Fate/GODEATER   作:ユウレスカ

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第36章―おもいで―

 場面は変わる。同じ室内の中でくるくると日々が巡っていく。

 言葉をだんだんと覚えていくシオの頭を、銀髪の少女、アリサが頭を撫でる。それがうれしかったのか、子が親に報告するように、シオは茶髪の青年に話し出す。

「ありさ、えらいって!」

 その言葉に、青年は良かったね、と言葉をかける。

「えらいの、いいことだな?どうだろな?」

「そうだね、いいことだよ。シオはえらくていい子だ」

 そう言って、青年もまたシオの頭をなでる。嬉しかったのか、シオは体全体で喜びを表現するようにゴロゴロと転げまわっていた。

 

 

 

「――君たちのお陰で、シオの知識・知能はほぼ成人のそれと言って良いほどに成長したよ」

 そう話す榊の前に立っているのは、ソーマと茶髪の青年。他の面々は別の用事があったのか、呼ばなかったのか、今この場にはいない。

「ありがとね、ありがとー」

「……口調は相変わらずだけどね」

 ああ、口調は勉強しても治らなかったのか。以前、教育した人は何やってたんだと思っていたが、根付いていたシオの人格は変わらなかったみたいだ。

 だが、その報告の為にわざわざ招集したわけではない。榊が2人を呼び出した理由は、なんとシオの食糧不足。今まで貯蓄しておいたアラガミのコアで賄っていたが、それもついに底をついてしまったらしい。その為、シオを狩り(デート)に連れていってほしい、というのが、榊からの依頼だった。

 そんな榊からの依頼に、ソーマは渋い顔をする。

「ふざけるな、なんで俺まで」

「了解です」

「おい、勝手に受けるな!」

「えー」

「えー」

「お前も真似するな!」

 不本意な表情を浮かべるソーマだったが、どうやら茶髪の青年――話の中で呼ばれたが、ユウというらしい――が彼らのリーダーらしく、最終的にはリーダー権限でもって同意させられた。いいのかそれで。

 と、シオが榊に話しかける。

「ねぇ、はかせ。デートってなにー?」

「楽しいことだよー」

 ああ、こうやって違う意味で覚えた単語もあるんじゃないか、シオのやつ。

 以前、デートしよう?と言われて兄弟でテンパったことを思い出す。結局あの時は、街にあったおいしいお店まで連れていかれたんだったか。アイツにとってデートとは、狩りないし食事だと知った瞬間である。

「たのしいこと……イタダキマスだな!」

 あ、うん、この人が原因だ。というか、お前にとって楽しいことって食事なのか。理屈はなんとなくわかるが、他には何かなかったのだろうか。

 デート!デート!とわくわく気分を抑えきれずにはしゃぐシオを、ユウと榊はほほえまし気に、ソーマは複雑な表情で見ていた。

 

 

 

 

 

「ふざけるな!」

 デート先だろう。巨大な陸橋と何かがぶつかったような廃墟に、シオとソーマ、ユウに橙髪の少年――コウタはいた。目の前には、以前見たあの鳥人間よりは小さいアラガミ。シオが食べていたのか、いくばくか齧られたような跡がある。

 そんな彼らの中で、大声を上げたのはソーマだった。雁夜がこの記憶を見始める前に、何かあったらしい。

「テメェみたいな――バケモノと一緒にするんじゃねぇ!」

 その言葉を聞いた、シオの感情が雁夜にしみこんでくる。なんで、どうして、と疑問を浮かべる声。シオの名前を付けてくれた彼には、かなり複雑な事情があるのかもしれない。

「いいからもう、俺に……関わるな」

 搾るように発せられた声には、そんな内容とは裏腹に、すがるような響きがあって。1人去ろうとするソーマを、シオは追いかけて言葉を投げかける。

「シオ、ずっとひとりだったよ」

 誰もいなくて、ずっと、寂しかったとシオは言う。

「だから。うーんと、だから」

 必死に言葉を紡ぐのは、仲良くしたいからだろうか。それとも関わるのを止めたくないからだろうか、シオはその行動の意味に付ける名前を知らない。

「だから、そーまをみつけて、うれしかった」

 だが、今の自分の思いは言葉にできる。

「みんなをみつけて、うれしかった!」

 会えてよかったと。見つけられて、良かったと。シオは主張する。

「うーんと。だから、だから、えーと」

 だが、そこから先の気持ちを、うまく表現することはできず、その間に、ソーマは先に行ってしまった。コウタの静止の声も聞かずに。

 雁夜は、自分の中に偏食因子を打ち込んだ次の日の朝に、シオが言っていたことを思い出した。

――だいじょうぶ、マスターはニンゲンだぞ。シオみたいに、イタダキマスしたいキモチであばれたりしない、ちゃんとガマンできる、ニンゲンだ

 あの言葉は、この時の出来事が起因しているのではないのかと。そんなことをふと思った。

 

 

 

 

