風の聖痕 風と水の祝福『凍結』   作:竜羽

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お待たせしました。今回は最初っからものすごいキャラ崩壊がありますので注意です。


風牙の真実

時は少しさかのぼる。

 

八神和麻はホテルの一室ではやてを寝かしつけていた。

翠鈴が厳馬と会うに際して、一番の懸念事項は和麻であった。

未だに神凪に対してトラウマを持つ和麻。その中でも神凪厳馬という男には、父親でありながらそれらしいことをされたことは一切なく、また手に入れた風の力も完全否定されたこともあり、浅からぬ思いを抱いていた。

もしも和麻が翠鈴と厳馬があっていると知れば、必ず翠鈴を連れ戻しに行くだろう。いや、ついでとばかりに厳馬を亡き者にしようとする可能性もある。今の和麻にはそれほどの力があるのだから。おそらく翠鈴が阻止しようとしても和麻はそれを振り切ってしまうだろう。

故に、翠鈴は和麻が絶対に勝つことのできない存在に足止めを頼んだ。

それこそが――!

 

「にゅへへ~おとうさ~ん~にゅあ~~」

 

和麻に抱き着きながら幸せそうな顔をしているはやてだった。

 

「あ~はやて~お前は何でこんなにかわいいんだ~」

 

「おとうさんと~おかあさんの~こどもやから~?」

 

「うう、お前はなんてうれしいこと言ってくれるんだ~。何があっても一緒だからな~」

 

「うん~ず~っとわたしはおとうさんと~おかあさんと~いっしょやよ~」

 

「はやて~」

 

はやての言葉に涙を流しながらもベッドではやての横に寝転がりながら頭を撫でる和麻。

 

「……誰あれ?」

 

それをソファの上で本を読みながら眺めているシルフィの言葉には激しく同意したい。

普段の和麻と180°どころか1980°も違う、この彼の姿をもしも知人が見れば、夢を見ていると確信してしまうだろう。

これははやてが翠鈴に、

 

『お父さんに思いっきり甘えなさい』

 

と言われたことを全力で実行した結果である。聞き分けのいいはやては翠鈴の言いつけを誠実に、忠実に、熱心に、全力全開で実行。その結果、和麻が盛大なキャラ崩壊を起こしてしまったのだ。

何とも言えない空気が漂う中、それは唐突に終わりを告げた。

和麻の携帯が鳴り響き始めたのだ。

このままでははやての安眠妨害になるので、待ち受けが家族4人の写真になっている携帯を素早く開いた和麻は着信相手を見た瞬間、全力で電源をOFFにした。

 

「俺は何も見なかった」

 

が、和麻の安堵はそう長く続かなかった。

 

『も~、おねえさんを無視するなんてプンプンがおーだぞ☆』

 

突如、部屋の虚空に一筋の虹色の光が縦に迸ったかと、思うとそこから世界が斬れた(・・・)

斬り裂かれたのは空間。

それはだんだんと広がり、人一人が立って通れるほどの大きさにまで広がる。その中から、

 

「はあ~い、いつもニコニコみんなの隣にいる更識家当主、更識楯無ちゃんです☆」

 

逆ピースでポーズを決めた着物姿の美女が現れる。

特徴的な水色の髪を長く伸ばし、それを簪で結い上げている。着物の帯には小さな小刀がのぞいており、燃え盛る真紅の瞳は見ているだ出で吸い込まれてしまいそうだ。

某スキマ妖怪のような登場で現れたこの人こそ、現更識家16代目当主更識楯無だった。

いきなり自分が苦手としている人物の登場に和麻は即退場させたかったが、悲しいかな、この全人類と超常存在に喧嘩を売るほどぶっ飛んだこのチート女には敵わないのであきらめた。

そして、そんな和麻に楯無は笑顔で話しかける。

 

「いろいろ突っ込みたいけれど、用件だけ簡潔に伝えるわね。――事件の真相がわかったわ」

 

その言葉に、部屋の空気は一気に引き締まった。

 

 

 

 

 

神凪家の下部組織『風牙衆』。

彼らの祖先はもともと神凪とは異なる流れを持つ術者の集団だった。

彼らが『神』と崇める存在から力を受け、その強大な風の力を振るっていた。

もっとも、それは神凪よりも更識に近い活動で、金を積まれれば誘拐、暗殺、破壊など、どんな悪事でも行う闇の一団だった。古くから存在した対暗部用暗部組織である更識とはいろいろ斬っては斬れない,因縁があったらしい。

余りに悪逆な行為がひど過ぎたため、300年前の幕府から神凪と更識に風牙衆討伐の任が言い渡され、両家による初めての共同戦線が展開された。

 

「代々宗主に伝えられてきたことでね。私は事件が起こった時にすぐにピンとひらめいたわ」

 

楯無はシルフィが出したお茶でのどを潤しながら話を続ける。

 

