Fate/GODEATER   作:ユウレスカ

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第37章―ゆめのおわり―

 シオがあの場所から連れ戻された後、無理やり服を着させられるような事態は起きなかった。ただ、採寸はされたので一からシオに合う服を作ろうということになったのかもしれない。何度か素材を榊に渡しているのが、シオの流れる記憶の中で見えた。

 他にもあった変化と言えば、ソーマがシオに会いに来る頻度も増えてきた。基本的に誰もいない時を見計らってくるので、恐らく他の面々は知らないだろう。いつもの賑やかさとは別に、ソーマと過ごす静かなひと時も、シオは好んでいた。気まぐれで贈られてくる道具も、楽しみの一つだ。この前は音楽プレイヤーを貰い、ひたすらに聞き耽っている。

 そんなある日、榊が上機嫌な様子で他の面々を集めてきた。どうやらアラガミの素材でシオの服を作ったらしく、着せてやってくれとサクヤたちに差し出してきた。

 手に持っていたのは、いつか見た白いドレス。ああ、ここでこれが出来上がったのか、と雁夜は納得する。人間の衣服が肌に合わないなら、アラガミの素材で作ればいいとはすごい発想の転換だ。シオの肌にもあったらしく、雁夜が目を瞑っている間にまた脱走するような事態は起きなかった。

「お待たせ」

 個室からサクヤとシオが出てくる。白い肌に白いドレス。何度見ても、この衣装だと精巧な人形に思えてしまう。

「キャー!可愛いじゃないですか!」

「ホントに普通の女の子みたいよね」

「おっ?おっ?へへへ」

 アリサをはじめとして他の面々も、ご満悦の様子で笑顔を浮かべている。そんな彼らの表情に気分が乗ってきたのか、シオも笑顔を浮かべ照れ臭そうに頭を掻いている。

「おぉ、可愛いじゃん!ねぇ、ソーマ?」

「まぁ……そうだな」

「おぉ……予想外のリアクション」

 どうせ無愛想な返事しか返してこないんだろうな、といった様子でコウタがソーマに話を振ると、返ってきたのは意外にも肯定の返事。さしものコウタも戸惑いの表情を浮かべる。ユウはほほえまし気にそれを見ていた。

「なんか、きぶんいい……」

 皆に褒められてうれしいのか、いつも以上に表情が緩んでいるシオ。そのうれしさを表現する為だろうか、ある歌を口ずさみ始めた。それを聞いてソーマが目を見開く。

 それは、ソーマがひそかにシオに教えた音楽の1つ。幼い声色で、まっすぐに歌い上げた。

 皆が驚いた様子で見守る中、歌い終わったシオが無邪気に話し始める。

「これ、しってるか?“うた”っていうんだよ」

「ほう……」

「すごい!」

「すごいじゃない、シオ!」

「うん、綺麗な歌声だったよ」

 わっ、と湧く面々。そんな彼らのリアクションに、えらかった?えらかった?と訊ねてくるシオに、一斉に頷く。また嬉しそうに頭を掻くシオ。

「それにしても、歌なんてどこで覚えたの?」

 サクヤからの疑問に、シオを止めようと顔を上げたソーマだったがもう遅い。

「んー?ソーマといっしょにきいたんだよ!」

「なぬ!?」

 一斉にソーマに視線が集中する。

「あらー、あらあらあらー」

「へぇ~そうなんですか~」

「ふぅん、へぇ~?」

「し、知らん!」

「なんだよ~、いつの間に仲良くなっちゃってんの~」

 先ほどの満面の笑みから一変、からかうような笑みで一斉に攻撃され、ソーマが顔を伏せる。多分真っ赤になってるんだろうなぁ、と雁夜は思った。

 でも。

「ちっ……やっぱり1人が一番だぜ……」

 そう言っている声は、どことなく満更でもないような気がした。

 

 

 

 

