すべてを救いたかったんだ   作:ソウブ

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18話 なんてことのない一目惚れ

 

 

 玄関を開け家に入ると、アイラがリビングから顔を出した。

「おかえりなさい」

「ただいま」

 リビングに入り、ソファーに身を沈めると、アイラの第一声。

「もしかして、戦ってきたんですか……?」

「……! よく、分かったな……」

 察しがよくて驚いてしまい、身体が硬直した。

「判りますよ。昔から和希さんを見てきてますから」

 まじか。

 これが、妹の観察眼なのか。

「怪我はないですか? 真白さんも無事ですか?」

「怪我はない。真白も無事だ」

「大丈夫、なんですよね……?」

「ああ」

 アイラはやはり、心配そうだ。

「紅茶、淹れましょうか?」

「……ああ、頼む」

 アイラは立ち上がり、紅茶の準備を始める。

 俺はその姿を、何とはなしに眺めた。

 水色のワンピース、黄金の髪を揺らす少女。

 女の子らし過ぎる妹の可愛い姿。

 アイラのその姿を見ていると、なんだか。

 なんだか。

 押さえつけているものが、溢れそうな。

 そんな、感覚。

 

 紅茶が、テーブルに置かれた。

 アイラが対面のソファーに座る。

 俺は立ち上がった。

「? 飲まないんですか?」

 アイラが不思議そうに首を傾げる。

 俺はテーブルを回り込んでアイラに近づいた。

「きゃっ!? 和希さん……!?」

 アイラを押し倒した。

 妹は顔を真っ赤に染めて、あわあわと口をパクパクさせている。

 

 こんなことをしてしまったが、別に俺は、おかしくなった訳ではない。

 性欲に支配された訳でもない。 

 ただ。

 俺は。

 

 抱きついた。

 ぎゅうっと、アイラの背に手を回して、小さな胸に顔を埋めて。

 幼子が母親に縋るように。

 抱きしめるのではなく、抱きついた。

 そう、俺は。

 ただ縋りたかっただけなんだ。

 多分。

 

