すべてを救いたかったんだ   作:ソウブ

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12話 励まし

 

 

 6月9日火曜日

 

 

「お前今日元気なくね?」

「は?」

 津吉がそんなことを言ってきた。

「俺ほど元気なやつはそう居ないぞ」

「自分で言うのか……つーか元気ないやつのそんな言葉信じられるかってんだ」

 呆れたような表情。その顔殴っていいすか?

「友を信じないとな?」

「何でもかんでも受け入れるのと信じるのは違うんだよなあ」

「ああ言えばこう言う」

「それはお前だろ」

 

 ふと目に入る鉄色。

 刃物。危険物。

 津吉の手に握られている。

 心臓の脈動が、手を当てずとも分かるくらい早くなった。

 

「そ、その包丁は何だよ」

 声が震えて少しの恐怖が芽生える。

 昨日の夜の出来事が、脳内に映る。

 濃いピンクの魔眼を持った、大罪者。

 包丁を取り出し、相対したと思ったら逃げ出し。

 そして――。

 

「なにいってんだ。今は家庭科だろ」

「え? ――――あ」

 視界が鮮明になる。周りを見る。

 俺が今居るここは、家庭科室。

 クラスメイトがめいめいのテーブルについて料理をしている。

 そうか。

 料理してるんなら、包丁ぐらい使うよな。 

 今は、家庭科か。

 何時間目だっけ。

 作ってる料理はなんだったか。

 野菜炒め? チンジャオロース? ボルシチ? ハヤシライス?

 忘れた。

 

「お前本当に大丈夫か?」

「なにがだ」

「いや様子がおかし過ぎるだろ」

「おかしいのはお前の頭だろ?」

「茶化すなよ」

 しつけえな。

 

「は~い。お話ししてないでちゃんとやらなきゃダメだよ?」

 その時、担任の伊里村庵子(いりむらあんこ)先生が俺たちの間に割り込んで甘ったるい声を響かせた。

 小中学生みたいな背格好をした栗色の背ぐらいまでのウェーブヘアー教師。

 顔は童顔で老けた様子が一切ない。

 これでももうすぐアラサーだから世の中分からないと思う。

 

「はい! わっかりましたあんこちゃん!」

 津吉が暑苦しく鬱陶しいぐらいのテンションで答える。

「さーせん」

 俺も一応返答する。

「もう、庵子先生でしょ?」

 頬を膨らませて自分の呼び方を注意する庵子ちゃん先生。

「でもあんこちゃんはあんこちゃんなので!」

 爽やかないい笑顔で言葉を発する津吉。 

「もう、剛坂(ごうざか)くんは。しょうがないんだから」

 苦笑少し、優しい微笑ほとんど、みたいな表情で言う庵子先生。

 ちょろい。

「ちょろい」

「え?」

「バッ、お前!?」

 思わず口に出てしまった。

 あまりのチョロさに俺の口は耐え切れなかったようだ。

 津吉の慌てようからするとこいつも思ってはいたみたいだな。

「むぅ。相沢君ひどいよ。私そんなんじゃありませんよ?」

 眉をハの字に頬をまた膨らませ、ご立腹。

「あんこちゃんかわいいよ!」

「庵子先生です!」

 津吉が叫び、俺に言われて気が変わってしまったのか再度名前を訂正しだす庵子ちゃん先生。

 

「とにかく、ちゃんと料理完成させてくださいね? じゃないとひどいですよ?」

「そこはもうお任せください!」

「はい、すいませんでした」

 庵子先生は他のテーブルの方へと去っていった。

 

「なあ。和希」

「なんだよ」

 一間空いた。

 その一瞬だけ、全ての音が遠ざかったかのような錯覚を覚える。

 

「頑張れよ」

 

「…………」

 なにをだ? という言葉が、なぜか出てこなかった。

 どんな言葉も、返せなかった。

 そして妙に、その言葉が染み渡った。

 

 津吉は言うだけ言うと、野菜を切る作業に戻った。

 家庭科の授業は(つつが)なく進み、やがて終わった。

 

 

 

アイラside

 

 

