風の聖痕 風と水の祝福『凍結』   作:竜羽

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宗主として

黒い風と紫炎の激突は、やはりエネルギー量で勝る紫炎が勝った。

ぶつかった瞬間、大爆発を起こしながらも紫炎は妖魔に迫るが、妖魔はそれを躱し再び風を集めて放つ。

黒い風が唸りを上げ、刃となり襲い掛かる。

その数は百を優に超え、すべてが生身の人間など豆腐のように切り裂く威力を誇る。しかも、その速さは音速に匹敵するゆえに、神凪の炎術師では絶対に反応することさえもできないだろう。

 

「喝アアァァァァ!!」

 

死へと誘う風に対し、重語は炎の鎧で対抗する。

重悟の体を包み込む紫炎は黒い風の刃を、触れるだけで完全に消滅させる。

神の炎の名前は伊達ではない。

現役を離れてかなり経つというのに、未だその炎は衰えを見せない。

風の刃が収まった瞬間、重語は再び紫炎を撃ち出す。

 

「ふんっ!」

 

今度は三本もの炎が、まるで竜のごとく動き、妖魔が逃げることを許さないとでも言うように襲い掛かる。

妖魔はそれを避けようともせずに、まともに受ける。

 

「おお!流石宗主!」

 

それを見た神凪の術者たちが歓声を上げる。

最初の奇襲でほとんどの者が負傷したが、それでも無事な者たちがかなり残っており、負傷した者たちを手当てしながら戦いを見ていたのだ。

 

「す、すごい」

 

その中には当然綾乃もいた。

綾乃は自分が強い、重悟にかなわなくてもそこそこ戦えると思っていたがその認識を改める。

自分が手も足も出なかった妖魔を父は圧倒して見せた。そのことに次期宗主としてふがいないと感じ、更なる精進を誓う。

 

「これであとは和麻を捕らえるだけです!」

 

「おう!たかが風術師風情が精霊王に選ばれたわれらには向かった罪を思い知らせてやろうぞ!」

 

再び調子よく騒ぎ始める術者たち。

これが、致命的な隙となった。

 

ヒュンヒュンヒュン―――!!!

 

一瞬だった。

一瞬で、三人の術者たちの首が斬り飛ばされた。

 

「え?」

 

誰が呟いたのかわからない。しかし、その困惑の声が漏れた瞬間、四つ目の首が斬り飛ばされた。

 

ゴトッ

 

転がる四つの人間の首。さっきまで生きていたそれらは何が起こったのか理解できないという顔をしていた。

 

「う、うわあああああああ!!!!!!!!」

 

一人が叫び始め、つられて他の者たちも恐怖に体をひきつらせる。

あっという間に、神凪の術者たちは恐慌状態に陥った。

 

「静まれえええええ!!!!!!!!」

 

重語は一喝することで、何とか全員を落ち着かせようとするが、再び風が襲い掛かる。

 

「ぎゃああああああああ!!!!腕がああああああああ!!!???」

 

「ひいいぃぃぃ!!お、俺の足があああ!!??いてええええ!!!」

 

今度は手足を斬り飛ばされる。それを見たほかの術者たちは再び恐怖に支配される。

敵が見えず、一歩的に攻撃される。

今まで、その身に宿る炎で労することなく相手を殲滅してきた彼らは、こういうことにまるで耐性がなかった。

味わったことのないことだからこそ、その恐怖は何倍にも膨れ上がって、冷静な判断力を奪っていく。

 

「みんな!落ち着いて!」

 

「全員、冷静になるんだ!」

 

何とか、勝機を保っている綾乃や雅人などの術者も収束させようとするが、まるで効果がない。

この現状を見た重語は苦い顔をする。が、すぐさま意識を集中して力を練り上げる。

 

「はああああああああ!!!!!」

 

重悟は状況を打開するべく、紫炎を爆発させる。

重悟を中心に、半円状に広がっていく紫炎は神凪の術者たちや建物を一切燃やさない。

神凪の屋敷を丸々包み込んでいく炎は、まるで紫色の太陽の中にいるような感覚を神凪の術者たちに与え、何とか落ち着きを取り戻させていく。

 

「はあ、はあ、はあ……」

 

やがて、炎が収まると重語は息を上げて片膝をつく。

流石に、神炎を広範囲に広げるのは、いかに重悟と言えど疲労が大きかった。

紫炎はいまだ完全に消えていないが、最初に展開した時よりも弱くなっている。

そして、そんな重悟の目の前に、再び黒い風が集まる。

 

「やはり、仕留めていなかったか」

 