「和希さん…………」

 アイラは、頭を撫でてくれた。

 自然と口が開く。

「なあ、アイラ」

「はい」

「俺って、すべてを救う者だろ」

「昔から、そう言ってましたね」

 アイラは、穏やかな声音で撫で続けてくれる。

「でもさ、最近わからなくなってきたんだ」

 アイラは静かに聴いてくれる。

「もちろん、やりたいからやめるつもりはない。誰かが理不尽に死ぬのは気に入らないからな」

 すぐ近くで、甘くとてもいい匂いがする。

 落ち着く。

「だけど、どれだけやっても、どんなに頑張っても、今まで鍛錬してきたとか、努力とか、そんなもの関係なく、理不尽は、超常は、何もかも奪っていくんだ」

 誰も、救えなかった。

 敵も、護ると約束した子も、誰も。

「一人も救えてないくせに、すべてを救う者なんて、名前負けここに極まれりだよな」

 アイラは俺を抱きしめ、頭を優しく撫で続けているだけで、何も言わない。 

「すべてを救いたい。それが甘く青い、くだらない考えだってのは解ってる。まず普通に考えて出来る訳がない。現実の見えてないガキの夢物語だ」

 そんなこと、前からよく解っている。

 現に今も、思い知らされている。

「だけど、そんなの知るかよ。俺は、俺が気に入らないからそうしてるんだ。俺がやりたいから目指してるんだ。だから、すべてを救う者であることをやめるつもりはない」

 でも。

「そうは、思ってるんだ。思ってるんだけどさ。やっぱり、どうしようもないことがあるんだ」

 遣る瀬無さが、湧き上がってくる。

「今まで誰も救えなくて、そして、これからも誰一人救える気がしないんだ」

 それが、わからなくなっている一番の問題だ。

「圧倒的に、力が足りなすぎるんだ」

 俺には、誰かを殺す為の超常しか、ほとんど頼れる力が無い。

 今まで鍛錬で培ってきた短剣術、武術はある。

 だけどそれだけなんだ。その程度なんだ。

 その程度の力では、圧倒的な超常の前には無力なんだ。

「理想を諦めたくないのに、この先何も為せないなんて、辛すぎるだろ……そんなの、いつか……」

 潰れる。

「だから、わからないんだ。この先その信念のままでいいのか、それともそんなくだらない考えは捨てて、護りたい大切な人だけ護ればいいのか」

 その大切な人さえ、護れなかったけれど。

 アイラは俺の頭を撫でたまま、沈黙。

 だがやがて、口を開いた。

「強要は、出来ません」

 その一言から、続けていく。

「和希さんがたとえどんな答えを出したとしても、正解でも間違いでもないと思います」

 俺は抱きついたまま、黙って聴く。

「だから、和希さんがしたい方でいいんです。辛いなら、やめてもいいんです」

 一呼吸開け。

 

「でも」

 ゆっくりと、俺にしっかり伝えるように。

「私の個人的な思いをいうと」

 アイラは、言った。

 

「和希さんがそれを目指す姿はとても輝いていて、大好きでした」

 胸に顔を埋めていて見えないが、アイラが優しく微笑んだように思えた。

 

 ――――。

 ああ……。

 俺は。

 その一言で。

 たった、一言で。

 

「けれど、それは私が勝手に、個人的に思っていたことでしかなくて、和希さんが別の道を選んでも、私は傍に寄り添いますよ」

 そんな優しい言葉を掛けてくれるが、俺は、もうそれに縋ることはない。

 決まったんだ。

 決めたんだ。

 つい数秒前、何ものにも揺らがす事の出来ない考えを、手に入れた。

 俺が、絶対の決断を固めるに値する言葉を、大切な妹が与えてくれた。

 ただの、一言でしかないのに。

 俺にとっては、何にも代えられない大切なものだった。

 

 大好きなアイラが、すべてを救う者である俺を、大好きと言ってくれる。

 ただそれだけで、何があっても頑張れる。

 無限の力が、湧いてくる。

 安い男かもしれない。

 他から見れば滑稽かもしれない。

 だが、俺にとって、それは神託にも勝るんだ。

 

「アイラ、もう心配いらない。俺はすべてを救う者だ」

 アイラは一瞬嬉しそうな表情をした。

 が、すぐに眉を下げ申し訳なさそうな顔になる。

「……私、もしかして余計なこと言っちゃいました……?」

「いや、なんでだ?」

 俺はアイラの言葉のおかげで、頑張れそうなんだ。

「私が目指してほしいみたいな言い方になってしまったかと思って……それでとんでもないものを背負わせてしまったのではないかと……」

「そんなことはない」

「本当、ですか……?」

「ああ、信じてくれ。それに」

「それに?」

「また迷ったら、アイラに相談する。だから問題ない」

 アイラは花開くように笑顔を咲かせ。

「はい。問題ないですね」

 そう言った。

 

「俺、頑張るよ」

「はい」

「だから、見ててくれ。ずっと、見ててくれ」

「ずっと見てます。いつも見てましたから」

 俺は、それだけで前に進む事が出来る。

 いや、それがあるからこそだ。

 アイラが見ててくれるのなら、俺はやれる。

 俺は、すべてを救う者だ。

 誰も彼もを、救うんだ。

 理不尽な死から、護るんだ。

 出来なくても、やる。

 愚かでも、目指し続ける。

 アイラが、見ててくれるから。

 

「アイラ……」

 抱きつくから、抱きしめるに変えた。

 アイラの身体は柔らかく、暖かい。

 背が小さく線の細い体は、強く力を入れたら折れてしまいそうだ。

 宝物を包むように、抱きしめる。

 やっぱりアイラは、いい匂いがした。

 心地いい。

「和希さん……」

 アイラも、抱きしめる力を強くした。

 ああ……。

 このまま、寝てしまいたい。

 

 

 

 

 

 ――されど。

 穏やかな時間というものは。

 唐突に終わってしまうことがある。

 

 そう。

 今みたいに。 

 

 

 

 

 

「――――ハハハハッ。見つけたぞ」

 聞いたこともない男の声が聞こえた。

 刹那。

 爆音。

 振動。 

 咄嗟にアイラを護る様に抱き込んだ。

 

