『完結』家族ができるよ! やったねモモンガ様!   作:万歳!

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前回のあらすじ

モモンガ「奇跡も、魔法も、あるんだよ」


第8話

 荘厳な廊下に、アインズの足音が響く。アインズはアルベドの下に重くなりがちな足を動かしていた。

 

 理由はもちろん、カルネ村の一件を話し合うためだ。 

 

 ここでアインズがすべきことはただ一つ、パンドラズ・アクターに言われた通り、時間を稼ぐことなのだ。時間を稼いでモモンガがこの先、理の異なる世界でどう動くのが最善かを知るための情報を集めること、アルベドにどのように打ち明けるか考えることである。

 

 

「アルベド、待たせたな」

 

「待ってなどいません! それに、待つことも至高の御方々に仕える、我らの務めでもあります」

 

「……そうか」

 

 意外と簡単に時間を稼ぐことができそうだ。言葉通りなら、決死の覚悟は必要なかったかもしれない。だが驕ってはならない。

 

「それでは、だ。カルネ村での私の対応に、不満や疑問があれば答えよう」

 

「それでは……モモンガ様はあの村に、一体何を見られたのでございますか? モモンガ様になられる以前に何があられたのですか?」

 

 ……直球の質問である。そしてアルベドは自分をアインズではなく、モモンガと呼んだ。合わせてくれているのか、今のモモンガがアインズと名乗るのに力不足と思ったのかは分からない。ただ、できる限り真摯に向き合うだけだ。最も真実を語ることはできないのだが。

 

「何と説明すればいいのか……アルベド、すまんがその事を話すのには、もう少し時間をくれないか? はっきり言って、自分でも上手く説明できるか分からん……それに、過去の事を話すのは私自身に覚悟がいる」

 

「覚悟、でございますか?」

 

 例えユグドラシルの真実を話さないのだとしても、覚悟が必要だ。自身の過去と向き合う覚悟が、だ。それに、勢い余って真実を明かさないように、パンドラズ・アクターと辻褄を合わせて、台本を作る必要もある。

 

「そう、覚悟だ。私自身、辛くて忘れていた……忘れようとしていた過去に向き合う必要がある」

 

「……モモンガ様のお許しさえあれば、原因を全力を以て排除いたしますが?」

 

「排除、排除か……無理だな。どうやっても排除する事はできない、な。もう、すでに結果だけが残っているのだから」

 

「……もしや、お辛い過去とは、至高の御方々が関わっているのでございますか?」 

 

「どうして、そう思った?」

 

「何となくで、ございます」

 

 まずい。何かアルベドが大きな誤解をしているような気がする。無いとは思うが、下手をしたら仲間たちに何かを問い質すか……大事件が起きそうな予感がする。

 

ここだけは、今すぐ誤解を解く必要がある。万が一にも刃傷沙汰になるのだけは回避しなければならない。

 

「結論を言えば、仲間たちは関係ない……いや、ある意味では関わっているのか? 全てに、自分の存在にすら希望を見いだせなかった私に、生きる希望を与えてくれたのだから」

 

 アンデッドである以上、生きる希望と言う言葉には語弊があるかもしれないが、それ以上に適切な言葉は無い。まさしく彼らはモモンガにとって希望なのだ。

 

「……希望で、ございますか? そう言えば、危ないところを、たっち・みー様に救われになられたとか?」

 

「そうだ。殺されかけていたと言ったな? もう少し詳しく言えば私がまだ弱いころ、プレイヤーたちにおもちゃのようにリンチにされていて――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――は?」

 

 

 ……どうやらモモンガは、知らない間に踏んづけてはならない、特大の地雷を踏んづけてしまったようだ。アルベドから溢れてはいけない瘴気が漏れ出て、何らかのオーラを視覚化している。

 

 一言で言おう。怖い。人間だったなら、漏らして気絶していると断言できる。

 

(カルネ村の人たちの恐怖が良く分かった……多分、今のアルベドのように見えてたんだろうな)

 

 

 アンデッドである自分は、ただの村人たちから見たら、今のアルベドのように見えていたのだろう。ただの現実逃避であるが、より納得できた。

 

 

「お、落ち着いてくれ、アルベ――」

 

「落ち着けと……落ち着けと、仰られますか!? モ、モモンガ様が、殺されかけただけでは飽き足らず、お、おもちゃのように、リ、リンチにされていたと聞いて、落ち着ける者など、このナザリックにおりません!! い、今すぐにでも、討伐に行くべきで御座います!」

