すべてを救いたかったんだ   作:ソウブ

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1話 真っ白な転校生

 

 

 ――俺は、すべてを救いたかった。

 もう、誰かの理不尽な死なんて許容出来なかった。

 すべてを救う者で在りたかった。

 

 …………。

 ……無理だったよ。

 身の程知らずだったよ。

 諦めた。

 

 

 けれど――。

 諦めてない。

 俺は、すべてを救う者だ。

 

 簡単な結論に、至れたんだ。

 あの子のおかげで。

 

 その簡単な結論に、俺はかなりの遠回りをしていたんだ。

 本当に、遠い遠い、遠回りだった。

 

 ――それは、あの時からだ。始まりの時は、あの日から。

 

 

 ――――――――――。

 

 

 暗い空間。

 そこには闇を体現せし人ならざる者達が集っている。

 その数、七。

 言葉を交わし合う闇達。

 企てを、目的を、凶事を、話す。

 

 目的など、至りたいと願う場所はそれぞれ違う。

 されど、今やるべきことは同じ。

 狂なる宴を催し、待つことのみ。

 その先に、己の希望があると信じて。

 

 闇の者達は、止まらない。

 

 さあ、宴を始めよう。狂気と狂喜が支配する、愚かで意味の無い、闘争を。

 罪人達の、狂騒が――

 幕を開ける。

 

 

 

 

宮樹(みやき)市連続】マンイーターを考察するスレ・怪物16人目【怪死事件】

 

 

 304:喰われた人より匿名:2011/06/04 01:12:27

     死体が獣に食われたように抉れてるってそマ?

 

 305:喰われた人より匿名:2011/06/04 01:13:05

     >>304 マ。ソースは>>104を参照

 

 306:喰われた人より匿名:2011/06/04 01:15:46

     結局人間なの?

 

 307:喰われた人より匿名:2011/06/04 01:17:13

     野犬だろww完全に獣の歯型らしいしww

 

 308:喰われた人より匿名:2011/06/04 01:19:48

     人間が器具使ってそう見せてるんじゃねえの。知らんけど

 

 309:喰われた人より匿名:2011/06/04 01:23:33

     マジで化け物だったりしてな。というか俺はその説を押す

 

 310:喰われた人より匿名:2011/06/04 01:25:52

     >>309 妄想家乙

 

 311:喰われた人より匿名:2011/06/04 01:27:38

     マンイーターなんて呼ばれてるけどただの殺人鬼だろ。本気で信じてるやつは頭湧いてる

 

 312:喰われた人より匿名:2011/06/04 01:30:34

     >>311 でもそう思った方が面白いだろ。噂もされてるし

 

 313:喰われた人より匿名:2011/06/04 01:32:29

     >>312 人が死んでるんだぞ! おまわりさーんここに犯罪者予備軍がいまーすwwwwww

 

 314:喰われた人より匿名:2011/06/04 01:34:57

     結局人間? 動物? それとも別の何か?

 

 315:喰われた人より匿名:2011/06/04 01:36:44

     >>314 マジレスすると人間が細工してるか、野犬か、動物園から逃げ出してきた、または移送中のトラックから脱走してきた、報道されていない大型獣とかそういうのだろ。警察が解決するまでわからんけど。

 

 316:喰われた人より匿名:2011/06/04 01:38:19

     >>315 さすがに動物園うんぬんはねーよ。もしそうなら報道規制する理由が無い。政府の陰謀とかなら別だけどwww

 

 317:喰われた人より匿名:2011/06/04 01:40:04

     >>316 それこそねーよww

 

 318:喰われた人より匿名:2011/06/04 01:40:20

     草生やすな

 

 

 …………………………。

「…………」

 

「和希さん」

 

 声を掛けられネット掲示板を見ていたスマホから顔を上げる。

「ご飯を食べながらは、お行儀が悪いですよ」

 指を一本立て、眉を(ひそ)めて、上目遣い。

「わかったよ」

 スマホをポケットに仕舞い、食パンにかぶりつく。

 

 めっ、と言うように注意して来たのは妹のアイラだ。

 アイラは、綺麗という言葉も霞むほどの黄金色の長髪を朝の陽光に煌めかせている。

 藍の瞳は宝石のようで、肌は陶磁(とうじ)の如き白さ。

 黄土色のブレザーに、青色のスカート。

 そして背と胸は、高校一年にも拘らずとにかく小さい。

 身長は150行かないし、胸は良く知らないが平均を下回っているのは一目瞭然。

 口に出したら拗ねてしまうだろうけど。

 

