風の聖痕 風と水の祝福『凍結』   作:竜羽

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聖痕編
風を統べるもの


八神和麻は考える。

 

神は俺のことが嫌いなのだろうかと。

 

神凪一族に生まれてから、炎の才能がないと分かると、両親からの愛情はもらえなくなり、一族全員から蔑まれるようになり、分家のガキたちからはリンチを受けるようになった。

そのリンチの果てで死にかけるような体験をして、その時に自分の相棒であり理解者となってくれる存在と出会うことができたのは行幸だと思うが。

 

その後、身に着けた力、風の力を父に見せてみたところ激怒され、挙句の果てには勘当された。理由が『炎術師でない、ましてや風術などという下術を使う者など息子でもなんでもない。即刻出ていけ』である。まったくもってついていない。手切れ金に一千万円寄越してくれたことだけは、感謝しているのだが。

 

親友に見送られながら、十六歳という若さで家を飛び出したあとも和麻の不幸は続く。

心機一転するために香港に渡ったら、道に迷うわ、スリに会うわ、財布を取り返したと思えば暴力団に追いかけられるわという災難に遭った。

この時、和麻は心の底から神を恨んだ。

しかし、捨てる神あれば拾う女神あり。翠鈴(ツォイリン)という女の子に拾われ、彼女の家族が営む中華料理屋に世話になれることになった。

 

この時が、和麻の人生で最初の幸せ絶頂期であろう。

 

翠鈴との会話は和麻を癒してくれた。

翠鈴の料理は和麻にとって暖かかった。

翠鈴の笑みは和麻に力をくれた。

翠鈴との触れ合いは、和麻にとっていつしかかけがえのないものになっていった。

2人が恋人になり、一つになるまで時間はかからなかった。

 

しかし、その時間も終わりを告げる。

 

翠鈴が攫われたのだ。

和麻は自身の力を使い何でも屋を始めていたのだが、ある日仕事から帰ってみれば料理屋はボロボロ。店長も店員も皆死んでいた。

その中で翠鈴の姿がないことを確認した和麻は、風に命じて必死に探した。

そして、見つけたのだ。

翠鈴を生贄にしようとする男を。

 

魔術結社アルマゲストの束ねる大魔術師、アーウィン・レスザールを。

 

和麻は戦った。

自分の持てる全力を持ってして。

相棒の力を解放して、アーウィンに立ち向かった。

その奮闘により、翠鈴を生贄に捧げる儀式の儀式場を破壊することができた。

しかし、そのことに激昂したアーウィンに手痛い反撃を食らってしまった。

もうだめかと思ったその時、翠鈴が力を得たのだ。

 

そこから先は覚えておらず、気が付けば病院のベッドに寝ていた。

 

そこに入ってきた翠鈴と、水色の髪の女性、更識楯無との会話から、アルマゲストとの戦いが始まった。

 

それが五年ほど前の事。

 

三年前、アルマゲストとの戦いを終え、日本に翠鈴と戻った和麻は大阪に住居を購入し、一人の娘を授かった。

 

名前は・・・はやて。

 

 

 

「本当なのかね!八神君!!君が優秀な霊媒師だというから雇ったのだぞ!」

 

己の今までの人生を回想していた和麻の意識は、その声により現実に戻る。

そして、自分が何をしていたのか思い出した。

 

「仲介人が何を言ったのか知りません。不服なら帰りますが」

 

というか帰らせろ。前金はもうもらってんだからよ、という考えを顔には出さずに和麻は淡々と答える。

その答えに、今回の仕事の依頼人である坂本は考え込み、

 

「では、君と結城君。悪霊の除霊に成功した方に報酬を払おう」

 

「いい考えですね」

 

坂本の言葉に、和麻以外の第三者が応える。

その青年の名前は結城慎治。

炎術師の一族、神凪の分家である結城家の末っ子だ。

 

「俺は降りる」

 

坂本の提案に和麻は付き合ってられないとばかりに、目を閉じて壁にもたれる。

慎治がぎゃあぎゃあ喚いているが、それを和麻は無視する。

そもそも和麻がここまでテンションを低くしているのは、この依頼全てについてだ。

付き合いのある名家の当主から頼まれた依頼で連休ということもあり、家族旅行のついでで受けたのだが、依頼人の悪趣味全開の屋敷を見た瞬間から、和麻の勤労意欲は下がり、中にいた自分以外の術者というのが、もう二度と関わらないと決めていた神凪の術者だったということから、和麻は己の過去の回想という現実逃避をさせていたのだ。