 

「お、落ち着くのだ、アルベド! 私はたっちさんに救われたと言っただろう? その件はすでに解決しているのだ!」

 

「…………畏まり、ました」

 

 不承不承ながらも、命令に従い、怒りを抑えようとしてくれている……しかし、まだ活火山だ。ふとした拍子に噴火しても可笑しくない。

 

 否、噴火する。

 

 話を進めて有耶無耶にするしかない……後でパンドラズ・アクターとも詳しく話し合うことになるだろうが、一応カルネ村をどうするか、アルベドにも相談してみよう。

 

「ところでだ、アルベド。現在カルネ村は、現地で初めて得た友好者だ。誰か信頼が置けるもので連絡役を置くべきだと思うが、どう考える?」

 

「現在、影の悪魔(シャドウデーモン)を配置しておりますが、連絡役には不向きでございます。誰か別の者に任せた方がよろしいかと」

 

「……では、ルプスレギナに連絡役を任せたいと思うが、意見はあるか?」

 

 ルプスレギナは神官であるため、万が一怪我人などが出ても、十分対応できるとの判断であり、私情を極力排除してモモンガが考えてみた人選だ。

 

 余談ではあるが、私情最優先だった場合、最高位の神官であるペストーニャを派遣することを決定した可能性が高い。

 

「……恐れながら、ルプスレギナは真面目に仕事に取り組みますが、少しサディスト(S)であり、大雑把なところがございます。カルネ村への連絡役には不向きかと……万全を期すのであれば、ユリ・アルファがよろしいかと」

 

 ルプスレギナがそんな性格なのであれば、残念ながら除外する他ない。さすがに、本気でペストーニャを派遣するのは、メイド長と言う職責、ナザリックの運営と言う点からも不味いのは、小卒の自分でも良く分かる。

 

「そうか……教えてくれたこと、感謝するぞ」

 

「感謝だなんて! 愛する方のお役に立つのは当然で御座います」

 

「……アルベド、お前のその感情は私が書き換えてしまった物なのだ」

 

 そして――

 

 

 

「……何とか乗り切った、か。出てこい、パンドラズ・アクター……それにしてもアルベドは怖かったな」

 

 結果として、モモンガはアルベドに設定を歪めたことを謝罪し、上手く誤魔化されるという結果に終わった。

 

 アルベドはすでにおらず、人払いもしているためこの部屋にはモモンガを除いて、誰も存在しないはずだ。最低でも、アルベドはモモンガ以外いないと思っていただろう。しかし、モモンガの声に従うように誰かが出てきた。

 

 パンドラズ・アクターだ。あの後、アルベドとの話し合いに際して、パンドラズ・アクターは傍でアルベドを観察する手筈になったのだ。

 

 探知系から完全に身を隠す指輪や完全不可知化(パーフェクト・アンノウアブル)に代表される魔法やパンドラズ・アクターが仲間の姿を借りて使用した特殊技術(スキル)などを使用した、とても豪華な手段だ。

 

 これだけすれば見つかる恐れはほぼ無い。モモンガも多くの魔法を使用しなければパンドラズ・アクターの姿を捉えるのは容易ではない。

 

 それこそ、高レベルの盗賊でもなければ。そして、アルベドは盗賊系の職業を有していない以上、見つかる可能性はないだろう。

 

 ただ一つ問題があるとすれば、パンドラズ・アクターが先程、NPCの真実を話した時と同じような雰囲気を纏っていることだ。

 

 心なしか怒りも感じられる。

 

 どうやらモモンガはアルベドに続き、完全に味方と唯一断言できる存在である、パンドラズ・アクターの地雷も踏んだようだ。

 

(俺、どこで地雷踏んだの!?)