 俺は、放心した。

 なぜなら、なんでか、家が吹き飛んでいたからだ。

 アイラがいつも料理しているキッチンも、いつも二人で見ていたテレビも、いつも食事をしていたテーブルも。

 全部、粉微塵に吹き飛んだ。

 一瞬で、何もかも消し飛ばされたのだ。

 俺達がいる場所を除いて。

 

 コツコツ――。

 足音。

 近づいてくる。

 コツコツ――。

 俺は足音の聞こえる方向に振り向いた。

 そこには、二十代前半ほどに見える男が立っていた。

 いや、そんな事はどうでもいい。

 それよりも重大な事がある。

 そいつの頭部には、角が生えていた。

 二本の黒き角が、歪に斜めに屹立(きつりつ)していたのだ。

 悪魔。

 真白が言っていた存在を、思い出した。

 

 圧。魔力。犇々(ひしひし)と。恐怖。

 今までの敵とは比べ物にならないほどの魔力を感じる。

 圧迫感が襲う。

 一目見ただけで、本能で理解させられる。

 こいつは、勝てる相手ではないと。

 

「な、なにが起きてるんですか……!?」

 アイラが慌てた声を出すが、俺にも分からない。

 でも、すぐに適応して行動しなければやられる。

 それは分かった。

 

「『総ての救済を望む傲慢な愚者よ、殺戮し、終わりの理へと導け』」

 魔眼の力を使い、翡翠色の短剣を呼び出した。

「アイラ、ここは俺に任せて逃げてくれ」

 恐らく悪魔だろう男を視界に入れ、警戒しながらアイラに言う。

「で、でも……!」

「アイラは戦えない。ならここにいても足手纏いにしかならない」

「……っ」

 酷な言葉だとは思った。けれどこうでも言わないとアイラは逃げてくれない。

「だから逃げろ」

「はい……っ」

 アイラは走っていこうとした。

 

「逃がす訳にはいかない」

 悪魔が言葉を発する。

 風切り音。

「……っ!」

 アイラの足元に、ナイフが突き立った。

 そのせいで、立ち止まる。

「次は当てる」

 悪魔の威圧感が、増した。

 このままでは、アイラが逃げられない。

 

 俺は悪魔に接近する。

 圧倒的な差のある敵と戦うには、決死の覚悟が必要だ、

 覚悟も無しに強敵に勝てるほど、この世界は甘くない。

 ただ突っ込むだけでは、一瞬で潰されるだろう。

 されど、俺はアイラの為ならば、その覚悟をいくらでもできる。

 どんな相手だって、倒して見せる。

 負ける訳には、いかないんだ。

 

 風切り音。

 聞こえたと思った時には、もう遅かった。

 足に衝撃が走ると同時に前のめりに倒れ込んだ。

「和希さんっ!」

 アイラが俺の名を呼ぶ。

 俺はそれどころではなかった。

「ぐっぅ……」

 足に激痛が奔る。 

 俺の右足には、ナイフが刺さっていた。

 この足では、もうまともな機動力は期待できない。

 全く、反応出来なかった。

 それほど、奴のナイフは速かったのだ。

 まともに走る事も出来ない状態で、この化け物に勝てる方法。

 そんなもの、あるだろうか。

 

 たった一手。

 最初の、取るに足らない一手で、俺は詰まされた。

 悪魔は力の一端さえ出していないだろう。

 こんな様で、アイラを護れるかよ。

 

「くそっ! 動け!」

 ナイフを無理矢理抜き、激痛に耐えながら立ち上がろうとする。

 血液がボタボタと、流れ落ちた。

 辛うじて立てたが、この傷では歩くのも辛い。

 息を荒く吐く。

 冷や汗が垂れる。

 こんな状態で、戦える気がしない。

 けれど、護らないと。

 翡翠色の短剣を握り込む。

 

