風の聖痕 風と水の祝福『凍結』   作:竜羽

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安らぎのひと時を

依頼から戻った和麻は、横浜に存在する高級ホテルの最上階スイートルームに向かう。

そこは横浜の街を一望でき、しかもルームサービスも充実。

露天風呂まで完備しているという夢の様な宿泊施設だ。

和麻はそこにある一室のリビングの様な部屋に入る。

 

「今帰ったぞー」

 

和麻がそう言うと、部屋でテレビを見ていた三人が振り向き、

 

「おとうさ~ん!」

 

そのうちの三歳くらいの栗色の髪に赤褐色の瞳をした女の子が和麻の所にやってくる。

 

「おかえりなさい~」

 

「ただいま。はやて」

 

彼女は八神はやて。和麻の一人娘である。

アルマゲストとの戦いが終わった後、三年前に生まれ、彼女を育てるために神凪から離れた大阪にて育てられた。

 

「おかえりなさい、和麻。お仕事、どうだった?」

 

「ただいま、翠鈴。問題なしだ」

 

「そう、よかったわ」

 

続いて話しかけてきたのは、翠色の瞳にはやてと同じ栗色の髪をした、美しい女性。

彼女の名前を八神翠鈴。

和麻の妻にして、大切な、何よりも守りたいと誓った女性だ。

実はこう見えても凄腕の水術師でもある。

アーウィンとの戦いによって、和麻が殺されそうになったときに開花した水術の才能を、当時、アルマゲストと戦っていた楯無の元で磨き、メキメキと頭角を現して言った結果、、翠鈴の水術の腕前はメキメキ上がり、楯無の娘が一気に追い抜かれたことで落ち込んでいた(ついでに和麻も追いつかれそうになったことに危機感を覚え、死ぬ気で楯無の知人の仙人による修業に励んだ)。

ちなみに、和麻は彼女に勝てたためしがなく『対和麻最終兵器』と呼ばれている。

 

「お帰り和麻~。ちゃんとお金巻き上げてきた?」

 

最後に話しかけてきたのは、シルフィ。和麻が風術に目覚めた日に出会った風の上位精霊にして、風の精霊王の直属眷属に当たる。

そして、彼女こそが和麻の師匠であり、相棒である。名前は風の精であるシルフィードをもじったのだが、彼女はかなり気に入っていた。

当初は和麻の中から出られなかった彼女だが、和麻が術者として成長したことで、和麻の中から出てくることができるようになったのだ。

 

「おう。しっかりと巻き上げてきたぜ。これでまたしばらく自堕落な生活を送れるぜ」

 

「ふっふっふー。やっりい!」

 

「くははは、そうだろそうだろ?」

 

「ふっふっふ」

 

二人そろってあくどい笑みを浮かべる。その姿はまさに極悪非道という言葉がぴったりだ。

 

「なあなあ、お母さん。お父さんとフィ姉、なんで笑っているの?なんかおもろいことでもあったん?」

 

「うふふ。はやてちゃんは聞いちゃいけませんよ」

 

翠鈴に頭を撫でられてうれしそうに目を細めるはやて。

ちなみに、はやては関西で育てられているためか所々関西弁が混じることがある。

 

「さて、もうそろそろ夕食の時間だし、下のレストランに行こうぜ」

 

和麻が言うと三人とも賛成し、準備を始めた。

その様子を見ながら、和麻は自分が手に入れた大切なものを胸に刻みつけるのだった。

 

 

 

レストランで豪華な夕食に舌鼓をうった八神一家の四人は、今は温泉に入っていた。

 

「男は黙って、露天風呂」

 

肩にタオルをかけ、その鍛え上げられた肉体を惜しみなくさらしながら和麻が風呂への扉を開けると、そこには

 

「あ!お父さん!」

 

「あら、遅かったじゃない和麻」

 

「やっほ~」

 

はやて、翠鈴、シルフィが裸で湯船につかっていた。

そう。ここは、混浴だ!うらやましいものである。

 

「おお、少し食いすぎたから休んでた。はやて、体洗ったか?」

 

「ううん、まだ~」

 

「なら洗ってやるからこっちに来な」

 

「わ~い♪」

 

トテトテと歩いて近寄ってきたはやてを抱え上げて和麻は洗うスペースに向かい、はやての体を洗い始める。

 

「気持ちいか?」

 

「うん♪」

 

翠鈴とシルフィはそんな二人のほほえましい様子を愛おしげに眺めているのだった。

やがて、洗い終わった二人は翠鈴とシルフィが入っている湯船に身を沈める。

 

「はぁ~生き返るな」

 

「和麻、年よりくさいわよ」

 

和麻の言葉に翠鈴が、苦笑交じりに突っ込む。

 

「いやな、今日の仕事がとてつもなく疲れてな」

 

「え?そんなに疲れたの?ただの妖魔退治でしょ?」

 

