Fate/GODEATER   作:ユウレスカ

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第5章—おはなししよう—

 鶴野の隣に座り、話したかったと宣ったシオは、相変わらず無邪気な笑顔を浮かべている。その真意が分からず、鶴野は眉間にしわを寄せた。

「そんなかおしてたら、つかれちゃうぞ?」

「……雁夜の奴はどうした、一緒じゃないのか」

 シオの指摘は敢えて無視し、鶴野は先ほど出ていった弟の行方を訊ねる。使い魔は主に付き従うものだ、距離をおいていたら意味がない。

「マスターなら、サクラといっしょにいったぞ。おやしきはでないだろーから、だいじょうぶだとおもったんだ」

 返ってきた答えは、確かに納得できるものだ。だが、サーヴァントとして雁夜を気にかけていたシオにしては、安全な屋敷内とはいえ、わざと離れるのは少々疑問だが。反論する材料がなかったので、鶴野はいったんそれで納得したことにした。

「で、話したいことってなんだ」

「このいえについて」

 短く言われた議題は、けれどとてもデリケートなものであり、深い問題のものだった。先ほどまでの笑みを潜めて真剣な表情でそう答えたシオに、鶴野は動揺する。

「ほんとはマスターにきいてもよかったんだけどな?きっといまのマスターにきいても、ダメだとおもったんだ。サクラも、これをきいたらダメなやつ。で、おまえは3にんのなかだと、まだだいじょうぶだから、ききたかったんだ!」

 幼い言葉遣いとは裏腹に、きちんと考えての行動だと続けるシオ。その言動はともかく、知恵はあることに鶴野は少し驚いた。サーヴァントは皆こうなのだろうか。

 確かに、精神的状態を鑑みれば、桜と雁夜は非常によろしくない。先ほどの問いに、自分は間違っていないとばかりに遠坂 時臣を目の敵にしていた雁夜は、いっそ清々しいくらいに歪んで壊れかけていた。あのくらいになれていれば、自分も酒に逃げなくてよかったのに、と鶴野がうらやましがるくらいに。桜は言わずもがなだ。

「な、むりしないはんいでいいんだ。サクラと、マスターと、じじーと、おまえのこと、おしえてくれないか?」

 沈黙する鶴野に、シオはそう催促する。この現状を変えようというのだろうか、このサーヴァントは。聖杯戦争に参加し、己が望をかなえる為だけなら、そんなことする必要も何もないのに。ずいぶんと変わっている。

 期待の眼差しで見つめてくるサーヴァントに、鶴野はつい視線をそらしてしまう。期待なんて、これまで一度もされたことがない鶴野にとって、その何の邪さもない瞳は直視できるものではなかった。

 どんな理由であれ、期待されるというのは、こんなむず痒さを感じさせるものなのか。そんなことを思いながら、どう見ても引き下がる様子の無いシオに対し、小さくため息を吐いてから、この間桐の家の現状を話し始めた。

「まずはそうだな……お前が封じたらしい親父について、話すか」

「じじーか」

「じじーだ……名前は間桐 臓硯。私たちの血筋上の親父なんだが……姿は老爺だったろ?物心ついたときから、あの人はああだったから、実際の年齢は定かじゃない」

「からだはムシでできてたし、キオクもすごくあったから、たぶんすんごいながいきだぞ」

「……ツッコミは今はしないぞ」

 さらりと出てきた衝撃の事実からそっと思考を逸らし、鶴野は話を続ける。

「あの人がこの現状の元凶とも言える。地下の蟲蔵で召喚をしてたみたいだから、たぶん見たと思うが、あそこにたくさんいたのが刻印蟲。これの他にも蟲は何種類かいて、それと水の魔術が間桐の得意分野らしい。とは言っても、あの人曰く力自体は衰退していて、私はへっぽこ、雁夜も俺より上だけど並にも届かないとか」

「あのたくさんのムシをつかうのか?あれ、なんだかへんなかんじしたぞ」

「……変だと感じるのも無理ないんじゃないか。蟲蔵の刻印蟲は、桜や雁夜を犯し、喰らっているから、多少はその魔力を帯びているんだと思う」

「……おかす、ってなんだ?」

 おい待てその知識はないのか。つい自然に口を滑らせた鶴野は頭を抱えた。どうやって説明すればいいんだ……!シオはなおなーなー、と答えを欲している。やめろ、逐一説明とかしてられないぞ。男鶴野、見た目少女の無垢な疑問に、卑しい答えを返せるほどプライドは捨てていなかった。

「何でもない。兎に角、刻印蟲は魔力を供給、あるいは補う代わりに、宿主の体内を食い荒らす。以上」

「おかすってほうは?」

「知らなくていい」

「……はぁい」

 本題に関係しないところだったからだろうか、あっさり引き下がったシオに、胸をなでおろす。これ以上追及されて答えてしまったら、大事な何かを失ってしまう。なけなしのプライドが叫んだ瞬間だった。

「……で、桜についてだが。あの子は元々は間桐の人間じゃない。遠坂という、魔術師の家からやってきた養子だ」

 養子の意味は分かるか?と問われ、頷くシオ。どれを知っていて、どれを知らないのか、イマイチつかめない。

 素直に聞いてくれる相手だからか、知らず饒舌になっていることに気づかず、鶴野はさらに説明を続ける。

「魔術師の素質は天才的らしいが、遠坂の家で何かあったらしくてな、不幸なことにうちに引き取られる羽目になった。あの人は間桐の魔術に慣れさせるためだなんて嘯いて、桜を蟲蔵に放り込んでいたんだ」