「ぐぁ……!」

 悪魔に向かって歩き出そうとした左足にも、ナイフが突き立った。

 今度は、転びはしなかった。

 けれど、機動力はほぼやられたも同然だ。

 こんなところでやられる訳にはいかないんだ。

 近づけないのなら、近づかないで攻撃すればいい。

 短剣を投擲した。

 悪魔へと一直線に飛ぶ。

 悪魔の手から銀閃が飛んだ。

 金属同士がぶつかり合う甲高い音が鳴ると、短剣はナイフに弾き落されていた。

「『総ての救済を望む傲慢な――――』」

 詠唱で短剣を呼び戻そうとしたが、ナイフがさらに両足に突き立った。

 今度こそ、俺はその場で倒れ込んだ。

 やはり何度見ても、俺の速さではあのナイフに反応出来ない。

 力量差が、在り過ぎる。

 鍛錬で鍛えてきた技術は、悪魔の技術には意味を成さなかった。

 

「終わりだ」

 悪魔が呟く。 

 同時。

 悪魔の魔力が、溢れ出した。

 異別炉(いべつろ)から()られていく膨大な魔力。

 

 瞬時に理解する。

 奴は、今から超常の能力、異別――いや違う、悪魔術を使う気だ。

 そして。

 それが発動されれば、俺は抵抗することも出来ず一瞬で消されるだろう事も。

 回避も防御も許されない、破滅の一撃が来る。

 

 ……ちくしょう。 

 動けない。

 あと数秒後には、死ぬ。

 嫌だ。

 死にたくない。

 でも。

 そんなことより。

 アイラだけは、護りたいんだ。

 絶対に、守らなければならないんだ。

 無理矢理にでも立ち上がろうと、全身に力を込める。

 激痛が奔り続ける。

 だが、そんなものが何だという。

 アイラを護れるのなら、どんな痛みだって耐えてやる。

 

「やめてください! やめて!」

 その時、アイラが叫んだ。

 それは未だ立とうとする俺に向けてか、それとも俺を殺そうとする悪魔に向けてか。

「和希さんを、殺さないで!」

 悪魔に向けて、アイラは涙を流しながら懇願した。

 だが奴は、その言葉を無視して力を発動する。

 

 俺は死なない。必ず守る。

 アイラにそう言ってやりたかった。

 でも、声が出なかった。

 悪魔術が、発動される。

 

「『破滅(はめつ)黒光(こっこう)』」

 

 詠唱の言霊。

 刹那。

 発動。

 

 ――軽い衝撃。

 突き飛ばされた?

 悪魔の力ではない。

 アイラが、俺を突き飛ばしたのだ。

 おい。

 まてよ。

 そんな。

 ふざけんなよ。

 

 悪魔が前に突き出した右手。その手の平が漆黒に瞬く。

 黒よりも黒き闇の光が、巨大光線の様に迸った。

 光を避けられる人間が、いるはずなどない。

 それは、突き飛ばされた俺が元いた位置に、一直線に閃く。

 そう、アイラが今いる所に。

 

「――っ!」

 気のせいか、それに悪魔が動揺した様に見えた。

 漆黒の閃光が僅かに逸れ、魔力も弱まった様に感じた。

 されど。

 アイラへの直撃は、為された。

 腕や足が千切れ飛んで、大切な妹が鮮血を舞わせながら吹き飛び転がる。

 

「あ……ああ……」

 あんなの、もう。

 助からない。

 

 ――――。

 頭に、激しい痛みが奔る。

 ザザッ――――

 ノイズが、騒めく。

 詩乃守が殺された時と同じ。

 誰かと、アイラの姿が、重なる。

 頭に、一際強い痛み。

 それが奔ると。開く。

 なにかが。

 記憶が。

 忘れていた事が。

 浮かんで来た。

  

 ――それは、あまりにも。

 今更な事だった。

 

 アイラが、殺された。

 アイラが、もういない。

 その時点で、もう意味を成さない。

 俺は何も、護れていない。誰も、救えていない。

 一番護りたかったたった一人さえ、その手から零した。

 

 アイラ。

 アイラ…………。

 アイラ……っ!