 休み時間の教室。

 私は悩んだ末、お友達に相談してみることにしました。

 隣の席の千枝(ちえ)ちゃんに向き直って、訊ねます。

「千枝ちゃん、元気のない男性を喜ばせるいい方法を知りませんか?」

「ぶふぉうっ!?」

 椅子から立ち上がりかけていた千枝ちゃんは、聞いたこともない声を出して噴き出しながら尻餅をついてしまいました。

「だ、大丈夫ですか?」

 急な変容で心配です。

「だ、だいじょぶ……」

 首をブンブン振って意識を切り替えている様子、揺れる茶色のポニーテールは千枝ちゃんのチャームポイントです。

「アイラちゃん、男でも出来たの……?」

「え!? そんなんじゃないですよっ。ただ和希さんが元気ないように見えて、何かしてあげたいけど何が一番いいのか分からなくて」

「ああお兄さんね ほんとブラコンなんだから」

 千枝ちゃんは少し呆れた様子ですけど。

「はい、大好きですよ」

 私は自信をもって答えます。

「……そんな満面の笑顔で頬赤くされたらもう何も言えないわよ」

 苦笑を浮かべる千枝ちゃん。

「まあ、そうねえ、お兄さんを喜ばせる方法ねえ」

「はいっ、元気出してほしいんです」

「次会うのはお昼休みの時でしょ?」

「そうですね、お弁当を一緒にいただきます」

 千枝ちゃんは少しの間考えるように唸った後。

「うん、そうね、まず女の子に積極的に迫られたら男ってのは嬉しいものなんじゃないかしら」

「積極的、ですか」

「そうね、多分。そして、男女二人で弁当食べるんならアレよ」

「アレ、ですか?」

「そう、アレよ――」

 

 

side return

 

 

 

「はい、あ~んです」

「は?」

 昼休みの屋上。

 アイラと、ベンチで隣り合って座りながら弁当を食べていた時。

 なぜか唐突にアイラがそんなことを言いだした。

 微笑みを浮かべながら卵焼きを俺の口の前に差し出してきている。

「なんのつもりだ?」

 今までこういうことをしてきたことがなかったので戸惑いと怪訝な思いが溢れる。

「やってみたかったんです」

「急だな。俺の予定も確認してくれよ」

「とにかく、あ~んしてください」

 軽口はサラッといなされた。

 しょうがないので妹の我が侭に付き合ってやる。

 口を開けて待った。そこに卵焼きが詰め込まれる。

「どうですか? 美味しいですか?」

 アイラが笑顔で首を傾げると、サラサラと黄金色の髪が肩を流れる。

「まあ、いつも通りに美味い」

「ふふ、それならよかったです」

 そう言うとすぐに次のおかず、一口サイズハンバーグを差し出してきた。

「はい、あ~んです」

「お、おう」

 また口に入れられる。

 咀嚼、嚥下。

「あ~ん」

 主食の米まで。

「待て、いつまで続けるつもりだ」

 流石に制止する。

「全部食べ終わるまでですけど」

 キョトンとした表情。

「いや、なぜそんなこと言うのか分からないみたいな顔されても」

「ダメなんですか?」

 残念そうに眉を下げる。

「いいか。アイラ」

 諭すように言葉を紡ぐ。

「はい」

 真剣に聞く態勢のアイラ。

「俺たちは恋人じゃない」

「そうですね」

「俺たちは兄妹だ」

「そうですね」

「だからこれはおかしい」

「兄弟ではなぜダメなんですか?」

「こういう行為は恋人同士がするものだからだ」

「そんな決まりはポイッってしちゃえばいいんですよ」

 頬を膨らませて不満顔。

「モラルは大事だぞアイラ。人の世を生きて行く上で」

「誰も見てないここなら大丈夫です」

「なぜそこまで意固地になる」

「和希さんこそ」

「うーむ」

「むむむ……」

 お互い唸りながら頭を悩ませる。

 やはりあれか。

 津吉にも言われたが元気が無いように見えるのか。

 そんなつもりはなかったんだが。

 仮に、元気がないからってこんなことする理由はわからない。

「したいんです、させてください」

 上目遣い。

 アイラはわざとそういう行為をする性格ではない。

 背が低いので必然的にそうなってしまうことが多いのだ。

 台詞も誤解を与えそうだがいたって本人は大真面目。

 しかし、アイラにこんな顔されたら全く心が動かないというのも無理というもの。

「まあ、いいが」

「本当ですかっ? やったっ」

 満面の笑みを浮かべ米を差し出してくる。落とさないか危ういな。ああ、何粒か落ちそう。

「あ~ん」

 アイラのあ~んを聞きながら、落ちないうちに急いで口に入れた。むしろ自分から食い付きにいった。

 咀嚼していると。

「これからも美味しいごはんいっぱい作りますから、食べてくださいね。食べてくれますか?」

「ああ」

 何を当然のことを。

「……」

 沈黙、何か言いたげな雰囲気。

「なんだ?」

 黙っていられるのも嫌だったので促した。

 

