邪鬼(じゃき)

 そして最後の一体は、羽のない黒き竜、魔竜。以前戦った怪物と同じ、最強の魔獣、その一角。

 

 咆哮。

 

 魔竜の闇から届くような咆哮。

 大蛇の精神を摩耗させる咆哮。

 邪鬼の上から叩き付ける咆哮。

 

 月夜に轟く咆哮の共鳴。

 膨大な量の魔力が、渦を巻き発散される。

 

 刹那。

 状況は。

 絶望的に。

 圧倒的に。

 どうしようもないほど(はや)く。

 

 激動した。

 

 まず、音が聞こえた。

 破砕音。

 地を踏み割る音だ。

 そして風切り音。

 高速で移動する音だ。

 

 魔竜が瞬時に、俺達を殺そうと肉薄する音だ。

 

 魔竜の掌が、それに付随する黒き爪が、速度を乗せ凶悪な質量と成って迫る。

 それは、容易く人を肉の塊へと変える一撃。

 身構えて準備して、それでも戦闘を積んだ俺達が避けれるか避けれないかの死の動作。

『護り為す白き羽』(ティアティス)

 俺達は全力で後方へと跳んだ。

 真白はその際に白き楯を前方に展開。

 楯は即座に割れ砕かれるが、ほんの僅かな時間を稼ぐ。

 これで、何とか避けられる範囲に脱出できた。

 前回の魔竜との戦いでの戦法を再現した形だ。

 

 されど。

 今回の敵は、魔竜だけではない。

 うねる大蛇、魔力の流動。

 その口腔から、濃紫色(のうししょく)の液体がこちらに向かって吐き出された。

 一目見ただけで、絶対に触れてはいけない類の液体だと理解する。

 理解はした。

 一瞬で、したのだ。

 だが、避けられない。

 今、魔竜の攻撃を避けたばかりなのだ。

 その瞬間の世界。

 次の動作をするまでのタイムラグ。

 行動の隙間。

 完全なる隙。

 そこを突かれたのだから。

 

 さらに、絶望は視える。

 邪鬼が、両腕を振り上げている。

 たとえ濃紫色の液体を回避できたとしても、後に凄まじい質量の剛腕が待っている。

 あの拳に直撃した瞬間、一つの形が赤を撒き散らしながら醜くひしゃげ潰れるだろう。

 

 いや。

 それだけでもなかった。

 

 強力無比の魔獣達の後ろ。

 どこから取り出したのか、神埼が両手で構えているモノ。

 鈍色の銃器――短機関銃。

 人を殺す為に作り出された、兵器。

 人外でもなければ避ける事など不可能な、殺人特化の速度の攻撃を可能とする物。

 それが今、こちらに深淵の穴の様な銃口を向けている。

 つまり。

 今までの全てを何とかしたとして、無数の鉛玉が牙を研ぎながら待機しているということ。

 

 完璧なる詰み。

 

 戦いは、始まって直ぐに最終局面を迎えた。

 圧倒的な力を持つ相手との戦いとは、一瞬で終わる。

 考える間も、駆け引きも、順番もない。

 技の応酬も、何もさせてもらえることはない。

 全てを蔑ろに、ぶち壊し蹂躙する。

 それが、強者の特権だった。

 それが、現実だった。

 

 俺は。

 俺は、こんなところで終われない。

 真白と共に、生き抜くと決断したんだ。

 だのに、なんだこの状況は。

 何の勝算も無しに、戦いに赴いた訳ではない。

 今まで生きて乗り越えてきた経験。

 何度も死線を潜り抜けてきた成長。

 戦闘技術も、勘も、理論だけでは到達できない経験のみが高めてくれるものを得てきたはずだ。

 その自負が、少なからずあった。

 けれど。

 甘かった。

 圧倒的な力の前には、戦略も戦術も技術も経験も、意味を成さない。

 ただただ、何も出来ず、潰される。

 

 あまりにも、呆気ない。

 こんなところで終わるのか。

 なにも救えず、守れず、(かす)の様に殺されて死んで。

 それで、終わるのか。

 俺の中の、アイラや詩乃守すら守れず、消えるのか。

 なんだよ。

 何の為に生きてきたんだ、俺は。

 俺の人生に、意味なんてない。

 こんなところで終わるようなら、塵以下の無でしかない。

 されど。

 この状況を打破できる力など、俺には無い。

 

 生き抜かなければならないのに。

 その為には力が必要だ。

 足りないんだ。

 敵を打倒する為の力が。

 もう、迷いは消えたというのに。

 力だけが、どうしようもなく足りない。

 精神力でどうにかなるものではない。

 されど、一朝一夕で都合よく手に入る物ではない。

 ましてやこの今の瞬間でなど。

 だからといって命を諦める訳にもいかない。

 結局、戦うしかない。

 だが今の戦況は詰んでいる。

 でも生きるには、どうにかしてこの場を切り抜ける他ないんだ。

 たとえそれが、望みの薄い――いや、望みが無い希望だとしても。

 

 

 ――――――――――――。

 ああ。

 でもな。

 やっぱり。

 

 完全な虚を突かれた一手を避ける術なんてないし。

 その死へと向かわせる攻撃に対抗する手段も、ないんだ。

 

 

 …………ごめ――――

 

 

『いいえ。和希さんたちは、殺させません』

 

 

 どこからか。

 聞こえた声。

 聴覚ではなく、内から響いたような。

 そんな感覚。

 だが。

 この声は。

 今まで何度も聞いた。

 もう聞く事の出来ないはずの声で。

 

 そんな、都合のよさがあるだろうか。

 思わず、笑いが込み上げそうになる。

 それは幻聴を聞いたと思っての自嘲か。

 本当に奇跡が起こったと確信しての歓喜か。

 どちらの笑いか、この瞬間では判らなかった。

   

『魂の橋渡し』(ソウルロード)、アイラ・アウロラランドの異別。

 魂。

 生命力。

 異別炉。

 感応。

 反応。

 混合。

 適応。

 覚醒。

 

 ――訂正。

 半覚醒。

 

『和希さん。見守ってます、寄り添ってます、ずっと、ずっと。だから、幸せにいてください』

 

 微笑みが、視えた気がした。

 

 意識が、走馬灯のようなトリップから帰還する。

「――ッ」

 

 翡翠一閃。

 

 短剣の走った軌跡上。

 翡翠色の斬撃、その爪痕が残る。

 元の軌跡が拡大された、楕円に近い神秘な色合いの歪み。

 

 空間が、断裂したのだ。

 

 楯の様に前に存在する翡翠の爪痕に、濃紫色の液体が命中する。

 液体は、何の効果も示さず消滅した。

 まるで、この世界自体から消える様に。

 

