『完結』家族ができるよ! やったねモモンガ様!   作:万歳!

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7月に投下すると言いました。あれは嘘です。

今回はリメイク前と似たところが多いので早めに更新できました。似ている部分が多いのは許してください何でもするからm(__)m


幕間

時間はアインズがネムと一緒に眠っている時間にまでさかのぼる。

 

 

(……ここはどこだ)

 

 ブレイン・アングラウスはシャルティアという化物を前にして逃げ出した。そして影が通り過ぎたと思ったら目の前が暗くなっていた。

 

 現状を把握しようと体を動かそうとすると、ロープなどで拘束されており動けないことに気付き、誰かが喋りかけてきた。

 

「お目覚めのようですね?」

 

 その言葉に弾かれたように拘束されながら起き上がる。武器に手をかけようとして、手が縛られてることを思い出し、さらに刀が無い事に気付く。埴輪のような顔をした魔物がこちらをみている。

 

「私はパンドラズ・アクター。状況は覚えておられますか? ご自分がどうなったか?」

 

 そう言われ。思い出す。化物に遊ばれたことを。自然と体が震えだす。立ちあがっていた体から力が抜けて尻もちのように倒れる。恐怖と傍観故に。

 

「俺は……あの化け物から逃げ出したはず、そして何かに……」

 

「その通りです! シャルティア殿は私の同僚です! あの方が失敗をしないように部下に見張らせておりました……我々の存在を知った者を、見逃すわけには行きませんからね?」

 

 ああ。やはりあの化物からは逃げ出せなかったのか。ブレインにはそんな感想しか浮かばない。そしてこれから殺されることも察している。諦めている。

 

「そうか……俺の努力は無駄だと理解したはずなのにな……強い奴は生まれた時から強いってな……なんで逃げられると考えたんだか……俺はこれからどうなるんだ……」

 

「それは貴方の返答次第です……まずお聞きしたいのですが、なぜあなたはあの場所におられたのですかな?」

 

 それが一体何になるのか分からない。そう考えながらも少しだけ俯いてからブレイン・アングラウスはポツリポツリと自身の事を語り出す。強くなるために努力したことをそれ以外のことを擲っていたことを。それが壊されたことを。

 

「……俺は数年前に行われた御前試合で王国戦士長ガゼフ・ストロノーフに負けた……悔しかった。あいつに勝ちたいと思った。そのために、人生を剣に捧げた……どんなことだってした……俺はあいつに憧れていたんだろうな……今なら理解できるよ……早く殺してくれ。もう疲れたんだ」

 

 

 絶望した表情で虐殺の事を語る。必殺の一撃は爪で弾かれた、努力が無意味だと嘲笑われた事を……埴輪の顔がこちらを見通すかのような表情でいるのを諦めた目で見続ける。

 

「……よろしいでしょう。あなたを楽にしてあげましょう……最後に一つ。あなたは本当に諦められたのですか?」

 

 少し俯きかけた顔を挙げて。何故そんな事を問うのかと絶望した目でブレインは問う。

 

「……楽にしてくれ……俺はもうこの世界で生きていたくない……お前達みたいな生まれながらの強者をみていたくない」

 

 ブレインは完全に絶望している。ここから抜けだせることができる人物はいないだろう。だが例外もある。今回のように。ブレインは運が良かった。いや運が悪かったのかもしれないが。

 

「……確かに私やシャルティア殿は、生まれながら強者として作られました……しかし我々をお作りになられた方はその昔、あなたよりも弱かった。それを幾度の冒険を繰り返し我々を創造できるほどの強さになられた」

 

 

 その言葉に思わず、驚き目を開く。こいつらの主人が自分より弱かったことを聞いて。内心で否定していた。自分より弱かったなんて。ありえていいはずがない。

 

「もう一度言いましょう。至高の方々は幾多の冒険を乗り越えて、強くなり、アイテムを得られ、我々をお創りになられた。あなたは本当に諦めるのですか?」

 

「嘘だ! ……そんな事っ! あってたまるか! 俺達虫けらが、お前達にみたいに強くなれるものかっ!?」

 

 叫ばずにいられなかった。だって自分の努力はシャルティアに踏みつけられたのだ。もうどうしようもないほどに壊されたのだから。

 