 今は朝食の最中。

 一人ならともかく確かに誰かと食べてるときにスマホは駄目か。

 ついつい気になって調べてしまった。

 地元のことなら、尚更。

 

「なあ、アイラ」

「なんですか?」

「ここ最近の変死体、どう思う?」

 アイラは顎に人差し指を当て、少し不安そうに。

「どう思う、と聞かれましても。早く解決するといいなって思いますよ。親しい人たちに危害が及ぶのは絶対に嫌ですから」

「そうか」

 本当に。誰かに害が及ぶなんてあってはならない。

「危ないことは、しないでくださいね?」

 眉をハの字にした、心配げな表情。

「俺に事件を解決できるかよ。何の力も無いんだし」

 推理なんて、その道の人に比べたら一般人の俺など役に立たないだろう。

「それならいいんですけど……」

「まあ出くわしたら分からんけどな。その時は俺がコテンパンにする」

「駄目ですよ。逃げてください」

「俺が負ける訳ないだろ。逃げたら被害が広がる」

「さっき何の力も無いって自分で言ったじゃないですか」

「それとこれとは別だ」

「別じゃありません」

 ピシャリと言われる。

 心配してくれるのは嬉しいが、俺は目の前の危機を見過ごすことはしたくない。

 絶対に。

 

「和希さんが鍛えてるのは知ってます。いつも見てますから。でも、自ら危険に飛び込んで行ってたら、そのうち持たなくなってしまいますよ」

 悲しげな、表情。

「わかったわかった。無理はしない。俺も死にたくはないからな」

「死ぬなんて……そこまでは言ってないですけど……」

 シュンと気落ちしてしまうアイラ。

「大丈夫だ。そうそうそんな目には合わないし、たとえそうなっても俺は切り抜ける」

「……そうですよね。頑張ってますもんね」

「ああ、鍛錬は怠っていない」

「はい。何かあったら言ってくださいね」

「あー、まあ」

「ちゃんと答えてくださいよ」

「何かあったら言うって」

 嘘だ。

「はい、わかりました」

 微笑み。

 

 アイラが淹れてくれた紅茶を飲み干す。

「ご馳走様。今日も美味かった」

「はいっ。お粗末様ですっ」

 パッと笑顔になるアイラ。

 俺の食器を片付けていく。

 何度も自分で片付けると言っているのに、アイラはいつも食べ終わるなり食器を掻っ攫っていく。

 いつしか俺も、諦めていた。

 

「今日のお弁当ですっ」

 食器を洗い終わると、アイラは弁当の包みを渡してきた。

 いつも美味い物を食べさせてくれるのは、ありがたい。

「今日も美味しく食べさせてもらうぜ」

「はいっ。召し上がれですっ」

 

 そうして二人で、家を出た。

 

 

 

 アイラと肩を並べて通学路を歩いて行く。

 日光がコンクリートを照らし、爽やかな風で木の葉は揺れる。

「なあ、委員長の仕事、大変じゃないか?」

 アイラはクラスの委員長になっているらしい。

 頼まれたら嫌といえないアイラのことだ、どうせ他にやりたいやつがいなかったから押し付けられたのだろう。

「そこまで大変じゃないですよ。ちょっとやることが増えるぐらいで、仕事って程じゃないです」

「疲れないか?」

「普通に学校に行くのと大して変わりませんよ」

 苦笑気味な笑み。

 心配し過ぎだとでも思われているのだろうか。それはアイラも同じだろうに。

「問題、無いのか」

「はい」

 何の気負いもない返事。

 なら、問題ないか。

 

 そうして話しながら十数分ほど歩いていくと。

 俺たちの通う学校。明日明(あすめい)学園が見えてくる。

 まばらに歩く名前も知らない生徒と共に門を通り。

 少し歩くと昇降口に着く。

 アイラとは学年が違うのでここで別れてそれぞれの教室へと行く。

 

