風の聖痕 風と水の祝福『凍結』   作:竜羽

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蒼と黒の風

和麻が不審者に正義の鉄槌(笑)を下す少し前。

和麻たちがいた場所からほど近い場所で、とある一人の少女と二人の男が生命の危機に直面していた。

少女の名前は神凪綾乃。

神凪の宗主である神凪重悟の娘にして、次期宗主の証である神器・炎雷覇を継承した神凪宗家の術者である。

そんな彼女につき従うのは、分家最強の術者と名高い大神雅人とその甥である大神武志。

彼らは宗主である重悟の命で、綾乃の任務に同行していた。

劣化した妖魔の封印を再封印するという内容だったのだが、あまりに劣化していたので綾乃は封印を破り、妖魔を倒すことにした。

そして、封印の中から出てきた土蜘蛛という妖魔を綾乃は継承した炎雷覇で見事滅ぼした。

炎雷覇とは、神凪の始祖が火の精霊王と契約を結んだ際に授かった神器であり、所持する者の力を増幅させ、多くの精霊を従えることができるようになる。

この炎雷覇を次期宗主候補が所有権をかけて戦い、最後に勝ち残った者に炎雷覇が授けられ、次期当主となるという『継承の義』において、綾乃は継承した。

もっとも対戦相手である和麻が、継承の義の数日前に神凪を勘当され飛び出しており、また宗家にも綾乃の相手になるような同年代の術者はいなかったため、おさがりでもらえたようなものだが。

 

それはともかく。

 

いつも通りに妖魔を滅した綾乃は、家に戻って重悟に依頼完了の旨を報告しようとした。しかし、突如として風の結界が三人を包み込んだのだ。

いきなりの事態に、綾乃は重悟に聞かされていた容疑者の男の名前を思い浮かべる。

風術師となり、六年ぶりに戻ってきた八神和麻という男の名前を。

この結界も和麻の仕業なのかと勘ぐっていると、黒い風が収束し、一つの人影を作りだす。

それは二十代前半の若い男のようだったが、その体から放つどす黒い妖気でもはや人以外の何かに見えてしまう。

 

「あ、あんた!何者なの!?」

 

その妖気に気圧されつつ、綾乃は炎雷覇を構える。

雅人も戦闘態勢に入るが、武志はあまりの妖気に腰が引けている。

そんな三人に対し、何の反応もしないままその男は口を開く。

 

「か……ず…ま」

 

「和麻?あんた、和麻さんなの!?」

 

「…め……いれい」

 

「命令?和麻さんの命令で現れたのね!?」

 

途切れ途切れで紡がれた男の言葉を綾乃は自己解釈し納得してしまう。

綾乃は神凪を売った和麻に対する怒りからさらに炎を召喚するが、それと同時に男は黒い風を纏い始める。

 

「ううぅ……あああああああああああああ!!!!!!!!」

 

咆哮。それと同時に黒い風が嵐となって荒れ狂う。

 

「きゃあああああ!!??」

 

「くううぅぅぅぅ!!!!」

 

「うわあああああ!!!?」

 

三人はその圧倒的な暴風に吹き飛ばされてしまう。

そして、次に目を開けた瞬間その男の姿はどこにも無かった。

 

 

 

黒い風を纏い、男は空を駆ける。

先ほど、強大な風が収束するのを感じたのだ。

それは和麻が武哉たちに使った風の鉄槌。

その風から懐かしい雰囲気を感じた男はただただ、そこへと飛んで行った。

 

 

 

「和麻!」

 

翠鈴はいきなり上空に沸いた妖気に反応し、はやてを背負った和麻の前に躍り出る。

その瞬間、二人に向かって黒い風の刃が飛来するが、翠鈴がとっさに生み出した水の楯で防ぐ。しかし、翠鈴の顔は防いだというのに晴れない。

 

(何これ!?和麻と同じくらいの威力じゃない!!)

 

その威力は史上最強の風術師と言ってもいい和麻の風と同等の威力があったのだ。加えて、和麻も内心焦っていた。

 

「この俺が反応できなかっただと!?どういうことだ」

 

和麻はあまりの衝撃につぶやく。

探知能力に関しては翠鈴よりも和麻の方がずっと上だ。しかも、

 

「風の精霊!一体何を考えてやがる!!」

 

風による攻撃。それを和麻が見逃すなどあり得ない。あってはならないのだ。

それは絶対の契約で決まっていること。それに違反するなど、和麻にとっては最悪の事態に他ならない。

 

(俺と同じ奴がいるっていうのか?冗談じゃないぞ。非常識な奴は更識だけで十分だっていうのに)

 