「辛かったら、いつでも前言撤回して放り出してしまっても構わないですからね」

 そうしたら、そんなことを言ってきた。

「それはしない。頑張るに決まってんだろ」

 諦める訳にはいかない。

 というか、もう逃げだせる状況ではない。

 俺は大罪者に選ばれてしまったのだから。

 この大罪戦争が終わるまでは、どちらにしろ巻き込まれる。

「何を勘違いしてんのか知らねえが、俺はいつも通りだぞ」

「和希さん……」

「それに、なんで言ってもねえのに俺のこと分かんだよ可笑(おか)しいだろ」

「わかりますよ。何年妹やって来てると思ってるんですか」

 まるで包み込むような、暖かい笑顔だった。

「そういうもんか……?」

「そういうものなんです」

 

 心遣いは、俺の為を思ってしてくれるのは嬉しくない訳ではないが。

 俺はやりたいことを全力でやってるだけで、それはつまり自業自得なわけで。

 気遣いが心地いいと同時に、複雑だ。

 

「あ~ん、ですっ」

 弾んだ可愛らしい声音。鈴を鳴らしたような、なんて月並みな言葉では表しきれないほど。

 密着しそうなほど隣り合って座っているから、甘くいい女の子の匂いを感じる。

 揺れる黄金色の髪はいつも通りに綺麗で。

 慈愛溢れる存在。

 そんな単語が頭に浮かぶほど、アイラは――俺の妹は理想の女の子を体現していた。

 前に妹相手に欲情してしまった事があったが、それを自分でしょうがないと思ってしまうほど。

 複雑さは消えないが、今は流れに身を任せてもいいかもな。

 

 そして何度もあーんを繰り返すと、俺は気づいた。

「アイラ、お前弁当が無くなりそうじゃねえか」

「あ、本当ですね」

 弁当箱の中身は、プチトマトが一つとご飯が少量だけになっていた。

 アイラはまだほとんど食べていない。

「食え」

 と俺は自分の弁当を差し出した。

「いいんですか?」

「お前が作ったもんだろ。つーかお前の方を俺がほとんど食ったんだから同じ弁当を交換するみたいなもんだ」

「それもそうですね。では、少しだけください」

「少しも何も全部いいんだがな」

「和希さんの分はいつも私より多めに作ってますから、まだ物足りないでしょう?」

「まあ、少しはな」

「はい、なので少しでいいですよ」

 といっても三分の二ぐらいはあげてもいい。

 それだけアイラが食べれるかは分からないが。

「では、ください」

「おう、食いたいぶんだけ食え。その後俺はかっ込むから」

 弁当を渡そうとした。

 しかしアイラは受け取らない。

 腕を動かそうともしない。

 口を開けている。

 こちらを期待の瞳をキラキラさせてじっと見ている。

 これは、あれか。

 俺にもしろと。

 そういうことか。

「しょうがねえな」

 嫌ではない。

 俺は、雛鳥のように開けて待っている口に何度も食物を投入し続ける作業をしばらく続けた。

 こんなの、完全に恋人じゃないか。

 そう思いながらも止めようとしない自分に苦笑と自嘲をしながら、昼休みを終えた。

 

 

 

 今日も授業が終了し、放課後になる。

 アイラは友達と遊ぶ約束をしているらしいから、今日は一緒に帰ることは出来ない。

 一人で帰ろうか、それとも津吉か真白と帰ろうか、はたまた三人で帰ろうかと考えながら椅子から立ち上がった。

 すると。

 トンッ。

「あ?」

 後ろから肩を小突かれた。

 振り返ると、ダッシュする直前体制の真白。

「あははっ、カズくんここまでおいで―!」

 そう言ってパチリとウインクし、放課後特有のクラスの喧騒をすり抜け走り去っていった。

 

 カチン。

 意味不明で生産性のない行動と、その態度にさすがの俺もおこだった。

 全力ダッシュである。

 

