神凪の本邸の一室。そこには三人の男たちが集まり話をしていた。
神凪重悟、神凪厳馬、大神雅人の三人である。
いずれも神凪一族を代表する術者たちである。
重悟は事故で片足を失うまでは、神凪最強といわれるほどの術者で、炎雷覇を持って戦うその力は、まさに炎の魔神と謳われた。
厳馬も現役時代の重悟に一歩及ばなかったが、まさに規格外といっても過言ではなく、重悟が現役を退いた今では神凪最強の術者である。
雅人に関しては、分家の術者だがその力は分家最強と言われているほど優秀なのだが、兄との大神家当主の座を争うことを嫌ってチベットの奥地に武者修行の旅に出たという変わり者だ。
「和麻が犯人とは限らない、か」
重悟は神妙な顔でつぶやき、雅人もそれに頷く。
「武哉と慎治が倒れていた場所には妖気の欠片もありませんでした。私が遭遇した妖魔の妖気は通っただけでもその場に染み付くほど強烈でした。もしも二人を倒したのが和麻なら妖気がないのは不自然かと」
妖魔と遭遇し、二人が倒れている場所にも立ち会った雅人が重悟に言い、それを重悟は幾分うれしさを感じさせるような顔をしながら頷く。
彼は二人が路上で倒れていると連絡を受けた重悟に頼まれ、その現場を見に行ったのだ。これは重悟が雅人なら冷静な判断を下し、物事をウソ偽りなく報告してくれるという信頼の証であった。
「それが聞けて良かった。今この屋敷の中で冷静に物事を見ることができるのは儂と厳馬だけかと思ったぞ」
現在、神凪一族のほとんどの人間は綾乃が報告した「妖魔は和麻の命令で動いている」という言葉を信じており、「精霊王に選ばれた一族の名のもと、裏切り者の和麻を滅ぼすべし」と声高々に叫んでいる。しかも、それをあおっているのは先代宗主である神凪頼通という男である。
この頼通、重悟の実の父親なのだが似ても似つかない権利欲の塊のような男であり、歴代最弱の力しか持ち得ていなかったのだが策略によってほかの宗主候補や先々代宗主を謀殺し、宗主についたのだ。
神凪一族の宗主は最強の術者がなるべきだと考える厳馬とは折り合いも悪く、この機に厳馬の息子である和麻を殺し、再び自分が一族の中での発言力を高めようという魂胆が見え透いている。
それはともかく、重悟が和麻を犯人でないと判断した理由は他にあり、一つの写真でもあった。
警視庁に存在する特殊資料整理室。
妖魔や悪霊といった存在の絡む事件を扱う部署なのだが、そこに所属する感応・感知タイプの術者が二人が倒れていた場所から2kmほど離れた場所から二つの強大な力がぶつかる気配を感知。
すぐさま資料室が出動したのだが、すでに戦闘は終わっており、その場で何が起こったのか念写が行われた結果、二人の風を操る男が戦っている様子が現れた。
そして、近くで神凪の術者が倒れていたのでその報告が重語のところに回ってきたのだ。
それを見た重悟は和麻が無実であり、むしろ妖魔と敵対していると予想を立てて、雅人に確認を取っていたのだった。
「しかし、和麻の潔白が証明されたわけではありません。一度話を聞くべきかと」
「ふむ。では私が出向こう。和麻が風術師なら神凪の者が来たら気づく間もなく察知されて問答無用で攻撃されるだろうからな」
重悟が少しおかしそうにそういう。
実際問題、和麻は信吾や武哉に対しそのような対応を取った。
これは和麻が神凪を信用していない証拠である重悟は考えている。
まあ、幼少のころから虐待を行い、挙句の果てにその身一つで放り出した一族を信用するなど、よほどのお人好しでしかありえないだろうし、和麻はそんなお人好しと対極にいるといってもいい性格をしている。
もしも今の殺気立った集団である神凪が前に現れれば二人の二の舞だろう。ちなみに、二人は今猥褻物陳列罪の容疑がかけられて警察の預かりになっている。一日たった今でも目を覚まさない。
「お言葉ながら、宗主には今ここを留守にされては困ります。宗主がいなくなればあの馬鹿どもを抑える役目がいなくなってしまいます」
「むぅ」
厳馬の言葉に重悟はうなる。確かに大広間で怪しげな集会を開きながら馬鹿騒ぎをしている者たちを放っておけば事態はさらにややこしくなるだろう。
それを防ぐためにも重語には残っていてもらわねばならない。雅人では彼らは耳を貸さないだろうし、厳馬では力づくならできるだろうが、それですべてが止まるわけではない。
「だがどうする?」
