京太郎のペットな彼女   作:迷子走路

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リハビリの様な何かです。


『咲の見えない未来①』

 宮永咲にとって須賀京太郎という少年はただの知り合いに過ぎなかった。

 偶々クラスが同じで、偶々席が近くで。そして偶々向こうが気さくにクラスメイトに話しかけることが出来る人間だったから築きあがった関係だと本人は語る。

 そんなあっさりとしたコレと言って何て事は無い二人の関係だが、結局のところでただそれだけの条件を中学の間に満たせた男子は京太郎の他にはいない。

 一方、この時の京太郎にとっての咲は何となく周りから一線引いている大人しい同級生程度にしか思っていなかった。

 年相応に異性に興味のある健全な男子である京太郎だが、彼女には特別何か惹かれる要素はなかったと答える。

 だからこそ京太郎にとっても咲という少女はただの知り合いに過ぎなかった。

 こうして改めて見ても、まるで噛み合っていない二人。

 仮にクラスが違っていたり、もし高校の進路が違っていたならばその時点で接点を失ってしまうような繋がり。だが、お互いにそんな認識であったからこそ今も二人は付かず離れずの仲でいられるのかも知れない。

 宮永咲という少女の性格からすれば積極的に話しかけてくれる相手でなければ、知り合いになるきっかけすら生まれなかった可能性もある。

 須賀京太郎という少年の性格からすれば、もしも彼女が好みのストライクゾーンに入っていたならば、空回りをして他の生徒同様に一線引かれるどころか警戒されて避けられていた可能性もゼロではない。

 

 だから特別に距離が近づく事もないが、特に理由も無いまま離れる事も無い関係。きっとこんな形になったのもまた『偶々』重なったに過ぎない一種の調和…だったのかも知れない。

 

――――――

 

 中学の頃の京太郎はハンドボール部に所属していた……が、そんな事は咲にとって全く関係のない事である。

 精々、彼が部活に行っている間は静かに自分だけの時間でいられるとだけ彼女は思っていた。

 読書が趣味だと常套ではなく本気で語る彼女は運動があまり得意ではないし、積極的にしたいとも思わない。

 平凡な中学校に存在するありふれた文化部にも全く興味が湧かなかった彼女は、放課後には図書室を拠点に一人で読書に励んでいた方が充実していた。

 そんな姿をたとえどんな風に思われたとしても、この頃の自分にとっては一番に楽しかった時間だと本人は言い張る。

 態々、放課後に時間を割いてまで絵を描いたり、音楽を奏でるよりも余程有意義に思えたからこそ選んだ道に後悔はなかった。

 だから咲に言わせれば、図書室の窓から時々聞こえてくる京太郎の掛け声も「よくやるなぁ」としか思えない。

 読書中の音楽にもならないそれを聞きながら、彼に対して唯一抱く不満を余所に今日も物語の世界に彼女は浸かっていく。

 

 

 そんな何でもない日々が流れていった。

 

 

 三年目の同じクラスにもなれば大した接点の無い男女でも多少の感情は生まれる。

 

「あぁ、また須賀くんと同じクラスなんだ」

「結局ずっと一緒だったなァ。ま、なっちまったモンはしかたないだろ。せっかくだし今年もよろしくな宮永!」

 

 ここに至るまで何の関係もなかったとして。だからといってここまで近くに同じ人物がいればちょっとした運命の様な何かを感じたとしておかしくはない。

 それが二人にとっての一つのきっかけになった。

 中学、高校といえば人生の中でも大体の人間が思い出に残る出来事を記憶している時期である。

 咲にとってもそこは所謂『青春の一頁』に栞を挟むに値する出来事となった。

 大人になって昔を思い出すようなことがあれば、互いに相手の顔と名前を思い出しながらこんな人物と仲が良かったと、はっきり言えるぐらいの関係にこの時二人は関係を進める。

 物事や関係に "基準" や "水準" が数値として存在して成り立っていたなら、とっくにこんな関係になっていてもよかったのでは? と周りの人間は思っていた。

 理由として、明るく人付き合いの良い京太郎はともかく、咲は誰かと親しそうに仲良く話す姿を見る事が殆どない。

 勿論、そんな相手がいなかったわけではなく、ただ少なかっただけで同姓の友達はちゃんといたのだがそこまで興味を持って彼女を観察するような人間がいなかっただけの事で咲は数人のクラスメイトから孤独な読書好き少女として呼ばれていた。