 

 先程、パンドラズ・アクターに打ち明けた以上の地雷は、早々無いはずだ。それに自分はアルベドと話し合っただけだ。パンドラズ・アクターの地雷を踏む要素なんて無かったはずである。もしあったなら、大変遺憾である。

 

「パンドラズ・アクター、どうしたんだ? 何か私は失敗をしたか?」

 

 あるとすれば、アルベドとの普通の会話で何か大きな失敗をしたのだろう。皆目見当はつかないが。

 

「……父上、先程アルベド殿に『おもちゃのようにリンチにされていてな』と、仰せになられましたね?」

 

「そ、そうだな」

 

「その件は、ナザリックの者たちに話さない方がよろしいかと。ナザリック全ての者たちが、許容できる範囲を遙かに超えております。父上から見れば当時は幻想だったのでしょうが、我々は別の受け取り方をします」

 

「……分かった。気を付けよう」

 

 パンドラズ・アクターが不機嫌なのも理解できた。確かに、自分はすでに過去のことと受け入れている。しかしそれを誰かに話すことは問題なのだ。

 

 彼らNPCにとって、自分の話は全てが真の話となる。自分が幻想(ゲーム)の頃の話をしていたとしても、彼らは現実の話と受け取るのだ。

 

 モモンガ自身の意識も早急に改める必要がある。

 

 パンドラズ・アクターとモモンガの話し合いは終わることなく続いていく。

 

★ ★ ★

 

 悪夢の一日の最後、ネムはエンリと共に同じベッドで休息をとった。仲良く、何かへの怯えを互いに分かち合うように、抱きしめ合いながら。

 

 朝目が覚めると、エンリの用意した朝食を一緒に食べて、朝の仕事を一緒にする。それなら今までと、何も変わりはなかったかもしれない。

 

 だが欠けている物もある。両親だ。

 

 二人はもう二度と帰ってこないのだ。そして、欠けているのは二人だけではないのだ。

 

 カルネ村は人口百人前後の小さな村であり、村人同士助け合わなければならない。だからこそ、村人たちは全員家族同然でもある。

 

 そんな彼らが一気に減ったのだ。活気が無くなるのも当然と言える。実際村の外へ出たネムはそれを肌で感じられていた。

 

 

 

 しかし、そんなカルネ村に異物が存在した。武装した戦士たちだ。家族を理不尽に奪い去った者たちが、目の前にいるのだ。

 

(……なんでお父さんたちを殺した人たちが、カルネ村にいるの?)

 

 彼らが来た時、アインズが話していた言葉は全ての村人に聞こえていた。当然だが、ネムも聞いていた。

 

 アインズはネムの両親が殺されたことにそれほど大きな声で憤怒に交じっていた。ネムはまだ幼い子供だ。難しい事は理解できない。それでも、両親たちを奪った原因の一つが戦士団とは理解できていたのだ。

 

「行こう、コロちゃん」

 

 アインズからお借りした狼、コロちゃんに話しかける。――アインズから好きな名前を付けていいと、そう言われていたネムは眠りにつく中で必死に名前を考えていた。

 

 そして、朝起きた時にまるで天啓のように、コロちゃんと言う名前が浮かんだのだ――

 

 

 ネムはゆっくりと戦士長に近づいていく。近くには村長や村人、戦士達もいる。何か険悪な空気が漂っているのが分かる。

 

 傍目に見ても、とても緊迫していることが分かる。村長たちは大人なのだ。故に、ネムよりもアインズの言葉を深く理解できるのも当然の帰結である。ならば、目の前にいるのは紛れもなく、村を虐殺させた原因の一つなのだ。

 

 直接は手をかけてはいない。騎士たちへの怒りの方が強くはある。だが、それでも考えてしまうのだ。もし、戦士長たちさえいなければ、虐殺されることはなかったかもしれない、と。

 

 確かに虐殺されたことで得た物もあるのかもしれない。だが、怒りが消えてなくなることはない。

 

 だからこそ、必死に怒りを抑え込もうとしているのだ。何の警戒もしていなかった自分達にも……非はあると考えて。

 

 そして、戦士たちも村人たちの感情をある程度理解している。だからこそ、ただ一人を除いて視線が揺れに揺れ、村人たちからの視線を直視することができないのだ。

 

 自分たちの罪が分かっているからこそ、被害者たちの視線に目を合わせることができないのだ。

 

 

 ――これが普通の人間だ。いくら戦士として訓練を積んだとしても、自らの罪を直視するのは難しい。

 

 だが彼らは決して悪人ではない。もし悪人であるならば、そもそも罪とすら認めず逆上するのが必然なのだ。

 

 もし、視線一つ逸らさず、眉一つ動かさずに自らの罪に対する糾弾を受け入れる者があれば、英雄と呼ばれても過言はないだろう。

 