 服装も変わって心機一転、シオは楽しく日々を過ごしていた。

 たまに彼らの任務について行ってデートをし、普段は榊の私室を借りて勉強をしながらも楽しく暇をつぶし。時にはソーマ達がやってきて遊び相手をしてくれて。

 そうやって過ごしていた平穏な日々は、突然崩れ去った。

 何があったのかは、シオの記憶からは明瞭には確認できない。どうやらこれ以降の記憶はだいぶ曖昧になっているようで、とぎれとぎれに時系列が飛んでいる。

 最初は、呼び声が聞こえたところ。気づいたら他の面々とはぐれていて、慌てて最後にいた場所に戻り、彼らがきてくれるのを待った。

 空腹を紛らわせるために周囲のアラガミを喰らい、寂しさを紛らわせるためにあの歌を口ずさんで。

「あ……」

 だが、それでも心の隙間は埋められなかったのか、逆に歌のせいで広がったのか。

「なんだろー、これ……」

 シオの瞳からしずくが落ちる。

「これ、いやだな……」

 まだ、泣くという感情を知らなかったのだろう、涙を懸命に拭っている。と、下の方から聞き覚えのある声が聞こえてきた。

「――別れの歌、だからな。その歌は」

 見下ろすと、そこにはソーマとユウの姿。迎えに来てくれたのだろうか。

「わかれの、うた……」

 綺麗な歌だと最初は思っていたのに、その中身は別離の歌で。シオは噛みしめるように反芻する。

「大切な人とあえなくなってしまう、そんな事を歌ってるんだ」

「そっか……でも、またあえたな」

 この歌を歌っていたから、自分たちはまた会うことができた。そうシオは考えていたのだ。その後、ソーマが何かつぶやいていた気がしたが、あいにく潮騒の音で聞き取れなかった。

「帰るぞ、シオ」

「うん」

――だが、その後の記憶はシオにはない

 気づいたら榊の部屋に戻っていて、ソーマとユウと榊がいた。何故かサクヤやアリサ、コウタはいなかった。

 そこでの会話もおぼろげなもので、いつ日を跨いだのか、彼らと何を話したのかすらも曖昧だ。ひたすらに何かと戦っていたような感覚しか、明瞭なものはなかった。

 ただ、したくないことを無理やりされそうになるような感覚に、抗う日々。

 だから、いつの間にか見たことのない場所にいて、見たことのないものと同化していた時にシオが目覚められたのは奇跡に等しいものだった。

 きっかけはきっと、“外”から聞こえてきた彼らの声。そして、分かたれた“器”の感覚。おぼろげながら掴んだその感覚に必死に縋りついて、シオを表に叩きだす。何か自分がやろうとしていること、皆を食べようとしている“シオ”がいることを、感じ取ったから。