「今日は放課後な」

「はい、放課後に」

 次にいつ会うのか確認して、背を向ける。

 階段を上り、三階の二年A組へと行く。

 ガラガラっとドアを開け入る。

 比較的まだ静かな方の廊下から、一段騒がしさが増す。

 昨日のテレビの話、ソシャゲの話、漫画の話、マ○コデラックスの話、総理大臣の話、オ○マのモノマネをしているやつ、エトセトラ。

 ざわざわと言葉が飛び交う。

 

 いつもの教室。

 真ん中の一番後ろ。自分の席の机横に鞄を引っ掛けながらドカッと座る。

 いつも通りにすぐに寄ってくるやつがいる。

 

「おっす和希。今日も決まってるねえ!」

「なにが狙いだ?」

 開口一番褒められたが、こいつが俺にこんなことを言ったことは一度も無い。

「いやー御見通しか」

「当たり前だ馬鹿」

「宿題移させてください!」

「自分でやれ」

「そこをなんとか!」

「努力を怠ったのが悪い」

「ネトゲのイベントがあったんだ!」

「それこそ自業自得だろ!」

「…………この前俺に格ゲーやった時、貸しが一つ生まれるという条件で対戦したよな。そしてお前は負けた」

「…………」

「お前は約束は守るよな」

「ちっ……くそがっ」

 俺は鞄からノートを出して目の前の男に放り投げた。

 片手でキャッチして満面の笑み。

「さっすが和希だ。話が分かる」

「これで貸しはチャラだからな」

「わかってるって」

 

 してやったりといった感じにニヤニヤするこいつは剛坂津吉(ごうざかつよし)。俺の友人と今は言いたくないが、多分友人だ。

 髪は茶。背は俺と同じで165ぐらいだろう。体格は普通。

 平凡な青春を謳歌する学生、という言葉が似合いそうなやつだ。

 

「あ。あんこちゃんが来た。それじゃ、後で返すぜ」

「おう」

 教室に入ってきたのは小中学生みたいな背格好をした栗色の背ぐらいまでのウェーブヘアー教師。

 伊里村庵子(いりむらあんこ)。その見た目からあんこちゃんやあんこちゃん先生と呼ばれている憐れな人だ。

 あと、もうすぐアラサーらしい。

 

 今日も今日とて、ホームルームが始ま――

「HRの前に、今日は転入生を紹介するね~」

「は……?」

 庵子先生の言葉に思わず小さく呟く。

 今日は、春と夏の間の季節。

 6月4日だ。

 ついでに、どうでもいいが木曜日。

 この変な時期の転入生?

 ベタ過ぎるだろ。

 まあそういう王道展開は嫌いじゃないが。

 でも、まさか本当にそんなことが起こるとは。

 俺の高校生活も捨てたものではないのかもしれない。

 

「入って来て~」

 先生の声掛けの後。

 ざわざわとしだす教室の扉を開けて、一人の少女が入って来た。

「うわっ。マジか」

 ここまでベタだと何かの運命を信じてしまいそうになる。

 転入生は、それはそれは、美少女だった。

 

 色素が一切入り込まない、穢れ無き神聖さを感じる腰ほどまでもある白髪(はくはつ)

 神秘的で少しの妖艶さも醸し出すヴァイオレットの瞳。

 アイラと同じくらいの綺麗な肌の白さ。

 背は160いかないぐらいか?

 黄土色のブレザーに、二年だから緑色のスカート。

 ただの制服も見事に着こなしているといえよう。

 月並みだが、髪の色を合わせてまるで天使のようだ。

 

 教室は静まり返り、誰もが息を呑んでいる。

 俺はそんなんではないが。

 黒板の前に立ち、チョークで名前を書いていく。

 書き終わると、クルリと弾むように振り返り。

 

春風真白(はるかぜましろ)です! みんなよろふぃぐー!」

 

 …………。

 噛んだ? 噛んだ? あれ噛んだよね? という小声がそこかしこから聞こえる。

 それでも春風は笑顔を絶やさない。

 

「元気な挨拶ですね~。春風さんに質問ある人、数人くらいならしてもいいですよ~」

 庵子先生の言葉の後すぐ、質問が飛び交う。

 

「趣味は何?」

「ゲーム!」

 

「どこから来たの?」

「向こうの方!」

 指差す。

 

「恋人はいるんですかー!?」

「いません!」

 

「なんでこんな時期に転校してきたの?」

「それはね、ひ・み・つ!」

 最後にウインク。

 