 それはまさしく、リ・エスティーゼ王国、王国戦士長に他ならない。しかし、今回の虐殺の原因は彼だけではない。否、一番悪いのは貴族たちだ。

 

 そして、貴族を抑えることができなかった国王でもある。

 

 だが、そんな言い訳はガゼフはしないし、できない。そんな曲がった生き方ができないからこそ、別の世界でアインズにすら手に入れたい存在と思わせたのだから。

 

 

 はっきり言えば、ガゼフは弱い。周辺諸国最強の戦士と称されているが、それは単に表向きな話だ。ガゼフをゴミのように殺せる存在は数えきれないほどいる。ナザリックを除いたとしても。

 

 しかし、こと精神の輝きなら、ガゼフに勝る戦士はいないだろう。国王への忠誠。力なき者を守ろうとする精神。どれだけの力の差を見せつけられたとしても、くじけぬ心。

 

 ガゼフは紛れもない英雄である。だからこそ、村人たちの感情を……視線を逸らさずに受け入れているのだ――

 

 戦士長はネムの接近に気づいたようだが何も言わない。少し距離が開いたところで立ち止まる。

 

 ネムは集団のリーダー、ガゼフに近づいて行った。

 

「……アインズ様が仰ってた事は、本当なんですか?」

 

 ネムが暗い表情で問いかけると、戦士長は顔を歪ませた。だが、決してネムから視線を逸らさずに答えた。

 

「……そうだ」

 

「…………なら、なんでこの村にいるんですか! お父さんとお母さんを返してよぉ!」

 

 ネムが泣きながら、睨みつけながら叫ぶ。……戦士達は辛そうにネムから目を背けていた。見たくない物から目を背けるように……ただ一人、戦士長だけは辛そうな表情をしながらも、ネムの目をしっかりと見据えている。

 

 

「……すまない。全ては、誓って私のせいだ。君達の家族を……友人たちを、奪ってしまった……私にできる事なら……何でもしよう」

 

 納得がいかない。家族が奪われたのだから当然だ。気づけばネムは、地面に落ちている、小石を掴んでガゼフに投げつけていた。ただの小娘が投げた石だ。力が無く狙いすらまともにつかず、か弱く投げられた石は、しかし寸分違わず、戦士長の眉間に吸い込まれ、額から赤い血を流した。

 

 

 

「……でてって。カルネ村から出てって! この村にいないで……もう二度と来ないで!」

 

「分か……った。お前達、行くぞ……ッ」

 

 戦士達は村を去った。何かに急かされるように……戦士達は何かから逃げるように村を去る……ただ一人、馬の上から頭を下げている存在もいたが、関係が無い。

 

(……許さない)

 

 全ての村人が感じた事だろう。もし村の救世主であるアインズが訪れなければ自分達も死んでいたのかもしれないのだ……否、確実に死んでいたのだから。

 

 

 

 

 戦士達が去った後、村人たちは広場に集合していた。議題はこれからどうするかだ。

 

 もう少し詳しく言えば、村を守る多面の見張りなどをどうするかである。

 

 だが、その問題のいくつかはすぐに解決することになった。アインズがネムに与えたアイテムの存在である。ネムはそのアイテムを高らかに吹上……それから、月日は流れた――

 

 

 ネムは現在エンリに言われた手伝いをしていた。今は拙い手順ながらも必死に薬草を磨り潰していた。そのため周辺には強烈な匂いが充満していた。

 

 鼻が慣れていなければ、ネムは涙ぐむはめに成っていただろう。だが、ネムは問題ない。しかし一匹だけだが、涙目……で正しいかどうかは不明だが、苦しい思いをしている存在がいる。

 

 コロちゃんだ。当然と言えば当然である。嗅覚が普通の人間より優れている以上、鼻を突きさすような臭いは苦しいのだろう。

 

 人間でも涙を流さずにはいられないほどの匂いなのだから当然と言えば当然である。だがらネムから、正確には石臼から離れようとしても当然である。

 

「どうしたの、コロちゃん?」

 

 自分から距離を取っていることに不信を覚えたネムは仕事を辞めて、コロちゃんに近づき、撫で回した。当然逃げようとしたが、ネムは少し涙目になっていたため、本来の主人の意向もあるため、匂いの辛さに諦めて撫でまわされたのは当然でもある。

 

 

 

 

 

 暫くネムがモフモフを楽しみ、仕事を終わらせるとネムはコロちゃんに跨り、村の近くの草原をかけていた。

 

