すべてを救いたかったんだ   作:ソウブ

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13話 螺旋の黒槍

 

 

 夜。静かなリビング。

 アイラと二人ソファに座って、俺はラノベを、アイラは恋愛小説を読んでいる。

 

 今、佳境なシーンだ。

 主人公が力を覚醒させ、強大で、数も多い敵をバッタバッタと倒していく。

 疾風のような剛撃を、その上を行く速度と力で捻じ伏せる。

 敵の攻撃は、掠りもしない。

 一足一刀で敵は沈む。

 後に残ったのは、無数の屍と一人立つ主人公のみ。

 正に強力無比。

 戦闘ではなく蹂躙。

 絶対に負けず、必ず敵を倒す。

 

 俺も、こうできたらいい。

 こうしたい。

 いや、して見せる。

 救うんだ。

 敵を殺さず、自分も死なず、誰も殺させず。

 

 ――――殺さず?

  

 

 今は、夜の10時くらい。

 大罪者の捜索は、もうしていない。

 昨夜、罪科異別の発動を感知できることが判明したため、わざわざする必要はないだろうとなったからだ。

 続けたとしても、無駄に歩き回って体力を消費するだけだろう。

 このことは既に真白に言ってある。

 つまり、それまでは待つしかない。

 ずっと気を張っていても滅入ってしまうし、いつも通りに過ごす。

 そうやって自然体でいた方が良い。

 時が来たら、兜の緒を締めて出陣する。

 その心構えだけ忘れずに、突然の事態にも一瞬で切り替えて対処できるようにしておくことが大事。

 だから今はラノベを読む。

 とにかく何でもいいから普通に日常を過ごす。

 

 一息吐く。

 身体が少し震えた。

 少し催したようだ。

 本をソファの上に置いて立つ。

 アイラも同時に立った。

 同時に歩き出す。

 ドアの前でぶつかりそうになった。

「なぜ俺と同じ行動をする」

「え、えっと、お花摘みです」

「俺もだ」

「男の人はそう言わないみたいですよ」

「そんなことはどうでもいい。俺は我慢が出来ない」

「わ、私もですよ?」

「どうかお兄ちゃんに譲ってくれないだろうか」

「でも、こ、このままだと……」

 アイラは太ももをすり合わせて顔を赤くしている。

 ふう。

「漏らすと?」

「はい……」

「なら一緒に入ろうか」

「無理ですよ……。女の子は座ってするんですよ……?」

「むしろ座らずにできるのだったらいいと思ってるような言動に驚きなんだが」

「ごめんなさい和希さん、私行きますね」

「しょうがねえな」

 リビングから出てすぐ近くにあるトイレに入るアイラ。

 まあ、待っていよう。

 女性よりは我慢できる自信はある。

 抑えられるのにアイラをからかっていたまである。

 あと一、二時間はいける気がした。

 

 ドクンッ――。

 

 内の奥から、鼓動が響いた。

 視界が一瞬捻じれる。

 (こと)なる(ことわり)を感知。

 罪科異別が、使用された。

 

 今、来るのか。

 いつ来ても、おかしくはないのだろうが。

 気がかなり、緩んでいる時だった。

 

「アイラ、少し出かけてくる」

 トイレ越しにアイラに伝えた。

「へ!? あ、入らなくていいんですか?」

 アイラの問いには答えず、俺はスマホを取り出しながら走り出す。

「真白、罪科異別が使用された。方向は――」

「い、いってらっしゃい……!」

 後ろからアイラのそんな声が聞こえた。

 

 

 

 夜道を走る。

 罪科異別が発動されたであろう地点を目指して、走り続ける。

 その道の横に、街灯と共に公園がある。

 小さな公園。

 そんな言葉がぴったりな、本当に小さな公園。

 視界の端、その公園内に、異形が見えた気がした。

 

「…………」

 立ち止まる。

 目的地に向かうことを優先するか、目の前の脅威かもしれないものを探すことを優先するか考えた。

 時間は惜しいが、とりあえずさっき視界に映ったものを確認してから考えようと思う。

 方向を転換し、公園の敷地内に入る。

 