「待てやゴラアアアア!」

 教室を出、廊下を走る。

 真白の背を猛獣のように食らい付こうと追いかける。

「あははははっ」

 真白は笑いながら走っている。

 三階の廊下を駆け抜け、階段を飛び降りるように下り、二階、一階と下りていく。

 そして一回の廊下を猛ダッシュ。

「お前ら何をやってる! 廊下で走るな!」

 教師の怒鳴り声も無視し。

 驚きの速さで靴に履き替え、昇降口を出る。

 校庭を走り、校門から道路に出る。

 それでもまだ真白は走るのをやめない。

「お前、どこまで行くつもりなんだ! わけわかんねえぞ!」

「あははははははっ」

 俺の叫びには答えず、ただ楽しそうに笑い声をあげながら走る速さは全力なまま。  

 意地になって追いかけた。

 ただただ追いかけた。

 二人して街を疾走する。

 俺は黙々と。

 前を走るヤツは大笑(たいしょう)しながら。

 俺はなぜこんなことをしているのだろう。

 

 ……。

 …………。

 

 そしていつしか、河川敷についていた。

 詩乃守と遊んだ場所だ。

 お互い疲れて、土手に斜めになった場所の芝生にぶっ倒れる。

 もう走れない。

 ここまでずっと全力疾走してきたのだから当然だ。

 

「「はあ……はあ……」」

 しばらく俺たちは息を整える。

 見上げる空は青い。

 うん、青い。

 どうってことない、いつもの空だ。

 太陽が眩しい。

 

「お前、何がしたかったんだよ、どうしてそんなに元気なんだよ」

 息を整え終わると、言葉をぶつけずにはいられなかった。

「月並みだけど、辛い時こそ笑えって言葉があるでしょ? つまりそういうこと」

「なにがそういうことだよ」

 太陽のような笑顔でそんなことを宣うもんだから脱力感が酷い。

 辛い時こそ笑え、ね。

 

「……」 

 違和感のある楽しそうな笑顔を前に見たが、そういうことなのか。

 変なテンション高い発言も、そういうことなのか。

 こいつは、隠すタイプだ。

 無理にでも笑って、前向きに生きようとする。

 今日のそれは極端だが、基本そんな感じなんだろう。

 

「あんまり無理すんなよ。そのうち潰れても知らねえぞ」

「カズくんにだけは言われたくないな」

「なんでだよ」

「わかってるくせに」

「……………………」

 

「――絶対に、救うぞ。俺たちで」

「うん。悲しい結末なんて、いらないよ」

 もしかしたら、こいつは俺と似ているのかもしれない。

 いや、似てないな。似てない似てない。

 

「なあ」

「なあにカズくん」

「昨夜の戦いで魔竜とか言ってたが、あれはなんだ?」

「あぁ……魔竜ね。うん。あれは、魔竜は凄く強いんだよ。なんで倒せたのか今でも不思議なくらい」

「まあ俺だしな」

「その自信過剰っぷりにはもはや呆れを通り越して感心すら覚えるかもしれなくもないかもしれないな」

「どっちだよ」

「それはそうとして、魔竜の前に魔獣から説明しなきゃならないんだけど」

「続けてくれ」

「魔獣っていうのは、異別や魔力が色々何やかんやあって混ざったり化学反応ならぬ魔力反応を起こして発生してしまう怪物の総称なんだけど、魔竜はその中でも最上級で、滅多に現れないんだよ」

「具体的にどれぐらい強い?」

「それはもう、歴史に惨劇を何度も作り出してきたほどだけど。具体的に言うなら戦闘のプロの異別者が何人束になっても皆殺しにされてしまう割合の方が多いくらい」

「そうか」

 やっぱり、強いのか。

「一般にお化けとか妖怪とか宇宙人って呼ばれてるのは基本多分魔獣のことなんじゃないのか、というのが異別関係者の大体の見解だね」

「魔獣や魔竜を人が創り出すことは可能か?」

「まあ、できるね」

「魔竜は滅多に出ないんだよな?」

「うん、そうポンポン現れたら人類存亡の危機だよ」

「なら、昨夜の魔竜は」

「カズくんの考えてる通りかもしれないね。どこかの異別者、多分大罪者の罪科異別の可能性が高いと思う。相当強力な異別じゃないと魔竜を創り出すほどまでは無理だからね」

「……そうか」

 