 そして、急に立ち止まった。

 

「どうしたの?」

 

 駆けている時の気持ちいい風が急に無くなり、話しかけるが一方向に視線は固定されている。それに釣られてネムも見てみると目を見開いた。

 

 視線の先には生者を憎むアンデッドがいたからだ。だがネムは恐れない。

 

「アインズ様!」

 

 自分達を救ってくれた人だからだ。気付けばコロちゃんから飛び降りて、息を切らせながら駆け出していた。

 

「元気にしていたか、ネム?」

 

「はい、元気です!」

 

 依然と変わらない、優しい村の救世主の姿である。

 

 そしてアインズの後ろを見て驚いた。

 

 綺麗な女性と、石でできた動像とコロちゃんの仲間達がいた。思わず呟いていた。

 

「綺麗……アインズ様のお嫁さんですか?」

 

 

★ ★ ★

 

 アインズはネムの言葉で沈静化して固まってしまった。後ろでは同じようにユリ・アルファが固まっているのが、アンデッドになったことで上昇した知覚能力で分かる。

 

「……違うぞ。ユリはな……そうだな」

 

 アインズは一歩後ろにいたユリに近づき頭を撫でる。その瞬間顔に赤みがでた気がするが、気にせずに質問に答える。

 

「ユリは……姪……娘みたいな者だ……それに私を良く見てごらん?」

 

 萎縮させないできる限り優しい言葉に言葉を選ぶ。ネムがこちらを凝視して、自分の姿を見終わった頃を見計らい話す。

 

「私は骸骨のアンデッドだぞ? 結婚してる訳ないだろう? それに、結婚は生者の特権だからな」

 

「そうなんですか? 骸骨だと結婚しないんですか?」

 

 ネムが驚いている。そこまで驚くような事だろうか? とはいえ、お互いに常識を知らない以上、そう思うのも仕方ないのかもしれない。

 

 分かっているのは、常識を知らないと言う事が、とても危険だと言う事だけだ。

 

「そうなんだよ。それで村長はどこかな?」

 

「……はい! こっちです!」

 

 ユリの頭から手を離して、月光の狼(ムーンウルフ)と一緒に村長の方へ案内してくれる。途中ユリが……動かず固まっていたが、少し遅れながら行動を開始していた事で、アインズは特に気を止めなかった。

 

 

(本当に仲良くなったな)

 

 モモンガにとっても悪い事ではない。この少女の事は気に入っているのだから……そんな事を考えていると、ネムが気まずそうに振り返りながら謝り出していた。

 

「アインズ様。ごめんなさい! アインズ様から頂いた笛を使っちゃいました……」

 

「別に気にしないぞ? 元々ネムにあげたものだからな。……それでゴブリン達はしっかり働いているか?」

 

「……うん! みんな一生懸命に村の人たちと働いてくれています。みんなで一緒に村の周りに柵も作ってるんだよ!」

 

「ほう。確かに防衛には必要だな。ところでネムは何をしていたのかな? もしかして遊んでたのかな?」

 

 これにネムが少し剝れる。遊んでたと思われたのが嫌だったのだろうか?

 

「むぅ~アインズ様違います! コロちゃんと一緒に見回りしてるんです!」

 

「これは失礼したな……そういえば、あの後何もなかったか?」

 

 ネムが今までの明るさを無くして急に立ち止まり、アインズを不安にさせた。

 

「……アインズ様。実はネムが戦士達を追い出しちゃった……」

 

「……え?」

 

「その……石を投げつけちゃった」

 

 もう少し深く聞き出すと、何故ネムがそんなことをしたのかも理解できた。

 

 モモンガの家族の死と、ネムたちの家族の死は状況が異なる。だが、社会によって理不尽に奪われたことに変わりはない。

 

 あるいは同じように、モモンガ以上にひどい状況で家族を奪われ、社会構造そのものを憎んでいた、ウルベルト・アレイン・オードルならより深く共感したかもしれない。

 

「彼の責任でもあるし、その事でこの村に不利益が起こる事は無いだろう……この村に殺戮を齎した元凶の一人だからな……一応は高潔な人物なようだし……その話は止めにしよう! 村長はどちらかな?」

 

「……はい、こっちです!」

 

 道中はネムの普段していることなどを聞いていた。

 

 穢れを知らず純真な子供特有のあどけない笑顔。ガゼフにしてしまった事も、ある意味子どもゆえだろう。

 