 昔妹とよく遊んだ場所。

 遊具はあの時よりも少ない。

 球体上のぐるぐる回るやつとかが消えている。

 撤去されたのだろう。

 ジャングルジムはまだあるが、そのうち撤去されそうだな。

 最近のご時世は煩いからな。

 妹との思い出の場所だけに少し寂しさがないと言えば嘘になるが、今はそんなことを考えてる場合じゃない。

 確認した後に、すぐ大罪者の元に向かわなければ。 

 

 

 ザザッ、と脳にノイズが奔ったような、嫌な感覚。

 目の前の光景が霞み、別の光景が映し出される。

 過去の光景。

 それはテープが擦り切れそうなビデオのように砂嵐が混ざった、不鮮明。

 その幻の中では、俺の背が異様に低い。

 視点が低いんだ。

 そして目の前には、ジャングルジムを上る背中。

 幼い後ろ姿。

 昔の妹の姿。

 アイラの黄金色の髪が。

 ……?

 黄金色? 金髪?

 違う。

 違う?

 ん……?

 …………っ。

 っ。

 ぁ……。

 

 ノイズが、消えた。

 砂嵐交じりの光景が消失、元の視界が戻ってくる。

 ただの、夜の公園。

 今のは。

 ただの、夢だ。

 昔の夢。

 白昼夢。

 昼じゃないが。

 妹と昔、この公園で遊んだ記憶。

 あの時からアイラは既に可愛かったな。

 うん、アイラ可愛い。

 俺の妹は女神さま級だ。

 とにかくさっき見えた異形を探さないと。

 そいつが一般人を殺すかもしれない。

 

 公園内を、視界を注意深く巡らせながら練り歩く。

 何もいない、ように見える。

 遊具達が静かに佇んでいるだけだ。

 立ち止まる。

「…………」

 俺は、息を吐いた。

 

 風切り音。

 横に跳んだ。

 割れ砕かれる衝撃音。

 地が破砕された。

 

 俺は立ち止まった瞬間に、違和感に気づいていた。

 恐らく何者かが背後にいると。

 殺気のようなものを感じたんだ。

 死線を潜ってきた影響か、そういうものがなんとなく分かってきたのが幸いした。

 なので息を吐いて隙を晒しているところを狙われる可能性が高いと考え、身構えながら息を吐いて、避けたのだ。

 案の定死の一撃を向けられたわけだが。

 

 目を向ける。

 襲撃者の姿は、悪魔の様。

 否、ガーゴイルとかの方が近いか。

 蝙蝠(こうもり)のような一対の羽を持ち、幼児ほどの体格、両手に短槍を持っている。

 明らかな化け物。

 一対の羽をバタバタとはためかせて、滞空している。

 こいつは、真白が言ってた魔獣か?

 くそっ、あの時の魔竜といい、よく邪魔が入る。

 まんまと誘い出されたという訳か?

 早く真白と合流して、罪科異別を使用した大罪者の元に向かわなければならないというのに。

 でも、放置して誰かを危険に晒すことも出来ない。

 

 突き出される黒い短槍。

 のけ反って避ける。

 もう一本の短槍も突き出される。

 後ろに跳びつつ身体を捻った。

 槍が服を掠ったが、何とか避けた。

 体勢を崩して地面に落ちるが、受け身を取り、転がって起き上がる

 

「『総ての救済を望む傲慢な愚者よ、殺戮し、終わりの理へと導け』」

 翡翠色に左眼が変容し、翡翠の短剣が右手に握られる。

「来いよ化け物。俺は急がなきゃならねえんだ」

 俺の言葉を理解したのかは分からない。

 短槍の化け物は、突撃してきた。

「直ぐに殺してやる」

 その声は多分、低かったんじゃないかと思う。

 

 

 

真白side

 

 