「私が行きます」
重悟の問いに厳馬は即答する。しかし、重悟の顔から不安は消えない。
「お前が言ったとしても和麻は話を聞くとは思えんが。お前は儂と違い全く信用されていないと思うぞ」
重悟のいうことはもっともである。
厳馬は和麻の実の父親だが和麻に対して親らしいことを何一つしていない。和麻がいじめられていても何もせず、ただただ厳しい修行をさせていただけだった。それに対し、重語は何かと和麻のことを気にかけ、神凪において数少ない和麻の居場所であろうとし続けた。どちらが信用されているかどうかなど、一目瞭然である。
「問題ありません。煉も連れて行こうと思います。神凪にいるよりも安全ですし、煉がいれば和麻も問答無用で攻撃しようとは思わないでしょう」
煉とは和麻の弟にあたる、十二歳ほどの少年である。
和麻と違いあふれんばかりの炎術の才能をもって生まれた煉は大切に育てられた。そのせいか煉はとても純粋に育ち、煉と和麻は離れて育てられながらも兄である和麻を慕っていた。そして、そんな煉を和麻もかわいがっていた。
「煉もか。わかった。お前に任せよう。雅人は儂と一緒に分家の連中を抑えるのを手伝ってくれないだろうか」
「はっ、わかりました」
話がまとまった後、厳馬は風牙衆が調べ上げた和麻の電話番号に電話する。
その横では重悟と雅人がその様子を見守っている。
「私だ」
開口一番、電話に出た瞬間の一言がこれである。
あんまりな厳馬の言葉に、交渉だけでも自分がやればよかったと重悟が頭を抱える。
『あの……どちら様ですか?』
「は?」
しかし、厳馬は返ってきた返事に、いつも崩さない仏頂面が崩れるほど衝撃を受けた。
てっきりあの息子の声が返ってくるかと思っていたのだが、電話の向こうから帰ってきたのは、美しい女性の声であった。
流石の厳馬もこれは予想外だったのか、思考がフリーズしてしまう。
『あの…どちら様でしょうか?もしかしていたずらですか?』
「あ、いえ…その…」
テンパっている。あの厳馬がテンパっている。
どんな妖魔相手でも臆さず向かっていくあの厳馬が。
重悟ですら見たことのないその姿に、二人は何事かと心配する。
『とにかく、一体どこのどちら様で、和麻に何の用なのかはっきり言ってください』
「あ、は、はい…えっと、あの」
きっぱりと、たたきつけられるように言い放たれた言葉に厳馬はさらにしどろもどろとする。
もはやキャラ崩壊である。
しかし、テンパりながらも厳馬は今の言葉にハッとする。
「和麻の知り合いか?」
今の言葉の中にあった和麻の名前に厳馬は、相手が和麻の仲間であると見当をつける。
『?和麻ですか。知り合いも何も……』
しかし、相手の答えは厳馬の予想をはるかに超えていた。
『私は和麻の妻です』
「は?」
本日二度目の衝撃。
電話の向こうの相手は何といった?
和麻の……妻?
伴侶?
婚約者?
そう言ったのか?!
「か、和麻の……妻?」
『??ホント、なんなんですか?いたずらならもう切りますよ』
「ま、まt「和麻の妻だとおおおおおお!!!!!???」そ、宗主!?」
厳馬が相手を引き留めようとするが、それにかぶせるように重悟が反応をした。
「貸さんか、厳馬!お前ではまともに応答できん!」
そういいながら厳馬から電話をひったくる重悟。
電話を奪われながらも、厳馬は和麻に妻がいたという事実に受けた衝撃でしばらく厳馬は呆然とする。
「ああ、申し訳ありません。今少し代わりました。私は神凪重悟と申します」
『神凪って!?もしかして、和麻の義父さんですか?』
「いえ、私ではありません。しかし、和麻のことは昔からよく知っています。あの、失礼ですが、あなたのお名前は?」
『あ、私は和麻の妻の八神翠鈴と申します』
「これはこれはご丁寧に」
『あの、それでどういったご用件でしょうか?』
「はい。実は和麻に少し用事がありまして。できれば代わっていただきたいのですが」
『用事、ですか。和麻は今少し席を外していまして』
「はあ、そうですか」
『それで、和麻に用事とはいったいなんでしょうか?』
「それはですね……」
重悟は少し迷う。
和麻に妻がいたということで、少し興奮してしまっていたが、自分たちはもともと和麻に会い、無実の証拠を手に入れるために電話をしたのだ。
今、和麻はいないので改めてかけなおすことになるだろうが、果たして和麻はしっかりと受け答えしてくれるだろうか?