 

 ナザリックの者たちと過ごす時は常に肩肘を張る必要がある。それに、ナザリックの女性陣の一部は怖いのだ。もしかしたら、トラウマになってしまうくらいには。

 

 さらに言えば、確かに一人は例外はいる。肩肘を張る必要は全くない。鈴木悟の素を出しても問題ない存在もいるにはいる。しかし、彼と共に色々していると精神的にダメージを負うのも、紛れもない真実なのだ。

 

 家族として認めてはいる。しかし、それとこれとは別なのだ。支配者としてのポーズを考えて、それを実践させようとする姿。

 

 純真無垢なネムを見ていると、癒されなかった荒んだ心が浄化されていく気分であり、安らぎを感じるのだ。

 

(中二病のままいれたら、幸せだったのかな……)  

 

 少しだけ、パンドラズ・アクターとの支配者としての練習風景を思い出し、力なく思ってしまった。

 

 ただひたすらに、泣き叫んで、この遣る瀬無い気持ちをどうにかしたいが、アンデッドであるため瞬時に沈静化される。ある意味アインズ、というよりモモンガや鈴木悟に対する嵌め技だ。

 

 もし、パンドラズ・アクターとアインズが決闘をした場合間違いなく負ける。(ある意味で)

 

 

 

 ……いつの間にか村の中央についていた。周囲の村人たちが慌てているのが分かる。やはり、何の連絡もなく岩の巨人が来れば驚くのだろう。

 

「ようこそお出で下さいました、アインズ様! 何か、ございましたか?」

 

「いやいや、特に何もないのですが……今回来たのは、あなた達にこのゴーレムを贈るためです。このゴーレムは命令に従って黙々と作業に勤しみます。この村のために役立ててください」

 

「……ありがとうございます。しかしこれ以上、ご迷惑をおかけするのは……」

 

「迷惑なんかではありませんよ。あなた達のおかげで私は人間の意思の輝きを知る事ができた……」

 

(家族ができたとは、さすがに言えないよなぁ……それに、それだけとも言えないし)

 

「……如何なさいました? アインズ様?」

 

 途中で黙ったからか、不自然に見えたのだろう。代表して村長が聞いてくる。

 

「いえ何でもありません。とにかくこれでも、あなた達への感謝は足りないぐらいです。ユリ、挨拶を」

 

「畏まりました。ボク……失礼しました。私アインズ様のメイドであり、ユリ・アルファと申します。御見知り置きを」

 

 メイドに相応しい美しい所作で挨拶をした。近くにいた村人全てが、男女に関係なくユリを見て視線を釘付けにしている。

 

 メイドが珍しいからか、ユリが美しいからか、はたまたその両方かは分からないが、仲間の子どもにプラスの感情を持たれることは誇らしい気持ちになる、それだけは確かだ。

 

「今回ユリを連れてきたのは、カルネ村との連絡役にするためです。さすがに常駐させる訳にはいきませんが、私が来られない時は、彼女に伝えてくれればできる限り村の事を援助します」

 

「ありがとうございます。しかし、よろしいのでしょうか? そこまでして頂くのは……」

 

「構いません……そうですね、ではこうしましょう。また遊びに来ますので、この村の発展具合を私に見せてください。それと。収穫祭などの祭りの時に私を招待してくれると嬉しいです」

 

 それに、アインズが援助を申し出ているのは単なる善意ではない。パンドラズ・アクターと話し合って情報収集のために有用だと、判断されたからである。確かにカルネ村との友好関係を維持するのは重要だ。個人的にネムや村人たちのことも気に入っている。ナザリックに悪影響が出ない程度には保護してもいいぐらいには。

 

 だが、それはいい訳にすぎないのだろう。

 

 何よりも、一人の女性のためなのだ。

 

(……代償行為、なんだろうな)

 

 アインズは感情の動きを、鈴木悟の心の叫び、そう分析していた。

 

 ここまでするのは、村長夫人を自分の母と重ねているから……もしかしたら、母にできなかった分の親孝行をしたいと、無意識のうちに望んでいるのかもしれないし、この感情を否定することは、何となくできなかったのだ。

 

 とはいえ、これ以上彼女に近づくのは危険でもある。どこかで、折り合いを付けなければならないのは、明白だ。

 