「ええ! 最初から諦めていれば不可能ですね? あなたは本当に諦めますか? もしあなたが少しでも強くなる気があるなら、私の手を掴みなさい! 条件はありますが……あなたが強くなれるように私が協力しましょう!」

 

「……何でお前は俺が強くなるのを、協力しようとしてくれるんだ……お前には何のメリットも無いだろう?」

 

 

 もしかしたら強くなれるかもしれない。それは希望だ。強くなる方法をこいつらなら教えてくれるかもしれないという。そして大きな毒だ。太陽に飛び込むような。だが、一度絶望してしまったブレインには薬でもあった。

 

「メリットならありますよ。我々にも目的がありますので……決断なさい。それさえできないのであれば、協力してもあなたは強くはなれない」

 

 悩む。だが最終的な答えは決まっている。強くなる道筋が示されている。この化物に従えば強くなれるという確信がある。そしてブレインは何かを決めた視線……覚悟を決めたのか俯かせていた顔を上げる。悩む必要なんてないのだ。今までだって強くなることに全てを擲ってきたのだから。

 

「……本当に強くさせてくれるんだな? 俺はお前達のように強くなれるんだな?……だったら何だってする! 何だってしてみせる!」

 

 パンドラズ・アクターの手を手枷をされたまま強く握る。勢いよく手枷でパンドラズ・アクターの手をわざと殴るようにしている。だがこの男は何も堪えていない。それが分かり思わず笑みを浮かべていた。痛みを感じないほど隔絶した差があると分かって。この男に従い戦い続ければいつか必ず、頂に辿り着ける。辿り着いて見せると誓いを立てて。

 

「これで契約はなりました! さて、まずはこれを装備しなさい」

 

 空間から首輪のような物が取り出され、手枷が外されるが微妙な表情になったのは仕方ない事だろう。これではペットのような物。そしてブレインは閃いた。

 

(こいつらからすると、ペットがどこまで強くなれるのか、そんな実験の意味もあるのかもしれないな。上等じゃないか……必ず一矢報いて見せるっ!)

 

「この首輪は自身の能力を減少させる代わりに、自身が強くなる速度を増加させるものです」

 

 強くなる速度を速める……それを聞いて抵抗はせずに首輪をつける。嫌悪感が無いとは言えない。だが強くなるためならもう一度すべてを捧げようとブレインは決めているのだから、納得して首輪を付ける。

 

「そしてこの装備をお付け下さい。肉体疲労や睡眠、飲食が不要となります……この意味理解できますね?」

 

 思わず驚愕の表情を見せた。首輪を含めてこの男が渡してくれるアイテムは世界全体からみても大変貴重な物だ。それをたかだか人間ごときに使う。この化物が何を考えているかを全てを見通せないが、本気で強くしてくれようとしているのだろう。それでも思わず問いかけてしまう。

 

「……本当に良いのか?」

 

「構いません! 他にもあなたにしてもらう事がありますしね! ……では付いてきて下さい。今からあなたに詳しい契約の内容を話しながら、最初に戦う敵のもとに向かいます」

 

 二人は歩き出す。この場所の詳細な情報を持ち出されないために目隠しをしてだが……。武技領域を使用して目隠しされても普通に歩く。

 

「それで、俺は何をすればいいんだ?」

 

「簡単に言えばあなたには、とある方と、とある村の護衛をして頂きたい」

 

「……理解できないな……お前達がいる周辺は安全だろう……」

 

 ブレインは素直に疑問に思った事を述べた。パンドラズ・アクター達の強さを知っているのだから当然の疑問である。大抵の敵なら、いやブレインクラスでも、鎧袖一触だろう。

 

「最悪の場合、敵は我々を打倒し得る存在である可能性を持っているのです。それはずばり法国の者たちになります」

 

「……は?」

 

 一瞬驚いてしまった。そこまで強いやつが他にもいたのかと。だが納得もできるし、そこまでの強さに至った前例があるのであれば、やる気も満ちる。ただ前だけを向いて走ろうと。

 

「その村には我が主の恩人に似た方がいらっしゃいます。その方を守るために我々は法国に備えます。あなたはがむしゃらに強くなって王国に備えなさい」

 