 そんな事もあり、一部では二人は実は付き合っているんではないかという噂もあったりもしたが、実際に二人を見るとそんな雰囲気は微塵も無く、ただ一緒にいるだけの関係と言うのが余程ニブい人間以外には察してしまう。

 だから…ただそれならばそうと、もう少し仲良くすれば良いのに。と、そう思う人間も少なからずはいたと言うだけの話である。 

 

 そんないつまでも曖昧な関係だったにも拘らず……それから暫く、あっさりと二人はいつの間にか周囲の思うような"ちょっとだけ"仲の良い関係になっていた。

 

「なぁ宮永」

「なに、須賀くん?」

「イヤならいいんだけどさ、名前で呼んでも良いか?」

 

 仮にこんな台詞が少し前に出たところで咲は決して首を縦には振らなかっただろう。

 だが、ここに至るまでの積み重ねは間違いなく彼女にとってその判断を緩める結果に繋がった。

 

「え~……別にいいけど、何でって聞いていい?」

「いや特に理由はねーよ? ただなんか距離感じるなーって思っただけっていうか。あと、ほら『宮永』より『咲』のが呼びやすくね?」

 

 それは思いつきからの始まりだった。

 名前で呼ぶ関係っていうのはもっとこう…と心の中で彼女は思うが、別に嫌ではないし、読んだ事のある物語に出てくるようなシーンにも少し心が惹かれた。

 こんなデリカシーもムードも無い状況ではなかったと記憶しているが、ともかく咲にとって京太郎から名前で呼ばれると言う事自体は別に"嫌じゃなかった"。

 なら断る事も無い。けど、それだと自分はそれに合わせたほうがいいのではないだろうか? 物語の人物も片方が名前で呼んでいいか訊ねて了承を得たのに相手はずっと姓で呼ぶなんてあまりない。というか見たことないかもと彼女は思う。

 

「それじゃ代わりに私も名前で呼んでいい? なんか不公平だし」

「おー、いいぞ! んじゃ改めて。さ…………さ、咲…さん?」

「はいはい咲ですよーって、自分から言って照れないでよ。私も恥ずかしくなるじゃん…」

 

 京太郎は軽めの性格だが、所謂チャラい男では決して無い。むしろ異性には少し弱い程度にヘタレていると言える性格をしている。

 そんな彼は自分が思いつきで言った事に少しだけ後悔してしまったのだった。

 だが、男としてここで自らが出した言葉から退けば本当の意味でヘタレだと思われてしまうと自分を奮い立たせる。

 まぁ相手は咲だが……と、何かと彼女に対しては強めに出たがる京太郎であったが故にここで意思を曲げる事など、まして目の前の少女にヘタレ扱いされるなんて事態を受け入れる事は出来なかった。

 

「わりーわりー、んっ……よっ咲! よろしくな!」

「何そのノリ…はぁ、何か思ってたのと違うなぁー須賀くんじゃ仕方ないけどさー」

「ほら言ったぞ? 次はみ…じゃなくて咲の番だぜ」

 

 さぁさぁと直ぐに順応した目の前の男子に少しだけイラッしたが、心を落ち着かせて言葉を紡ぐ。

 

「じゃあ、京太郎くん」

「……」

「……」

「……」

「……長くなってるよねこれ」

「…だな」

 

 京太郎ほど異性だと意識していなかった咲は、照れるとかそんな物語の人物がするような事は無くあっさりと名前で呼んだ。呼んだのだが、一言でバッサリとその呼び方を否定した。

 京太郎の言い分から言えば名前の方が短くて呼びやすいからだが、咲の方からだと目の前の男子は名前の方が長い。

 かといって呼び捨ても抵抗があるし、やっぱり自分は苗字でというのも何だかお互い退けない。

 

「じゃあ、あだ名みたいなのとかどうだ?」

「あ、それなら短くできるね。え~と、『須賀』じゃあんまり変わんないから名前で考えればいいのかな。なら……京くん、京さん? いっそ京っちとか」

「なんかイマイチだな…自分の名前に悩まされるなんて初めてだぞ」

「なら、京ちゃんでどう?」

 

