――いや、気を取り直そう雁夜。これは前向きに考えれば、意思疎通ができるから、ちゃんとした作戦が立てられるんじゃないか?そうだ、そうに違いない。なんだ、結構運がいいじゃないか!
目の前にある、食費問題からそっと目をそらし、無理やり自分を納得させる雁夜。大丈夫だ、問題ない。
そんな雁夜の様子に気づかないのか、シオは説明を続ける。
「んと、で、かんのうげんしょーってのはな。あいてにさわることで、そいつのキオクとか、ココロをよむことができるんだ。アラガミあいてだったら、シオはちょっとならいうこときかせられたぞ」
あんたのいた時代はアラガミがいっぱいいたのか、そうかそうかー。ただの言語情報として聞き流す雁夜。人はそれを、現実逃避という。
「じじーがおとなしいのはな、シオがかんのうげんしょーをつかって、じじーのむかし、まだじじーがじじーじゃなかったころのキレイなキオクみつけたから、そこをおもいだすように、おくのほうにたたきこんだからなんだ」
ジジイのゲシュタルト崩壊、じゃなくて。あの臓硯にも、綺麗と言える頃があったのか。一体どんな性格をしていたのだろう。
臓硯は今、精神世界の奥深くで、昔のことを思い出そうとしている。色あせた写真のように、ほとんど見えないそれは、それでも大事に残されていたから、きっと今の臓硯を変えるには十分なものだからと。
「これがせいこうするか、シオもわかんない。もしかしたら、じじーはずっと、そとにでてこなくなるかもしれない。でも、だいじなキオクみたいだから、わすれちゃうのは、かなしいなっておもったから」
「もう、いいぞ」
だから、だから、と言い募るシオに、雁夜は待ったをかける。こちらの反応をうかがっているシオ。そんな様子にまた1つため息を吐きながら、雁夜は口を開いた。
「――ジジイのしたことを知らないお前からしたら、そうするのが最善なんだろうな。……だけど、俺はそいつに人生を滅茶苦茶にされたやつを知ってる。俺だって、自分から戻ってきたとはいえ、その1人だ」
母親も、兄も、兄の妻も、甥も。そして、1年前にやってきてしまった、あの子も。間桐という家に関わってしまったせいで、生まれてしまったせいで、なんらかの影響を受けてしまっている。それも、悪い方向に。
「今更そいつが善人に戻ったって、許すことはできない。許せるわけがない」
「うん」
反論することなく、シオはその言葉を肯定する。
「シオ、カゾクとかわかんないけど、それも、みんなのカタチのひとつだ。よくわかんないシオが、それをえらくない、っていうことのほうが、えらくない」
あっさりと言い切るシオに、雁夜は苦笑する。どうやら、このサーヴァントは性格がよく、素直すぎるきらいがあるようだ。
「じじーをどうするかは、マスターがきめることだ。シオは、おもいだしてほしいっておもったから、そうしただけ」
な?そう締めくくったシオに、雁夜は沈黙で返した。本当、見た目不相応な中身をしている。
「ん!で、えっと……ほかに、ききたいことあるか?」
シオからの問いに、雁夜は考える。聞きたいこと。暫し考え、そして、至極当たり前のことを聞き忘れていたことを思い出した。
「なぁ、あんた、どこの英霊なんだ?」
その問いに、シオは満面の笑みを浮かべて答えた。
「――みらいのおつきさま!」
――――――――――――――――――――
マスターが眠りについたことを確認すると、シオは臓硯が入った瓶を片手に、台所へと向かった。
もとよりこの容器。どこかから出したわけではなく、シオの体を構成するオラクル細胞を変態させて一時的に作り出したものだ。そのため、よく見ると容器に接している皮膚の部分と、ガラスが癒着、というか同化している。すぐに目を覚まして暴れられると困るので、咄嗟にそうしたのだ。切り離すと、制御から放たれたオラクル細胞が臓硯を喰らう可能性が高かったため、今までしっかりと抱いていた。