「カズくん遅いな」

 また学校で待ち合わせをして、校門に背を預けて待っている。

 スマホを取り出して画面を見ると、わたしがここに着いてから十分くらい経ちそうだった。

 カズくんの性格からして数分も待つことなく直ぐに来るか、前みたいに先に着いてるかのどちらかだと思ったんだけど。

「…………」

 もしかしてなにかあったのかな……。

 わからないけど、確認しておくことに越したことはないよね。

 スマホを操作してカズくんの番号に掛けた。

 

 プルルルル。

 プルルルル。

 

 コール音がやけに大きく聞こえた。

 今は夜で、ほとんどの音が途絶えた時間だ。

 学校前は車も滅多に通らないし、虫の音が少し聞こえる程度。

 風もあまり出ていなくて、葉や草の音も聞こえない。

 その中で、コール音だけが鳴り続ける。

 

 何コールされても、電話は繋がらない。

 繋がる気配すら感じられなかった。

 やがて、留守番電話センターに繋がると、わたしはメッセージを残すことなく電話を切った。

 

「やっぱり、なにかあったのかもしれない……」

 口に出してみると、よりその可能性が高く感じられた。

「行かなくちゃ」

 カズくんの家の場所は知らないけど、前に帰っていた方向ぐらいならわかる。

 とりあえずその方向に向かってみよう。

 もし特になにもなかったら行き違いになる可能性もあるけど、その場合は電話が出来る状態だろうからカズくんから掛けてくると思う。

 思考を整理すると、わたしは走り出そうとした。

 でも、その足は止まった。 

 

 何か、金属物を引きずるような音が響いてきたからだ。

 

 耳障りに響き続ける音。

 一人分の足音も、混ざっていた。

 振り向くと、道の先にはわたしより少し背が高い人影。

 よく観察すると、高校生ぐらいの男の子に見えた。

 

 その左眼が、濃いピンク色に輝いている。

「……?」

 同じ?

 昨夜に殺されてしまった人と全く同じ魔眼。

 同一の魔眼は、ほとんどないと聞く。

 ほとんどというと例外もあるのだろうけど、同じ魔眼を二日続けて別人から見る、そんな偶然があるのかな?

 しこりのように残り続けていた違和感が、明確に表出してきた。

 やっぱり、なにかある?

 

 その手には、大きなシャベル。

 コンクリートの地面で引き摺られて、嫌な音を響かせる。

 近づいてくる。

 凶器を手に。

 

「あなた誰? 昨日の人と関係あるの?」

 声を掛けてみた。

 返答は。

「あの人から、離れて!!」

 全く関係ないものだった。

 わたしを睨んでくる眼は、魔眼とか関係なく、常軌を逸していた。

「あの人? 誰のこと?」

 無言でシャベルを構え、こちらに向かって走ってきた。

 

 答える気はないみたい。

 シャベルが振り下ろされる。

 わたしは難なく避ける。

 動きが完全に素人だ。

 何度も振り抜かれ、繰り出されるシャベルの一撃。

 それを避ける、避ける、避ける。

 

「ねえ、あの人って誰? 教えてくれなきゃわかんないよ」

「話し合おうよ。そうすれば解決するかもしれないよ」

「お願い。何か喋って」

 

 その間何度も声を掛けたけど、結局。    

 最初の一言以降、何も応えてはくれなかった。

 説得は無理だ。

 まずは無力化するしかない。

 

 振り降ろされるシャベル。

『護り為す白き羽』(ティアティス)

 純白の翼が背から一対生える。

 翼から射出された羽の集合体が楯と成った。

 シャベルと楯が激突する。

 少年は衝撃でシャベルを取り落とした。

 今っ。

『貫きを為す攻性の羽』(ティアティス)

