「改めまして、八神翠鈴といいます。和麻とは六年前に香港で出会いました。今では婚約をして、一人娘もいます」
翠鈴は最初に自分の名前と和麻との関係を簡単に説明する。かなり厳つい、強面ともいえる厳馬相手に翠鈴は全く臆した様子がない。
これだけでも、厳馬は翠鈴に対する評価を上げる。
大抵の小娘なら厳馬を相手にするだけでも、腰が引けて怯えてしまうというのに翠鈴にはそのようなことが全くない。
「……神凪厳馬だ」
翠鈴の自己紹介に、表面上は特に反応を示さないまま自分の名前を言う厳馬。
電話ではあまりにいきなりのことだったので動揺してしまったが、今回はあらかじめ分かっていたことなので落ち着いている。
「今夜、私があなたを呼び出した理由はわかりますか?」
「……いや」
今夜ここに厳馬を呼び出したのは翠鈴である。
重悟との電話の後、翠鈴は重悟に和麻の両親と話をしたいと言ったのだ。
もし聞き入れてくれるのなら、妖魔の討伐に力を貸してもいいと。和麻も自分が説得すると。
それを聞いた重悟は悩んだ末に、厳馬に会いに行くよう命じ、厳馬もそれにしぶしぶ同意したのだ。
「なぜ……和麻を捨てたのですか?」
翠鈴は余計な前置きもなく、ストレートに聞きたいことを問いかける。
厳馬のような人物にまどろっこしい言い回しなど、機嫌を損ねるだけなので、翠鈴は直球勝負に出たのだ。
「……無能者はいらない。ただそれだけだ」
「ウソです」
厳馬がぶっきらぼうに答えるが、即座に翠鈴は否定する。
まさか即答で否定してくるとは思わなかった厳馬は内心の動揺を悟られないようにするが、
「根拠のない小娘の言葉ではありませんよ」
翠鈴は構わず話し続ける。
「私が出会った当初の和麻の体さばきは素人の私から見ても見事なものでした。あなたはの修行の成果です。これはのちの和麻のお師匠さんも称賛していましたよ。あなたは和麻に自分で戦う強さをつけたかったのではありませんか?ですから、和麻がいじめられても何もしなかった。自分が出張れば和麻がそれに甘えるかもしれないから」
「……」
翠鈴の言葉に厳馬はさらに押し黙る。
「でも、和麻にあなたの愛情は伝わらなかった。私なりに考えてみたのですけれど、あなたは親の愛情を知らないのではありませんか?」
「……!?」
この時、厳馬は翠鈴の評価をさらに改めた。ついでに、警戒心も。
彼女の言葉はほとんど正鵠を得ていた。
厳馬は確かに和麻を愛しており、強くあってほしいと願っていた。
しかし、それをうまく表現する術を厳馬は知らなかったのだ。
幼いころに妖魔との戦いによって両親をなくしてしまった厳馬は、孤独に修行に励んだ。
修行の果てに強くなることで、両親が命を懸けてまで守った神凪を守ることができると信じ、その果てに神凪の歴史上でも限られたものしか会得できない「神炎」を手に入れることができた。
宗主の座は重悟に一歩及ばず手に入ることはなかったが、それすらも己が未熟として受け入れ、精進に励んだ。
そのような経歴を持つ厳馬だからこそ、和麻に力をつけてほしいと願った。
自分の思いを、信念を通す力を。
それを翠鈴に言い当てられ厳馬の心の中での動揺はさらに大きくなる。
「和麻が風の力を手に入れた時も、問答無用で追い出したそうですね。ですが、お金を渡した。これは和麻に神凪を見限らせるためだったのではないですか?神凪の事情はとある情報筋から知っています。神凪にいては和麻の力は永遠に認められることはない。ですから、あなたは和麻を神凪という籠から追い出した。自分の、自分だけの道を見つけさせるために」
そこまで言った後、翠鈴はカップに残った紅茶を飲み干す。
「以上が私の和麻から聞いた話から私自身の想像を加えた考えです。何か、訂正はありますか?」
厳馬は翠鈴を完全に見誤っていたと悟った。
この二十と少ししか生きていない女は自分の想像を超えるものすごい存在である。
あの和麻が選ぶだけはあると納得した。
あの時、和麻が見せた風。
それは探知が苦手な炎術師である厳馬から見てもまだまだ底が見えないほど、成長の余地がある強力なものだった。
だが、だからこそ厳馬は和麻を捨てた。