 既に開始されていた一斉攻撃。

 止まる事はない。

 

 邪鬼の両腕が、超質量の剛腕が間髪入れず振り下ろされる。

 翡翠の爪痕に触れた刹那、邪鬼の、何ものをも叩き潰す槌の如き拳は。

 跡形も無く消失した。

 

 神埼の放つ無数の弾丸。

 その軍団は翡翠色の亀裂に直撃した瞬間。

 吸い込まれる様に、(すべ)て無へと帰す。

 

 ――そうして。

 

 圧倒的なはずだった最初の一手の究極は。

 

 いとも容易く、総て、完全に消えた。

 

 俺や武器の外見上は、何かが変化した訳ではない。

 ただ、罪科異別の本来の力が、少し引き出されただけだ。

 アイラのおかげで。

 

 けれど、思ってしまう。

 

 こんな都合のいいものがあるのなら、もっと早く、持っていたかった。

 

 最初から在れば、俺は救えたかもしれない。

 取り零さずに、済んだかもしれない。

 最高の結末へと、辿り着けたかもしれない。

 

 ――――――――――――――――――――でもそれは。

 もしもの仮定でしかない。

 

 俺は今を生き抜くよ、アイラ。

 見守っていてくれ。

 君の言質(げんち)も、取ったからな。

 

 だから俺は、目の前の理不尽を、この君のくれた力で打倒してみせる。

 圧倒的な現実が襲い来るのなら、それ以上の理想で以って覆すまで。

 たとえ自分自身が、その理不尽になったとしても。

 

 翡翠の爪痕は神埼の攻撃が途切れた後、扉が閉じられるように綺麗に閉まった。

 能力の理解はまだ浅く、今の時点では隅から隅まで使いこなす事は出来ない。

 なぜ空間が断裂したのかも解らない。

 されど。

 今目の前の敵を倒すだけなら、それで十分だ。

 

「カズくん……」

「バカな…………」

 真白と神埼は、驚愕の表情でこちらを見ていた。

 けれど真白はすぐに顔を引き締め、首を振る。

「やろう。カズくん」

「ああ」

 

 神埼もすぐ立ち直り、戦闘者の目つきへと戻る。

 再度の対峙。

 数秒もなく、次の行動が始まる。

 

 魔竜、大蛇、両の拳を失った邪鬼。

 三体が、同時に動いた。

 真白へ向けて。

 

 神埼は、不利と悟ったのか分断に掛かってきたのだ。

 舌を巻く。

 神埼は、先の衝撃があるにも拘らず、冷静に最適な戦略を立ててきたのだ。

 一目見て、今の俺の力量を見破ったという事。

 普通に考えたら、今の俺の方を全力で叩き潰しに来るだろう。

 けれど、神埼はそうしなかった。

 最上レベルの魔獣"程度"、俺に仕向けても容易に斃され戦力を無為に失うだけだと理解したからだろう。

 だから真白を潰してから総力で攻める為に自分で時間を稼ぐか、または魔獣などより信用できる自分で戦うべきだと考えたのだろう。

 戦闘経験の長さが窺えた。

 

 真白へと、肉薄する魔獣達。

 真白の元へと走ろうとするが。

 連続的に続く銃声。

 神埼は、俺に向けて鉛玉の雨を撃ち出してきた。

 

 俺は、強い力を得たとはいえ身体能力が上がった訳ではない。

 出来る事にも、限度がある。

 ここで両方の対処は、不可能だ。

 

 短剣を縦に斬り落とす。

 翡翠の斬撃を銃弾の方へと残留させる。

 鉛玉はそれで対処できた。

 

 だが真白とは、完全に分断されてしまった。

 魔竜、大蛇、邪鬼の怒涛の連撃を真白は何度も下がって、時には能力で受け流し、避けていった事で、距離が随分離れてしまったのだ。

 

「これで、一対一だ」

 神埼が銃口を俺に向けながら、そう静かに言葉を発した。

 今から追いかけるのは、悪手だろう。

 ならば、奴の策に乗ってやる。

 あえて流され、その上で覆す。

 

 恐らく。

 神埼を斃せば魔獣は消滅する可能性がある。

 簡単な推測。

 あれらは、神埼の罪科異別で生み出されたモノなのだから。

 そうすれば、結果的に真白を手助けする形になる。

 もし違ったとしても、早々に倒して加勢すればいい。

 

 しかし。

 俺は予感がした。

 いや、確信ともいえる、信頼。

 真白は、あの強力無比の魔獣達を、一人で斃してしまうだろうと。

 

 真白とはパートナー。

 今まで共に戦ってきた、最高のパートナーだ。

 ならば俺は信じる。

 今まで生き抜いてきた力を。

 強大な敵を任せられる。それほどの存在だと。

 必ず勝つと、信じる。

 だから俺も。

 勝ってみせる。

 

「さあ、第二ラウンドといこうぜ」

 不敵に呟いてみせた。

 

 神埼の手には、いつの間にか一挺の銃。

 鉄色のマグナム。

 最強の拳銃、デザートイーグルだ。

 

 そうして。

 戦闘の開始を告げる合図のように。

 デザートイーグルの銃声が、響き渡った。

 

 

真白side

 

 

 ギリギリ、だった。

 最初から、ギリギリ。

 寸での所を、渡っている。 

 

 大蛇の濃紫色の液体が吐き出される。

 それを『護り為す白き羽』(ティアティス)を展開して防ぐ。

 

 魔竜の尾が横薙ぎに迫る。

 それを即座に地面に這い(つくば)って、間一髪避ける。

 

 邪鬼の轟脚による蹴撃(しゅうげき)が襲い来る。

 それを純白の翼に魔力を流して防御力を強化し、強い衝撃に耐えながら受け流す。

 

 それは、少しの判断ミスで死へと堕ちる攻防。

 張り詰めた集中力の行動。

 最適な動きへと連動。

 死力を尽くした限界の戦い。

 繰り広げる。

 

 もっとも。

 わたしは、防戦だけで手一杯だけれど。

 とはいっても、現在の防御重視の戦法だって、綱渡り。

 今まで死線を潜り抜けてきた経験と、続けてきた訓練の賜物だ。

 それでやっと、なんとかしのいでいる程度。

 それほどに敵は強大。

 いつまでも続けられるほどじゃない。

 僅かでも気を抜いてしまったら最後、骸へと変えられてしまう。

 

 カズくんが邪鬼を弱体化させてくれてなかったら、まずかったかも。

 それでも、まずいことに変わりはないけど。

 でも。

 だからといって。

 諦める訳にはいかない。

 弱気になってたら、集中力だって途切れてしまう。

 勝つために、生きて先に進むために、戦う。

 わたしは、こんなところで死んでしまうわけにはいかないのだから。

 