 

「殺してやる」

 すべてを救う者である俺が、一番口にしてはいけない言葉を吐き出した。

 悪魔を睨む。

 殺意を瞳に乗せて、睨んだ。

「『総ての救済を望む傲慢な愚者よ、殺戮し、終わりの理へと導け』」

 今までで最速の言霊。

 痛みや怪我など忘れて、ただ我武者羅に奴へと向けて走った。

「死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 人を殺す奴は全員、死んでしまえええええ!!!」

 それは、ずっと抱いていた本音。

 殺人への憎悪。

 矛盾した、我が侭。

 人を理不尽に死なせる奴が、許せない。

 そんな悪人は、この手で殺してやりたい。

 わるものを殺して、護りたい人だけを護る。

 それが、すべてを救う者であるはずの、俺の本音だった。

 一番大切な人を殺された俺の、みっともない本性だった。

  

「『破滅の闇手(あんしゅ)』」

 悪魔が地面に手を突けると、その地面は無くなった。

 奴へと肉薄していた俺が踏み締める大地まで、崩れて、悪魔の右手へと吸い込まれていく。

 歪なクレーター状に、大地が数十メートル範囲崩壊し、消失し、悪魔の右手へと総て宿る。

 エネルギーが貯蔵されたかの様に、悪魔の右手に集中して魔力が跳ね上がっていた。 俺は突然崩れた地面に足を取られ、転倒。クレーターを滑り落ちる。

「ぐっ……あぁ……!」

 擦り傷が刻まれる。瓦礫に身を打つ。

 止まった頃には、ただでさえ無理矢理動かしていた体は、もう完全に動かせなくなっていた。

 悪魔が俺を見下ろし、右手を前に突き出して構える。

 

 ちくしょう……っ!

 アイラ……!!

「俺は」

 両腕を支えに、体を起こそうとした。

 だが、力が上手く出ない。

「俺は、すべてを救う者なんだああああああああああああああああああああああ!!!!」

 アイラが望んでくれた、俺の姿。

 それを無様に叫ぶ事しか、出来なかった。

 目の前の、殺してやりたい相手を睨みながら、そんな事しか言えなかった。

 

「それが最後の言葉か」

 悪魔が呟く。

 圧倒的な実力差。

 今までにない強敵を前にして、俺は何も出来ない。

 いや、向こうにとっては敵にすら成り得ていない。

 強者に踏み潰される、弱者でしかない。

 技術も、魔力も、能力も、全ての力が奴の足元にも及ばない。

 

「なんで、こんなことするんだよ……」

 憤りと悲しみで、思わず口に出していた。

「なんで、人を殺すんだ…………」

 その理不尽が、理解出来ない。

 それだけの力を持っていながら、何をしたいんだ。

 悪魔が言葉を発する。

「大切な人、お前にもいるだろう」

「お前が殺した……」

 憎悪が増す。

「俺は取り戻したいだけだ」

 悪魔はそれだけ言って、俺に再度殺意を向けた。

 

「大切な人の為、人を殺すっていうのか」

 それは、俺もしてきた事だ。

 そんな俺が、糾弾出来る資格などないのかもしれない。

 だけど、そんな事は関係ない。

 奴はアイラを殺した。

 俺にとって、それだけの存在だ。

 赦せない敵だ。

 結局。

 相容れない敵同士でしかない。

 どんな理由があろうと、俺の大切な人を殺す存在は、俺が殺す。

 その覚悟がなければ、力のない俺には護れない。

 どちらにしろ、護れなかったけれど。

 

「終わりだ」

 悪魔が、終焉の言の葉を紡ぐ。

「『破滅の黒光』」

 漆黒の閃光が迸る。

 回避する事も、防御する事も不可能。

 俺は、刹那の後には死ぬと、確信した。

 

 アイラ……。

 ごめんな。

 護れなくて。

 助けられなくて。

 救えなくて。

 最後まで、すべてを救う者でいられなくて。

 

 視界が、黒に埋め尽くされた。

 

 

アイラside

 

 

 ――――幼い頃。

 私は、ずっとお城で過ごしていました。

 広いお城で、のんびりと過ごしていました。

 使用人の人から教わってお勉強したり、遊んでもらったり。

 お父様とお母様は忙しそうでしたけど、時々会った時はすごく優しくて、遊んでくれた時はすごく楽しくて。

 いい毎日だと思っていました。

 