「珍しい髪色だね。染めてんの?」

「白は何ものにも染まりません!」

 

「それってキャラづくり?」

「違いまーすー!」

 少し頬を膨らませて飾り目(><)

 

「馬鹿にしてんのか?」

「してない!」

 俺の質問に元気よく笑顔で。

 

 

 なんか、最初の印象と違って愉快なやつだな。

 もっと言えば変なやつ。

 いじめられそう感がハンパない。

 しかし。

 

「春風さんって変だけど面白いね。元気でいい子そう」

 そう言ったクラスメイトがいたが、全員の総意みたいだ。

 不思議と教室の雰囲気は悪くなくて。

 元気溌剌なアホ発言。ふざけた解答の連発。

 そんなことをやらかしておきながら変わらず、笑顔を絶やさず意味も無く楽しそう。

 誰もが楽しく、笑っていた。

 春風真白という転入生は、人を元気にさせる不可思議な明るさを持っていた。

 どこか憎めないやつ。

 カリスマとも少し違うような気がする。

 前言撤回になるが、人から好かれるタイプだ。あれは。

 俺は、そんなでもないけれど。

 

 

 

 昼休み。

 四時限目が鈴倉(すずくら)教諭の授業だったせいでそこはかとなく眠い。

 アイラの弁当と早く続きが読みたいラノベを持って、席を立つ。

 腹も減ってるし、とっとと教室から出ようと足を進めていると。

 春風が昼を食べる誘いを断っている光景が目に入った。

 休み時間には話し掛けられまくって楽しそうに話していたというのに。

 一人で食べるのが好きなのだろうか。

 俺も今日は一人だが。

 

 そんなことを考えていると、その春風が白の髪を(なび)かせて此方(こちら)へと一直線に歩いてきた。

 なんとなく逃げるように教室を出てみた。

 廊下を進んでいると、まだ追いかけてくる。

 そして。

 

「ねえあなた、ちょっといい?」

 声を掛けられた。

 まあ、別のやつだろ。

 そうに違いない。

 そうであれ。

 

「ねえねえ、そこの無視して歩こうとしている男の子。美味しそうなお弁当を大事そうに持ってるあなたですよ」

 ……まあ、俺だよな。

 一応振り返り。

「何の用だ春風?」

「名前覚えててくれたんだね。一緒にお昼食べようと思って」

 小首を傾げ、笑顔。白髪(はくはつ)がさらりと流れる。

「なぜ急に」

「ちょっと、ね」

 含みがあるような、曖昧な返事。

「俺のことが好きなのか?」

「そんなんじゃないよ!」

 飾り目(><)で両腕を上下にブンブン。

「そうか。俺の嫁の一人に加えてやっても良かったんだがな」

「ここは日本だよ。一夫多妻制はよその国でーす」

 口を尖らせてジト目。

「馴れ馴れしいな」

「そういう君は偉そうだね」

 苦笑? 微笑? の表情。

「ああ、俺は偉い」

「言い切ったね」

「言い切らなければ偉さも生まれないだろう?」

「あははっ! なんだか変な人」

 口元に手を当て楽しそうに笑う春風。

「お前に言われたくない」

「お前じゃなくて春風真白だよ」

「細かいな」

「細かくないよ」

「なら春風、俺は腹が減った。ここで無駄話してるよりも飯を食いたいんだが?」

「ならそこにわたしも加えてもらえると嬉しいなっ」

「妹と食べる日なら即却下させてもらうところだったが、生憎と今日は一人だからな、好きにしろ」

「じゃあ好きにさせてもらうね!」

 

 俺は最後まで聞く事無く歩き出す。

 廊下を進み、階段を昇って行く。

 アイラとは一緒に食べる日もあれば食べない日もある。今日のアイラは友達と食べると言っていた

 

「一応言っとくが、それなりに汚いぞ」

「? どこで食べるの?」

 キョトンとした無垢な幼子の様な顔。

「定番」

「?」

 最後の階段を上り、辿り着く扉の前。

 

「この先は屋上だね」

「ああ、そうだ。屋上だ」

「出れるの?」

「出れなきゃ食べられない」

 ノブを回し、押し開く。

 キイィィと擦れる音が響いて開かれた扉に身体を入り込ませる。

 春風も後から付いてくる。 

 ガタンッと重い音を立てて閉まる扉。

 