 "宮永" から "咲" へ。

 "須賀くん" から "京太郎くん" という短い時間を経て "京ちゃん" へ。

 この日以降、そうして決まった呼び方で二人はいつでも呼び合うことになるのだが、周りから「ついに夫婦になったか」とネタ扱いされる事になるとは露ほども思っていなかったとだけ言っておく。

 

 こうした流れを経て、二人はお互いに少しずつ。時に爆発するように一気に距離を近づけたりと絶妙な関係を築いていった。

 『物事や関係に "基準" や "水準" が数値として存在して成り立っていたなら』

 ちょっとした積み重ねが今回の様な出来事を二人に起こしていく。

 例えるなら、終盤まで進めたRPGの世界で仲間になったばかりのキャラを連れて強い敵を倒したらどうなるか。現実だとそうはいかないが、たったの一戦でそのキャラは一気にレベルが上がり、技を覚えて強くなる。

 二人の関係は日常で経験値という数値を貯めに貯めていた。

 だからちょっとしたきっかけさえあれば一気にその水準を超えてレベルが上がっていく。

 問題はなかなかその "きっかけ" が起こらず、一般的な基準を超えても尚レベルが上がっていない事なのだが……それでも今の二人には関係がない。

 ここまで来ても。こうまで進んでもまだ二人はようやく友人になれた程度の認識しかなかったのだから。

 

 

 やがて咲にとって、京太郎は傍にいると安心する少し特別な存在になった。

 

 

 高校生になっても進路は同じ。

 そしてまたもやクラスも同じ。

 続いていく繋がりの中でその()()()()()()事件は起きる。

 中学での部活でそこそこに良い実績と経験を得た京太郎は高校でもハンドボール部へ、そして咲はそんな彼を少し見習って文芸部へと入部した。

 

 それこそが咲にとって自分の人生に栞を挟むに値する出来事であり、彼との関係をレベルアップする"きっかけ"となったのだった。

 

――――――

 

『京ちゃんはまたハンドするの?』

『おう、咲はやっと部活に入る気になったのか。本読むの咲は好きだもんなァー、文芸部がんばれよ!』

『余計なお世話だよー。うん、京ちゃんも今度は全国行ってね』

 

………

 

『どした咲? なんか元気ないぞ』

『え? あ~、ちょっと他の部員の人と色々合わなくって…でも頑張ってみるよ』

『ふーん、そっか。まぁそういう事もあるからな。けど別に無理する事はねーと思うぞ?』

『あはは、京ちゃんには分かんない事情とかあるんだよ? でも、ありがとね』

 

………

 

『なぁ咲。部活がイヤならさ、辞めたっていいんじゃねーか?』

『だって他に知り合いとか友達いないんだもん。今更、クラスの人に友達になってくださいなんて言いづらいし』

『いや、言えばいいじゃん。簡単だろ?』

『私は京ちゃんみたいに出来ないの! それくらい解ってよ!!』

 

………

 

『京ちゃんこの間は怒鳴っちゃってごめん…』

『俺には謝れるのな…全然気にしてねーよ、ほらそんな顔すんなって。大体中学の時だって殆ど一人だったじゃねーか』

『うぅ、いたもん。友達くらい…でも清澄選んだら京ちゃんしか知り合いいないし、クラスの人と話すタイミング逃しちゃったし、だったら部活に入れば少しは話せる人が出来るかなって思ったんだもん…』

『結構下心あったんだな…ケドさ、いじめられてるとかじゃないんだろ?』

『そうだけど、合わせるのが辛いんだよ。なんか趣味が全然違うし、普通の小説とか読んでる人もいないし、というか真面目になんか書こうとも読もうともしてる人もいないし!』

『なるほど、要するにとりあえずなんか部活入った連中ばっかだったって感じか』

『うん。もう六月だし、今更どっかに入るのも何だかってなっちゃって……部活行きたくないよぅ』

『そっか…………よしっ! んじゃ部活辞めちまうか!』

『……えぇ? ねぇ京ちゃん、私の話きいてた?』

『部活には行きたくない、けど高校生活で一人ぼっちはイヤだって事だろ? 実は俺も咲みたいなもんでさ…もうハンド、辞めようかなって思ってたんだ。だからさ、友達作りはまだ焦んなくてもいいしさ。一緒に行ってやるから部活、辞めちまおーぜ』