「戦いは熾烈を極めのだけれど、当時の神凪宗主と更識当主の手によって風牙衆の力の源である『神』が封じられたことで形成は一気に傾き、ほどなくして風牙衆は敗北を喫したわ」

 

「おい、ちょっと待て。神を封じただと?そんなことができるのか?」

 

楯無の話に少し疑問を覚えた和麻が口をはさむ。

最初に風牙衆の力の源が神だと聞いたことにも驚愕し、さらにはそれを封じたと言ったところで流石に我慢できなくなった。

和麻たち術者の間で言うところの『神』とは、いわゆる一神教における造物主のことではなく、超越存在(オーバーロード)の総称である。

人を超越した存在こそが『神』であり、そうでなければ『神』ではない。

人にどうこう出来るような存在ではないからこそ『神』であり、人に負ける、封じられるような存在は『神』ではない。

「人が神を封じる」などという言葉は、定義上大きな矛盾をはらんでいるのである。

 

「その点についてなんだけれど、私は風牙衆の『神』っていうのは、超越存在(そういう)のじゃないと思っているのよ」

 

「じゃあ、何なんだ?」

 

「神性を奪われた元『神』の……妖魔よ」

 

超越存在(オーバーロード)である神と言えども万能ではない。中にはその力を奪われ、世界の歪みである妖魔になるような存在もいる。

一説では地獄に存在するサタン、べリアル、ルシファーなどは力を奪われた『神』であり、それが地獄の魔を得てもともとの超越存在(オーバーロード)と同じ力を獲得したのではないかという考えも存在する。

そして、楯無は風牙衆の『神』も、同様に力を失った神ではないかと考えているのだ。

 

「いくら力を失ったとはいえ、元々は超越存在(オーバーロード)。強大な力を持っているのは間違いないわ。当時の更識、神凪が全力を注いで、何人もの犠牲を出しながらも封じ込めたことからもそれは明らかよ」

 

「……なるほどな」

 

確かに、それなら人に封じられるのも納得だ。すでに神ではなくなっているのだから。

 

「話を戻すけれど、敗北した風牙衆は神凪が吸収して傘下においた。これが風牙衆の正体よ」

 

「で、今回の騒動は風牙衆が起こしたことだと?」

 

「ええ。そう考えれば納得は行くでしょ?」

 

楯無の言うとおり、神凪の内情に詳しく不満を持つ組織となると風牙衆をおいてほかにない。

和麻は神凪にいたころから、神凪の術者による彼らへの扱いを知っている。炎術至上主義者の巣窟である神凪において、索敵・探査を生業とする風牙衆の地位は低く、いつも理不尽な扱いを受けていた。

 

「それにしても、あんたが直接言いに来るとは、もう確証を掴んだのか?昨日の今日で速いな。流石更識当主」

 

感心したように言う和麻だが、楯無はどこからか取り出した2本の扇子を広げ、

 

「そもそも風牙衆のほうからタレこみがあったからなんだけどね」

 

そこには『情報提供』、『感謝感謝』と書かれていた。

 

「は?タレこみ?風牙衆から?」

 

「風牙衆にもいろいろ有るってことね」

 

扇子をしまい、楯無は指をパチンっと鳴らす。すると、再び空間が斬り裂かれて今度は二人の男女が現れた。

一人はメガネをかけたスーツ姿の女性。知的な雰囲気を身に纏い、まさにデキる女という印象を与える。

 

「ご苦労様、唯美(ゆみ)さん」

 

「いえ、楯無様のメイドですので」

 

女性の名前は布仏唯美(ゆみ)。楯無の側近で幼少のころより彼女に仕えてきたメイド、お手伝いさんである。

 

「さて、もう一度私たちにした話をお願いしますね」

 

「……はい」

 

唯美とともに出てきた男は和麻の前に出ると話し始める。

 

「お久しぶりでございます、和麻様。私は風牙衆、風巻流也様直属の部下を務めておりました」

 

「あ、ああ。久しぶりだな」

 

男は和麻を知っているようだが、和麻は正直全く覚えていなかった。内心冷や汗だらだらの和麻だが、そのことに男は気が付いた様子もなく話し始める。

 

「我らは神凪のあまりの扱いに耐え兼ね、独立する計画を立てていました。その中で、長である兵衛様と流也さまで我ら風牙衆の意見は真っ二つに分かれておりました」

 

兵衛とは風牙衆の長であり、流也の父である。和麻も数度会話を交わしたことがあり、神凪による風牙衆の扱いに、一際嘆いていた。

 

「流也様は更識家へ交渉を行い、我ら風牙衆を保護してもらうことを進言なされていました。暗部組織である更識家ならば我らの風術を正しく評価してくれるとお考えになられたからです」

 

確かに、神凪よりも搦め手を得意とする更識のほうが風牙衆の気質に合っているだろう。彼らは正当な風術師であり、神凪がこれまで妖魔を滅してきた背景には彼らの働きがあったのだから。

 

「しかし、兵衛様は神凪無くしては風牙の未来はないと言い張り、封じられた風牙の神の力で神凪を殲滅しようと考えていらっしゃったのです」

 