「わぁ……本当にそれなりに汚いね」

 この学校の屋上は、それなりに汚く誰も寄り付かない。

 俺ぐらいが静かな時間を欲して来るぐらい。

 ベンチはある。それなりに汚いけれど。

 柵もある。こっちはちゃんと頑丈で高い。

 まあとにかく、雑草がそれなりにボーボー生えているのだ。

 本当はアイラと食べたかったが友達と食べるならしょうがない。

 ベンチに早々と座り、弁当の包みを開ける。

 

「で、何の用だ?」

 

 いまだ立ったままの春風に問いかける。

 クルリと緑のスカートと白髪をふわっと靡かせながら振り返った。

「ん? わかってた?」

「一言もまともに話したことない転入生が、俺一人を狙い撃ちして飯一緒に食べるだけなんてある訳ねえだろ」

「それもそうだね」

 バツが悪そうに苦笑。

 

「で?」

 卵焼きを頬張りながら。

「えっと……そういえば、今気づいたんだけど君、名前は?」

「ああ、そういや名乗ってなかったな。じゃあ、しかとこの俺のご尊名を脳と心に刻めよ」

「ふふっ、うん、ちゃんと覚えるよ」

 春風の柔らかい微笑み。

 俺は一呼吸溜めて。

 

「俺の名は相沢和希(あいざわかずき)。いつかすべてを救う者だ。覚えておけ」

 

 …………。

 沈黙。

 だが、引いたとかではない。

 春風の表情は、寂しさとか、悲しさとか、複雑な色々が混ざっているように見えた。

 ヴァイオレットの瞳は、先までの元気さを隠すように神秘さが増している。

 一寸後。

 

「和希くんだね! カズくんってよんでいいかな?」

「馴れ馴れしいな」

「君もデフォで偉そうだね」

 複雑な表情はまるで幻だったかのように消え、楽しそうな顔で笑っている。

 

「まあ、好きに呼べばいい。どんな呼び方だろうとその程度のことを気にするほど俺の器は小さくない」

「じゃあカズくんって呼ぶね!」

 

 白米を咀嚼し、飲み込む。

「で?」

「あ、そうだったね。要件だね」

「ああ、早く言え真白」

「…………」

「どうした真白?」

「ナチュラルにわたしの下の名前呼んだね」

「真白」

「わたしも訊いたんだし訊いてくれないかな? 呼んでいいかどうか」

「真白」

「カズくん、誰かから意地悪だって言われたことない?」

「野蛮だと言われたことは無いな」

「じゃあ意地悪は認めるんだ」

「俺は優しいぞ?」

「まあ、真白でもいいけどっ。わたしもカズくんって呼んでるし(むし)ろ妥当なんだけどっ。何も嫌じゃないし問題ないんだけどっ」

「そろそろ言わないと飯食い終わっちまうぞ」

「ううっ…………本当に意地悪だねっ」

「はよ」

「じゃあ用を言うよっ! 言うからねっ! 今からすぐに言いますからねっ!」

「うるさい」

「うん……」

 

 数秒の間。

 俺はプチトマトを口に放り込む。

 

「カズくんって、イベツシャ……だよね……?」

 

 少し不安げに、そう聞いてきた。

「イベツシャ? なんだそれは?」

 いきなり訳の分からん単語を。

「あ……あれ? 違った……?」

 急に焦りの表情に変わる。

「違ったならいいんだ! ごめんね変なこと言って」

 取り繕うような笑顔で、両手を肩の高さでブンブンと振った。

「おい。なんだそれ。気になるだろ」

「いいのいいの! 大したことじゃないから!」

「イベツ車? なにかの乗り物……じゃないな。俺がそうじゃないかと聞いてきたんだ。つまりイベツ者? イベツってなんだ?」

「わー! わー! 掘り下げないで考えないで! 何も面白いことなんてないから!」

「カリギュラ効果って知ってるか?」

「知らないよ! とにかくさっきのは忘れて!」

「そう簡単に忘れられるか」

「うう~っ……でもお願い。ここは触れないでいて……」

 嘆願するような、懇願するような視線。

 

 溜め息を一つ。

「そこまで言うなら、今は考えないでおいてやる」

 今は。

 

「え!? いいの!?」

「お前が頼んだんだろ」

「いや、そうなんだけど。うん。カズくんってもっと意地悪なんだと思ってた」

「おい、俺はそこまでじゃないぞ。この短時間でどういう目で見ていた」

「偉そうで意地悪な人?」

「散々だな」

「あはははっ。カズくんの自業自得だと思うけどなっ」

 楽しそうな笑い。

 

 ミニハンバーグを口に入れる。

「それはそうと、ここ最近、この辺りで起きている事件について何か知らない?」

 急な、唐突な、話題転換。

 事件?