 間一髪でたどりつけたのは、運命が微笑んでくれたのか、シオが“シオ”に勝ったのか。それは本人にも分からない。

 ただ、あのぬくもりを――抱き上げてくれたソーマのぬくもりを導に、シオは主導権を握った。

 発動してしまったものは、止まらない。なら、どうするべきか。

「ありがとね」

 出会ったこと、教えてくれたこと、助けてくれたこと。すべてに、感謝を。

「みんな、ありがと」

 素晴らしいカタチを見せてくれたこと、あの歌をくれたこと。

 だから、この場から離れなくてはいけない。いけないのに、“器”が邪魔をする。離れたくない、なんて今更な本心だ。留まって皆を食べるのは、嫌なのに。

「おそら、の、むこう。あの、まあるいの」

 目標はあの丸いもの――月。

「えへへ……あっちのほうが、おもちみたいで、おいしそうだから」

 ノヴァの捕食対象を切り替えて、飛び立つために、シオは必死でコントロールする。

「まさか、ノヴァごと……月へもっていくつもりか!」

「シオ!あいつまだ生きてるんだろ!?サカキ!」

「私にもわからん!ただ、そんなことが……」

 こんな状況でもシオを気遣うコウタに、うれしさがこみ上げる。ああ――今なら、あの時言えなかったこと、分からなかったことが分かる。

「いまなら、わかるよ」

 “器”がより強く離れたくないと抗議する(強く地面にへばりつく)。それではいけないのに。

「みんなにおしえてもらった、ほんとのにんげんのかたち」

「シオ……」

 ほんのわずかな日々。でも、それがシオにとって、かけがえのない時だった。

「たべることも」

 生き物を食べて、またその生き物を誰かが食べる。

「だれかのために、いきることも」

 コウタは、いつも家族のことを話してくれた。家族を守るために、戦うんだと。

「だれかのために、しぬことも」

 サクヤの大切な人(おばあちゃん)は、彼女を庇って死んだのだと話してくれた。家族を守るために、死んだのだと。

「だれかを、ゆるすことも」

 アリサは、少し前にとんでもないことを失敗して、でも皆は受け入れてくれたと話してくれた。だから、その恩に報いるためにも頑張るのだと。

「それが、どんなかたちをしてても……」

――ソーマは、ほかと違うのを気にしていたけど、

「みんな、だれかとつながってる」

 ソーマの周りには確かに、同じ“仲間”がいた。

「何言ってんだ……戻って来いよ!」

 コウタの声が聞こえる。まるで今生の別れのような口調、状況に怒っているように聞こえた。

 でも、今は戻ることはできない。

「シオも、みんなといたいから」

 それは、まぎれもない本心。でも、今はそれを叶えてはいけないことくらい、分かっている。

「だから、きょうはさよならするね」

 みんなのかたち、すきだから

 えらい?なんていつものように聞いたのは、何でだろうか。

「全然、えらくなんか……ないわよ!」

 ああ、アリサが泣いている。すぐにでも近寄って、頭を撫でたいけれど、それをするための体もない。

「へへへ、そっか……ごめんなさい」

 今は、謝ることしかシオには出来ない。

 もう、いかなきゃ。行かなきゃいけないのに、“器”は未だにそれを許さない。

「だから、おきにいりだったけど、そこの、“おわかれしたがらない”じぶんの“かたち”を――」

 たべて

 そんな事できるわけない、とコウタが言う。が、シオは食べてもらいたかった。そうしなければ、解決しないから。だから、いつかふと思った、食べられるならだれがいいか、なんてことを思い出して、彼に声をかける。

「ソーマ……おいしくなかったら、ごめん」

「1人で、勝手に決めやがって……」

 確かに、みんなに言わないで決めたことは、もしかしたらこれが初めてかもしれない。申し訳ない気持ちはあるけれど、やってほしいのだ。

「はなれてても、いっしょだから」

「――ソーマ、シオのお願い、叶えてあげなよ」

 そんな、ユウの声が聞こえた。

 ソーマがこちらに近づいてくる。大きく神機の捕食機構を広げ――

 

 

 

――ありがと、みんな!

 

 

 

 

 振り切るように急速に浮上する体――ノヴァ。根付いていたものも何もかも引きちぎって、空へと飛び立っていく。

 眼前に広がる月に手を差し伸べて――

 

 

 

 

 

 

「――ますたー?まだねてるのかー?」

 はっと、シオの呼び声に目が覚めた。起き上がって時刻を確認する。顔に手を当て、先ほどまで見ていた夢を思い返した。

 

 

 

――長い、長い旅路を見ていた

 

 

「あさごはん、なくなるぞー!」

「あ、今行く!」

 慌ててベッドから立ち上がり、着替えて部屋を飛び出す。

 外では、雪が降り始めていた。




ストーリームービー見返しながら書いてたんですがエンディングで泣きかけるのはいつものことですね!

リザレクション編、2、2RBまで書くのはさすがに長すぎたのでここで終了です

次回もシオのターンですけどね、Fateキャラメイン回待ってる方はすいません

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