風の聖痕 風と水の祝福『凍結』   作:竜羽

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遊園地

「遊園地~!!」

 

「はやてちゃん、あまり離れないで!」

 

そう言いながら両手を上げて喜ぶはやてとそれを追いかけるシルフィ。

その恰好はこのテーマパークのキャラクター(世界で有名なあのネズミ)の格好を模した上着を着ていた。

はしゃぐはやてを見守る二人の格好も、和麻は飾り気のない無地のシャツに長袖のジャケット、ジーンズとスニーカー、翠鈴も自分の瞳と同じ翠色のドレスにカーディガンを羽織るというその辺の大学生や新婚夫婦と変わらない質素なものだが、所々に翠鈴が選んだアクセサリーがおしゃれな雰囲気をさりげなく醸し出している。

 

「なあ、翠鈴」

 

「何?和麻」

 

「今更かもしれないが、はやてはなんで三歳児なのにあんな成熟した反応をするんだ?」

 

「あ~多分、お隣さんたちの影響かな」

 

和麻と翠鈴ははやてが生まれて二年くらいたった後、仕事(楯無を経由して回されてくる仕事。子育ての間の資金の支援をしてもらっていた恩返し)で各地を飛び回ることが多くまた初めての子育てなので、近所の人にはやての世話を頼んだり、育て方を教えてもらったりすることが多かった。

その影響で関西弁を覚え始めているのだが、同年代と比べて少し感情表現や言動、反応が豊かになったのだ。

 

「それにしても、遊園地ってこんなふうになっているんだな」

 

和麻は遊園地のアトラクションをきょろきょろともの珍しそうに眺める。

そんな和麻を見て翠鈴は微笑む。

 

「な~に?和麻。まるでおのぼりさんみたいよ」

 

「いや、俺って休みの日や遠足の日とかは修業させられていたからこんなところに来たことなかったんだ」

 

しかも、それが和麻にとっては無駄ともいえる炎術の修業だったのだから悲しい。

 

「お父さ~ん。お母さ~ん。早くいこ~!」

 

2人は少し先の方で手を一生懸命振って二人を呼ぶはやてと付き添っているシルフィのところに歩いていった。

 

四人がまず向かったのは…季節外れも甚だしいお化け屋敷だった。

 

「なんでこの時期にお化け屋敷なんかあるんだ?」

 

「まあいいじゃないの。はやてちゃんも行きたいみたいだし」

 

ぼやく和麻を引き連れ、翠鈴は中に入るのが楽しみだという顔をしているはやての手を握りながら、お化けの格好をしたねずみの絵が描かれた建物に入っていった。

 

 

 

「意外に面白かったな」

 

アトラクションを終えた和麻は昼食をとるために座ったカフェの席でつぶやく。

先ほどのお化け屋敷。実はお化け屋敷ではなく、お化けの格好をしたキャラクターたちによるミュージカルみたいなものだったのだ。

最新のCG技術やレーザーが用いられて、白い布をかぶったかわいらしいお化けが客席まで飛んで来たり、キャラクターが二人に見えたりと、はやてとシルフィはもちろん、和麻と翠鈴も年甲斐も無く楽しんだ。

現在、和麻は翠鈴たちが飲み物と昼食を買いに行っている間の留守番をしているのだ。

そんな和麻のポケットに入れていた携帯電話が振動する。

ひらいてみると着信であり、相手の名前に「たっちゃん」と表示されていた。

 

「うげっ」

 

そのふざけた名前は、彼女が親しみを込めて勝手に登録したのだが、彼女から電話が来たらからかわれるか、厄介事の二択しかないことを知っている和麻からすれば、このふざけた名前も家族の団らんをぶち壊す爆弾となりかねないのだ。正直無視したいが、そんなことをすれば、後で何をされるのかわかった物じゃない。

意を決して、その着信、「たっちゃん」の電話に和麻は出た。

 

『もっしも~し。たっちゃんよ~、あ・な・た♪』

 

開口一番、和麻が言葉を紡ぐ前に明るい女性の声が聞こえた。

神凪と同じく、日本有数の精霊術師の大家として栄えている更識家の当主、「たっちゃん」こと更識楯無の声だ。

 

「何ふざけたことを言っているのですか?斬りますよ?」

 

『切るの文字が違うくない!?』

 

「いいえ。合っています。それよりも用件を速やかにお願いします」

 

『ああ、今は家族旅行だったわね。うん分かったわ。私も家族の一時を邪魔するような無粋な真似はしたくないもの。でも、これだけは伝えておきたいのよ。もしかしたらあなたにも関係あるかもしれないからね』

 

そう言うと、楯無は更識家当主としての威厳を含んだ声で話し始める。

 

『昨日の深夜に神凪の術者が三人殺されたわ』

 

「ふ~ん。それで」

 

楯無の言葉に和麻は他人事のように話す。

翠鈴に神凪には近寄りたくはないと言っていたことからも分かる通り、和麻としては神凪などには関わりたくない。例え、自分の『元』血縁だとしても死のうが殺されようがどうでもいいのである。まあ、自分の家族に手を出してきた場合は問答無用で排除するが。