 翼から鋭利な羽を射出。

 少年の両の二の腕と太ももに命中し、刺さった。

「――っ」

 怯んだ。

 わたしは好機を逃さないよう、飛び掛かる。

 痛みで大して力も入らないだろう少年は抗えず、そのまま倒れた。

 腕をがっちりと押さえつけてわたしは馬乗りになった。

 少年は暴れる。

 羽が刺さった位置から流血して痛いだろうに、それでも暴れ続ける。

 腕は羽が刺さっている上に押さえつけているから脅威にはならないけれど、足が少し厄介。

 何度もお尻や背中を膝で蹴られる。

 でも、足にだって羽は刺さっている。

 やがて暴れる勢いが治まっていき。

 ついには、脱力したようにおとなしくなった。

 

「わたしの勝ちだね。さあ教えて。さっき言ってたのは何のこと? 大丈夫。お姉さんが相談に乗ってあげるから」

 出来るだけ優しい声を心がけて話し掛ける。

 わたしの方が年上かどうかはわからないけど。

 この男の子は童顔だから幼く見える。

 

「………………え?」

 少年の口から声が漏れ出た。

 驚愕という文字を、これだけ表情で表せる人もそういないだろうと思うぐらいの驚きの顔をしている。

 いつの間にか、濃いピンクに光る魔眼は消えていた。

「てん、し……?」

 茫然とする少年。

 さっきまでの雰囲気とガラリと変わって、年相応の少年のような態度。

 常軌を逸した瞳などしていない。

「……? あなた、誰?」

 その少年の様子を見て、わたしはある推測を濃厚にした。

「え、僕……? ――痛っ……!?」

 羽が刺さっている痛みに今気づいたとでもいうように、少年は呻いた。

「あ……ごめんね。すぐに消すから」

 わたしは刺さったままだった鋭利な羽を消した。翼も消しておく。

 多分、もう消して問題ないと思った。

 わたしの考えが正しければだけど。

 確信を得るために訊ねる。

「もう一度訊くよ。あなたは誰?」

犬塚(いぬづか)……孝也(たかや)

「犬塚くんだね。今まで何してたか覚えてる?」

「………………あれ? 僕は、えっと、確か姉ちゃんに頼まれてコンビニに、それから…………あれ?」

「コンビニに行った後からここまでの記憶がないんだね?」

「う、うん……」

「わかった。もういいよ。帰っても――あ、その前に」

「?」

『包み癒す擁の翼』(ティアティス)

 再度翼を生やして、犬塚くんを包む。

「ぁ…………」

 犬塚くんは安らかな表情をしている。

 羽が刺さった傷が癒えていく。

 傷が治ると、翼を消した。

「これで大丈夫。もう帰っていいよ。今見たことは全て忘れてね。約束できる?」

 安心させるために笑顔を向けた。

「う、うん」

 犬塚くんは顔を背けて答えた。

 顔が少し赤く見えるのは気のせいかな?

 シャベル振り回してたから暑いのかもしれない。

 よく見ると汗も浮かべてるし。

 

「あ、あの……」

 犬塚くんがおずおずと言葉を発した。

「うん? なあに?」

「どいてくれないと、帰れないんだけど……」

「あ……」

 わたしはさっきからずっと、馬乗りになったままだった。

 

 

side return

 

 

 

 突き出される漆黒の短槍。

 身体を捻って避ける。数センチ横を短槍が通り過ぎて行った。

 もう片方の短槍が間髪入れずに繰り出される。

 翡翠色の短剣を短槍に打ち付け、滑らせて逸らす。

 その隙に魔獣に肉薄。

 短剣を突き刺そうとするが、後ろに下がられて避けられた。

 

 仕切り直しかと息を吐く。

 冷や汗が背や首を伝っている。

 危うい戦闘だ、何度致命傷を食らいそうになったか分からない。

 戦闘が長引けば、体力が削られ不利になる。

 それはいつも同じか。

 そもそも短剣というのが悪い。短槍とはいえ圧倒的に槍の方がリーチが上だ。

 だが俺には武器がこれしかないのだから、不満を持ってもしょうがない。

 持てる手の中で最善を尽くし、敵を打倒するだけだ。

 一発入れれば、勝てるんだ。

 その一発を、どうにかすればいい。

 