 紙一重の防戦は、続く。

 最後の一線を全力で守る戦い。

 攻には移れず、防の動きのみが洗練される。

 精一杯の崖っぷち。

 瀬戸際の正念場。

 

 魔竜の速度と技量。

 大蛇の遠距離範囲。

 邪鬼の力一点特化。

 

 そのどれも最上魔獣の能力を誇っており、容易に隙は見いだせない。

 けれど、護ってばかりでは、勝てない。

 

 どうしよう。

 

 あはは。

 思わず笑いが込み上げてきそうになる。

 ううん。

 もう心の中では、笑っちゃってる。

 わたし、もしかしたら怖いと笑えてきちゃうタイプかも。

 今まではどうだったかな。

 ここまでギリギリになったのは初めてだと思うから、わかんないや。

 というか。

 そんなことはどうでもいいの。

 えっと。

 ここから、どうしようかな。

 

 とにかく。

 カズくんと完全に分断されてしまったからには、カズくんを信じて、わたしは目の前の敵に集中した方がいいよね。

 つまり。

 

 つまり。

 そう。

 倒せばいいだけ。 

 

 魔竜は姿勢を落とし。

 魔力が逆巻き、筋肉の様な部分に流れ、行き渡る。

 魔の竜は、大地を粉砕せし脚力で、踏み込んだ。

 

 突進。

 結構、速い。

 いや。

 かなり速い。

 

 即決の行動。

 感覚の一瞬。

 純白の翼に、魔力を流し、浸透させる。

 硬化、強化。

 

 横に、力を振り絞って地面を蹴り、跳ぶ。

 既に魔竜は、目前。

 このままでは、直撃を受けて全身の骨を砕かれてしまうだろう。

 

 だから。

 翼で受け流す。

 硬化した翼を楯の様に使い、払い、流す。

 

 魔竜の肩辺りに翼が触れた瞬間。

 凄まじい衝撃が奔る。

 けれど、上手くいった。

 弾き飛ばされながらも、傷は何とかない。

 

 靴底を地面に擦らせながら、姿勢を整えて着地。

 されど。

 攻撃はそれだけではない。

 猛攻は続く。

 

 邪鬼が、わたしが弾き飛ばされ着地している間、その時間の中で。

 跳躍した。

 跳び上がった。

 それも、立ち並ぶ家々よりも、高く。

 どれほどの力があったら、あの巨体でそこまで跳べるのか。

 はかり知れない、脚力。

 正しく、あの魔獣は力の権化と()えた。

 

 両足を並べて伸ばし、こちらに向けて落下の勢いで迫る。

 ドロップキック。

 あの質量、巨体での、隕石の如きドロップキック。

 掠っただけで、わたしは戦えなくなってしまうだろう。

 命中したら、死体の原型も分からなくなるだろう。

 

『護り為す白き羽』(ティアティス)

 白き羽を、邪鬼の方向に向けて放ち、白き楯を展開。

 再度横に跳ぶ、ステップ、全力で。

 

 白き楯は、邪鬼の足裏に触れた刹那。

 ほとんど時間稼ぎにもならず、音を立てて割れ、霧散。

 そのまま大して速度を落とさず。

 超威力の塊が、飛来。

 

 先と同じ様に、命中の瞬間、翼で受け流す。

 なんとか、魔竜の時よりも叩き飛ばされながらも、邪鬼の攻撃は乗り切った。

 けれど。 

 態勢を完全に崩す。

「――あぁっ! ぅ……っ」

 コンクリートの地面に叩き付けられ、受け身もまともに取れずに転がる。

 

 ボロボロ。

 ゴミの様に吹き飛ばされ、満身創痍。

 それでも、続く攻撃は、止まってくれない。

 

 粘着質な液体音。

 濃紫色の液体が大蛇の口腔から飛び出た。

 

 咄嗟。

 異別炉から魔力を引き出す。

 翼に魔力を流して、殻に籠る様に翼で全身を覆い、護りを固める。

 

 液体を、避けることも出来ずに浴びる。

 魔力で強化したにも関わらず、液体はその猛威を振るう。

 硬化した翼すら、煙を上げながら溶かす。

 シュウシュウ、シュウシュウと。

 (いや)な臭いと音を立てながら、純白が溶け穢される。

 半ば推測できていた。

 でも今、確信。

 理解する。

 これは、毒液だ。

 

 そして。

 濃紫色の液体は、遂にわたしの生身へと到達した。

 横っ腹を、服ごと溶かされる。

「ん゛っっ!? っぐぅぅっ!! ――あ゛ああぁぁっ!!」

 いたい。

 想像を絶する体感に、神経を焼け焦がされる。

 皮膚が、その先の肉が、骨が、溶解していく。

 身体を溶かされる感覚なんて、初めてだ。

 気持ち悪い。

 

 最上級魔獣達は、今にも次の攻撃に移ろうとしている。

 右脇腹からの痛烈な痛み。

 かなりの怪我。

 動きの鈍り。

 そして。

 魔力の残量が、もう五割は切っている。

 絶対的な窮地。

 

 あー。

 これ。

 結構。

 うん。

 

 まずいかもしれない、なぁ。

 もう、限界、かな。

 引き攣った笑いの表情に、思わずなった。

 

 

side return

 

 

 デザートイーグルが咆哮する。

 銃口がこちらを向いた瞬間に、俺は既に翡翠の短剣を目の前の空間に斬り付けている。

 断裂された空間は、何ものをも通さない。

 マグナム弾は無へと消えた。

 

 続けて撃発されていくデザートイーグル。

 何発も、弾丸は視認不可な速度で飛来する。

 だが、それらは総て無へと還っていく。

 翡翠色の歪みが閉じる時を狙い放たれる弾丸。

 しかしそれは無意味。

 俺は、閉じる前にさらに一つ後ろの空間を斬り付け、断裂された無を生み出しているのだから。

 

 それを見てか。

 神埼は、動きを変えた。

 最上の拳銃、デザートイーグルが神埼の手から消失する。

 後。

 神埼の両手には、巨大な鉄の塊が抱えられていた。

 六本の銃身を持つ鈍色。

 ミニガン。

 いわゆるガトリング銃、機関銃と呼ばれる兵器である。

 普通なら、たった一人で扱える代物ではない。

 そんなものを神埼は一人で抱え。

 そして。

 運用する。

 

 俺はすぐさま翡翠色を一閃させた。

 連続的な射撃音が煩いほど響き渡る。

 六本の銃身が高速で回転し、銃口が火を噴き続ける。

 毎分何千発の鉛玉が発射され、荒れ狂う。

 神埼は射撃の反動で足が地に根を張っている。

 鬼神の如き表情での怒涛。

 掠っただけで、ただの人など瞬時に、意識も体も粉々に吹き飛ぶであろう暴流。

 