 なぜ王国に備える必要があるのか? 疑問に思う。武人であり考えることは得意ではないので素直に問いかけた。

 

「……どういう事だ?」

 

「彼らは偶然にも、王国戦士長を暗殺するための生贄に選ばれた」

 

「……はっ? あいつが殺されそうになったのか!?」

 

 絶叫をあげる。自分の目標が知らない所で殺されかけたのだから当然だろう。先程憧れていたと自覚してしまったのだから衝撃はより強大である。

 

「ええ。政治の都合でね。彼は運よく生き延びたようです」

 

 安堵のため息が漏れる。あいつが死んでしまえば今から行う特訓も無駄になってしまうのだから。俺はあいつを超えるために鍛えるのだから。あいつを倒すのは俺である。それだけは他の誰にも譲れない。譲りたくない。そしてシャルティアに一矢報いるのも俺だ。それが俺の生きがいだ。

 

「……村人達は偶然にも政治の都合で王国戦士長を国が殺そうとした事を知ってしまった……上層部がそれを知ればどうすると思いますか?」

 

「…………確かに知れば口封じをしようとするだろうな……だがその情報は本当に相手にバレているのか?」

 

 パンドラズ・アクターの首が横に振られる。情報が足りないというかのように。

 

「分かりません。それに先程も述べましたが、備えは必要なのです……場合によっては法国の者から時間稼ぎをして頂かねばなりません」

 

「……あんたの考えは理解できたが……そんな相手と俺は戦えるのか?」

 

「短期間で戦えるようになって頂くのです……足止めを行える程度には……勿論裏向きの護衛も用意いたしますよ。喜びなさい。あなたは短期間で強くなる事ができる。場合によっては裏向きの護衛とあなたが訓練するのもいいかもしれませんね……ですが裏向きの護衛は我が主にとって親友の息子も同じ、彼が出なければならない状況にならないことを願います。

あと、同じ刀使いとして得られるものあるでしょう」

 

 そして徐々に近づいてきたのだろう。最初の敵が。第六感が自分でもわかる程度の強者がいると囁いている。つまり自分が打倒できる可能性を持つ敵に他ならない。強さは隔絶しすぎると分からなくなるとブレインは悟っている。強者と思う程度の敵で足踏みをしている訳にはいかない。頂きを目指すために。

 

「さて! あなたの最初の敵はここにいる者です。難度で表した場合、あなたより多少上の存在でしょう。今から能力上昇の魔法をかけます……最終的に敵は倒さずに捕縛してください。今後のあなたの訓練と護衛にも使いますので殺さないように。最終的に素の状態で上回って頂きます! いいですね?」

 

「上等だ……俺は必ず強くなってみせる」

 

★ ★ ★

 カジット・デイル・バダンテールは訳が分からなかった。何者かにいつの間にか拉致され、拘束されているからだ。弟子やクレマンティーヌもいたのになぜ異変を察知できなかったのか不思議である。だがそれ以上に怒りを感じる。あと一歩で……五年間かけて作り上げた、努力の結晶が、全てが一瞬で崩壊するというのか……許されるわけがない。母に会えたのだ。会えるはずだったのだ……。

 

 ……最悪を想定しよう。弟子たちは既に生きていないと考えるべきだろう。全員何者かに情報を吐かされ始末されたと考えよう。それはこの場所に弟子たちがいない事から明白といえる。ズーラーノーンに所属して色々裏側を知っているが、なすすべもなく我々に気付かれること無く捕獲することが可能な者は知らない。ズーラーノーンの盟主や、逸脱者フールーダ・パラダインであれど不可能なはずである。いや漆黒聖典ならあるいは可能かもしれないが、充分注意を払っていたので漆黒聖典ではないはずである。もしかしたら一緒に捕まっているクレマンティーヌが連れてきたのかもしれないが、彼女とて生き延びるのに必死のはずである。漆黒聖典から必死になって逃げているのだから違うはずだ。それにもし本当に漆黒聖典なら既に我々は生きていないはずだろうから、その可能性は除外できる。

 