一部の人たちに軽く失礼なことを内心思いながら、和麻ははやての安全を確保するべく行動する。

 

「翠鈴。はやてを頼む。相手は風使いだ。俺が相手をする」

 

「でも、大丈夫なの?和麻の風を欺いたってことは…」

 

「それでも、防御ならお前の方がいい。それに、来たぜ」

 

和麻の言葉ともに、黒い風を纏った男が現れる。綾乃たちを襲撃したものと同一人物だ。

その妖気の強大さに、二人は警戒を強める。

 

「はあああ!!」

 

和麻は問答無用で風の刃をたたき込む。

それを黒い風で迎撃しながら、男はこちらに突っ込んでくる。

それに対し、和麻も迎えうつべく突っ込む。

 

「和麻っ!」

 

翠鈴が叫ぶが、和麻と男は風を纏い上昇。

激しい空中戦を繰り広げる。

その様子を見ながら、いつの間にか起きて自身の腕の中で妖気におびえるはやてを抱え直し、翠鈴は安全な場所に急いだ。

一方、和麻は男と派手な空中戦を繰り広げていた。

両手に風を集め、高密度の大気の拳(エーテルフィスト)を形成。それをたたき込むだけでなく、四方八方から風の刃を拳での攻撃の合間に撃ちこんでいく。

が、拳は黒い風を纏った腕や足でガードされてしまい、刃も同じ黒い刃で迎撃されてしまう。

 

(ちっ、どういうことだ。この俺が風を奪えねえだと)

 

加えて、先ほどから男の黒い風の支配権を奪おうとするのだが、男の操る風の精霊たちはまるで和麻の声にこたえてくれない。

これは精霊が契約に背いているという、非常識な事態だった。

『原初の法則』というものがある。

世界創世の刻より、何者かが、あるいは世界そのものが制定した不変の原則。

精霊とは、その法則により定められた意志ある現象であり、世界をあるべき形に保つために彼らは存在している。

全を一、すなわち己を全体の一部として認識する彼らに、知性はあっても一つ一つの個我はなく、契約を破るような自由意識は無い。

仮に、彼らが個々の意思を持ち、好き勝手に動き回れば世界は崩壊を迎えるだろう。

故に和麻と『彼の者』との間で結ばれた契約に、精霊たちが反するなどあってはならない。もしあるとすれば、それは――

 

(やはり、こいつは俺と同じ?いや、流石に早計過ぎるか。っていうかもしそうなら本気でなくぞ、こら)

 

男が和麻と同じく『彼の者』と契約を交わしたものならば、このような事態もあり得る。しかし、男が放つ妖気がそれを否定する。妖気などという世界の歪みをもたらす存在である妖魔と同じ力を纏うものに『彼の者』が契約を結ぶなどあり得ない。つまり、もしこの男が和麻と同じ存在ならば、『彼の者』に匹敵する魔に属するものと契約を結んでいることになる。そんな化け物が目の前にいるなど和麻は信じたくなかった。

一度、和麻は距離を取る。

 

(和麻)

 

そんな和麻の頭の中に声が響く。シルフィだ。

 

(何だ、シルフィ?やっと起きたのか?)

 

(ええ。少し気分が悪くて。それでね。あいつなんだけど)

 

(何かわかったのか)

 

シルフィの声に和麻は男を警戒しながらも、耳を傾ける。

 

(あいつの周りにいる精霊は、みんな狂っているわ)

 

(何だって?)

 

精霊は人間のように発狂することがある。土の中に入れられた風の精霊や、水の中に取り残された炎の精霊など、自身とは真逆の属性に長く置かれていると狂ってしまうのだ。

当然その状態では、人の言うことなんて聞くことはない。

 

(あいつの妖気のせいだと思うわ。だから、和麻の風なら少しは何とかできるかもよ)

 

(そうか。了解)

 

和麻は長引かせるつもりはなかった。

このまま、ここで派手に戦っていたら神凪のやつらに感づかれる可能性がある。

正直、関わり合うことなど御免なので和麻は逃げることにする。

 

「ちょっと本気出させてもらうぜ」

 

和麻の風が蒼く輝き始める。その風は男が周囲にまき散らす妖気を纏った黒い風とは、真逆の全てを浄める清浄な雰囲気を醸し出している。

 

「くらいな!」

 

その風、和麻だけに許された神凪の炎と同じ、浄化の力を秘めた風を和麻は男に撃ち出す。

それに対して、男も黒い風をぶつけて相殺しようとする。

二つの風はぶつかり合うが、徐々に黒い風が押され始める。

 

「妖気で狂わせているっていうのなら、浄化しちまえばいいだけだ!」

 