 

しばらくすると、屋敷を覆っていた妖気が部屋の一点に集まりだす。

それは黒い怨嗟の塊となり、姿を現す。そこに結城慎治がすかさず、神凪一族全員が持つ力、炎術により生まれた炎をぶつけるが、

 

「ばーか」

 

未だに目をつぶったままの和麻が呟いた瞬間、爆発した。

神凪の炎は、この世に歪みをもたらす妖魔や悪霊にとって天敵である浄化の力を秘めているが、それは血筋によって得られる力。

分家の術者はもはやその力を失いつつあり、最高位の『黄金』の炎も出すことはできない。

故に、いかに浄化の炎と言えど、慎治程度の炎では、炎の属性を持つ妖魔相手ならば、逆に吸収されてしまう。

 

「おーよく燃えているな。このまま、全焼しないかな」

 

そうなれば、この横浜のおしゃれな街並みが元に戻ると和麻が風の結界で自分の周りだけを護りながらつぶやいていると、足元に何かが転がってきた。

よく見たら坂本だった。

 

「た、たすけ、助けてください!」

 

「やだ」

 

坂本の必死の懇願を、二文字で両断する和麻。

 

「俺は降りると言ったはずだ。あの時点であんたは俺にとって依頼人でも客でも何でも無い。ただの中年のおっさんだ。なんで俺がそんなおっさんを助けなきゃなんねえんだよ。気色わりぃ」

 

坂本を踏みつけながらそう言うと、和麻は壁から背中を離し、燃え盛る屋敷から出て行こうとする。

 

「ま、待ってください!!お金なら払います!報酬の倍払いますから!」

 

「話にならんな」

 

「十倍!十倍払いますから、助けてください!!」

 

「・・・ふっ」

 

坂本の言葉に、和麻はまるで悪魔のような笑みを浮かべると部屋に戻る。

炎が燃え盛る中を、和麻は平然と歩いていき、妖魔の近くに近づくと、足をトンッと鳴らした。

すると、部屋の中だというのに爆発的な風が巻き起こり、炎を蹴散らす。

その風は焼けて、ただのゴミになった調度を蹂躙し、屋敷全体を揺らした。

和麻の風の力は、覚醒した時より更なる年月を積み重ね、研磨されたことで大いなる成長を遂げた。今この世界で、和麻を超える風術師は――いない。

 

「・・・終わりだ」

 

丸裸になった妖魔に和麻は右手を振るい、風の刃を生み出し、一刀両断する。

風に宿った浄化の力に妖魔は悲鳴をあげることなく、一瞬でこの世から消滅していくのだった。

 

「これで仕事は終わりだ。金は指定しておいた口座に三日以内に振り込め。じゃないと、生まれてきたことを後悔することになるぜ。わかったか?」

 

まるで強盗の様な和麻の言葉に坂本は震えながらも首を縦に振る。

和麻の圧倒的な力の前に、逆らわない方がいいと判断したのだ。

坂本が首肯したのを確認した和麻は、屋敷を出る。

そこから、愛妻と愛娘、相棒が待つホテルに向けて、和麻は風を纏って飛翔したのだった。

 

 

 

ちなみに、慎治は放火の容疑で訴えられ、報酬どころか前金すらももらえなかった。

 

 

 

この世界には、光と闇がある。

世界が生まれた時から、この二つは戦い続けてきた。

それは現代でも変わらない。

人々が平穏に生きる裏で、世界に歪みをもたらす闇と戦うために神秘の力を振るう者達。

その中でも、最強と名高い術者が、この世を司る精霊の力を借り受け、その力を振るう精霊術師たちと言われる。

 

地の精霊の力を借り、雄大な大地の力を振るう地術師

 

水の精霊の力を借り、恵みの水や氷を統べる水術師

 

風の精霊の力を借り、遥かなる大気を操る風術師

 

火の精霊の力を借り、灼熱の業火を持つ炎術師

 

そして、各属性の全ての精霊を統べる精霊王と契約を交わした存在は、人の身でありながら神にも匹敵すると言われる力を宿すといわれる。

精霊王の代行者にして、契約した属性の全ての精霊を無条件で支配下における絶対者。

聖痕(スティグマ)を刻み付けられたもの。

その者たちを古来より、人々はこう呼ぶ。

 

――『契約者(コントラクター)』――と。

 




書き直し一話目です。これからじっくり書いていきます

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