 

『殺された三人は分家の術者。門前に三人の遺体が並べられていたそうよ』

 

楯無も和麻の反応の理由を知っているのでいちいち気にしない。

彼女は自分の娘がまとめる更識家直属の諜報部隊が調べ上げた内容を話す。

 

『それでね。犯人が――風術師らしいの』

 

「おい。まさかだとは思うが俺が容疑者だとか思ってんのか?神凪の馬鹿共は」

 

『その通りよ。あなた昨日の依頼で神凪の術者と鉢合わせしたのでしょ?知られているのは当然。それで風術師。短絡的な神凪の術者たちならあなたを真っ先に疑うわね。アリバイを調べることもせずに』

 

神凪はその血に宿強大な炎の力ゆえに炎術至上主義の一族でもある。炎術は地水風火の四大精霊のなかでも随一の攻撃力を誇るが、それだけである。攻撃以外の面には疎く、それを至上とする神凪は力押しで物事を進めようとする傾向が強い。

おそらく、十中八九和麻の前に現れて引きずってこようとするだろう。

 

『あなたはもう神凪一族から除外されているけれど、向こうはお構いなしでしょうね。普通なら向こうから出向くのが礼儀でしょうけれど』

 

「宗主は別として、それ以外の馬鹿共にそれを求めるのは無理だろ。とりあえず、情報サンキュ」

 

『ええ。私たちの方でも、もう少し調べるわ。もっともうちの子たちって、まだアルマゲストの残党狩りが残っているからあんまり派手に動かせないのよね』

 

「まだ残っていたのか。しつこい連中だ」

 

和麻はそうぼやく。

アルマゲストとは、翠鈴を儀式の生贄にしようとしたアーウィン・レスザールを頂点としていた組織で、三年前に和麻と翠鈴、更識家によって滅ぼされた組織だ。

更識は国外からの魔術組織から日本を護ることを生業としている一族で、日本でも活動が活発化していたアルマゲストとぶつかり合い、戦った。

その過程で和麻と翠鈴も更識に協力し、その関係は今でも残っている。たまに仕事を回してもらったり、忘年会に誘われたりもしている。

 

『ま、そんなわけだから気を付けてね~』

 

そう言うと楯無は電話を切った。

それを無言でしまいながら、和麻はこっちに向かって歩いてくる三人のかけがえのない家族を見る。

もしも、神凪が自分にちょっかいをだし、そしてあの三人に危害を加えようものならば、

 

(容赦はしないぜ。この世に生まれてきたことを後悔させながらなぶり殺してやるよ。くくくっ)

 

内心で悪魔のような笑みを浮かべながら、和麻は三人に穏やかな笑顔を向けた。

 

 

 

昼食を終えた四人は、次はどのアトラクションを楽しもうかとテーマパーク内を歩く。

ちなみに、和麻ははやてを肩車している。普段よりも高い視点にはやてはご機嫌だ。

次に八神一家が向かったのはメリーゴーランド。

普通のメリーゴーランドの様な馬に加えて、このテーマパークのネズミたちもおり、かなり子供向けだ。

 

「よし。俺は外から見ているからお前たちだけで…」

 

「何言ってるの?和麻が乗るのよ。写真は私がとるし」

 

はやてを肩車から降ろして、自分は離れてカメラを構えようとしていた和麻が、翠鈴の言葉に固まる。

 

「マジで?」

 

「マジ」

 

もう一度確認を取るが、即答される。

和麻はもう一度メリーゴーランドを見る。

そして、確信する。

自分には絶対に似合わないと。

こんなのに乗っている自分など、もはや自分じゃない。自分のキャラじゃない。

もう一度、翠鈴を見るが、

 

「~~♪」

 

彼女は実にうれしそうな顔をして、和麻のカメラをかすめ取り、準備をしていた。

 

「お父さん~。早く来て~!」

 

メリーゴーランドの入り口でははやてが手を振っている。シルフィもいるのだが口を押えて笑いをこらえている。

再度、翠鈴の方を視るのだが彼女は笑顔で手を振りながらカメラを構えていた。

そして、和麻は覚悟を決めてはやてを抱えてメリーゴーランドに乗り込んだ。

 

その光景は普通の親子のようだったが、和麻の顔が盛大に引きつっていたのだった。

 

 

 

その後も、様々なアトラクションを満喫し、夕食をテーマパーク内にあるレストランで済ませ、お土産物コーナーでご近所さんへのお土産を購入。宅配を頼んだあとに八神一家はテーマパークを後にした。

暗くなってきた街並みを和麻ははやてを背負い、翠鈴がその横に寄り添う。

はやてははしゃぎ疲れたのか寝ており、シルフィも和麻の体の中に戻っている。

 

「はやてちゃん、よく寝ているわね」

 

「初めての遊園地だったからな。見るもの全部が新鮮だったんだろ」

 

「それは和麻もでしょ?」

 

「そうだな。結構楽しかった」

 