 されど。

 そんな制圧攻撃をされてなお。

 俺は無傷だ。 

 総ての鉛玉は断裂された空間へと何の変化もなく消えていく。 

 

 単なる楯ならば、それには耐久度が存在し、いつか壊れるものだっただろう。

 しかし断裂された空間は無だ。

 どのような攻撃を受けようと、ただただ、無へと変わるだけ。

 無には、耐久度などというものは存在しない。

 

 暴力的なミニガンの音が止む。

 一瞬後には、神埼の手からミニガンは消失していた。

 だがすぐ後、再度兵器がその手に現れる。

 

 鈍色は、変わらず。

 パイプの様な、円筒形。

 

 RPG。

 いわゆるロケットランチャー。

 

 そんなものまで、出せるのかよ。

 俺は自分を棚上げにして、その出鱈目さに目を見張った。

 

 瞬。

 神埼が、筒の暗い穴、砲口を向けてきた。

 俺はすぐさま目の前の空間に刃を走らせ断――

 神埼が、間髪入れずに横に跳躍。

 裂断された歪みの楯。

 その影響が及ばない直線が、俺と神埼の間に結ばれている。

 奴との空間を隔てるモノは何も、今この瞬間には存在していなかった。

 

 発射されるロケット弾。

 頭の中で警鐘が激しく叩き鳴らされる。

 今は、短剣を振り切った後だ。

 短剣を再度振る時間は、ない。

 命を分ける咄嗟。

 地を蹴りつけ、移動。

 裂断された空間を楯とできる位置に転がり込む。

 

 爆発音。

 コンクリートが爆砕、弾け飛ぶ。

 爆片爆炎爆風は、こちらに到達する前に無へと()る。

 何とか、回避に成功した。

 だが、余裕ではいられない。

 強力な力を手にしたとはいっても、神埼も弱くはないということだ。

 無駄と解っている場所に何度も攻撃を叩き込むほど馬鹿でもないということ。

 デザートイーグルやミニガンを正面からぶっ放してきたのも、油断を誘ってRPGという強力な兵器を、楯を避けて命中させるためだったのかもしれない。

 

 余裕だと考えていた訳でも、驕っていた訳でもないが。

 気を引き締めなければ。

 

 神埼が動く。

 俺はその動きを、注視する。

 奴の手からは、既にRPGは消えていた。

 変わりに、サブマシンガンが両手に一挺ずつ握られている。

 

 引き金が絞られた。

 銃弾の豪雨が飛び掛かってくる。 

 自由自在の熟練した、片手でのサブマシンガンの扱い。

 ミニガンを一人で扱ったのだ、このぐらいの芸当わけないのであろう。

 そして。

 神埼は、横に動き回る。

 先の時と同じ原理の戦法。

 いくら無敵の楯とはいえ、全身くまなくをフォローできるわけではないのだから。

 その弱点を突いた、理に適う戦術。

 

 けれど俺も、翻弄されてばかりはいられない。

 銃口を注視しながら、翡翠色の軌跡を紡いでいく。

 どの方向からの銃撃にも対応できるよう、身構え集中し、引き金が引き絞られる瞬間から空間を断裂裂断。

 

 何度も。

 幾度も。

 神埼の銃撃と俺の斬撃は放たれる。

 集中を切らさず、僅かな隙も見逃さず、命を摘み取る探り合いを続ける。

 

 神埼は、既にサブマシンガンの容量を優に超える弾数を撃っている。

 しかしリロードをする様子はない。

 ただ銃器を使っているという訳ではないということだろう。

 

 俺は先から、攻勢に一切出ていない。

 このまま神埼の銃撃を耐えているだけでは勝利はやって来ない。

 それは分かっているが、慎重にならざるを得ないのだ。

 近づけば、その分弾丸が俺に到達する時間が短くなる。

 つまり、空間を斬り付け断裂させるという行動に割ける時間も短縮されていく。

 これ以上接近したら、鉛玉に被弾する可能性が非常に高い。

 だから、迂闊に接近できない。

 

 翡翠の一閃と鉄火の撃発の応酬。 

 何回も殺すために引き金が引かれ、死なないために翡翠が斬撃を残す。

 隙を突き、勝利に就くために、相手の動きに気を巡らせながらお互い常に移動する。

 フェイントを混ぜ、緩急をつけ、紙一重の騙し合いを続ける。

 極限状態の、一秒未満さえミスの許されない戦場。

 死へと落ちるか、生へと挙がるかの線上。

 

 何度、幾度、幾回。

 攻防が、繰り返された。

 無限に続いて行くかと錯覚する戦い。

 

 ――――だが。

 その戦闘に。

 均衡状態だった場に。

 変化が、訪れる。

 

 異別を、何度も行使しているのだ。 

 この場では絶え間なく超常が顕現されている。

 つまり。

 魔力が、徐々に、確実に、減っていく。

 異別炉から生成される魔力が、枯渇していく。

 そう。

 お互いに。

 

 顕著な変化は、二つだった。

 神埼の手から銃が消え。

 俺の剣は空間の断裂が不可に。

 お互い一の武器が、無くなったのだ。

 

 刹那。

 一時。

 俺と神埼の、現状を認識する間が支配する。

 この先、どうするか。

 思考の逡巡。

 

 ――――――――――。

 

 戦いは、まだ続いていく。

 

 

真白side

 

 

 極限状態。

 絶望状況。

 このまま戦うのは、限界。

 今のままでは、勝てる見込みはゼロ。

  

 次の魔獣の攻撃を、一度なら何とか対処は出来るかもしれない。

 けれど、連続では無理かもしれない。

 いや。

 かもしれないではなく、無理だと断言。

 そんな状況に、今、立たされている。

 このままでは。

 "今"のわたしでは、ここからの勝利なんて奇跡でも起きない限りきっと不可能。

 

 ――――。

 …………。

 刹那の間の、逡巡。

 思考の巡り。

 決断のための、準備時間。

 

 ――。

 もう、あれを使うしかないかな。

 リスクは多大。

 されどこのままではどちらにしろ敗北は必至。

 ならば。

 だったら。

 

 やはりどうしたって、やるしかない。

  

 必要なのは、強固な覚悟、決断。

 どんな手を使ってでも、勝利を掴み取るという意思。

 自分の一部を失うかもしれない恐怖を乗り切る勇気。

 この先を考えない愚直さ。

 でも。

 多分。

 きっと。

 大丈夫なはず。

 