――いや、それに加担していた俺も、あの子にとっては同じ穴の狢なのかもしれないな。内心でそう自嘲する。自分が可愛いとはいえ、まだ10にもならない子どもをあんな地獄に落としたなんて、目の前のサーヴァントが知ったらどう思うだろう、と考えてしまう。

「間桐の魔術に慣らさせるためには、確かに蟲を体内に入れるのが一番なんだが……むしろあれは拷問と言っても差し支えないんだろう。おかげで、桜はあんな風になった」

「……」

 シオは無言で続きを促す。疑問はあるのだろうが、今は言わないようにしているのだろう。

「あの弟、雁夜はそんな桜の現状をどっかで聞いたんだろうな。まぁ恐らく、桜の母親の葵さんから養子に出したことを聞いたとは予想できるが……で、逃げ出して自由を掴んだくせに、おめおめと戻ってきて、聖杯を獲得したら桜を解放するとかいう本当かも分からない条件をのんで、蟲蔵に入ったんだ。現状はお前も知って通り」

 ふう、とため息をつく。これで一通りのことは話した、十分だろうと彼女を見ると、しかしなぜかまだ聞き足りないといった表情を浮かべている。

 何か話し忘れたことがあっただろうか、と首を傾げると、彼女が鶴野を指さした。

「おまえのハナシは、ないのか?」

「私の、話……?」

「シオいったぞ。じじー――ゾウケンと、サクラと、マスターと、おまえのハナシききたい、って!」

 な?と言う彼女に、鶴野は頭を抱える。自分の話なんて、したところで面白みもなにもないし、新しい情報もない。ただ不快になって、自分を忌避するかも知れない、というくらいだ。

「私の話なんて、聞いてもつまらないぞ」

「シオがききたいから、きくんだ!」

「……嫌な思いをするかもしれない」

「それは、シオのせきにんだ」

「……はぁ」

 何故か引き下がらない様子の彼女に遂に折れて、ため息をついてから、鶴野は自分のことを話し始める。

「私はただの臆病者さ。自分が可愛くて、雁夜みたいに飛び出すこともできなくて、あの人の言うとおりにして、息子生んで、妻は蟲に喰わせて……桜はあの人の命令通り、蟲蔵に突っ込んでいる。でもって酒におぼれて、ほら、今だってアルコールの禁断症状で手の震えが止まらない。

――私なんて、ただ惰性と停滞しかない、つまらないやつさ」

 はは、と自嘲するように笑う鶴野に、シオは何も言わない。

――言わない代わりに、そっと、その体を抱きしめた。体格の差ゆえに、それは抱き着くような形になったが。

 突然のことに、鶴野は驚き、そして離れようとする。が、筋力はシオのほうが上だ。その力は優しいのに、決して離そうとはしてくれない。ついには頭を撫で始めた。

「それも、ひとつのカタチだ」

 ぽつり、とシオが呟く。

「マスターみたいに、がんばってこわれかけるのも

 サクラみたいに、うんがわるくてこわれかけるのも

 ゾウケンみたいに、ながいなかでこわれるのも

 ビャクヤみたいに、がんばってカタチをまもって、ほかをすてるのも

 ぜんぶ、ヒトそれぞれのカタチだぞ」

 淡々と、それでも優しく、それでいて純粋な言葉が聞こえてくる。拙い口調とは裏腹に、それは親が子に言い聞かせるような色を孕んでいる。

「ビャクヤ、つまらなくなんてないぞ。こども、いるんだろ?そいつのこと、しんだっていわなかったってことは、まだ、いきてるんだろ?

 ここにはいないみたいだから、きっととおくにいるんだろうな。ゾウケン、こわかったみたいなのに、がんばったな。たいせつなの、ひとつだけでも、まもってるんだな」

 えらい、えらい。と、また頭を撫でられる。そっと、壊れ物を扱うように触れてくるそれ。初めての感触に、初めて向けられるものに、戸惑いしか感じない。

「シオな、ヒトのこと、すきなんだ。なかまは、もっとすきだ。だから、えっと、だからな……」

 途中で言葉を詰まらせ、適当な言葉を探すシオ。そういう部分はどこか、口調そのままな幼さがあった。

「シオ、マトウのひとには、わらっててほしい。しあわせで、あったかいえがお、みんなのあたたかいの、みてみたいんだ」

 だから、とまた目を合わせてくる彼女。ないしょだぞ、と言って、彼女は言った。

「――シオのおねがいは、みんなのハッピーエンドだ」

 

 

 

――それは、幼いころなら、誰だって叶うだろうと思っていた、当たり前の願い

 

――ハッピーエンド(文句なしの大団円)を、大好きな人に

 

――それを馬鹿正直に掲げた彼女は、聖杯戦争で何を見るのだろうか




大団円、簡単なようで難しいおねがいですよね

それを一番知っているのは多分、シオだと思います

自分を犠牲にしなきゃ助からなかったからね、うん

そしてこれを雁夜ではなく鶴野に言ったかにはちゃんとした理由があります

あと、シオは「嘘は言ってませんが本当のことも言ってません」

三日目、もう少し続きますが引き続きよろしくお願いいたします

訂正:まだ二日目でした

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