 我々を捕獲した相手と交渉の余地があるかどうかで……私とクレマンティーヌの命運はきまる。相手が圧倒的強者である以上素直に情報を吐くことで……生き延びる道を探す。それしか方法はない。

 

「お目覚めのようですね?」

 

 気付くと目の前に眼球や唇も舌もないのっぺらとした化物がいた。カジットはこの化物の種族名を知っていた。おそらく二重の影(ドッペルゲンガー)の上位種だろう。もしかしたら最初の時点で部下の誰かに入れ替わっていたのかもしれないと考えた。そうであれば部下に成りすましたうえで、一瞬で我々を制圧することも可能かもしれない……ただしその場合、英雄の領域にいるクレマンティーヌにすら気づかれずに我々を打倒したことになるのでどちらにせよ圧倒的強者であるということしかわからないが。

 

「あなたは、あの街で何をするつもりだったのですか?」

 

 何をするかだと? 決まっている。アンデッドになるための実験だ。だが真意は違う。

 

「……笑いたければ笑え……始まりは母を復活させるためだ。だが母は低位の復活呪文では蘇生できない。だからアンデッドになり不老不死になる事で、時間をかけて母を蘇生させることができる新しい蘇生魔法を作り出そうとしていた」

 

「――」

 

 化物は何も言わない。いや、何か驚かせた気がする。一矢報いたと言えるだろうか……。何故驚いたかは分からないが。

 

「貴方の願い……嘘偽りはなさそうですね……ではそこのあなた。確かクレマンティーヌでしたか? 狸寝入りを止めて、あの街で何をしようとしていたか真実をお話しください」

 

「……本当、なんでだろう……仕事でいろんな人を殺し続けたから? 優秀な兄と比べられ続け、愛情を貰えなかったからかな?それとも弱っちかった頃、輪されたからかな? 友人が目の前で死んだからかな……まぁこんなところかな? それで法国から逃げるためにカジッちゃんに協力してたわけ。それで私たちはどうなるの? カジッちゃんの部下のように殺されるわけ?」

 

 化物は何かを考えこむような仕草で、クレマンティーヌの言葉を無視する。我々は既に敗北者である以上仕方ないのだろう。何とか役立てるところをアピールしなければならないが何が琴線に触れるか分からない以上、やはり黙っておくしか方法はないのだろうか。

 

「――ふむ……あと一つだけ質問しますそれ次第で、あなた達は生かしましょう、代わりに働いてもらうことになりますがね」

 

 どんな仕事かは分からない。だが、生き延びるチャンスをここに二人は得られそうである。何故チャンスを与えられたかは不明であるが……。

 

「あなた方は、NPCあるいはプレイヤーについて何か知っていますか?」

 

 衝撃が走った。ここでその言葉が出てくる……恐らく100年の揺り返しなのだろう。カジットはそこまで詳しくないが、クレマンティーヌは詳しいはずだ。何せあそこに所属していたのだから。そしてなぜ我々を捕らえて情報収集しているのかが分かった。まだこの地に来たばかりで現地の情報が不足しているのだ。これなら役に立つことで生き延びることも不可能ではない。

 

 何よりカジットにとっては新しい、確実性のある方法で母親の蘇生が叶うかもしれないと、内心で興奮していた。

 

「――ええ。知っております。ぷれいやー様」

 

「残念ながら、私はNPCです。お二方ともどうやら知っているようですね……良いでしょうあなた達の働き次第では願いを叶えることも考慮に入れましょう」

 

 その言葉を聞いてカジット・デイル・バダンテールは感動していた。遂に母と再会する目的が達成できそうだと。

 

★ ★ ★

 

 ネムが帰ってきたことで村は大きな歓声が鳴っていた。ネムがお土産としてとてつもないマジックアイテムをいくつももらってきたからだ。料理もある。

 

 貰ったものを返すことは失礼にあたるし、生ものもある。そのため村ではネムとエンリが主体になって祭りが開かれていた。そんな中、パンドラズ・アクターはお土産を村長に預けて今は村はずれで冒険者たちと話していた。

 

 

 その村から少し離れた場所で冒険者たちは困っているようにンフィーレアには見えた。その理由はのっぺらぼうの顔の人に依頼を持ち掛けられているからだろう。

 