 しばらくだけ、永遠じゃない。

 たった数か月くらいだと思う。

 

 わたしが、天使術を使えない無力なただの人に成り下がるのは、たったの数か月くらいだ。

 

 能力を使用できないその間に、戦わなければいけないときが来るかもしれないという懸念はあるけれど。

 今までも、大罪戦争の最中だったから一度もこの手は使えなかった。

 一度の完全勝利を得ても、次に戦えなかったら意味が無かったから。

 でも、今は。

 そんなことを言ってる場合じゃない。

 出し惜しみして死んでしまっても、意味が無いのだから。

 

 ――――もしかしたら。

 一生能力を失う可能性も、あるけれど。

 この方法で天使術を使えなくなった天使も、実際にいるけれど。

 それでも。

 たとえそうなったとしても。

 今死んでしまうよりは、きっといいはずだから。

 

 だから、わたしは、やる。

 

 決意を新たに。

 決断をして。

 刹那の思考から、戻る。

 現実の、現状へと。

 

 視界に広がる光景。

 毒液を吐き出した後の体勢から、そのまま動き出す大蛇。

 疾走。

 地を這い。

 突撃。

 串刺しにするべく巨悪の牙を剥き出し、迫り来る。

 

 背に生える純白の翼。

 わたしはそれを、無理矢理移動させる。

 自身の両腕に。 

 性質変化。 

 

 天使という存在に置いて、顕現させた翼は、能力の核のようなもの。

 わたしが今やっていることは、例えるならば、心臓を武器に変化させることと同じ。

 どれほどリスクが多大かは、言葉にするまでもないだろう。

 

 白く白く白く。

 強く強く強く。

 純白の剣状に、翼は変幻する。

 魔力の性質は、攻性へと。

 異別炉から魔力を掬い上げ救い上げ。

 膨大放出。

 残存する魔力は(すべ)て、この(つるぎ)へと。

 ありったけを乗せる。

 

 目の前は、牙、牙、牙。

 大蛇の口腔が視界一杯に広がる。

 瞬間の光景。

 直ぐ後には、喰らいつかれ命が潰える。

 けれどわたしは。

 抗ってみせる。

 

 右手を、振り抜く。

 

『白翼の聖魂剣』(ティアエル)

 

 純白一閃。

 

 ティアエル。

 天使の、諸刃の剣。

 最大の、最後の切り札。

 魔力総てを乗せた、全霊の一撃。

 それは、核の一部と言える翼を代償に、最強の聖剣と成る。

 蝋燭が消える刹那の強い光のような、天使の輝き。

 純白の聖剣。

 先を顧みない、今、この瞬間の理不尽を打倒するためだけの、聖なる剣。

 

 一直線に肉薄していた大蛇には、それを避ける術などない。

 大蛇は。

 あっさり。

 あっけなく。

 当然のように。

 口腔から真っ二つになり。

 直ぐ後には蒸発するように霧散した。

 幾ら最上レベルの魔獣といえど、膨大な量の魔力を固めた全霊の一撃の前には、死を免れ得ない。

 

 続いて魔竜と邪鬼が、同時に迫る。

 今まではお互いの攻撃の邪魔にならないようにするための動きをしていたが、一早く脅威を排除しようとするような形振り構わない突撃。

 右腕の剣は放った後に消失した。

 残るは左腕の聖なる剣のみ。

 後、一発だけ。

 この一発で、二体を同時に斃さなければならない。

 二体が射程の範囲内に入るのを、見極める。

 敵を殺さんと疾駆猛突する二体の最上魔獣。

 

 まだ。

 もうすぐ。

 ――――。

 ここ。

 

 左腕を薙ぎ払う。

『白翼の聖魂剣』(ティアエル)

 白の残光が走る。

 純白の聖なる光剣は総てを一刀の下に伏す。

 邪鬼の強靭な肉体に、一筋の線が入る。

 光が、白く白く、拡散。

 存在を切り裂く光。

 広がる。

 邪鬼は、抗することが、出来ない。

 完全な、内からの光。

 強靭な肉体も、豪脚剛腕も、効果を発揮することはない。

 刹那。

 邪鬼は、消滅した。

 

 魔竜は。

 直前で、後ろに跳んでいた。

 最初から、避けるつもりでしかありえない動き。

 この状況において、魔竜は一手上をいった。

 聖剣は、魔竜に届かなかった。

 外した。

 斬撃は魔竜の鼻先で、掠ることも出来なかった。

 絶体絶命。

 

 左腕の光も、消失。

 聖なる剣は、もうない。

 翼は、堕ちた。

 魔力は、既に枯渇。

 詰み。

 終わり。

 負け。

 殺される。

 死ぬ。

 ここまで。

 これだけやって、命を賭しても。

 強大な敵には、かなわない。

 あと一歩、足りなかった。

 わたしは、ここで――

 

 ――そんなわけない。

 わたしは、こんなところで負けられない。

 剣がなくなったなんて、だれが決めたの。

 まだ戦える。

 何か方法があるはず。

 あと魔竜一体だけなんだ。

 あの一体を斃すだけでいい。

 魔竜を打ち負かす方法は。

 なにか。

 なんでもいい。

 なんだってする。

 今は。

 あの敵を斃す為だけに。

 すべてを。

 わたしの全てを賭ける。

 

 魔力はない。

 翼もない。

 だから敵を倒せる剣も、ない。

 なら何があるの?

 わたしの身一つ。

 それだけ?

 他には。

 魔力がゼロになった、異別炉。

 天使術の、天使としての、生物としての、核。

 翼は核の一部。

 けれど、異別炉は本当の核。

 

 これしか、ないのかな。

 ないんだろうね。

 魔竜は目の前。

 後、一秒もなくその爪で以って引き裂かれる。

 ならば。

 結局。

 やるしかない。

 今は、それだけ考える。

 

 自身の異別炉を、破壊する。

 ――――っ。

 数秒後くらいには、気絶すると思う。

 その後目が覚めるかは、わからない。

 けれど、今は。

 異別炉そのものを、エネルギーにする。

 魔力とは違う、されど魔力と似た性質。

 右腕に、集約させる。

 純白の、聖なる剣へと。

 

 これが、最後の一撃。

 右腕を振り下ろす。

『白翼の聖魂剣』(ティアエル)!!!!」

 世界が縦に、白色で割断(かつだん)された。

 絶対的な斬撃が、前方を縦に蹂躙する。

 一線上は、白く白く、何処(どこ)までも。

 遠く遠く、光は届く。

 正しくそれは、聖なる剣だった。

 

 魔竜が伸ばしていた腕は切り飛ばされ。

 その黒き体は、縦に二つに別たれ。

 一瞬の内に。

 消え去った。

 