神凪の事情に和麻を巻き込むのは確実だ。しかし、和麻に妻が、守るべき人がいるのなら巻き込まれることは嫌がるだろう。
重悟もそれは本意ではない。
幼いころから虐待され、苦しい思いをしてきた少年がやっと人並みの幸せを手に入れたのだ。
和麻が手に入れた平穏を奪うなどしてもいいのだろうか?
悩む重悟の耳に、翠鈴の声が届く。
『もしかして、昨日の妖魔のことですか?』
「……なんですって?」
『昨日、私たちは妖魔に襲われました。とてつもない妖魔に。そのとき和麻が戦ったのですが、そのことでご用件があったのではないですか?』
「……詳しく、教えていただけないでしょうか」
電話で重悟は翠鈴から、昨日の出来事をかいつまんで聞き、和麻が犯人でないと確信した。
翠鈴がウソを言っている可能性もあるが、重語は膨大な人生経験からウソを言っていないと判断したのだ。
「そうでしたか。ありがとうございました」
話を聞き終えた重悟は胸をなでおろす。
和麻が犯人ではなかった。
そのことに安心し、さらに愛する妻まで得て、今では大阪で幸せに暮らしているという。
しかも、娘まで生まれているという。
自分に報告がなかったことは悲しいが、そもそもの問題は神凪にある。
すべてが終わった後、改めて挨拶に行こうと重悟は決意し、この危機を乗り越えようと覚悟を決めた。
最後に、礼を述べてから電話を切ろうと思ったのだが――
『あの、重悟さん。少しよろしいですか?』
厳馬、重悟と翠鈴が電話で話をした日の夜。
都心のとある喫茶店に翠鈴はいた。
はやてを和麻に預け、一人喫茶店のオープンテラスに座りながらコーヒーを飲む翠鈴の姿はとても絵になっていて、道を歩く男性はもちろん、女性までも一瞬見とれてしまう。
翠鈴は人を待っていた。
和麻には出歩くことを反対されたが、問答無用で言いくるめ、和麻の風の探知範囲外のこの場所までやってきた。
すべては、和麻のために、ここに来る人物と一対一で話し合うためである。
やがて、その人物はやってきた。
圧倒的な風格を漂わせ、一歩一歩この席に近づいてくる。
一般人にはわからないが、術者であるならばすぐにその圧倒的な力量を理解する。
なるほど、と翠鈴は思う。
最強を名乗るだけはある。
これほどの術者はそうはいないだろう。
そして、そんな相手に翠鈴は一瞬だけ殺気を送る。
「……」
それに対し、相手はすぐに反応しこちらにやってきた。
「…またせたか?」
「いいいえ。お待ちしておりました」
翠鈴は持っていたカップを置き、軽く会釈する。
それと同時に相手も座る。
「……」
「……」
しばらく二人は見つめ合う。
「初めまして。八神翠鈴です。お初にお目にかかります。――神凪厳馬殿」
「ああ……」
これが翠鈴と厳馬の初めての邂逅だった。
お待たせしてすみません。
「緋弾のアリア×IS 緋と蒼の協奏曲」がクライマックスだったのと、PCが壊れていたせいで二か月近くも放置してしまいました。
今回は厳馬、重悟という神凪のツートップの登場です。
ぶっちゃけ、厳馬は書いているうちになんかキャラがわからなくなってしまいました。誰だこれ?
次回は翠鈴と厳馬の会談です。頑張ります。
それにしても厳馬と翠鈴が向かい合って座っているってものすごい光景ですね。