おそらくハーメルンで初となるでしょう風の聖痕を原作とする小説です。
ほかの小説もあるので亀更新になるかもしれませんが、よろしくお願いします
――神凪一族
それは古より日の本を守護してきた炎術師の一族である。
この世界を造りだしたと言われる四大精霊王の一人、炎の精霊王と契約を交わし、神器『炎雷覇』を授かった始祖を持つ。
その血に連なる者は炎の精霊王の加護を受け、絶大な力をその身に宿して生まれてくる。
現代においても世界最強の名をほしいままにしている神凪家。
その神凪家の宗家の敷地の片隅に、満身創痍で倒れている少年がいた。
神凪和麻。
十二歳。
神凪史上初の『出来損ない』と呼ばれている少年である。
彼は今、宗家の建物から死角となる一角で、静かに、しかし確実にその命を絶たれようとしていた。
神凪和麻は『無能者』である。
これが神凪での和麻の評価であり、常識であった。
和麻は神凪宗家の人間でありながら、炎の加護を全く受けずにこの世に生まれた。
和麻はあらゆる才能に秀でていた。
頭脳明晰。
運動神経抜群。
気や術式の扱いにもたぐいまれなる才能を発揮していた。
天才と呼ばれてもふさわしい、そんな彼が、たった一つだけ持つことのできなかった才能――それが炎術の才能である。
神凪は炎術の一族であり、その炎術至上主義においては、炎を扱えない和麻はそれだけで無能者と呼ばれた。
他の何が出来ても炎が扱えなければ、価値がない。
そんな理不尽な理由から、和麻は物心ついたときから無能と蔑まれ、周りの者たちからいじめ・・・いや、虐待を受けていた。
大人、子供を問わず周りから向けられる嘲りの視線、陰口、嫌がらせは和麻の精神を疲弊させた。
そして、最も大きな実害は・・・分家の子供たちだった。
彼らは炎術をつかえない無能者である和麻が、自分たちより上の宗家にいることが気に入らず、集団で和麻を囲い、罵声を浴びせながら炎術の的にした。
普通の学校でも見られるいじめの光景。
しかし、炎術を持つ神凪家の子供がそんなことをすれば、炎術という要素が加わっただけでそれは危険性が一気に引き上がってしまう。
炎の加護によって火傷という概念がない彼らは和麻がその肌を焼かれ、もだえ苦しむ様子を見ても罪悪感を感じることなく、その様子を面白がった。
そして、大人たちの和麻への対応を見て育っている子供たちは罵声を浴びせることになんの問題も感じない。
分家の子供たちにとって、和麻に対するこの集団リンチはもはや一種の遊びとなっていた。
大人たちもそれを見てもやめるよう言うことはほとんど無く、むしろもっとやれというものまで出てくる始末。
当然こんなことが許されていいはずがない。
炎術とは本来、この世界にゆがみをもたらす悪霊や妖魔から力無き人々を護るためにある物。
しかし、神凪には精霊王から選ばれたとおごり高ぶる術者がほとんどで、唯一和麻を気にかけている者は一族の宗主たる、神凪重悟のみというのだから神凪の腐敗ぶりが分かる。
一族の悪意全てを一身に向けられながら、和麻は耐えてきた。
向けられる悪意に対抗するように、強くあろうと父の修業にも耐え、必死に努力した。
一般的な勉学はもとより、武術、仙術、気功術や陰陽道、他にも自分を高めるためにどんなことでも学び努力し続けた。
炎術を使うことのできる可能性を見出すために。
神凪でも屈指の実力者である父、神凪厳馬の息子だと誇れるように。
父と母に、認めてもらえるように。
しかし、和麻は一向に炎術が使えるようにはならなかった。
和麻は今日もいつもの通り、分家の子供たちに炎術の的にされていた。
自分を無能者、恥さらしと蔑みながら笑う子供たち。
そんな中、和麻は抗った。
隙をついて、主犯格の久我透に体術で反撃の一撃を与え、そのまま数人の子供たちを殴り飛ばした。
しかし、炎から身を護るために気力を振り絞っていたため、すぐに体は限界を迎え、激昂した子供たちにさらに苛烈な炎を浴びせられ、暴力を振るわれた。