 ――――静寂。

 最上の魔獣達は倒され、この世に何も一片も残さず消滅した。

 たった一人の天使、その全霊によって。

 

「はぁ……はぁ……」

 膝を突き、荒い息を吐く。

 痛み、苦しみ。

 なくなっていく感覚が、止まらない。

「カズくん…………」

 わたしは。

 生きて一緒にいるって。

 ごめんなさい。

 わたし。

「――――――――――――――」

 暗闇へ。

 意識が、一瞬で閉ざされた。

 

 

side return

 

 

 神埼が、一本のバスタードソードを生成。

 銃器は、生成されない。

 もうその分の魔力がないのだろう。

 俺も、空間を断裂させる力を使える魔力は、残っていない。

 頼れるのは、右手に持つこの短剣一本のみ。

 翡翠色を握り込み、踏み込む。

 同時に、神埼も踏み込んだ。

 

 接近、肉薄。

 翡翠と鉄色が、振られる。

 翡翠は力で劣り、受け流すため。

 鉄色は力で勝り、押し殺すため。

 剣と剣が触れ合う甲高い音。

 お互いの腕に衝撃が奔る。

 間髪入れず斬り返される翡翠と鉄色。

 再度甲高い音。

 受け流し、受け流され。

 一度目と同じ流れ。

 されど体力は確実に使われる。

 剣戟は、続けられる。

 体力が続くまで、どこまでも。

 翡翠が何度も奔り。

 鉄色が幾度も走る。

 剣同士の衝突が、繰り返される。

 速度は短剣のこちらが上。

 力はバスタードソードの神埼が上。

 お互いの利点を生かし、敵を斃すべく剣を振るう。

 

 俺は、以前鍛錬で鍛えていた動きを、無意識に取り入れていた。

 神埼が俺の速度に慣れてきた頃。

 一度衝突し受け流した後。

 直ぐ様片手で、素早く、流麗に、刹那の間に、短剣を逆手に持ち直す。

 斬り返される逆手の翡翠。

 短剣の刃の位置が変動したことで、到達する速度が変わる。

 今までの動きに慣れていた神埼は、タイミングを狂わされる。

 剣を扱っても間に合わないと判断したのか神埼は、後ろに跳んだ。

 服を切り裂き、鮮血が少量舞う。

 だが、大した傷ではない軽傷。

 ほんの少し、距離が空いた。

 

「俺は救済するんだ」

「俺はすべてを救うんだ」

 お互い無意識に、言葉が漏れていた。

 そんなことを俺たちは口にしながらも、殺し合っている矛盾。

 愚かな救済者達。

 されど想いは強く、どこまでも一直線。

 止まることはない。

 譲る気はなく、迷いはなく、進むことしか考えていない。

 故に、剣を手に。

 目の前の敵を打倒すべく、前に進む。

 

 一足、踏み込み。

 交差。

 金属音。

 連続。

 痺れ。

 集中、揺らさず。

 一つの意思、二つの合致。

 風を斬り、風を流し。

 闘争心を、手繰り続ける。

 眼光は、前へ、前へ。

 圧殺刺殺斬殺せんと振るわれる刃。

 順手逆手、順手逆手、相手を狂わせる速度の手捌き。

 受け流し、タイミングを計り、対応し、感覚を、間隔を、死と生の感に委ねる。

 咄嗟。

 刃の閃き。

 打ち合う、撃ち合う、討ち合う。

 舞った鮮血はどちらのものか。

 意識の外へ。

 朱は、跳ぶ。

 消耗、戦闘の力。

 お互い。

 されど停まらず、留まらず。

 戦の意思は莫大。

 一手、二の太刀、三の斬。

 流し、痺れ、震え合う。

 無心に、剣、剣、剣。

 手足と成り、動き、扱い、揮う。

  

 いつ終わるとも知れない剣戟。

 終わりなど考えは無。

 どこまでもどこまでも、永劫に戦う意思。

 目の前の敵が、倒れるまで。

 

 順手の斬り、逆手の刺突。

 重量剣の押し、鉄色の風切り。

 翡翠、鉄色、線の重なり。

 弾き、反動、威力乗せ。

 刃の閃光、瞬の躱し。

 振り薙ぎ、一の回避。

 振り下ろし、受け流し。

 

 続く、継続、永らえる、戦闘。

  

 敵のバスタードソードに注意を集束。

 その鉄色と、刃を交わす。

 集中が集中。

 ――。

 刹那。

 意識の死角。

 間隙、

 敵が剣を持たない左手。

 

 そこにもう一本の鉄色が、握られる。

 

 奴はまだ、武器の生成が可能だったのだ。

 集中を寄せさせ、最後の一手で決める。

 そういう、戦術。

 俺は、それに綺麗に嵌まった。

 

 迫る刃。

 鉄色の煌めき。

 回避は不可。

 反撃も無理。

 

 俺は――――

 終われない。

 生き抜かなければならない。

 決めたのだ、決断した。

 だから、死ぬわけにはいかないんだ。

 

 けれど、避ける術はない。

 意表を突いたこの一撃は、対処の外だ。

 死ぬ。

 道が途絶える。

 それ以外に、残された未来はない。

 

 ――普通なら。

 残酷な現実なら、ここで終わり。

 呆気なく殺され、一人の命が潰えるだけ。

 神埼は勝利を手に、信念を全うするだろう。

 幸福か不幸か、正解か間違っているか、関係なく。

 ただただ、進んで行くのだろう。

 

 ――――されど。

 

『そろそろ、異別が完全に浸透しますよ』

 

 俺は、理想の体現者(すべてを救う者)だ。

 

 浸透。

 定着。

 罪科異別、殺戮終理(さつりくついり)の魔眼。

 奥の奥。

 能力、掬い、救い。

 覚醒。

 

 

 ――――無の殺戮(タナトス・ゼロ)――――

 

 

 翡翠色に、両眼が輝く。

 柄も、鍔も、刀身も、全てが翡翠色の短剣。

 もう一本が、左手に握られた。

 

 二刀の翡翠。

 交差させる。

 左の翡翠を、迫るバスタードソードの線上に、翳す。

 短剣の刀身。

 バスタードソードの刀身がそれに触れた、瞬間。

 

 ――殺戮せよ――

 

 鉄色は、無残に、粉々に砕け、一刻の間に消滅。

 

 無の殺戮(タナトス・ゼロ)

 それは、総てを殺す力。

 どんな物象現象だろうと、あらゆるものを殺すことが出来る力。

 如何(いか)なる対象でも殺す為に、短剣での物質への干渉不干渉を選択可能。

 殺して救う。救う為の殺す力。

 