「それでですが、私からあなた方に依頼があります」

 

「……依頼内容は? それが分からないとパーティーのリーダーとして受けられない」

 

 漆黒の剣のリーダーペテルがそう言う。本来なら依頼は組合を通さなければならない中、一応は話だけでも聞こうとしているのは村への同情と自己保身からだろうとンフィーレアは思う。中でもニニャは特に彼らに同情している。パーティーの頭脳担当が同情的である以上リーダーであるペテルは自分がどうにかしないわけにはいかないと思っているのだろう。

 

 自己保身は敵に回すとどうなるか分からないという恐怖からのものだ。彼らではあの狼にさえ勝てない以上、それ以上の存在と目する相手を警戒するのは当然である。

 

「まず第1の依頼としてこの村の現状を、冒険者組合や王国に伝えないで頂きたい」

 

「それは僕からもお願いします、ペテルさん」

 

 ンフィーレアは漆黒の剣に向かって頭を下げる。それ程までにンフィーレアは王国を許せないのだ。近々祖母を説得して引っ越すつもりでいる程に。

 

「あー依頼主の意向なら構いませんが……私達が伝えないだけでは本末転倒では?」

 

 それもその通りである。ンフィーレアは第2位階までの魔法を使えるが、それだけで王国の兵士たち、ましてや戦士長に勝てるとは彼も思っていない。

 

「その点はご安心を。表向きの護衛と影の護衛をそれぞれ用意しているので大抵のことならば押しのけられるでしょう」

 

「あなたが言うならそうなんでしょうね……」

 

「そして表向きの護衛ですが……出てきなさい、ブレイン」

 

 呼ばれた名前にンフィーレアは驚愕を覚える。出てきた人物は首に首輪をつけている。まるで奴隷のように。だが力量が隔絶しているのは彼にもよく分かる。まともに戦えば一瞬で負けることも、戦士としての修行をしていない彼でも理解できた。

 

 だがそれ以上に驚くのはブレイン・アングラウスという名前である。かの王国戦士長と互角の勝負を繰り広げた英雄級の武人である。力の差は明確である。隙が全く見当たらない。恐らくではあるが本人で間違い無いだろう。

 

 確かにこれなら迂闊にこの村に手を出すことは出来ないだろうとンフィーレアは思った。ブレインは彼らと馴れ合うつもりは無いのか言葉は発さないものの、威圧感を放っていた。

 

 そんな中だからか奇妙な沈黙が落ちる。そのすきを縫うように顔のない怪物は何かを出していた。杖に似たものだ。

 

「これは第4位階の魔力系の魔法が込められた短杖(ワンド)です。今回のことを黙っていてもらうために私が考えた、あなたたちに対する報酬です。そしてもう一つ模擬戦を提案いたします。あなた方は冒険をするために強くなる必要があるでしょう? ンフィーレア君も含めて。対戦相手は私です。私と戦えばあなた方は間違いなく強くなることができるでしょう。最低でも格上と戦う時に動けなくなるということは無くなるでしょうね。どうするかはあなた方がお決めなさい。死ぬ可能性を念頭に置いたうえで」

 

 死ぬ可能性……それがあったとしても近いうちに王国が攻めてくるかもしれない。王国からエンリたちを守るためにンフィーレアは出来る限り早く強くならなければならない。

 

「……僕はエンリを守りたい。だからあなたが僕達と模擬戦をして強くしてくれるというなら、可能な限り戦いたいと思います、皆さんはどうされますか? 無理に付き合われる必要はありません」

 

「……ンフィーレアさんの依頼は護衛ですからね。依頼主が戦うと言ってるのに後には引けませんよ。私たちにもいい経験になるでしょうし」 

 

 本当に自分は良い冒険者たちと出会うことができたとンフィーレアは思った。一緒に戦おうとしてくれるだけでも感謝である。

 

「話はまとまりましたね、では始めましょう。死ぬかもしれないと言いましたが這いつくばってでも生き延びるという意志を保てるならば、生き延びることは容易でしょう。意識をしっかりとお持ちなさい」

 