その結果、全身の六割を焼かれ、内臓にもダメージを負った和麻はもはや指一本動かすことのできないダメージを負ってしまった。
(負けた・・・)
子供というものは恐ろしい。
今まで自分の思い通りになっていたことが、少し思い通りにならなくなっただけでかんしゃくを起こし駄々をこねる。
反撃を受けた子供たちは、和麻が倒れたとみると執拗に、それまで以上の炎を浴びせた。
それに和麻は何も抗うことができずに、翻弄された。
(・・・今まで・・・・してきたことは・・一体・・・・)
死が迫った和麻の頭に流れてくるのは、これまでの自分の人生。いわゆる走馬灯だった。
物心ついたときはまだよかった。
両親も自分の頭を撫でてくれていた。
でも、炎術が使えないと分かってから、母親は自分のことを見なくなった。
父も厳しいだけで褒めてもくれない。
親戚全員からは白い目を向けられ、虐待を受ける日々。
唯一の味方である宗主も、目が届かないところのいじめは止めてくれない。
(・・・もう・・・いい・・・・何もかも・・・)
和麻は悟った。
自分の死を。
そして、それを受け入れることにした。
ここで生きながらえても、また炎で焼かれる。
誰も自分を守ってくれないし、愛してくれない。
だったら、ここで死ぬのもいいかもしれない。
何より、自分に価値がないことを自覚した。
父も、母も、全ての一族はこれから先、自分を認めないし愛してくれないだろう。そのような自分には生きている価値がないのだと。
和麻の意識は、暗い闇に飲み込まれようとしていた。
これの闇に身をゆだねれば、楽になれると・・・・。
その時――感じた。
自分の周りと、自分の中から暖かな何かの存在を。
(・・・だ・・・れ?)
ゆっくりと意識が蘇る。
焦点が定まらなくなっていた瞳に映るのは、空中を漂う、粉雪のように淡く輝く存在。
(せい・・れい?)
それは風の精霊たちだった。
彼らは和麻の周りに集い、飛び交う。
その中にたたずむ、一人の少女。
その姿に、和麻は目を見張った。
雪のように透き通る白い素肌。
日の光を浴びて白銀に煌く髪。
蒼く青く、どこまでも澄み渡った瞳。
まるで神が作りだしたかのような美しい顔立ち。
この世のものとは思えない、とてつもなく美しい姿に、和麻はただただ、目つめることしか考えられなくなっていた。
ゆっくりと少女が和麻に手を伸ばす。
そして、しっかりと抱きしめた。
(あ・・・)
焼けただれて、泥だらけになった和麻の身体を少女はゆっくりと優しく抱き上げ、包み込む。
(ああ・・・)
少女と一緒に、空中に漂っていた精霊たちも和麻と少女の周りに集い始める。
(あああ・・・)
その時、和麻は感じた。
彼らの思いを、意思を。
自分の身を案じてくれていることを。
理不尽に和麻を傷つける神凪への怒りを。
和麻の傷の痛みを何とかして和らげようとしているのを。
(あ・・・いして、くれるの?)
それは、愛。
和麻の身を案じ、苦しみが少しでも楽になるように、優しく包み込んでいく。
(僕は・・・愛されて・・・いた?)
和麻は思い出した。
彼女は、彼らは常に自分の周りにいたのだ。
ただ、自分には声が聞こえなかっただけ。それでもみんな、自分のそばにいてくれたのだ。
涙が止まらなかった。
うれしかった。
生まれて初めて、自分を愛してくれる存在に出会うことができた。
「あ・・りが・・とう」
そして、みんなともっといたい、生きたいと心の底から願った。
「はい、和麻。私たちはずっとあなたと共に・・・だから、生きましょう。私たちみんなで」
少女の言葉に、和麻は静かに、しかし、しっかりと頷いたのだった。
この日、神凪の下部組織、風牙衆のすべての風術師が風の精霊が歓喜するのを感じた。
まるで、子供の誕生を祝うかのように彼らは笑った。
その数時間後、和麻は風牙衆の長の息子、風巻流也に発見される。
その時には和麻の傷はほとんど完治していた。
そして、この日。
神凪和麻は風術師となり、
友を得て、
本当の師を得て、
唯一無二の相棒と出会ったのだった。