和麻はさらに力を込める。それに対し、男も力を込める。

やがて、二つの風は同時に消滅する。

しかし、その瞬間、和麻は飛び出す。

 

「うおらああ!!」

 

その両手は蒼く輝く大気の拳(エーテルフィスト)が展開されていた。

浄化の風を圧縮した、拳をたたき込む。

それを男は腕で防ぐが、妖魔にとっては毒である浄化の力に先ほどとは違い簡単にガードを崩される。

 

「ぶっ飛べ!」

 

そのまま、ガードが崩れた瞬間を見計らい、男の顔面を殴りつける。

そして、男が吹き飛ばされた瞬間、和麻は全力でこの場を離脱する。

だが、加速する和麻の耳に、風が拾った声が届く。

 

『かず…ま』

 

「何?」

 

その声に、和麻は男の吹き飛んだ方を振り向くがもう姿は見えない。

狂わされた風を操っている故に、男の気配を探知するのは和麻といえども難しい。

もう、その姿を追うことはできないが、あの声を自分が聞いたことがある気がする。気のせいだろうか?

 

(気のせいじゃないわ。私も聞いたことがある気がする)

 

和麻が首をかしげていると、シルフィも声に聞き覚えがあるという。

和麻は自分の記憶をたどる。

風使いの知り合いは、香港の凰一族に何人かいるが、彼らが日本にいてあのような妖気を放つなどあり得ない。

ならば、風使いの知り合いなど、風牙衆の…。

そこまで考えて和麻とシルフィは気が付く。

 

「まさか…流也なのか」

 

和麻の呟きは夜の街に、静かに消えて行った。

 

 

 

ホテルに戻った和麻は、先に戻っていた翠鈴に心配させたことを怒られ、しまいには無事でよかったと泣きつかれた。

はやても和麻のことが心配だったようで泣きながら抱きついて来て、そのまま三人は風呂にも入らずに寝てしまった。

 

 

 

翌朝、和麻は昨夜の出来事を、路上で全裸で倒れていた二人の男が見つかり、連行されたというニュースを聞き流しながら楯無に報告。

それを聞いた楯無は風牙衆、特に風巻流也に関して調べると約束してくれた。

昨晩は風呂にも入っていなかったので、八神一家は朝食前に朝風呂に入り、朝食をとる。

その後は、これからの予定を考える。

本来なら今日はこのまま、大阪に帰る予定だったがあの男、流也(仮)の襲撃がまたあるとは限らない。和麻は流也(仮)なら新幹線を10km先から狙撃することもできると考えていた。自分と翠鈴なら防ぐことはできるが、車輌全体は無理かもしれないと思っていた。

このまま帰りの新幹線に乗って、襲われれば厄介なことになる。

あれははやてを護りながら、自分一人で戦って勝てる相手ではないし、もし流也なら倒すわけにはいかない。

なぜなら、流也は神凪にいたころの和麻にとって唯一といってもいい親友だったのだから。

こっそりと、目覚めた風術の力を磨いているときに、偶然修行しているところを見つかり、それ以来、互いに切磋琢磨してきた。

勘当された時も、唯一見送りに来てくれて、一緒に出て行かないかと誘ったのだが、流石に父の後を継ぐのだからできないと断られた。それの時は残念に思ったが、何があっても親友だと言ってくれたときはうれしかった。

そんな親友を、和麻は殺したくない。

もしも、妖魔に憑りつかれているのなら、何としてでも助けたいと思う。

しかし、今は動けない。

情報が足りなさすぎる。

結局、和麻たちはあまり動かず、楯無の情報を待つことにした。

 

 

 

昼の三時。

はやては誰もいないリビングで本を読んでいた。

父である和麻は煙草を吸いに外に出ており、母である翠鈴もこのフロアに備え付けてある簡易キッチンではやてに食べさせるおやつを作ろうと買い出しに出ていた。シルフィは、寝ている。

そんな時、突如携帯電話の着信音が鳴り響く。

それは和麻が忘れて行った携帯だった。

はやてはその携帯を手に持ちながらどうしたものかと、思案する。

 

「ただいまー」

 

そんな時、翠鈴が帰ってきた。

はやては翠鈴の元に携帯を持って駆け寄る。

 

「お母さん。お父さんに電話や」

 

「え?和麻に」

 

翠鈴は電話を受け取り、誰からなのか確認する。しかし、そこには非通知としか書かれていない。

怪しみながらも、電話は鳴り続けるので、翠鈴は意を決して電話に出ることにする。

 

『私だ』

 

聞こえてきたのは、ひどく無愛想な男の声だった。

 




綾乃ちゃん少しだけ…
次回、ついに…

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