 そんな毎日を過ごしていた時。

 お父様とお母様のお友達がお城にやって来ました。

 その人たちと、私と同い年くらいの男の子と女の子もいました。

 女の子の方は、黒髪のかわいい女の子です。

 男の子の方は――

 

 見ると、男の子と目が合いました。

 その時、キュンという音が胸の奥から聞こえてきたような気がしました。

 それは錯覚なのでしょうけど。でも。

 ずっと城に居て、初めて会った同年代の男の子を一目見て、

 なんだかよくわからない、ふわっとしたような、じんわりと熱いような、苦しいような、それでいて心地の良い、不思議なものを感じたのは確かです。

 まだ一言も話してもいないのに、そんな感覚を覚えてしまったのです。

 なぜでしょう?

 最初は疑問しか湧きませんでした。

 

 でも、その気持ちになったときから、男の子から目が離せなくなってしまって。

 最初は、その夢のような感覚に身を委ねていました。

 

 けれど。

 その男の子と接してみて、分かったことがありました。

 

 この男の子、特に良いところがない。

 

 大変失礼な考えですけど、その時には小さいながらそう思ってしまったんです。

 あんな感覚をくれた人なのだから、きっとすごい人なのだろうと考えて接してしまったのが良くなかったのかもしれません。

 なので気を取り直して、一緒に過ごしてみました。

 

 そしてまたわかったことは。

 特に悪いところもないと気づきました。

 さらに、特に良いところがないと最初思いましたけれど、そんなことはありませんでした。

 良いところがありました。

 なにせ初めて会うタイプの人でしたから、上手く判断がつかなかったのです。

 

 男の子に優しくしてもらいました。

 元気で、見ていて楽しくなります。

 

 絵本で呼んだ王子さまとは全然違うけど、少し口調が乱暴な時もあるけど、元気で優しい男の子。

 

 そんな評が私の中で固まっていました。

 今まで会ったことのない同年代の男の子。

 不思議で、暖かいものを感じる人。

 

 でも、まだわかりませんでした。

 なぜ自分はあんな感覚をこの男の子に覚えたのでしょう?

 男の子のことを知ったうえで考えても、疑問に満たされました。

 

 悪い人ではないと思います。

 良いところもあります。

 優しい男の子です。

 でも、なぜ私はあれほどのものをこの男の子に感じたのでしょう。

 その感覚を覚えるほどの人なのでしょうか。

 あんな、宝物のような思いを。

 少ししか生きてませんけど、人生でそう多く感じられるものではないと思えるポカポカ感を。

 わかりませんでした。

 悩みました。

 

 ――そうして。

 出会って、過ごして。

 その男の子が帰ってしまう時が来ました。

 その時、ようやく分かったんです。

 

 その想いは、理屈ではないのだと。

 この人と一緒にいたい。

 尽くしていきたい。

 別れたくない。

 離れたくない。

 

 これは恋だと。

 恋って、そういうものだと思いました。

 私は、一目惚れというものをしてしまったのだとわかりました。

 日本の少女漫画が好きで読んでいた私は、すぐにわかりました。

 最初からわかりそうなものでしたけれど、一目惚れに憧れていた私は、とにかく素敵なものだと漠然と思っていただけでした。

 理想だけで、ちゃんと理解していなかったのです。

 だけど、そんな素敵なものを直に知りました。

 

 私は、和希さんが好き。

 大好き。

 愛しています。

 なにがあっても、あなたに尽くします。

 あなたと、一緒にいたいです。 

 ずっとずっと、あなたの傍に――。

 

 

 なんてことのない一目惚れ。

 なんてことのない初恋。

 それをずっと、大事に抱え続けました。

 私の、私だけの、宝物です。

 

 

 ――――――。

 ――――。

 ――。

 

 

「おい、まだ生きているだろう?」

 悪魔の声が聞こえる。

 感覚が、もうほとんどない。

 左腕と左足も、()い。

 血もいっぱい出て、後少ししたら、私は死んでしまうでしょう。

 和希さんは、和希さんはどうなったの……?