 

――――――

 

 春という季節的に温かくなってきたとはいえ、まだ日が落ちるのがやや早い頃、二人は誰もいなくなった図書室にいた。

 京太郎は小説片手に文字と目の前で船を漕いでいる咲の顔を眺めている。

 このまま眺めるのも楽しそうではあるが、そのままでいたら机に頭をぶつけるかもしれない。そしてそこにある彼女の私物ではない本が折れたり破れたり、はたまた口から垂れそうな液体で汚れたりするかもしれない。

 そう判断した京太郎は目の前でのん気に眠っている咲をたたき起こす事にした……でこピンで。

 ピシッという小気味いい音が静寂の中で響くと同時に居眠り姫は目を覚ました。

 

「んぉ?……あれ、京ちゃん? なんか、おでこ痛い…」

「うたた寝なんかしてっからだ。ホレ、早く口拭かないとそれ。咲の証拠付きでこの学校に残り続けるんだろーなー」

 

 ハッと口元を袖で拭う。ポケットのハンカチも使わずにそうしたあたりまだ頭が覚醒しきっていない様だった。加えて言うとその動作は乙女的には結構アウトである。

 ニヤニヤとそんな光景を観察されていることに気付くと、恥ずかしさで目線を逸らす。ふと、窓の外を見るともう帰るには良い時間になっていた事に気付いた。

 あたふたと既に借り終わっている本を鞄にいれて立ち上がると、背中からバサリと何かが落ちる。

 京太郎の事だから何かイタズラでもされたのかと思いながら床を見ると、そこには清澄高校指定の学ランがへにゃりと絨毯の様になっていた。

 はて? と首を傾げる咲。

 落ちているのは男子の制服だ。自分のものではない。

 顔を向き直すと幼馴染の男子がいた。シャツ姿だった。

 

「……ご、ごめん京ちゃん! 落としちゃった!」

 

 気付いた瞬間に落ちた制服を拾い上げてパタパタと叩いて汚れを落とす。

 ただ落ちただけなのに、それは意外と汚れてしまっていてこの部屋の掃除は徹底されていないのかと咲が思っていると、笑いながら彼は手を伸ばした。

 

「それさっきから何度も咲から落っこちてたからな。そりゃ汚れるだろうな」

「え、うわゴメン! 何度もかけ直してくれた…って、汚れたのをまた私にかけ直したって事!?」

 

 遂には腹を抱えて笑う京太郎に対してむくれながらも、バサバサ埃やらを落とす動作を止めない。

 結局納得するまで綺麗になってからその制服は持ち主の手に戻ってきたのだった。

 

――――――

 

 人気の無い廊下を二人並んで歩く。電気は付いているが、階段の辺りは薄暗くなっていて咲はその間だけ京太郎より早く足を動かした。

 背丈が違うので当然、歩幅も違う二人。

 並んで歩くときはまるで子犬のように彼女はせかせかと彼の隣を歩いた。

 いつからこうなったのだろうか。

 中学時代はそんなに一緒になって下校することは無かった。

 当然だ。その時の彼は部活に入っていたのだから帰る時間が違って当たり前である。だからこんな風になったのはきっと最近だろう。

 そう、最近だ。一年程前に一緒になって部活を辞めてから咲と京太郎は今まで以上に行動を共にするようになっていた。

 休み時間も、昼食も、そして下校時間も。

 互いに少しだけ遠慮しながらも一緒にいるようになったのだ。

 二人ともお互い自分のために相手が()()()()()()()のだと思っている。

 気付けば咲は京太郎をたくさん頼りにするようになった。

 友人と呼べる知り合いは今は彼しかいない。そんな相手にも見放されたら自分に待つ未来は完全な孤独である。それは正直言ってイヤだった。

 押す部分は押し、退く部分は退く。

 すると自然に甘える所は甘えて、お互いが過ごせる時間を増やし、一緒にいれる様になっていた。少し恥ずかしいが、そんなだから今でも夫婦ネタは健在で彼の友人にはからかわれたりもする。