 戦わなければならない敵に、あれほどの化け物を創り出せる相手がいる。

 より気が引き締まる思いだった。

 何とか昨日は斃せたが、本来なら為す術なく蹂躙されるほどの圧倒的な化け物だったのだ。

 

「というか、カズくんの罪科異別もそれと同じくらい破格だよ。ことがうまく運んだからとはいえ、魔竜をあっさり倒しちゃうんだもん」

「まあ、な……」

 人には使いたくないから、化け物相手限定の能力だが。

 それ以外では、ただの短剣に過ぎない。

 

「なにはともあれ、魔竜を創り出すほどの敵は警戒しといた方がいいよ」

「そうだな……」

 

 しばらく寝そべっていると、夕焼けが見えてきた。

 もうこんな時間か。

 俺たちを労わるように、空を暁色で覆っている。

 見るものなど、その時その時の心情で変わってしまうものなんだな。

 前は、マンイーターの魔眼と同じ色だな、なんて思ったが。

 横を見ると、真白はじっと空を見つめていた。

 さっきからお互い黙って寝ころんでいたが、不思議と心は凪いでいた。

 落ち着かないという感情は、湧いてこない。

 会って間もないはずなのに、なんでだろうな。

 一応、一緒に死線を潜った仲ではあるが。

 

 

「何そんなとこで寝そべってんですか?」

 視界は暁から黒とピンクへ。

 詩乃守が俺の顔を覗き込んでいた。

 今日も今日とて、この河川敷で中二趣味をしに来たらしい。

 黒マント、黒眼帯、薄いピンク色の服。

 黒髪のツーサイドアップとアホ毛がひょこひょことゆれている。

 かっこよく見せたいのだろうが、小動物のような可愛さが大部分に出てしまっている。

 このままでいいと思うから本人には言わないが。

 

「いや、な。頑張ろうって話だ」

「? よくわからないですけど、頑張ってください?」

「おう。頑張るよ」

「で、そちらは?」

 詩乃守は真白の方を見て訊ねてきた。

「あ、わたしは春風真白っていうんだ。カズくんの友達だよ。よろしくね」

 笑って手を振り、気さくに対応する真白。

「詩乃守姫香です。よろしくです」

 詩乃守は礼儀正しくお辞儀した。

 あれ? 俺の時より相手敬ってね?

 

「ぁ……」

 真白が小さく声を漏らし、少し気遣うような様子を見せた。

 詩乃守の顔に視線を数瞬固定していた。すぐに自然体に戻ったが。

「あの眼帯はただのファッションだぞ」

「ええ!? そうなの?」

 大げさなリアクションでびっくり仰天する真白。

 白髪(はくはつ)が跳ねて踊った。

 

 詩乃守は左の眼帯に右手を当て、無駄に洗練されたかっこいいと思われるポーズを取った。眼帯への手の当て方すら凝っている。きっと何度も練習したんだろうな。この角度が良いかな? なんて鏡の前でやっている姿がありありと浮かぶ。

「この眼帯は、私の大いなる魔力が暴走してしまわないように――」

「とまあ変なこというやつだが悪いやつじゃないと思うぞ」

「そうだね。可愛いもんね」

「話を聞け!」

 

 詩乃守は一つ息を吐いて。

 その後深呼吸をして。

「あの……先輩……」

 躊躇いがちに言葉を発してきた。

「なんだ?」

「えっと、その……」

 数秒黙った後。 

 

「ごめんなさい……やっぱりいいです」

 かなり思いつめたような表情でそんなことを言った。

「そんな顔で言われても納得できないんだが、とにかく言ってみろ」

「いえ、ほんとにいいです!」

 強めの口調で放たれた言葉は、拒絶を意味していた。

 自分から最初は話し掛けておいてそれはなんだと言いたくもあるが、迷った挙句のことで、今は言いたくないのなら、無理に聞くのも悪いか。

「なら、言いたくなったときは遠慮なく言え」

「はい……」

 そう答えてくれたので今はこの話は終わりにする。 

 

 その後は気分をお互い切り替え、三人でしばらく駄弁って、帰途に就いた。

 詩乃守はまだ河川敷に残るようだった。

 元々中二ごっこをしに来たのだろうし、少しやってから帰りたいのだろう。

 もちろん、暗くなる前には帰れと釘を刺しておいた。

 

 


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