 魔獣が、天空へと飛翔した。

 空高く、蝙蝠のような羽をはばたかせ、上がる、上がる、上がる。

 

「逃げてる……?」

 ――いや。

 違う。

 

 数十メートル上空で魔獣は静止した。

 短槍を二本とも、下方に構えている。

 静が、動へと変転。

 

 錐揉み、回転しながら、こちらへと突進してくる。

「……っ!」

 まずい。

 あれは、掠っただけで戦闘続行不可能にまでされるだろう。

 重力を味方にして、勢いを増加。  

 風を纏い、巻き込み、渦を形成し、全身を一本の兵器と化している。

 螺旋の黒槍。

 あれはもう、そんな名前の兵器だ。 

 

 俺は直ぐに全力疾走を始めた。

 いきなり動いたものだから転びそうになる。

 何とか体勢を立て直し、足を捻り掛けながら走る。

 一方向に走り続ける。

 風が荒立っているのが肌で感じられた。

 もうそこまで、奴は迫っている。 

 

 背後で、槍の穂先が地に触れた感覚。

 轟音と共に衝撃が後ろから吹き付け、土砂に塗れながら吹き飛ばされる。

 地面を転がり、砂塗れになり、砂が口に入ってじゃりじゃりとした嫌な感触だ。 

 砂煙が晴れた頃には、公園の一箇所に小さなクレーターが出来ていた。

 

 掠っただけで死ぬ。

 そう一瞬で理解させられた。

 奴の持つ槍の穂先に皮一枚でも捉えられたら、人体はバラバラにされるだろう。

 

 クレーターの中心から魔獣が飛び立ち、羽を羽ばたかせながら再び上昇していく。

 もう一発やってくるか。

 

 視線を周囲に巡らせる。

 なにか、打開策を。

 このままでは次第に追い詰められて詰む。

 

 短剣を投擲したとしても弾かれるだろう。

 近づくのは論外。

 ならば他の要素を利用するしかない。

 

 視線を回し、脳をフル回転させる。

 何か。

 何か。

 何か。

 視界を巡らせる。

 巡らせる。

 巡らせる。  

 

 ――あれか?

 多分、あれが使えるかもしれない。

 しかし。

 本当に使えるのだろうか。

 

 魔獣の上昇が止まった。

 時間はない。

 今はこれしか思いつけなかったのだから、手遅れになる前に実行するだけだ。

 迷うな、動け。

 

 即座に走り出す。

 ある場所の近くに向けて。

 死の螺旋は風を荒らしながら突き進んでくる。 

 自らの背後に死を犇々(ひしひし)と感じながら、走り抜けた。

 

 目的の物体の後ろに回り込んで、地面に飛び込むように伏せる。

 丁度、俺と魔獣の間に挟まれる形で存在する公園の遊具。

 そこに、螺旋の黒槍が突っ込んだ。

 

 その遊具、ジャングルジムの大部分が弾け飛ぶ。

 鉄が砕け、引き千切られるように飛び散る。 

 衝撃波が頭上を通り、数メートルは突き抜け、地面を抉った。

 されど、力の波はすぐに止む。

 

 魔獣は、奇妙な体制で僅かに残ったジャングルジムに絡まっていた。

 完全に身動きは出来ないようだ。

 何とか狙い通りになってくれて安堵する。

 だが、戦いはまだ終わっていない。気を抜く前に、翡翠色の短剣を手に魔獣へと接近していく。

 

 魔獣と、目を合わせた。

【ロックオン】

 死の概念へと繋がる楔が、カチリと、魔獣へと填め込まれる感覚。

 反撃を警戒しながら魔獣の足先に短剣を刺す。

「『殺害せよ』」

 詠唱の後。

 世界の法則として概念を強制定義させる。

 絶対の死という概念を。

 魔獣は瞬時に、塵も残さず消滅した。

 