 その瞬間漆黒の剣のメンバー全員が、ンフィーレアが氷の刃が射出されたような殺気にすくみあがる。ンフィーレアに至っては尻もちをついていた。一人だけ慣れているかのようにブレインだけが竦み上がらず、ただ目の前の存在を見据えている。これが力の差なのだろう。

 

 だがそれを覆さなければならない理由がある。ンフィーレア・バレアレは必死にエンリを守る、守りたいという意思の下、立ちあがる。立ちあがり目の前の強敵を睨みつける。ガクガクと震えながら。今にも倒れてしまいそうになりながらも。

 

 漆黒の剣のニニャは姉を救う。そのために人生を捧げている。この恐ろしい程の殺気で竦み上がる心を必死に叱咤激励して前を向く。パンドラズ・アクターに対して。

 

 同じようにペテルも地に足をつけている。リーダーとしての責務ゆえだろうか。普段おちゃらけているルクルットも恐怖を押し隠せてはいないが、必死に立ち続けている。同じようにダインも。ただ仲間を守るために。

 

「さて、圧倒的強者の殺気を感じることはできましたね。これで私の修行はひとまず終わりです。各々この事を糧に何かを得られることを願っております!」

 

 試練が終わったと聞くやいなや、思わずブレインは叫んだ。何かがあったかのように悲痛な叫びであり……まるで絶対的強者と対峙した事が他にもあるかのようにンフィーレアは感じた。

 

「お前たちは何故、あの殺気の中立っていられたんだ!? 俺だって膝をついてしまったんだ……俺より格下のお前たちがなぜ立っていられたんだ!?」

 

 一番最初に答えたのは漆黒の剣の魔法詠唱者(マジックキャスター)ニニャであった。

 

「確かに、とても怖かったです。ですが私には絶対に救い出したい姉がいるんです。どれほど困難でも立ち止まる訳にはいかないんです。それに仲間たちがいてくれたから、怖くても立っていることができました」

 

「ブレインさん、私達はあなたよりはるかに弱いです。ですが、チームとして築き上げた物だけはあなたに劣らないと自負しています」

 

 そう言って冒険者たちは震えを誤魔化すかのように笑い合いながら仲が良いのをブレインやンフィーレアに見せつける。

 

 ンフィーレアは何故立つことができたのか? 答えは単純である。

 

「……僕はこの村に好きな人がいます。愛しています。僕は絶対に折れないと誓ってるんです。だから立ち続けることができたんだと思います」

 

 その言葉を聞いた後……ブレインは暫くありえない物を見たかのように茫然としていた。そのブレインの思考を縫うようにパンドラズ・アクターの話がすっと入ってきた。

 

「あなたが今まで必要ないと切り捨ててきたものでしょう。ですが人は大切な物があれば恐怖を乗り越えることができる。ブレイン、あなたの修行は私たちとの模擬戦もありますが、大切な物を見つけることも必要かもしれませんね」

 

「……そうだな、今までのやり方だけじゃ、ガゼフやあいつに届かないことはよく理解できたよ。まずは村人たちとコミュニケーションを取って、俺だけの譲れない何かを見つけなければならないな……あいつらに勝つためにも。強くなってみせる……きっと」

 

 何かを信じる殉教者の視線に変わりながら過去を振り返り、今自分たちの前で決意を表明した……先程までのブレイン・アングラウスとは何かが違う。そう思わされた。一瞬で存在が大きくなったように感じた……きっと彼ならいつかパンドラズ・アクターという絶対的強者にも一矢報いて見せるだろう。ンフィーレアはそう思った。

 

「さてペテル殿、報酬の第4位階の魔法が込められたワンドをあなたたちに贈りましょう。有効に活用してください」

 

 第四位階魔法が込められた短杖(ワンド)。いったいどれほどの価値になるかは分からないが、一つだけわかるのはこれは口止め料なのだということだ。彼らは遠慮なく貰うことにした。

 

 第四位階。ベテランの魔法使いでも第三位階が限界に近い以上破格の報酬である。村の現状を黙っておくだけでの報酬と考えるなら。

 

 そしてこの町に恋人がいるンフィーレアにも別の報酬が渡された。

 

「あなたは依頼せずともこの村を守るでしょうが一応このアイテムを渡しておきましょう」

 