そう。更識楯無からは依頼人は悪霊と言っていたが、更識の事前調査では中級クラスの妖魔の可能性が高いと出ていた。

それは和麻も知っていたのだが、和麻にとって中級クラスの妖魔だろうが、有象無象の雑魚である。厄介な特殊能力でもない限り、一瞬で片が付く相手だ。

 

「いやな、依頼人の屋敷が周りとの調和を思いっきりぶち壊しているような悪趣味な屋敷でさ。具体例を挙げると・・・トルコの後宮?」

 

それを聞いた翠鈴も、うわーという顔をする。

流石の彼女も横浜の街に、そのような屋敷があるのは受け入れられないようだ。

 

「しかも、中に元身内がいたんだよな。二度と関わりたくなかったのに」

 

「元身内って、神凪一族?」

 

「ああ。名前は・・・なんだっけ?なんかのハーレム漫画の主人公と同じ苗字だった気がする。そんで名前が・・・・しんごろう?しんのすけ?そんな感じのやつだったと思う」

 

結城慎治が正式な本名だが、和麻は今日会うまで完全に忘れており、苗字も坂本の言葉から得た情報。名前も、なんか本人が言っていたのをうろ覚えしていたからである。

 

「ねえ、やっぱり一度、ご挨拶に行った方がいいんじゃない?はやてちゃんも生まれてもう三年よ?」

 

翠鈴は、和麻が神凪を嫌っていることを知っているが、実の両親とは和解してほしいと思っていた。

翠鈴の両親はアーウィンの手により殺されておりもうこの世にはいない。(翠鈴がアルマゲストの戦いに身を投じたのは、両親の仇を討つ為という思いがあったことも和麻は知っている)

一度家族を失った翠鈴は新しい家族を得て、その大切さをよく理解している。

故に、和麻に神凪一族全体とはいかなくとも、両親とは和解してほしいと思っているのだ。

 

「悪いな、翠鈴。俺はさ、やっぱ神凪には行きたくねえ」

 

「でも、和麻・・・」

 

「確かに、俺は強くなった。昔のいじめられていたころの俺じゃない。でも、あそこに行けばまた弱い自分が出てきそうでさ、正直・・・・怖いんだ」

 

和麻は自分の本音を吐き出す。翠鈴以外に見せることの無いだろう、本音を。

それを聞いた翠鈴は、和麻にそっと寄り添う。

 

「翠鈴?」

 

「いいじゃない。弱くても」

 

少し戸惑う和麻に翠鈴はやさしく語りかける。

 

「和麻だけじゃない。私も、師匠も、みんな弱いところを持っているわ。人間だし当たり前の事。でもね、人は弱いから強くなれるの。自分の弱さに負けないように、強くあろうとするんだわ」

 

翠鈴は、かつて両親の仇であるアーウィンを討つ為に無茶な特訓を繰り返した。そうしなければ、心が折れてしまう気がしたから。悲しみに、罪悪感に押しつぶされてしまうかもしれなかったから。

そんな翠鈴を見ていられなかった和麻は翠鈴と、喧嘩した。

 

“私のせいで、みんなが死んだ。・・・みんな、ごめんなさい”

 

喧嘩の中で、漏らした彼女の思い。それを和麻は受け止めることができた。

その時のことを翠鈴は、自分の弱さを受け止めた和麻は強く、そんな和麻に釣り合う女になるために、強くなろうと決意したのだ。

 

「私は信じている。私ができたみたいに、和麻もいつか自分の弱さを乗り越えて、神凪と向き合うことができるって」

 

まっすぐと和麻を見つめる翠鈴の視線。

それを見つめ返す和麻。

 

「翠鈴・・・」

 

「和麻・・・」

 

どちらからともなく、二人は顔を近づけ始めて、そして・・・

 

「はい。二人ともそこまで!」

 

シルフィの言葉に、二人の甘い雰囲気が晴れる。

 

「いやいや、仲良きことは美しいというけれど、私たちもいることを忘れていちゃつかないでよね。このバカップル~♪」

 

「フィ姉~。なんでうちの目を抑えるん~?あと、ばかっぷるって何ー?」

 

「はやてちゃんにはまだ早いのですよ~」

 

振り向いた二人の視線の先ではシルフィがはやての目を押さえて、ジト目で二人を見ていた。

 

その言葉に二人そろって顔を赤くして、離れる。

 

「は、はやてちゃんはもう上がりましょうね。つかりすぎるとのぼせちゃうから!」

 

「え~」

 

「え~じゃありません。それに明日は遊園地に行くんだから、早く寝なさい」

 

「ぶ~」

 

渋るはやてをシルフィと共に翠鈴は風呂場から連れ出した。

和麻は、赤くなった顔を元に戻すために湯船から上がり、備え付けられた洗い場で水を頭からかぶる。

 

「冷たっ!?」

 

季節は・・・初冬。当然である。

 


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