というわけで二日連続投稿です!うれしいか!!
浄化が終わり、和麻が聖痕を封印すると、風の精霊たちがそよ風に乗っていき過ぎ去っていく。
その場には立ち尽くす和麻と、横たわる流也のみが残された。
「ふぅ。とりあえず、浄化できたか」
「でも、それだけよ。体から妖気は消えたけど、体が人間から変質しかけていたから、早く適切な処置を施さないと」
「ああ。わかっている」
和麻は流也のそばまで行くと、その身体を抱え上げる。
流也の体は所々焼けただれたような跡がありとても痛々しいが、その顔に浮かんでいるのは安らかな笑みだった。
「何笑っているんだよ」
それを見た和麻は、おかしくなって笑ってしまう。
その安らかな寝顔だけでわかる。六年ぶりに出会った親友は何も変わっていないのだと。
「和麻」
そんな和麻に声がかけられる。雅人に支えられた重悟だ。その少し後ろには綾乃が警戒しながら炎雷覇を構えている。
重悟に言われて控えてはいるが、こちらを攻撃する気満々だ。
「助かった。よく戻ってきてくれたな」
「俺は戻ってきた覚えはない」
重悟のほうを水ににべもなく答える和麻。
「そうか。だが、助けてくれたことには礼を言おう」
「なら、謝礼金をよこせ。言葉なんぞいらん」
「あんたいい加減にしなさいよ!!」
重悟に対するあまりに無礼な物言いについに綾乃の限界が訪れた。
「さっきから聞いていれば、お父様に偉そうに!あんたはさっさとそいつを私たちに渡しなさいよ!!妖魔はさっさと滅するんだから――」
「だまれ」
「ひっ……」
綾乃の言葉に、和麻は殺気を込めて答える。あまりに強烈な殺気に、向けられていない重悟や雅人まで、反射的に構えてしまう。向けられている綾乃に至っては思わず構えを解いてしまい、弱腰になる。
そして、ゆっくりと三人のほうを向く。
「こいつを滅する?やれるならやってみろよ。その前にお前を――壊す」
「う……あ、ああ」
その顔には何も浮かんでいなかった。能面のような無表情で、何も映っていないような瞳で、綾乃に更なる殺気を送り、それを受けた綾乃は恐怖のあまり炎雷覇を取りこぼし、地面にへたり込む。
「――宗主。このホテルに部屋がある。そこに泊まっていろ」
和麻は手に一枚の紙を取り出すと、風に乗せて重悟に渡す。
そして、風を纏い空中に浮かび上がると一陣の風と共に去って行った。
神凪邸を全壊させた風巻流也襲撃事件から一夜明けた――
「まるで、ここだけ台風が通り過ぎた、いえ、隕石の雨が降ったみたいね」
神凪邸の有様を見ながら、現場検証にやって来た警視庁内で唯一妖魔などの異能が関わる事件を取り扱う部署、特殊資料整理室室長の橘霧香はその惨状に溜息を吐く。あまりにスケールが大きいためだ。
戦国時代から立っているような神凪邸は、もはや見る影もなくなっていた。日が昇るに従い、その惨状がいやがおうにもさらされ、証人として霧香と共に立ち会う、なんとか動けた数人の神凪の者――神凪邸の壊滅という事態を受け、わいせつ物陳列罪で勾留所に入れられていたが何とか釈放された大神武哉、結城信吾の二人は愕然とした。
なにせ、流也が襲撃した時に重悟と闘った地点は家屋の土台、さらにはその下の地面まで大きく抉れており、和麻と流也が戦った箇所もまるで爆撃でもされたかのような有様。敷地の端にはかろうじてかつての家屋の名残が残っていたが、それも地面に刺さったわずか一メートルにも届かない柱、その残骸だけだった。
人的被害も大きく、あの戦闘の近くにいながら炎の結界を展開していた、重悟、綾乃、煉、大神雅人以外の者たちは、ほとんどが全治数週間の大けがを負い、老いて隠居していた長老格の者たちは逃げ切れず、戦いの余波に巻き込まれただけでその命を落とした。
「これは神凪も荒れるわね」
多くの術者を失い、残った者もほとんどが重傷人。今頃、病院には神凪の術者たちで病室はいっぱいだろう。
しかも、これを行った犯人は倒したとはいえ、その大本の黒幕が残っている。
戦いは、まだ始まったばかりだというのに、初戦で神凪は大きすぎる損害を受けてしまったのだった。
和麻と翠鈴が宿泊しているホテルの一室。そこには現在動ける神凪の術者のほとんどが集まっていた。
とはいえその人数は少ない。
重悟、雅人、綾乃の三人に加え、襲撃の際に使いに出ていた雅人の姪にあたる大神操と先ほど神凪邸の現状を見てきた武哉と信吾の二人。
その六人に厳馬と煉が今いる神凪に残された戦力だった。他にも重語の側近の周防という男がいるが、彼は情報収集のためこの場にはいない。
ちなみに厳馬と煉は、厳馬の妻であり、煉の母親でもある深雪の見舞いに病院に行っている。彼女もまた、襲撃の際に怪我を負ったのだ。
「……してやられたな」
重い空気の中、重悟は呟く。