 だが既にそんなのは慣れっこで、もはや口で軽く否定するだけでそれくらい気にしなくなっていた。

 因みに彼女にとっての気にしないは無言のオーケーという事なのだが、本人も深く考えていないのでそこは割愛しておこう。

 本来遠慮するべきことなのではと思う咲の行動だが、そこはただ幼馴染をしていただけではない彼女の観察眼が「そうすれば自分も楽しい」という事になるのを見抜いていたからと言う他無い。

 

 何故なら京太郎は人に頼られると、とても喜ぶ。

 

 遠慮して接するより、こちらから甘えれば何だかんだノーとは言わないのだと咲は良く知っている。

 反対に京太郎は咲を引っ張って退部したことを今でも少し引きずっていて、だからこそ彼女の薦める本を頑張って読んだり、一緒に遊ぼうとする行動をされると余程の事が無い限りは断ったりはしなくなっていた。

 少し前からは考えられないくらい積極的に自分に関わろうとする様になった彼女に最初の中は困惑するも、結局の所、咲の見抜いていたとおり京太郎は頼られるとノーと言えない男子なのだ。

 おかげで全然興味の無かった読書も今ではそろそろ趣味だと言えそうな位に生活に染み付いてきていて、偶に彼女と本の感想を言い合ったり出来る関係になっている。

 とはいえ、そんな義理立ての様な気持ちだけでそこまでの行動を続けようとは須賀京太郎という少年は思わない。

 そこにもう一つ。咲の為ならそれも悪くないと思える要素があったのだ。

 それは、彼にとって咲は"好み"からはかけ離れた体型(スタイル)をしているが、一緒にいて悪くないと思える性格をした一応美少女だという事。

 男子にとって共通するであろう感性は京太郎にとって大いに今の環境を受け入れるに足る要素となっていた。

 

 説明不要と言える程に単純な理由…つまり、気の許せる女の子に頼られて悪い気を起こす男はいないという事である。

 

 

「あ、そうそう言い忘れてたわ」

「なに、京ちゃん?」

 

 今が充実しているせいで、友達作りも半ば諦めている咲にとってこの関係は最優先すべきかけがえの無い時間だった。だから可能な限り長くこのままと無意識に思ってしまう。

 だが京太郎の人生もある。

 彼がもし、また何かを始めたいと言い出したらその時は頑張って応援しよう。自分にとって既に大きな存在になった彼を見守るのも悪くは無い。

 別にこの先ずっと離れ離れになる訳ではないのだ。ちょっとくらい昔の様になっても平気だと自分に言い聞かせる。

 だが、何事にも例外はあるもので……。

 

「今度麻雀部の見学に行ってくるからその日は先に帰ってていいぞ」

 

 その言葉に咲は京太郎が何を言っているのか一瞬解らなくなった。

 まだ彼には話していない思い出が蘇る。

 麻雀。そう麻雀だった。

 宮永咲にとって未だに苦手意識の無くならない一つで、その存在を何だかんだ楽しんでいた日々が忘れさせていた。

 

「なんか廃部寸前らしいんだよ。で、片岡って同級生なんだけどそいつにちょっといろいろ相談受けてて……」

 

 苦い過去を思い出す。

 自分なりに頑張った努力は家族の誰にも届かず、誰も望まぬ結果となったあの頃。その元凶になった麻雀を許せなくなった。

 時が経った今ではそこまででもないが、それでもあの時の記憶を思い出すとそれは変わらずに苦手なままである。

 

「その親友が転校しちまったらしくてな。おまけに今年もまだ入部者がいないらしくて……」

 

 今、咲が抱いている感情は不安と、嫉妬にも似た何か。

 「別に、麻雀くらい」と思う気持ちと「()()麻雀は私から何かを奪おうとするのか」という気持ちがごちゃごちゃと頭の中で弾け回る。

 

「……咲?」

「ねぇ、京ちゃん……私ね」

 

 

 

「やっぱり麻雀って…大キライかも知れない」




才能のあるポンコツな女の子は出ますが、さくら荘は関係ありません。

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