妖魔だ。

妖魔は重悟の攻撃をかわし、姿を消して、攻撃していたのだ。

そして、その攻撃は完全に炎術師の弱点を突くものだった。

炎術師は攻撃力こそ高いが、探知能力が低い。ゆえに相手が姿を隠すことを得意としていれば、簡単に奇襲を受けてしまう。

そして、その弱点を最もつきやすいのが風術師だ。

炎術師と風術師。

戦いになれば、攻撃力の高い炎術師の圧勝であると思われがちだが、実はそうでもない。むしろ、風術師のほうが有利なのだ。

妖魔との戦いでは、炎術師のほうが優れているが、対人戦においては風術師ほど優れた者はいない。

探査、隠密、機動性、射程距離に優れる風術師は、相手の力量を正確に探査し、自分の姿を隠し、反応のできない速さで、攻撃の届かない距離から一方的に攻撃できる。

卑怯と罵る者もいるかもしれない。

だが、異能の力にかかわる裏の世界にそんな言い訳は通じない。

何をしようと生き残った者が勝者となる。

そういう一面が強い世界なのだから。

そして、今まさに神凪は妖魔にそれを実行されている。

 

「はあっ!」

 

重悟は再び、炎を放つが、妖魔はそれを軽々と避ける。

それだけではない。

 

「なっ!ふ、増えた!?」

 

戦いを見ていた綾乃が驚きの声を上げる。

なんと、妖魔は二体に分身して攻撃をかわしたのだ。

しかも、それだけではない。

そのまま、どんどん妖魔の姿は増えていき、重悟を取り囲むように立つ。

空気を操ることで、光を屈折させ、幻影を生み出したのだ。

応用力の広さも、また風の特性の一つ。

 

「っ全員早く逃げんか!儂がもう少し抑える!」

 

重悟は大声で指示を出す。

ここに至って、重悟は勝ち目がないことを悟る。

短期決戦で勝負をつけられれば、勝ち目が有ったのだが疲弊した今では無理であると判断し、撤退命令を出す。

それを受けた術者たちは退避を始める。

妖魔は逃げ始める術者たちを無視して、重悟に攻撃を仕掛ける。

今度は風の刃ではなく、接近戦だ。

風を纏った腕や足は、触れれば対象を斬り刻む凶器だ。

 

「ぐぅっ!?」

 

妖魔の正拳突きを、炎を纏わせた両腕をクロスすることで受け止める重悟だが、腕に伝わる尋常ではない膂力に苦悶の声を上げ、顔をゆがませる。

妖魔と人間の力比べは、圧倒的に妖魔に分がある。だからこそ、人間は異能の力で対抗するのだ。

 

「はぁ!」

 

お返しとばかりに、重悟は炎を纏った拳を突き出すが、妖魔の風を纏った手で防がれる。

紫炎も黒い風に完璧に防御され、やけどひとつ負わせることができない。

最初の紫炎なら、問答無用で黒い風を焼き尽くしていたかもしれないが、今までの戦闘、特に紫炎のドームにより、疲弊している今の重悟の炎ではそれもかなわない。

妖魔は突き出された妖魔の腕を掴むと、そのまま背負い投げをする。

重悟は投げ飛ばされ、地面にたたきつけられ苦悶を押し殺し、起き上がろうとする。

それを待たずに、妖魔は追撃をしようと突撃するが、重悟は片足を蹴りあげて妖魔に反撃する。

重悟の蹴りは妖魔の頭部に的確に命中し、それによって進行方向を狂わされた妖魔は瓦礫に突っ込む。

 

(全員、何とか逃げたか?)

 

重悟は起き上がりながら、周りを見回す。

神凪の者たちは逃げたようで、誰もいない。そのことに重悟はほっとする。

いかに、愚かなふるまいを行う者たちであっても、神凪の宗主として守らなければならない。

宗主として、そこだけは譲れない。

 

「来い!」

 

目の前の瓦礫が轟音と共にはじけ飛び、中から妖魔が現れる。

もはや、重悟は自身の死を覚悟していた。

先ほどの蹴りで、とっさに義足の右足を使ってしまい、罅が入ってしまった。

もし激しい動きをすれば、義足は砕け、立つことすらできないだろう。そうでなくとも、先ほどの正拳突きをもう一度受ければ、その衝撃で壊れることは必至。

立てなくなれば、あとは嬲り殺しにされるだけだ。

それでも、重悟は両腕を構え、戦う姿勢を見せる。

 

「例え、倒れることになろうとも。この神凪重悟、ただでやられるわけにはいかん!」

 

重悟は再び、紫炎を纏う。

重悟は最後の手段を使うことに決めた。

それは命を糧とした精霊の大規模召還。

己が命を燃やし尽くし、妖魔を消滅させる。

 

(ただ、悔やむべきは、綾乃の成長を見届けられなかったことと、和麻の家族に会えなかったことか)

 

愛しい愛娘と、かつて気にかけていた少年の顔が頭をよぎる中、重悟は神凪宗主としての誇りと矜持、覚悟を胸に、最後の攻撃を実行しようとする。

だが、そんな重悟の前に三つの人影が現れる。

 

「お父様はやらせない!」

 

一人は炎雷覇を構えた神凪の次期宗主である少女、神凪綾乃。

 

「宗主、ここからは俺たちが引き受けます。煉、宗主を」

 