 途端に夜は、静寂を取り戻す。

 後に残ったのは、砂地の抉れた公園と、鉄くずの建造物と化したジャングルジムだけだった。  

 それを視界に収めて、妹とジャングルジムで遊んだ記憶が頭を過ぎる。

 自分でやった作戦とはいえ、妹との思い出が汚されたみたいで苛ついた。

 

 だが、今は急いで真白と合流しなければ。

 俺は直ぐに小さな公園を後にして、走り出した。

 

 

 

 合流地点の学校付近にまで来ると、正面、視界の先に真白の姿。

 向こうもこちらに走って来ていて、俺を視認すると手を振ってくる。

 俺が遅かったから呼びに来ようとしていたのか。

 

「真白、すまん。魔獣と遭遇して戦っていた」

「やっぱりそんなことになってたんだね。怪我はない?」

「当然」

「……うん、結構砂塗れだけど怪我自体はないみたいだね」

 俺の身体を丹念に調べながら、真白は呟いた。

 手でペタペタと躊躇いなく触ってくる。

「くすぐったいんだが」

「あ、ごめん。でも怪我してたら治さなくちゃならないし」

「ないって言っただろ」

「もししてたとしてもカズくんならそう言いそうだったから」

「俺を誰だと思ってる」

「無茶ばっかりする危なっかしい人」

「…………それよりそっちは何もなかったのか?」

「誤魔化しは流すことにするよ。こっちもちょっと襲われたけど、分かったことがあるんだ」

「分かったこと? って襲われたって誰にだ」

 オウム返しに問うてから、そっちよりも重要な点に気づく。

「昨夜、ピンク色の魔眼を持った大罪者がいたよね」

 俺の質問には答えずに続ける真白。

「ああ、覚えてる」

 突然逃げ、マンイーターに食われた人だ。

「多分あの魔眼、人を操る系の異別だよ」

「……何?」

「昨日の人もただ操られてただけだと思う。さっきの質問に答えるけど、わたしが襲われたのもピンク色の魔眼を持った人だった。そして、同じ魔眼はほとんど存在しない」

「つまり」

「ピンク色の魔眼は、精神操作系の異別を持った大罪者ってことだね」

 真白がそういうのなら、そうなのだろう。

 この世界に足を踏み入れたばかりの俺は、そういう異別関連のことは詳しくないのだから。

 

「厄介だな」

「そうだね……」

 なにが厄介って、一般人を積極的に巻き込む能力内容が一番厄介だ。

 実際、昨夜は操られた一般人が殺されてしまった。

「なんとか、しないとな」

「うん、だから明日はその大罪者を探すことに全力尽くそうと思ってる」

 俺は無言で頷き、賛同を示した。

「それとカズくんが戦った魔獣、もしかしたら魔竜を使役していた大罪者と同じかもしれないから、そっちも気を付けていかないとね」

「ああ」

 明日は、忙しそうだ。

 

 明日「も」か。

 

 

 

姫香side

 

 

 どうしてこんなことになってしまったのか。

 荒い息を吐きながら全力疾走を続ける。

 体力が限界に近い。

 ちょっとコンビニまで切れたシャンプーを買いに行っただけなのに。

 

 ヒュンッ、風切り音。

 恐怖で身体が硬直して、大きく躓いた。

 頭上を硬く鋭いものが高速で通り過ぎていく。

 それは、銀色の長剣。

 偶然躓いたことで避けれただけの、今私の命を奪っていただろう凶器。

 何とか体勢を戻して、走り続ける。

 

 そう、今、私は、剣を持った男の人に追われています。

 今投げられたけど、確か二本持っていたからもう一本をその手に猛追して来てるはず。

 だってまだ私とは違うもう一つの足音が止まない。

 振り返れない、怖い。

 なんで追われているのかはわからない。

 殺そうとしてくるなんて、正気の沙汰じゃない。

 そんな恨まれるようなことした覚えはないのに。

 でも、こんなことになる心当たりならある。

     

 

 ――数日前のことだった。

 いつもみたいにわたしの魔眼の力を知らしめようと顔に右手を当て、最高のポーズで決めた時。

 