他愛もない話をしながら、二人は歩く。

日は完全に沈み、空は暗く、星と月が輝いている。

少し肌寒いが、和麻が周囲の空気を操り、そこまで気温が下がらないようにしている。

 

「ん?」

 

そんな中、和麻はある気配を感じ、足を止めた。

 

 

 

和麻たちが歩いている数キロ先。そこには、二人の男が立っていた。

 

「待っていろよ、和麻ぁ。ぶち殺してやるぜ」

 

「だから、殺しちゃまずいだろ」

 

神凪一族に名を連ねる術者、大神武谷と結城慎吾の二人がいた。

2人は、神凪の術者が三人惨殺された事件の容疑者として名の上がった和麻をつれて来る命令を、神凪最強の術者にして和麻の元父親である厳馬から言い渡されて出動したのだ。

2人は分家でもそれなりの実力を持つ術者で、二人で組めば宗家にも匹敵すると言われている。

下部組織である風牙衆の術者に和麻の居場所を捜させ、自分たちのいる場所まで誘導。そこで神凪に出向くように交渉するというのが今回の任務なのだが、厳馬は人選を明らかに間違ってしまった。

2人のうち、結城慎吾は殺された三人の中に弟である慎治がいたことで、犯人に激しい怒りを燃やしていた。そして、最有力容疑者である和麻を問答無用で犯人に決めつけ殺そうとしているのだ。

表向きは弟のためと言っているし、彼自身もそう思っているが、実際はかつて、自分たちが見下していた和麻が復讐のために反旗を翻したことによる怒りが彼の思いの底にあった。

 

無能者が精霊王に選ばれた自分たちに楯突くなどあってはならない。

 

それこそが、彼だけでなく、神凪のほとんどの術者たちの思いであり、彼らはなんとしても和麻を抹殺しようと考えていた。

 

「両手両足を端からじっくり焼きながら、なぶり殺してやる。そして、その顔を思いっきり――」

 

一般人が見れば、不審人物を通り越して危険人物として通報されてもおかしくないことを延々と呟く慎吾を見ながら、武哉はもう慎吾に関わるのはこれっきりにしようと心に決めた。

 

 

 

そして、そんな二人の様子は和麻に筒抜けだった。

風牙衆が和麻を監視しているが、そんなもの和麻にとっては手に取るようにわかる。

風牙衆の平均感知能力を半径1~2kmだとすると、和麻は10~20km。まさに規格外なのだ。意識しなくても数km先の様子がなんとなく感じ取れる。

さて、ここで和麻は考える。

このまま進めば間違いなくあの二人と鉢合わせする。

用件は間違いなく、昼間に楯無の電話でもあった神凪の術者が殺された案件だろう。見事に和麻と楯無の予想が的中したのだ。

しかも、聞こえてくる様子から向こうに話し合う気は全くなし。

武哉はまだ望みがあるが、慎吾は全くない。

和麻が現れ、同行を拒否すれば問答無用で炎を放ってくるだろうし、いわれのない罪で連行されて、折角の家族旅行を台無しにされるのなど御免こうむる。

そこまで考えた和麻は、自分が行うべき行動を即座に決め、実行する。

上空、二人はもちろん風牙衆でさえも感知できない場所に風の精霊を集める。

 

「和麻?」

 

和麻が風術を使い始めたことに気が付いた翠鈴が首をかしげる。

 

「…ちょっとこの先に不審者が、な」

 

そして、作り出した風の鉄槌を和麻は問答無用で二人に叩き落とす。

 

『『ぎゃあああああああ!!!!????』』

 

二人の悲鳴が風を通して聞こえる。見事命中したようだ。

風術は攻撃力は低いが、遠距離攻撃の射程は広く、隠密性も高い。それを生かした狙撃も風術の持ち味の一つであり、炎術には絶対にまねできないことである。

 

「さて、少し道を変えようぜ。この先を行くよりこっちの道の方が近いみたいだしな」

 

そう言うと、和麻は翠鈴の手を取って別の道へ行く。

 

「???うん。分かったわ」

 

良くわからないという顔をしながらも、和麻の言うことに従う翠鈴。和麻の探査能力なら道に迷うことなどないという信頼でもあった。

 

(っと、忘れてた)

 

和麻は自分たちを見張っていた風牙衆に、風に声を乗せて遠距離の相手に言葉を届ける呼霊法(こだまほう)という術で声を飛ばす。

 

『俺は犯人じゃないと宗主に伝えろ。納得できないのならそっちから出向けともな』

 

それと共に、見張っていた風牙衆のそばの木の枝が斬りおとされ、風牙衆は和麻の能力に恐怖し、その場を立ち去った。

 

 

 

余談だが、この10分後に路上の真ん中で風の鉄槌の中に仕込まれていた鎌鼬で全裸にされ、気絶する武哉と慎吾が見つかり、通報されたとか。

 

 




遊園地ってもう何年も行っていないから何があったのか解らず、結構四苦八苦しました。
次回は綾乃ちゃんかな。

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