「分家の者たちはほとんどが戦えなくなり、敵の情報も全くない」
「宗主!犯人は和麻に決まっているではないですか!?」
重悟が確認するように呟いた言葉に、信吾が食い掛かる。彼と武哉は和麻と流也の戦いを聞いただけなので、未だに和麻が犯人じゃないと信じていないのだ。
「はあ、言っただろう。和麻は犯人ではない。そもそも犯人ならなぜ我らを助けたのだ?」
「そんなもの、我々を油断させるための演技ですよ!」
信吾の物言いに重悟は呆れる。あの戦いは演技などでは断じてないと実際に間近で見た重悟、雅人、綾乃は断言できた。
それほどに激しい攻防、ぶつかり合いだったのだ。
しかも最後の流也を浄化した和麻の力。詳しいことは話さなかったが、あれは神炎にも匹敵するほどの力だった。
あれがあれば、重悟と厳馬以外の神凪の術者など物の数ではない。信吾のいうような演技なんて必要ないのだ。
「信吾、何度言えばわかるんだ。和麻はそんなことをしていない!まして犯人でもない」
雅人が信吾に言い返し、言い争いが始まる。
それを眺めながら、話が全く進まないことに重悟はさらに頭を抱えるのだった。
言い争いは途中で厳馬と煉が帰ってきたことで、言い争いは終わった。
だが、これからどうすればいいのかというところで全員が言葉に詰まった。
彼らは敵の情報を全くつかめていなかったのだ。
普段なら情報伝達を迅速に行ってくれる風牙衆に連絡がつかないために、どうすればいいのか全くわからない。
周防も頑張ってはいるが、流石に一人では限界がある。
今まで、情報収集などの裏方事業を全て風牙衆に任せ、自分たちは戦闘にのみ目を向けていた弊害と言えるだろう。
「全く、情けないな。今まで、精霊王に選ばれた一族、最強の神凪と謳っておきながら、この様とは。ここまで一方的にやられて、その上普段貶している風術師の風牙衆がいなければどうすればいいのかさっぱりわからない。のう、厳馬」
重悟が厳馬にそう皮肉るように言うと、厳馬は言い返さずにただただ沈黙を貫く。
「厳馬殿!あなたは襲撃の際にどこにいたのですか!?あなたがいれば、神凪がここまでの被害を受けることも、みんなが殺されることもなかった!」
信吾が今度は厳馬に食って掛かる。厳馬はそれに何も返さない。甘んじてその言葉を受け入れる。
「よさんか!厳馬を送り出したのは、私の指示だ!非は私にある」
「だったら宗主!一体、厳馬殿に何を――」
信吾が重悟に詰め寄ろうとした、その時部屋のドアが開いた。
全員が目を向ける中、そのドアからある人物が中に入ってくる。
「あ~辛気臭い空気ね。暗くてかなわないわ」
扇子を手でもてあそびながら、着物を着たその女性――更識楯無がずけずけと部屋の中に歩みを進める。
まさに自由気まま、何事にも動じず、掴みどころのない笑顔を浮かべるそのさまに重悟は最初は驚いたが、次第に笑みを浮かべる。
「楯無殿」
「はあ~い。重悟ちゃん」
ひらひらと手を振りながら、楯無は重悟に話しかける。若々しい見た目の楯無が重悟をちゃん付けで呼ぶのは違和感があると、重悟以外の神凪の面々は驚く。
「余計な前置きとかは面倒だから、さっさと話すわね」
楯無はばっとその手に持つ扇子を開く。そこには『御静聴あれ!』の文字。
「この神凪一族連続襲撃事件の犯人。そして――300年に及ぶ因縁を」
そして、楯無は話し始める。神凪と風牙の歴史を。
同時刻。京都北西に位置する炎神・火之迦具土を祀る神凪の聖地。
そこに建つ、かつての風牙の神と言える存在を封じた祠の前に風牙衆の長、風巻兵衛はいた。
「流也よ。お前はよくやった」
兵衛と祠の間には石造りの祭壇があり、その上には一人の老齢の男が横になっていた。その顔はただ寝ているはずなのに、心の内に秘めた欲望が溢れだし醜い有様だ。その男を憎々しげに睨みつけながら言葉を紡ぐ。
「例え、道をたがえようと、風牙の未来を案じるお前の思いは本物だった。できれば、このようなことはせず、私に協力してほしいものだった」
兵衛が両手で印を組むと呪術が発動し、黒い靄のようなものが男に纏わりつく。
「お前の気持ちもわかる。儂の方法では、風牙に真の未来はない。だが……!」
やがて靄が男の体の中に入り込み始める。
「我らの積年の恨みを、儂は忘れることはできんのだ!神凪のやつらに虐げられてきた風牙の先人たち。技を貶された屈辱。傷つけられた誇り!それを晴らさねばいけないのだ!!」
くろい靄が男の体に完全に入り込むと、むくりと男が起き上がる。だが、その顔に生気はなくない。
「さあ、今こそ蘇ってください。――ゲホウ様!」
男――神凪一族の前宗主である神凪頼通が祠の中に消えていき、その十分後に祠の中から莫大な妖気が溢れた。
風の聖痕名物、爆裂綾乃ちゃんの登場。でも和麻に一瞬にして黙らせられました。