 先の空間断裂は、この力の一端に過ぎない。

 空間を、一時的に殺していただけなのだから。

 

 この反則で、俺はお前をぶっ潰す。

 

 驚愕と共に、それでも全力で振り下ろされるバスタードソード。

 右手の翡翠を揮う。

 

 ――殺戮せよ――

 

 鉄色は死を与えられ、消滅。

 

 もう。

 これで。

 

 翡翠色の刃。

 無手になった神埼。

 その胸に。

 突き立てた。

 

 ――殺戮せよ――

 

 終わりだ。

 

 神埼の、"数時間分の意識"。

 それを『殺した』。

 

 さらに。

 続けて翡翠をもう一閃。

 

 ――殺戮せよ――

 

 神埼の、"人を殺す意思"を『殺した』。

 

 神埼は倒れ行き。

 俺は、この戦いに勝利した。

 

 ――――。

 ――。

 

 戦いの終わり。

 神埼は、意識を失い倒れたまま。

 

 人を殺す意思を、神埼から殺した。

 もう、人を殺すことはないだろう。

 これが、良いことなのかは、分からない。

 人の意思を、無理矢理捻じ曲げる。

 誰かにとっては、悪なのだろう。

 それでも、俺は、誰かが死ななくて済むのなら。

 そうすることを、躊躇わない。

 俺は、すべてを救う者だ。

 歪で、中途半端でも、救うんだ。

 大切な人を必ず守り、救えるときは人を救う。

 それだけの、ただの凡人ヒーローだ。

 独善的な、偽善者の、すべてを救う者だ。

 俺はいい結末(未来)を手に入れたい。

 それだけなのだから。

 

「真白、勝ったぞ……」

 呟きながら振り返り、分断された真白のいるであろう場所に向かう。

 少し進んだ先。

 視界に入る。

 倒れている真白の姿。

 ――。

 

「真白!」

 足が(もつ)れながらも、走り寄った。

 抱き起こし、かかえる。

 

「真白、おい、大丈夫か!?」

 瞼は、閉じたまま。

 息は――

 自分の耳を真白の鼻に近づける。

 空気が何も、当たってこない。

 呼吸音も、聞こえない。

「おい……おい、おい、おい……!」

 胸に耳を当てる。

 心臓の音は、聞こえない。

 胸は上下していない。

「待てよ。待て。待ってくれよ」

 せっかく。

 せっかく、勝ったのに。

 俺は、生き残ったのに。

 君がいないと、駄目じゃないか。

 とても優しくて大切な、白い女の子は。

 動かない。

 

「真白、こんなのってねえよ。一緒に生き抜くって、絶対に、生きていなくてはいけないって言ったじゃねえかよ」

 抱きしめる。

 まだ、僅かに残るぬくもり。

 それを逃がさぬよう、強く抱きしめる。

 

「くそっ……クソ、クソ、クソ、クソォッッ!!」

 なんで、失うばかりなんだ。

 もう誰も、いないじゃないか。

 一体どれだけ奪えば気が済むんだ。

 

 真白、アイラ、詩乃守、蕪木。

 俺は誰一人、守れていない。

 すべてを救う者、だというのに。

 たとえ偽りのそれでも、救いたいという思いは本当なんだ。

 迷いは、もうないんだ。

 やることは変わらない。

 しかし救えない。

 俺に力が無かったからだ。

 強い力を得るのが、あまりにも遅かったんだ。

 今の俺なら、片っ端から全員、救えるというのに。

 

「――――――――――!!!!」

 声にならない叫びをあげた。

 慟哭(どうこく)だった。

 悲しみを、吐き出す為に。

 理不尽に、抗議するように。

 長い長い、叫喚。

 何も出ない、枯れた涙と共に。

 しばらく、崩れた夜の道に響き渡った。

 

 ………………。

 …………。

 ……。

 

 ――――――――――――――――――――。

 静寂が、続き。

 思考が、戻ってくる。

 

 大切な人は、もういない。

 生きるのなんて辛い。

 でも。

 けれど。

 俺は、生きて行かなくてはならない。

 俺の中の皆を、失わない為にも。

 アイラへの想いも、真白への想いも全部抱えて。

 これからも、歩いて行かなければならない。

 この優しくなく、理不尽な世界を。

 

 確かに辛い。

 けどさ。

 俺が覚えてる、アイラと真白の姿。

 守りたいのも、本当だから。

 今、何よりも喪いたくないものだから。

 だから。

 生きて、往こう。

 二人とも。生きるよ、俺。

 最後まで。

 

 ………………なんて、簡単に割り切れる訳が無い。

 ははは。

 どうしようもない笑い。悲しみの笑い。乾いた笑い。枯れた笑い。

 自分の心の中で響く。

 悲しみは、終わらない。

 …………。

 ……。

 

 

 

 

 

 

 

 と。

 足音。

 唐突に現れ。

 立ち止まる。

 俺は、その方向に向かって顔を上げた。

 

「津、吉……?」

 俺の目の前には、友である剛坂津吉(ごうざかつよし)がいた。

 ――なぜか今まで、記憶から消えていた。

 消えていた?

 忘れていた、ではなく、消えていた。

 どういうことだ。

 

 まあ、いい。 

 津吉には、あの時偉そうなことを言った。

 俺に出来ないわけがないと。

 身の程知らずにもほどがある。

 俺は、何も出来なかったのだから。

 あわせる顔もない。

 俺は友の顔を見られなかった。

 

「和希」

 津吉は一度だけ、悲しそうな瞳で真白を見た後、俺に向き直り言葉を発した。

「大罪戦争で生き残った者が望みが叶う、なんて言われているが、それは嘘っぱちだ」

 脈絡が無いように思える話を、津吉は唐突に喋り出す。

 

 最後の一人は、望みが叶う。

 そんな話も、あったか。

 他の大罪者を全員殺せばどんな望みも殺した者の魂を代償に叶える。真白は、そう言っていたっけ。

 止めることばかり考えていたせいで、失念していた。

 その一人に、俺がなったということか。

 本当に叶える事が出来ていたら、俺はみんなの蘇生を望む。

 津吉の(げん)通りなら、嘘らしいが。

 

 ――。

 待て。

 今、少し冷静になってみたが。

 なぜ、津吉はここに現れたのだろう。

 そんなことをわざわざ伝えるため?

 そんな訳がないだろう。意味がない。

 それよりも、なぜ知っている?

 以前意味深なことを言っていたが、それと関係が?

 大罪戦争のことを知っている風なことを言っていた。今、口にもした。

 なら、この目の前の友人は、いったいなんだ?