 どうか、和希さんだけでも生きてほしい。

 私はもう、無理ですから。

 

 悪魔が私の傍に近づいてきた。

「生きているな。なら聞け。さっきまでいたあの男は俺が殺した」

 ころ、した……?

 あの男って、和希さん……?

 私が目で訴えると、悪魔が口を開く。

「そうだ。今お前が考えているその男を、俺が殺した」

 そんな…………。

 そんなの、いやです……。

 和希さんが生きてなかったら、私は……。

「あの男に生きていてほしいか?」

 当然です。

 私は瞳に怒りを交えて悪魔を見ました。

 悪魔はいつの間にか、水晶玉のようなものを手に持っていました。

「なら、お前の力を使うんだ。そうすれば可能だろう?」

 

 そう、でした。

 和希さんが殺されたという言葉がショックで、その考えに思い至っていませんでした。

 私の『魂の橋渡し』(ソウルロード)なら、もうすぐ死んでしまう私の命と引き換えに、和希さんを生き返らせる事が出来る。

 なぜ悪魔がこんなことを私に話すのか、それは分かりませんけれど。

「力の出力は抑えたが、ほとんどあの男の身体は残っていない。それでもできるな?」

 当然です。

 私は答えずに心の中だけで言うと、身体を無理矢理動かす。

 這いずってでも、和希さんの元へ。

「その体じゃ無理だろう。あの男の残骸なら持ってきた」

 そう言って私の手元に悪魔はナニカを置きました。

 それは、もう人かどうかもわからない肉塊でした。

「……っ……っ!」

 涙が止めどなく溢れます。

 和希さんが、こんな姿に……。

 和希さん、和希さん……っ。

 

 ――――。

 私の、せいでしょうか。

 私が、理想を目指してる姿が好きなんて我が侭を言わなければ、和希さんは逃げてくれたのでしょうか。

 私のせいで、和希さんは死んでしまったのでしょうか。

 ごめんなさい。ごめんなさい。

 和希さん、ごめんなさい。

 今、生き返らせますから。

 私の命に代えても、元に戻しますから。

 私はその後には、生きていられませんけど。

 和希さんだけでも、生きてください。

 本当は一緒にいたいけど。

 もう会えないなんて、このまま消えてしまいたいほど悲しいけれど。

 それでも、和希さんには生きて幸せになってほしいです。

 私がいなくても、幸せを掴み取ってほしいです。

 真白さんもいますし、きっと大丈夫なはずです。

 だから。

 さようなら、和希さん。

 

『魂の橋渡し』(ソウルロード)

 肉塊に手を置いて、能力を発動します。

 私の全身が藍色の輝きを纏いました。

 それと共に、悪魔の持つ水晶玉のようなものも輝きを放ちました。

 

『魂の橋渡し』(ソウルロード)

 私の生命力を譲渡する事で、相手を回復させる異別。

 本来、生命力の譲渡が本質の異別。

 魔力だけを使用する事も出来るというだけ。

 魔力だけなら、怪我を回復させる力。

 そして、生命力全てを使い果たす事で、人を蘇生する事すら可能な、禁断の力。

 

 和希さんたちには嘘ついちゃいましたけど、それが私の異別の、本当の詳細。

 もし本当のことを言っていたら、和希さんたちにはこの異別は絶対に使わないでと止められていたでしょう。

 だから、言えませんでした。

 私だって、和希さんの役に立ちたいんですから。

 そして今が、使う時です。

 

 どんどん生命力が無くなっていく感覚がします。

 意識も、暗い所に落ちていって。

 あぁ……もうすぐ私、消えちゃうんですね。

 もっと、和希さんと一緒にいたかったな。

 デートも、もっといっぱいしたかったな。

 でも、我慢です。

 和希さんが生きて幸せになるためなら、しょうがないです。

 意識が、完全に。

 おち、そ、う……。

 もう、お、わり、です、ね…………。

 最後に。

 

 

 和希さん、大好きです。

 誰よりも愛していました。

 それと、できれば。

 

 

 恋人に、なりたかったなぁ。

 

 


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