「ここ最近っていうとあれか? マンイーター」

「そうそうっ」

「特に多くは知らない。ネット掲示板で見たぐらいだ」

「そっかー、ありがとう答えてくれて」

 これで話は終わりだと言わんばかりに、言葉にはピリオドが込められていた。

 

「まるで食われたみたいに死体が損壊しているって話だよな?」

「うん」

「マンイーターがどうした? 気になるのか?」

「ううん。ニュースで見てちょっと聞いてみたくなっただけだよ」

「また誤魔化すのか」

「誤魔化してないよ! 別に変なことは言ってないでしょ!」

 怒っている様子はないが、飾り目でいきり立つ。

「ムキになるなよ」

「ムキに――なってるのかな……」

 強く言い返そうとして、途中で萎らしくなった。

 

「まあ、これ以上は訊かねえよ」

 訊きはしない。

「ありがとう。ごめんね。勝手に尋ねて説明も無しに触れないでなんて。こっちの方が道理に合ってないよね」

「いや、いい」

「カズくんは意外と優しいね」

「意外は余計だ」

「余計かな~?」

 あははと笑いながら。

「お前は秘密が多い女だな」

「その方が美しくなるんだよっ」

「いってろ」

 

 白米の最後の一固まりを口に放り込み咀嚼。

 嚥下。

 弁当箱は空になった。

 スマホを取り出し時計を見る。

 

「ところで、昼飯はいいのか?」

 スマホの画面を見せる。

「あ! お昼休みって……」

「あと五分で終わる」

「わああああ! 早くご飯食べないと! 一口も食べてないよ! っていうか気づいてたの!?」

「まあ、途中から」

「なんで言ってくれなかったの!?」

「なんか話したそうだったし」

「本当は?」

「面白そうだったから」

「もおおおおおおおっ! カズくんはっ! ほんとっ! もうっ!」

 

 騒ぐ真白を無視して、教室に戻った。

 結局ラノベの続き読めなかった。

 

 

 

 放課後。

「ありがとうね相沢君。手伝ってくれて」

「いや」

 クラス委員長の女子がなんか仕事多くて困っていたので、手を貸した。

 主に重いものを別の教室に運んだ。

 困っているやつは助ける。窮地の人は救う。信条に従ったまで。

「じゃあまた明日」

 そう言って委員長は教室から出て行った。

 アイラが待っているかもしれない。急がなければ。

 教室を出て廊下を歩く。

 リノリウムの上を進んでいると、掛けられる声。

 

「あ、相沢さん。この前はありがとう」

「いや」

 バスケットボール部員だったか。

 また女子生徒だ。意図は別にない。

 助ける者の選別などすべてを救う者にあるまじき行為だ。

「また何か壊れたら修理お願いねっ」

「気が向いたらな」

「ふふっ、じゃあね」

 そう言って去って行った。

 確かバスケットゴールの金具がゆるゆるになっていたのを直したんだっけ。

 もっとまずい壊れ方なら俺では直せなかっただろうが、あの程度なら造作もない。

 俺も再度歩き出す。

 

 

 一応、今まで困った人は助けて来た。

 だが、満たされない。

 これじゃない、といつも思う。

 誰かを助けているはずなのに、違うんだ。

 根本的に、なにかが。

 今までで一番しっくり来た人助けは何だ?

 それは――

 一つの光景が頭に浮かぶ。

 

 ――いや。やめよう。こんな思考は。

 本当は分かっている。

 俺の些細な人助けなど、ただ渇きを癒しているに過ぎない。

 代償行為に過ぎない。

 

 先に頭に浮かんだ光景。それは、強姦未遂の現場だった。

 俺は偶然見つけて、女の子を一人助けた。

 救った。

 それが、今までで一番、しっくりきたのだ。

 

 


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