 

「おっと和希。疑うのは解るがそんな目を向けないでくれ。俺は敵じゃない。今から説明する」

「……そうか」

 なら、聴くまでだ。

 

「まず、最初に。俺はやり直す異別。時を戻す力を持っている」

「……は?」

 突拍子もない話に、思わずそんな言葉が漏れた。

「正確に言うなら『物語を破綻させる異別』だけどな。現在やれてることで簡単に説明するなら時を戻す力ってことさ」

「なにを、言ってるんだ……?」

「だがそれには色々と制約があってな。思ったほど万能じゃない」

 津吉は構わず続ける。

 俺も、黙って聴くことにした。

「その制約ってのがな、一つは、俺自身はやり直したい物事、つまり『決定付けられた物語』に干渉できない。今の場合は『大罪戦争』という悲しい運命が決定付けられた物語だ。二つ目は、それに関係ある話を誰かにできない。そして抽象的でも話してしまったら、しばらく話した対象の記憶から俺が消える」

 

 …………。

 頭を、全開で働かせた。

 突然の現状に、ついて行けるように。

 

「つまり、俺が今さっきお前に会うまで、お前を忘れていたのは、それが原因だと?」

「そういうことだ」

 あの時、俺に意味深なことを喋ったのがトリガーになってしまったということか。

 本当に、ただ意味深なだけだったにも拘らずそうなるということは、よほど扱いづらい能力なのだろう。

 その制約だと、過去を――物語を変えるのは容易ではないはずだ。

 

「そして俺は、いい結末が欲しい。友達が、大切な人たちがみんな生きている結末だ。だから何度も、やり直してきた」

 そこには、強い意思を持った俺の友人、剛坂津吉がいた。

 少しでも疑ったことが、馬鹿らしくなるほど。

 簡単に信じられるような話でもないが、突拍子のなさで言えば今さらなうえ、俺自身空間を断裂させたりなんて芸当をしている。

 そして津吉は、こんなくだらない嘘をこんな状況で言うやつではない。

 ならば、信じていいのだろう。

 

「なあ、和希」

「なんだ」

 

「何もかも、ぶち壊しにしてやりたいと思わないか?」

 

 イタズラ小僧のような笑みで、自信と不敵を湛えた声音で、津吉は言った。

「お前はこんな結末で満足か? 俺は嫌だ。みんな生きて、幸せな結末がいい。そして、またみんなで遊びたい。馬鹿騒ぎがしたい。『大罪戦争』という悲しき物語と決定付けられたこの事象を、俺はぶち壊したい」

 純粋な、一人の人間としての願いを津吉は口にする。

 俺は。

「ああ、俺だって、そんなことが可能なら、そっちの方がいいさ」

 いいに決まってる。

 だって、みんながいるんだ。

 当たり前だろ。

 一人でも生きて行くとは言ってもさ。

 想いを抱えて歩く決意を固めてもさ。

 やっぱり、取り戻せるのなら、取り戻したいに決まってるじゃないか。

 大切な人には、そこにいてほしいじゃないか。

 俺は、アイラと真白と共にありたい。

 守れなかった詩乃守や蕪木にも生きていてほしい。

 可能なら、それが最高に決まっている。

 

「そこでだ。話がある。俺がここまで話したのも、このための前段階だ」

「ああ、聴かせろ」

 俺は真白の身体を抱きしめながら、聴くことに集中する。

 

「まずぶち壊してやりたいこの『大罪戦争』だが、一度決定付けられた物語を破綻させるのは簡単じゃない。これまで何度も失敗してきた。だが、今回の大罪戦争は、今までと大きく違うところがあった。それは、和希が生き残った。ということだ。お前今までで、何回も呆気なく死んでるからな。今回はすげえよ。ほんとに」

 俺は何度も死んでいる。

 確かに、言われてみれば危ういところが何度もあった。

 死んでもおかしくない場面が、多かった。

 それを今回は、切り抜けられたということか。

 

「和希が生き残って、俺の望みに一歩近づいた。初めて生き残ってほしい人が全滅せずに済んだ。そうすると俺の異別は、もっとできることが増える。その方法が、今打てる最大の一手だ。というかこれしかない、一度だけの最大可能性だ」

 一息。

「俺がこういう事情を伝えたら、もう俺の異別は効力を失う。最後の一回を残してな」

「最後の、一回……」

「その最後の一回は、和希の記憶と経験、異別をそのままに、やり直せるんだ」

「ははっ」

 なんだか。

 笑えてきた。

「そして、最後だから、こんなプレゼントもできる」

 パチン、と、津吉が指を鳴らした。

 すると、何かを得られたような感覚。

 自分のものに、一瞬で成った一つ。

 

 『多重機動』(デュアルシフト)

 

「前の、つまり今のこの世界の自分と、身体能力をかけることで超人的な速さ、動き、身体強度になる、なんて優れものさ」

「ははははっ」

 笑った。

 笑うしかなかった。

「ありがたいよ」

 心から。

「さて。だから、今度こそ頼むぜ。ヒーローさんよ」

「ああ、わかってる。俺はすべてを救うものだ」

 チートだ。

 チート過ぎる。

 大笑(たいしょう)する。

 だけど。

 チート上等だ。

 みんなを救えるのならば、なんでもいい。

 

「最後だからな。必ずみんなを救ってくれよ、和希。このくそったれな物語をぶち壊してやってくれ」

 俺は、今度こそ。

 自信と強さを持って、この言葉を口にした。

 

「俺にできないわけがない」

 

 津吉は笑った。

 それはもう、楽しそうに。

 

 真白の、まるで寝ているだけみたいな顔を見る。

 絶対に、今度こそ。

 守るから。

 死なせたりなんて、しないからな。

 大切なものを守るように、強く抱きしめた。

 

「手を出してくれ」

「ああ」

 右手を出すと掴まれた。

 固い堅い、託すような握手。

 

「頑張れよ、親友」

 津吉の、その言葉と共に。

 握手した手の間から、光が溢れる。

 世界を包むかのように、大きく大きく、広がった。

 

 ――――気が付くと。

 

 目の前に、黄金色の髪色をした、藍色の瞳を持つ女の子。

 

 失ってはいけなかった、喪いたくなかった、失ってしまった、大切な人。

 

 アイラが、いた。

 

 ――俺は。

 

 戻ってきた。

 

 

 




 神崎進、罪科は強欲。
 強欲の罪科異別は『異別創生(いべつそうせい)の魔眼』
 瞳が赤色に輝く。
 魔力を使用し、禍々しい破壊の権化の生物を生成する。巨大なドラゴンなどの生成だと魔力を多く使い。大型犬や虫などの方が魔力の減りが抑えられる。
 罪科異別とは別に自身の異別を持っている。異別は武器の生成。剣よりも銃類を生成する方が魔力を使う。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。