「言い張ったってことは、兵衛は神の封印場所を見つけたのか?」

 

「はい。その結果、流也様と兵衛様は対立。風牙衆もお二人の意見に賛成する者、反対する者で分かれてしまいました」

 

風牙衆も一枚岩ではなかった。

神凪の扱いに耐え兼ねていたのは風牙衆全員の総意だったが、神凪を殲滅すべきという兵衛一派と、平和的に風牙衆の未来を救おうという流也一派に分かれていたのだ。

 

「流也様は兵衛様と毎晩のごとく話し合っておりました。何とか、兵衛様を復讐から解き放ちたかったのでありましょう。ですが、ついに兵衛様は、流也様を……その手にかけてしまいました」

 

「……なんだと?」

 

和麻の口から出たその声は、恐ろしく冷たく、とてつもない殺気をはらんでいた。

そのことに、ベッドの上で事の成り行きを見守っていたシルフィに抱き着いていたはやては涙を浮かべるが、楯無がすかさず何かしらの呪文を唱えて眠りにつかせる。

 

「和麻君」

 

「……わるい」

 

咎めるような楯無の声に、和麻は殺気を収める。

 

「あの流也が兵衛ごときにやられたのか?少なくとも6年前の時には、流也は兵衛を超えていたぜ?」

 

「毒でございます。兵衛様は流也様に毒を盛り、気を失った流也様に封印の地に漂っていた風牙の神の力の一部を宿らせ、自らの傀儡にしたのでございます」

 

「つまり、俺が昨日会ったやつは」

 

「流也様です」

 

「私の予想だけど、多分流也君は和麻の力の反応したんじゃないかな?友達だったんでしょ?」

 

「ちょっと待て、つまり流也はまだ……」

 

「ええ。まだ、自分の意思が少し残っているんでしょうね」

 

楯無の言葉に、和麻は僅かに顔をほころばせる。

 

「まだ喜ぶのは早いわ。和麻の報告通りの力だったのなら、かなり妖気に浸食されているわ」

 

「ああ、わかっている。それで、結局あんたは何がしたいんだ?」

 

再び空気が引き締まる。和麻の問いに男は頭を下げる。

 

「どうか、お願いします。流也様を、お救いになってください。これは流也様に賛同した風牙衆の総意です!どうか、どうか……」

 

涙ながらに懇願する男。

彼は流也一派の代表として、かねてより竜也が用意していた更識への伝手を頼りに、更識に情報を伝え、助けを願ったのだ。

 

「和麻君、あなたには2つの選択肢があるわ」

 

楯無は和麻に向かって問いかける。

 

「一つはこのまま傍観すること。もう一つはこの依頼を受けて風牙衆と神凪の争いに介入することよ。

更識は風牙衆流也一派の依頼を聞いたけれど、最終決定権はあなたに、八神和麻に託そうと考えているの」

 

「何?」

 

「どうあれ、あなたはこの件で神凪と関わってしまうわ。だから、あなたが決めて」

 

神凪とのかかわり。それは今まで和麻が逃げてきた自分の弱さと向き合うことと同義だ。ゆえに楯無は和麻にこの件を任せようとしている。和麻が過去と決着をつけるために。

そのことに気が付いた和麻は、楯無の目に浮かぶ自分を試すような眼差しを見た後、顔を伏せる。やがて、顔を上げると口を開く。

 

「俺は……!?」

 

その瞬間、ホテルの外から強大な力の気配が立ち上った。

それに反応し、その場にいた全員が立ち上がる。

楯無はすぐに携帯を取り出すと、どこかに連絡を取り始める。

 

「この力は……炎術師。それも神炎使いクラス」

 

「……和麻君。神凪家を見張っていた諜報部隊からの連絡よ。神凪本家が襲われているわ。流也によってね」

 

その言葉に、和麻の体がこわばる。

神凪の本家を襲撃したということはおそらく今戦っているのは神凪最強の術者である厳馬、もしくは宗主であろうと和麻は考える。

他の術者はどうでもいい雑魚だろうが、あの二人は別格だ。

神凪の歴史上でも類を見ないほどの術者である二人と戦えば、いかにあの流也だろうと厳しい。もしかしたら負けてしまうかもしれない。

 

「これは憶測だけど、神凪に流也君をぶつけて最高戦力である神炎使い二人に手傷を負わせる、運が良ければ共倒れさせようとしているのかもしれないわ」

 

楯無の憶測は十分あり得る。自分以上の力、相容れない考えを持つ息子を葬り、なおかつ神凪への報復を円滑に行うことのできる有効な手段だ。このような手段に出たということは神の封印の解除方法も見つけたのだろう。

 

「時間はないわね」

 

楯無は、改めて和麻に問いかける。

 

「さあ、あなたの選択は?」

 

 

 




キリがいいのでここまで。次回の出だしに困る感じになってしまいましたが。
次回は時間軸を元に戻し、和麻VS流也です

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