「――分かりました! アインズ様をしっかりお招きできるように頑張らさせて頂きます!」

 

 ……どうやら、少し意識がそれていたようだ。やはり、彼女を見ているとアンデッドなのに、沈静化が発動しない程度に精神的に不安定になってしまう。とにかく、上手く話が付いたようで良かった。

 

「楽しみにしています。それでは、今日はこの辺で失礼します。石の動像(ストーン・ゴーレム)は村長と……そうだな、ネムの命令に従うようにしておきます。……ではユリ帰るぞ。しっかりカルネとの連絡役に従事するように! ……では、今日はこの辺で」

 

 ユリの返事と村人たちの挨拶を聞き流しながら、天国でもあり、地獄でもある、我が家への帰路に就く。

 

(さぁ、ナザリックへ帰ったら、パンドラズ・アクターと一緒に楽しい、支配者に必要な勉強と……演技の練習だ)

 

 最後を思い出して、精神が抑制されていた。勉強の方は普通に耐えられる。むしろ、パンドラズ・アクターの教え方が上手いせいか、面白くもある。

 

 だが、演技の練習。お前はダメだ。パンドラズ・アクター自身は言いつけを守っているためか―――時々出るが――過剰な演技は控えてくれているが、アインズ自身にそれに近い行為を手取り足取りでさせようとするのだ。しかも、上手くできていないとお手本と称して……何の罰ゲームなのだろう。

 

 全力でお断りしたいが、「これが、支配者として相応しい在り方でございます!」などと言われれば、残念なことにアインズには否定するための根拠がないのだ。一応、駄々を捏ねれば減らしてくれるのがせめてもの救いだが。

 

 子どもに駄々を捏ねているためか、精神的苦悩は一切減らない。憂鬱である。もし、仲間たちが入ればこの感情を分け合えたのだろうか?

 

(ヘロヘロさん……私はあなたをあの時引き留めなかったことを、心の底から後悔しています)

 

 とても口惜しい。自分が創り出した黒歴史を見て、悶えるのが自分一人と言うことが。

 

 仲間が欲しい。

 

「――アインズ様!」

 

 後ろからネムの声が届いていた。どうやら、一人と一匹で追いかけてきたようだ。先程と変わらない、天真爛漫な笑顔を浮かべながら。

 

 

 自分を支配者として振舞う事もなく、他人行儀すぎる事もなく、見るだけで精神が不安定になったり、精神に(無意識的に)攻撃をかけてくることもない。何て貴重な存在なのだろう。

 

「途中までお見送りします!」

 

「……嬉しいぞネム」

 

 やさしく頭を撫でる。村の外れまで見送ってくれるようだ。嬉しいことであるし雑談で時間をつぶせるのにも感謝だ。何より、数十分後に起きる未来の惨劇(喜劇)を一時的にでも忘れることができることに、心から感謝だ。

 

「それでですね! あれ……そういえば、アインズ様はどちらに住まれているんですか?」

 

「むっ、私の住まいか」

 

 少しだけ頭で考えてみるが、別にナザリックは人間種を招くことを禁止している訳ではない。なら、別にネムやほかの村人を招いても特段不都合ではないだろうし、仲間たちに怒られることもないだろう。

 

「……よし! もう少し状況が落ち着いたらになるが、ネムを……ネムたちを私達の家、ナザリックに招待しよう。その時まで、どこに住んでるかは内緒だ」

 

「いいんですか!?」

 

「ああ。楽しみにしていてくれ」

 

「はい! 楽しみにしてます!」

 

「ああ。私もネムを招待できる日が楽しみだ。それとムーン……コロちゃんの食料は足りているか?」

 

「はい! ジュゲムさん達のおかげで私たちも、昔よりたくさん食べられます」

 

 それなら、残り二匹もカルネ村に護衛として残すべきだ。はっきり言ってモモンガには月光の狼(ムーン・ウルフ)はレベル的に必要がない。なら、残りの二匹もカルネ村の護衛にしても問題は無い。

 

 裏ではパンドラズ・アクター監修の下、より強力な物たちがカルネ村に常駐する手筈になっているが、表にもう少しおいていても構わないだろう。今回は見送るが。

 

 

「そうか……なら良かった。ネム、今日は楽しかった。我が家に招待する件、楽しみにしていてくれ」

 

「はい! 楽しみにしてます! アインズ様もお気を付けて!」

 