 なぜか突然、左眼が光りだした。

 

 自分の烏羽色(からすばいろ)に輝く瞳は、魔眼というものだと、頭の中に情報の波が押し寄せて強制的に理解させられた。

 最初は興奮が沸き上がって、嬉しい気持ち。

 望んでいたものが手に入ったと思ったんです。

 でも、魔眼以外の理解した情報に問題があると直ぐに気づく。

 大罪戦争。殺し合い。

 

 途端、嬉しい気持ちや興奮なんて吹き飛んで、すごく不安になりました。

 だから、相沢先輩に河川敷であった時、打ち明けようかと思った。

 こんなこと警察に言っても信じてもらえるわけない、魔眼の能力を見せたとしても大騒ぎになるだけということは予想が難しくなかった。だからってお母さんとお父さんに言っても同じ。見せてもどう対処すればいいか困るだけ。迷惑を掛けてしまう。

 それでも。

 知り合いになって間もないのに、相沢先輩は不思議と頼りになりそうな雰囲気があって、頼りたくなったんです。

 助けてほしかった。

 

 けれど、寸でのところで思い止まる。

 相沢先輩がいくら頼りになりそうだったとしても、こんなことに巻き込んでしまうなんて酷いことだ。

 もしかしたら先輩が死んでしまうかもしれない。

 いや、かもしれないじゃなくてその可能性は著しく高いと思った。

 それも巻き込んだ私のせいで。

 そんなのは嫌。

 自分も死にたくないけど、言うのをやめる理由には充分だった。

 

 でも、今になって。

 後悔していないと言えば、嘘になる。

 けれどもし言っていたとしても、この状況の中に巻き込んで先輩は死んでしまっていたかもしれない。

 結局、どっちが良かったのかわからないよ。 

 わからないし、怖いよ。

 

 

 まだ、追ってきてる。

 このままだと、追いつかれる。

 だから、振り向いた。

 言の葉を紡ぎ、詠唱。

「『破壊、破壊、破壊。(あまね)くすべてを破滅へと』」

 私の左眼が烏羽色に輝いて、背後に迫る男の前の地面。

 その地点が破壊され、小さな穴が出来た。

 男はその穴に躓き、転倒。

「ぐうっ! くそ!」

 男が悪態をつく。

 私はその隙に走って行き、どんどん距離を離す。

 

 破壊破滅の魔眼。

 これが私が手に入れた魔眼。

 魔眼で視認して細かく指定した位置を世界から破壊する能力。

 範囲によって魔力消費量が変わる。

 

 空間把握能力がかなりある私には扱いがそれほど難しくない。

 それでも自由自在とはいかないけれど。

 

 今使った力は、その範囲を間違えて相手を殺してしまうことが嫌で、かなり威力を抑えた。

 殺されそうになってる今の状況でも、殺すことは考えたくない。

 そのため落とし穴レベルの穴は作れずに転ばせる程度にはなったけど、逃げ切れればいい。

 運動が得意なわけじゃない私が、自分より年上であろう男の人に足で勝てる筈もない。

 だから、この力を使うしか逃げ切る事が出来ずに殺されてしまう。  

 本当は、こんなの使いたくなかったけど。

 命には代えられない。 

 

 そのまま何度か魔眼を使って、逃げ切った。

 

 

 誰も追ってきていないことを確認して家に入ると、いつもより鍵を強めの力を入れて掛けた。それで鍵の強度や効果が変わることはないけど。

 自分の部屋に逃げるように入ると、この部屋の鍵も掛けて、ベッドに飛び込み、布団に(くる)まる。

 

 もう、しばらくは家から出たくない。

 こわいよ。

 こんなの、望んでなかった。

 魔眼はあんなのじゃない。

 もっと、かっこいいものなのに。 

 こわい。

 こわい。

 こわい。 

 けど、誰も頼れない。

 

 助けて。

 誰か、(たす)けて。

 

 


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