適当な瓶を見つけると、そこに臓硯を移し、空気穴をあけた蓋で閉じる。これで一安心、といったところだろうか。衰弱してきたらなんとかして栄養をあげなくては。
新しくした瓶を抱え、マスターの寝室に戻りながら、シオは考える。自分が召喚された理由だ。
どこの英霊か。そう問われた時、シオは空を指さし、未来の月だと言い放った。そこに間違いはない。シオは実際に、月に居住している。
そう、問題は、
召喚された際の聖杯からの知識で、ここが何で、なんで自分がここにいるかはわかっている。聖杯にかける願い、というのは、漠然とだが心当たりがある。
だが、シオは英霊ではない。まだ死んでいないのだから幽霊ではないのだ。
「んー、おっかしいなー」
今現在、この時代に置いてシオという存在がいないから、死んだということになって、シオはここに召喚されたのか。それとも、無意識のうちになにか反則技でも使ってしまったのか。考えても考えても分からない。召喚される最後にしていたのは、いつものように月での
むぐぐ、と頭を悩ませてみるが、なにも思いつかない。そも、自分は魔術とは無縁の暮らしをしていた。聖杯戦争なんて知らないし、アナグラの仲間たちも、そんな出来事については全く把握していないだろう。知識は聖杯からの援助だけだ。
つい齧り過ぎた臓硯から貰えたのは、刻印蟲の性質のみ。彼自身が持つ知識はシオでのコアにあたる、今瓶詰にされた刻印蟲の中に、彼の魂と共に入っているのだろう。食べてみたいが我慢である。
そうだ、おなかすいた。寝室に臓硯を置いてきたら、
そそくさと雁夜が眠る寝室に戻り、隅に置かれた机に瓶を置く。雁夜がちゃんと寝ているのを確認し、シオは夜の世界へと繰り出した。目指すは腹八分目である
―—次の日
「あさだぞーマスター」
「ん……」
舌足らずな言葉に揺すり起こされ、雁夜は目を開いた。最初に映ったのは、見慣れた天井と、まだ見慣れぬ人外の少女。
ぱちぱち、と目を瞬かせる彼女は、雁夜が起きたのを確認すると、おはよう!と笑いながら挨拶をしてきた。眠気の取れない頭でそれに挨拶を返す。それに満足したように頷くと、雁夜が起き上がるのを待って口を開いた。
「あさごはん、イタダキマスしにいくぞ!」
「朝ごはん……?」
未だ覚醒しきらない頭でシオの言葉を反芻するが、彼女はそれに気づかずあさごはーん!と駆け出して行った。おい、マスター置いて行っていいのか。追いかけようとのそのそとベッドから出て、カーテンを開けた。
そういえば今日も、体内の蟲が暴れてないな、と不思議に思う。何故なのだろうか。
不思議に思いながらも、自由奔放を形にしたようなサーヴァントを長時間放っておくわけにはいかない。いつもより早い速度で着替え、寝室を出る。と、
「マスター、おさけくさいやついた!こいつだれだー?」
「うぅ……きぼぢばるい……」
何故かシオが鶴野を抱えていた。しかもさんざ揺らしたのか口元を抑え、今にも吐きそう――
「っておいこら酒漬けの兄貴なんで持ってきたてか吐くな、吐くなよ兄貴ここで吐いたらさすがにキレるぞというかなんで連れてきたんだバーサーカー!!」
「だって、おさけうまそうなのあったから!」
「うっぷ」
「ああもうお前食欲に対して忠実すぎるなというか吐くなよ兄貴吐くな吐くな居間に行ったらボウル用意するから吐くなバーサーカーさっさとこの馬鹿兄貴を居間に持ってってボウルか何かに吐かせろ!」
「マスターこいつだれ」
「そいつは俺の兄貴だっつってるー!」
「おはよう、おじさん」
「あ、おはよう桜ちゃん」
「おはよー!」
「う……っ」
「あああ早く連れてけバーサーカー!」
危うく令呪を使いかけたと、後に雁夜は語っている。
コミカルギャグ……ぎゃぐ……?
執筆当時GODEATER ONLINEがリンゴで配信されてないんですがまだですか!