 そう言ってネムはコロちゃんに跨り、村外れから駆けていった。アインズは見えなくなるまでネムを眺めていた。

 

 

「……それでは、我が家に帰るとしよう」

 

「はっ」

 

(狼と戯れる少女、か……あの光景を、ぺロロンチーノさんが見たら泣いて喜んだだろうな、きっと。……ぶくぶく茶釜さんに怒られただろうな)

 

 

 

★ ★ ★

 

 今までアルベドには部屋を与えられていなかった。常に守護者統括として玉座の間に控えていたため、必要がなかったからだ。

 

 だが今回、モモンガの慈悲により予備の部屋を与えられた。

 

 至高の御方々の部屋と作りが同じ造りの素晴らしき部屋が、だ。だが、モモンガが立ち去ったあと、アルベドの表情は凶変していた。

 

 百年の恋も醒めるほどの狂相に、である。

 

 さらに言えば、至高の四十一人のために創られた美しいはずの部屋は、ほぼ原形を留めないほど無残に破壊し尽くされていた。恐らく、他のNPCたちがこの部屋の残状を見れば、アルベドが情状酌量の余地もなく不敬罪で殺されるのは間違いない。

 

 防音性能が高い事を感謝すべきだ。

 

 最も、アルベドが怒りを滾らせている原因を知れば、全てのNPCが多かれ少なかれ、アルベドと同じ状況に陥るだろうが。

 

「ふざけるな! ふざけるな! ふざけるな……ッ! モモンガ様をおもちゃのように、リンチにして殺そうとしたですって!」

 

 アルベドの怒りの原因は明白である。

 

 

『プレイヤーたちにおもちゃのようにリンチにされていてな』

 

 この言葉を聞いて、怒り狂わないNPCは誰一人いない。怒り狂わないNPCがいれば、アルベドの手で処刑する。処刑してみせる。

 

 

 

 ……暫く破壊の限りを尽くしていると荘厳な部屋の一室は、原形が無くなるほどに破壊されつくしていた。

 

 この破壊された部屋がアルベドの心の怒りを表しているの。だが、そんな中ただ一つ皺一つなく、原形を留めている物が存在した。今の部屋の現状を鑑みれば不自然なくらいに。最も部屋の残状のせいか、多少の埃は被っているが、許容範囲であり、見事な美しさを損ねてはいない。

 

 見ようによればその埃が、より素晴らしく見せる引き立て役にすらなっている、そう見ることも可能かもしれない。

 

 それは入り口に飾られていた。もし仮に、ナザリックが一軒の家だった場合表札の役割になるものだろう。いや、今でもそうだ。このナザリックが誰の所有物かを、明確に表すものだ。

 

 そう、それは紋章旗だ。アインズ・ウール・ゴウンを象徴する旗であり、アルベドの愛する人が名乗ると言われた名前と同じ名前を冠する者だ。

 

 アルベドは、怒りは収まらず、まだ壊したりないと言うが如く、紋章旗に手を伸ばし――

 

 あと一歩でアルベドの射程に入るというところで、腕を止めた。暫くアルベドは紋章旗を睨み続け、ふと力を抜いた。最後に紋章旗を一瞥してベッドルームに向かったのだ。

 

 瓦礫の山を歩くアルベドの足音だけが部屋に鳴り響き、アインズ・ウール・ゴウンの紋章旗がただ、佇んでいた。

 

 そして、アルベドは立ち止まって、怒り、感謝……複雑な心情を知らず知らず、吐露していた。

 

「……もし仮に、モモンガ様をお捨てになられたのなら、たっち・みー様でさえ殺してみせます……ですが、モモンガ様をお救いになられたこと、それだけは、感謝いたします。そして――」

 

 アルベドは目を閉じて、一度大きく深呼吸をして、複雑そうに胸の内を吐き出した。

 

「――ダブラ・スマラグディナ様が我々をお捨てになったのだとしても、私を、創造してくださったこと……モモンガ様をお守りする機会を下さったことには、感謝致します」

 

 そこまで言い切ると、この場所に用はなくなったのだろう。今度こそアルベドは、ベッドルームに向かっていった。




ムーンウルフの名前をコロちゃんに変更。何故か? 様式美です。それと名前だけなら、クロスオーバータグいらないよね?

クリスマスとクリスマスイブ、どっちが最終話に相応しいですか?

  • クリスマス
  • クリスマスイブ

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