「はい。宗主は休んでいてください」

 

そして、分家最強の術者、大神雅人と和麻の弟の煉だった。

 

「そこをどかんか!お前たちがかなう相手ではない!」

 

「そんなことは分かっています!!」

 

大声で綾乃たちをしかりつける重悟に対し、綾乃はそれ以上の大声で答える。

 

「わかっています。あいつが私たちよりも強いってことは!でも、それでも私は戦います。私は神凪の次期宗主で、神凪重悟の娘です!ここで逃げて、お父様を死なせてしまったら、私は二度と胸を張って生きていけません!」

 

綾乃の叫びにしたがって、炎雷覇に灯る炎がさらに激しく、力強く燃え盛る。

精霊たちは精霊術師の想いに従い力を貸す。

精霊たちにはそれぞれ好む感情があり、炎の精霊たちが好む感情は怒りだ。

烈火のごとく嚇怒こそが、炎の精霊たちと心をもっとも通わせることのできる感情なのだ。

そして、今の綾乃は怒っていた。

神凪を襲ってきた妖魔に。

身内の者たちを多く殺した妖魔に。

そしてなにより、不甲斐ない自分自身に最も怒り狂っていた。

戦いの全てを重悟に任せ、恐慌状態に陥った者たちを落ち着かせることもできず、ただ指をくわえているしかできなかった弱い自分を綾乃は許せなかった。

結果、その怒りを受け炎雷覇は綾乃が今まで出したことのない規模の炎を生み出した。

 

「はあああああああああ!!!!!!!!!」

 

上段に振り上げた炎雷覇を勢いよく振り下ろす。

放たれた極大の火球は重悟の紫炎には及ばないまでも、上級妖魔であろうとも吹き飛ばすほどの威力で直進していく。

 

しかし、現実は無常だった。

 

妖魔は黒い風を、前に構えた両手に収束していく。それは拳一つ分の大きさながら、大型台風並みの風が込められており、それを綾乃の火球に向けて撃ち出す。

大きさでは火球の十分の一にも満たない、小さな風の塊。

鋭く、速く放たれた風の塊は、火球を触れた瞬間に霧散させ、綾乃たちを襲う。

 

「きゃあああああ!!!??」

 

あまりの風の力に、炎雷覇を構えた綾乃は踏みとどまることもできずに吹き飛ばされる。

 

「綾乃!」

 

雅人や煉が、綾乃と同様に吹き飛ばされる中、重悟は力を振り絞って綾乃を受け止める。

しかし、それが限界だった。

 

バキンッ

 

「ぬおっ!?」

 

ついに義足が限界を迎え、折れてしまったのだ。

それと同時に風は止んだが、重悟は倒れてしまう。

 

「お父様!」

 

綾乃は何とかして、重悟を起こそうとする。

 

「に、逃げるのだ。綾乃。お前さえ無事ならば、儂は――」

 

「いや!お父様を置いて逃げるなんて!」

 

「いい加減にせんか、馬鹿者!今のお前は生き残ることだけを考えろ!早く煉と雅人ともに――!?」

 

重悟は綾乃に逃げるよう言うが、時すでに遅く。妖魔が二人のすぐ前に来ていた。

しかも、すでにその手には先ほど同様、風の塊が渦巻いている。

あれを至近距離で受ければ、人間など一瞬でひき肉のようになってしまうだろう。

 

(もはや…これまでか)

 

綾乃が炎雷覇をあわてて構えようとしているが、間に合わない。いや、たとえ間に合ったとしても何もできないだろう。

重悟が、絶望しあきらめた。

 

 

 

 

 

そして、風が吹き荒れた。

 

 

 

 

 

ただし、黒い風ではなく、何処までも澄み渡るような蒼い風が。

 

 

 

 

 

優しく、けれど力強く吹き荒れる蒼い風は、先ほどの妖魔の攻撃とまったく同じように、鋭く、速く突き進み、妖魔のみを吹き飛ばす。

 

「螺旋烈風丸」

 

そして、その男は現れた。莫大な数の風の精霊を引き連れ、天空の王者のごとく地上を睥睨しながら、廃墟となった神凪邸に舞い降りる。

 

「昔、一緒に編み出した技だったな――流也」

 

その男の姿を、重悟は呆然と見つめ、やがて笑みを漏らす。

 

「帰ったか……和麻」

 

八神和麻。かつて神凪和麻と呼ばれ、神凪一族を追放されたその男は、いま再び神凪の地を踏む。

あのころとは比べ物にならない、圧倒的な力を身に着けて。

 

「八神家初代宗主、八神和麻。同盟の一員である更識と風牙衆の懇願に応え、また、個人的な理由でお前を救いに来たぜ。風巻流也!」

 

 

 

 




今回は重悟さんの戦いでしたが、どうでしょう?彼って戦闘描写がないから大変でした。
そして、ついに主人公降臨!
和麻に何があったのかは次回をお楽しみに

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