幼いころから神凪として生きてきた厳馬には、炎術至上という考えが染みついていたのに加え、ほかの一族たちがこれを知ればさらに和麻の肩身は狭くなる。
それでは和麻の才能を、能力を最大限に生かすこともできない。
神凪の枠に和麻は収まる男ではないと直感した厳馬は、だからこそ憎まれ役となった。
すべては……和麻を愛するがゆえに。厳馬は……否定できない。
翠鈴の考えはほとんどが彼女の想像だが、大体当たっている、いなほとんど正解なのだ。
厳馬は和麻が風を操れることが分かったとき、内心ではうれしかった。
息子が自分の力を、自分だけの力を手に入れた。
だからこそ、追い出し、突き放したのだった。
なんて、なんて不器用で、愚かなのだろうか。
「……」
そして、その真相を和麻の話と想像だけで推理した翠鈴。彼女には何を言っても、そのすべてが見透かされているように、厳馬は感じてしまい、たとえここで嘘の否定の言葉を述べても看破される気がした。
沈黙する厳馬に翠鈴は次の言葉を紡いでいく。
「今、和麻は圧倒的な力を身に着けました。その力を持つにふさわしいゆるぎない意志も」
『力』だけではだめだ。
『力』にはそれを操るにふさわしい『意志』があって、初めて『強さ』へと昇華する。
今の和麻は『力』も『意志』も持っている。
だが、
「ですが、和麻は心のどこかで神凪に少しだけとらわれています。それを解消することができるのはあなただけだと私は考えています」
和麻が持つ、神凪への確執。
本人は完全に振り切った気でいるが、温泉で翠鈴に少しこぼしたようにそれはいまだに残っているのだ。
それこそが、和麻がいまだに抱える……弱さだ。
そのせいで、未だに翠鈴とはやてを紹介しに行くこともできない。
「お願いします。和麻と会ってください。そして、あなたの本当の想いを伝えてください。……重ねてお願いします」
翠鈴は厳馬に頭を下げる。
その姿に、どこまでも和麻を思いやる心を厳馬は感じた。
なんて、まぶしいのだろうか。
「……私は」
厳馬はそっと、言葉を翠鈴に吐き出した。
一方、厳馬と翠鈴が会談を行っているころの神凪邸では重悟と雅人、そして厳馬飲もう一人の息子であり和麻の弟の神凪煉が居間に集まっている者たちをいさめていた。
「ええい、重悟よ!なぜ、和麻を討つことを躊躇う?あ奴を討たねば神凪に未来はないのだぞ!?」
「ですから、和麻は無実です!ちゃんと裏付けも取れています。ですから、まずは本当の敵を見定めねばならないのです!!」
喚き続ける頼通を重語は抑える。別のところでは雅人が兄であり、神凪の分家である大神家当主の雅行を筆頭とする分家を抑え、煉は姉と慕う綾乃を抑えていた。
「だから、なんであんなのを庇うのよ!?あいつは妖魔に魂を売って私たちを裏切ったのよ!そんなこと精霊魔術師として絶対にやっちゃいけないことなの。それを討つことが私たちのやるべきことなのよ!」
言っていることは立派だが、綾乃の言葉はすべて妖魔の口から語られた断片的な言葉を頭の中で自己解釈したことであり、信用性などゼロである。というか、妖魔のいうことを信用する精霊魔術師など、更識やほかの退魔を生業とする者たちが聞けば、何の冗談だと呆れ半分で笑われるだろう。
しかし、綾乃はそんな冗談話のようなことを自分が言っていることに気が付かず、ほかの神凪の術者のほとんども同じだ。
まさに滑稽である。
そして、綾乃の前に立つのは小柄な少年だった。少年であるのだがその顔は女の子といっても信じられそうなぐらいかわいらしく、全体的にも小柄な体つきだ。
そんな少年こそが、神凪煉である。
「姉さまは妖魔から聞いただけでしょう!?妖魔のいうことなんて信用できません!そんなことを信じる姉さまのほうが間違っています!」
煉は普段のおっとりとした雰囲気を感じさせないほどの剣幕で綾乃に反論する。
煉は重悟に呼び出され、翠鈴のことを聞かされたのだ。
兄に妻ができたということを煉は素直に喜び、しかもその人は兄の潔白を証明してくれたことに感謝した。
そして、重悟に綾乃を抑える役目を言いつかったとき、純粋な煉はその使命に燃えた。