 錬金術師なら誰もが望む完成したポーション薬がそこにはあった。今のンフィーレアは絶対にエンリを守ると誓うと同時にこのポーションの秘密をすぐにでも解明したいと考えるのは当然のことであった。

 

 だが優先すべきなのはエンリである。今のエンリはンフィーレアから見て不安定に見える。そんな時だからこそ自分はエンリの傍にいるべきだと強く思う。だから迷わず冒険者たちに声をかけることができた。

 

「ペテルさん、追加の依頼をお願いしたいのですが、よろしいでしょうか?」

 

「……本当は組合を通さないといけないのでしょうが、死線を一緒に越えた仲です。聞くだけなら」

 

「ありがとうございます。護衛任務はここで終了で構いません。代わりと言っては何ですがこの赤色のポーションと後で祖母に向けて手紙を書きますので、それを祖母に渡して頂けないでしょうか?僕はこの村に残ってエンリを守るつもりですので」

 

「……それぐらいなら了解しました。ただ後一点、冒険者組合にも護衛任務が完了したと一筆書いて頂けないでしょうか? その、自分達が護衛任務を放棄したと思われると大変なので」

 

「もちろんです! そうですね、依頼完了したという証拠は必要ですもんね。今から書いてきますね」

 

 祖母はポーションを開発するのに命を捧げている。この完成品を見せれば間違いなくこっちに引っ越してくるだろう。それに手紙にはできるだけ早く引っ越してほしいと書くつもりだから、きっとすぐに引っ越してくれるだろうとの打算がある。

 

 そして急いで手紙を2通書くためにその場から去ろうと思ったところでパンドラズ・アクターに声をかけられ引き留められた。

 

「あと、私からのもう一つの依頼としてこの村に移住者を募集したいと考えております。その時によさそうと思う方がいらっしゃれば、紹介していただけると幸いです。特に王国に恨みを持っていてこの村の現状を見ても普通に耐えられそうな人がいたら」

 

「はい……分かりました」

 

 確かに必要な処置である。この村は王国に裏切られているのだ。その上ゴブリンなどの魔物たちと一緒に暮らしている。移住者を募集するにもその当たりは注意して募集すべきだと理解できる。

 

 そしてこの依頼はンフィーレアだけでなく、冒険者たちにも向けられていた。ニニャは笑顔で快諾しようとしているのを、リーダーであるペテルが抑えながら依頼を受諾するのを彼は見た。

 

 そして今度こそンフィーレアは手紙を2通書くために祭りを開いている村の方へ向かっていった。

 

 

 

★ ★ ★

 

 

「それでいつ、ナザリック全体に周知するつもりなの?」

 

 隙間時間を使ってナザリックの智者2人が会談を行っていた。アルベドとパンドラズ・アクターである。デミウルゴスがいないのは単純に外に出ているので、会談をする時間が取れなかったせいである。話し合う内容はきまっている。いつ、カルネ村の村長夫人が主の母君に似ていることをナザリック全体に周知するのかである。

 

 階層守護者たちには情報の共有ができた。そして恐らくパンドラズ・アクター配下のシモベたちも事情を知っているだろう。だがまだ多くのNPCたちはこのことを知らない。口止めも行っているため、領域守護者ですら知らない者は多いはずだ。

 

「その件につきましては、お招きする当日にメイドたちに話して、全体に周知させようと考えております」

 

「分かったわ……あなたに任せます。階層守護者たちにはあなたから伝えておいて」

 

「了解しました!」

 

 大きな身振りを伴いながらパンドラズ・アクターからの了承の返事が返ってくる。

 

 短いやり取りであったが、もう例の件は秒読み寸前である。当日シャルティアは来させないように調整しよう。アウラに関してはネムという少女と仲良くできるかの実験台になるため来れないので問題にならないはずだ。

 

 他に同席する者はアルベドと比べると格下のメイドたちと、応援してくれているユリ・アルファたちだけだ。ならば何の問題もない。その時間で仲良くなってしまえば何の問題もないのだから。

 

 勝つのは私だ。




次話更新は7月の予定ですm(__)m

感想お待ちしておりますm(__)m

クリスマスとクリスマスイブ、どっちが最終話に相応しいですか?

  • クリスマス
  • クリスマスイブ

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