その燃え盛る炎のごとき心で綾乃を前に堂々としているのだ。
「いい加減にしてください!これ以上勝手なことをするというのならば――」
喚き続ける者たちについに重悟の堪忍袋の緒が切れた。
重悟はその場にいた炎の精霊をすべて集める。
集っていく膨大な量の精霊は重悟の怒気に、嬉々として燃え上がる。
「そ、宗主!?」
重悟の豹変に気が付いた術者の一人が驚くが、そんなことには構わずさらに炎の勢いを強めていく重悟。
そして、ついに炎は徐々に紫色に染まっていく。
「し、紫炎!?」
神の炎、神炎。
神凪でも選ばれた者のみがたどりつけるといわれる炎術の究極極意。
術者の気の色に染められた炎は、神の名にふさわしい力をもってすべてを蹂躙する。
千年にも及ぶ神凪の歴史でも、この炎を会得したものは僅かに十一人。
そして、今代において現れた神炎使いこそ、『蒼炎』を操る厳馬と『紫炎』の重悟なのだ。
その紫炎を見た術者たち、綾乃や煉でさえも驚愕し、動きを止める。
「お前ら、俺を怒らせたらどうなるか、わかっているよな?」
そう、重悟は怒っていた。
いつまでも状況を冷静に見ることもせず、自分勝手なことを言い続ける神凪の腐敗した術者たちに。
何より、こうなるまで神凪の腐敗を放置してきた自分に。
このままでは――
(このままでは、神凪は確実に滅亡する。そうなれば、儂は、儂は――
――孫に会えんではないかあああああああああああああ!!!!!!!!!!!)
そう、翠鈴が言っていた和麻との間にできたという一人娘、はやて。
重悟にとっては昔から息子のように気にかけていた和麻にできた子供。
つまり、自身の孫のような娘なのだ。
その姿を一目見ること。それこそが今の重悟の最優先事項だった。
親馬鹿である重悟だが、どうやら孫馬鹿でもあるようだ。
その最優先事項を達成するにはこの危機を乗り越えねばならないのだが、神凪の者たちはそれの邪魔をしようとし、あろうことか娘までもそれに加担する始末。
「俺の言うことを聞かないのなら、全員火達磨に――!」
実力行使でここにいる全員を行動不能にしようとする重悟だが、不意に感じ取った妖気に手を止める。
そして、そのまま紫炎を天井に放つ。
巻き上がる紫色の火柱。
それは天井を一瞬で消滅させ、その先にある夜空さえも貫かんとするほどの強大な力だった。
神凪の術者たちはそろって腰を抜かす。
間近で重悟の紫炎を見たのだ。
圧倒的な実力差にもはや何もする気が起きない。
しかし、彼らはさらに驚愕する。
紫炎が吹き飛ばされたのだ、黒い風に。
「むぅ―!」
風は紫炎を吹き飛ばしただけでなく、神凪の屋敷にも襲い掛かる。
かろうじて重悟が防御するが、自身の周りだけしか防御できずに屋敷の大部分は被害を受ける。
やがて風が収まったころには、屋敷はほとんどに罅が入り、がたがたになっていた。
風は屋敷だけでなく、神凪の術者たちにも襲い掛かっており、綾乃、煉、雅人などの実力者は何とか防いだが、大半の者が吹き飛ばされ地面にたたきつけられているか、池に落ちている。しかも、いきなりのことだったので受け身も満足に取れず骨折や脱臼している者がほとんどだ。
「あ、あいつはあの時の!?」
「間違いない。宗主!あれが俺たちの見た妖魔です」
綾乃と雅人がそう叫ぶ。
それと同時に、妖魔はゆっくりとぼろぼろの神凪邸に降り立ち、重悟と対峙する。
「……」
「……」
しばらく見つめ合う両者。
しかし、沈黙はすぐに破られた。
「喝あぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「――――――――!!!!」
紫炎と黒い風が同時に放たれ、二つは激しくぶつかり合う。
二つがぶつかる余波は、周囲をさらに蹂躙する。
その光景は、まるで神話における神々の戦いのようだった。
で、できた。途中で息抜きしながらもできたぜ。
今回は翠鈴さん無双。マジやばいっす。戦わずしてすでに厳ちゃんに勝っている。まあ、彼女はもともと聡明だったというのと師匠がね。
次いで、マジ切れ重悟さん。会う前からこの状態。あったらどうなるのかな・・・。
次回は神凪邸決戦です。いい加減主人公を出さないと