 また、あの部屋に風景が戻る。

――シオがそれぞれの個体差に興味を抱き始めた

 突然アリサの胸を掴みだしたときは、思わず羨ましいと思ってしまった。男の性だから許してくれと、雁夜は未だ生まれてもいないアリサに謝罪する。

――シオの服装の話題になった

 呼び出されたのはあのメンバー全員。榊が自分ではどうにもできない事態だと、助けを求めてきたようだ。寧ろ何故今まで着手しなかったのかと雁夜は疑問に思う。

「はぁ……服、ですか?」

 さすがにそんな用事で呼ばれるとは思っていなかったのだろう、妙齢の女性――確か、サクヤだったか――がそんなことで、と言いたげな口調で言葉を返す。

 一方榊は、まるで重要なことを話すかのように重い口調で説明する。

「様々なアプローチを試みてみたんだが、全て失敗に終わってね……」

「きちきち、ちくちくやだー!」

 ああ、そういえばそんなことこっちでも言っていたな、と雁夜は思う。一度こちらの服を貸そうとしたところ全力で拒否し、自分でドレスやらなにやらに変えていた。

――あれ?

 ならばドレスやらなにやらを、どうやって彼女に着せたのだろうか。

 雁夜が疑問を浮かべている間に、榊は本題を口にする。(外見上は)シオは少女ということで、同じ女性であるアリサとサクヤに服の着替えを頼みたかったらしい。なら何故男も呼んだのだろうか。

 同じことを思ったのか、ソーマとコウタが退室する。ユウはリーダーとしての責任感からだろうか、残って待っていると言ってソファに座った。

 サクヤとアリサが、シオを連れて奥の部屋へと入っていく。恐らくそこで着替えに挑戦させるのだろう。さすがに裸を見るのは気まずいと、雁夜は目を瞑った。

 ……が、予想に反した結果はすぐに訪れる。

「きちきちやだあああああああああああああ!」

「え、ちょ、シオちゃ、わぁっ!」

「待ってシ、げほっ」

 どっかんばったん、と何かを砕く音と、掘り進める音、少しして雁夜が目を開くと、そこは何故か外。シオがきちきちやだー!と叫びながら走っているところだった。

 どれだけ服を着るのが嫌だったんだ。彼らも苦労しているんだな、と雁夜は思わず天を仰いだ。

 

 

 

 

 シオが隠れ場所にしたのは、彼らと最初に出会ったあの廃寺だった。その外れにある廃屋に入り、誰もいないのを確認すると何故か気を落としていた。他のアラガミでもいたのだろうか。

 次に、食糧を探すために本殿らしきところに入ったが、その時に聞こえてきたのはシオを探す彼らの声。見つかればまた服を着させられるかもしれない。シオは崩れた本尊の陰に隠れてやり過ごそうとする。

 が、彼には見つかってしまうらしい。

 おい、いるんだろ――以前聞いた時よりも柔らかい声色でそう呼びかけられれば、素直なシオが応えないわけがなく。

「いないよー」

 そう応えた時、彼が――ソーマが笑みをこぼしたのは、気のせいだろうか。

「遊びは終わりだ、さっさと帰るぞ」

「ちくちくやだー!」

 帰ったら服を着させられる。ちくちくはやだ、とシオは拒否。

 そんなシオに、ソーマはどこか悲し気に零す。所詮はバケモノか、と。

 が、そんな言葉よりもシオにとっては、重要なことがあった。あの日から、彼とはまともに話せていない。だから今聞きたかった。

「そーま」

「あぁ?」

「もう、おこってない?」

 あの時、ソーマが怒っていた理由をシオは知らない。そして、そんな彼女の視点から記憶を覗き見ている雁夜にも、彼の複雑な事情は分からない。いや、彼女は本能的に何かを察しているようだが、それを具体化できていないから分からないのだ。

 だが、ソーマはお前には関係ないという。それは多分、不器用ながらのフォローなのだろう。だが、シオは話を続ける。

「あのとき、そーまにいやなことしたんだな」

 シオも今、無理やり“ちくちく”をさせられそうになったから怒って逃げた。恐らくは、自分はあの時のソーマに同じことをしたのだろうと、シオは考えたのだ。自分がされて嫌なことは、人にしてはいけない。ユウに教わったことだ。

「シオ、えらくなかったな」

「一丁前な口利きやがって

 ……俺も、てめぇくらいに。自分の事なんか何も考えずに生きていられたら、ラクになれるかもな」

 そう、なのだろうか。確かに、シオは今を謳歌しているだろう。だが、彼が同じようにしても幸せに生きられるとは、雁夜には到底思えなかった。

 しかし、シオは別の部分が気になったらしい。

「そーま」

「あ?」

「じぶん、ってうまいのか?」

 お前今の言葉聞いてそこかよ!思わぬ質問に、雁夜が噴き出す。深刻そうな表情をしていたソーマもまた、破顔一笑する。

「フッ、ハハハ!テメェも少しは自分で考えやがれ」

 そう言ったソーマの表情が、はっきりと見える。それは初めて見た、ソーマの笑顔だった。が、その表情もすぐに消えてしまう。もっと見たかったのに、とシオが思ったのが伝わってきた。

「ま、お互い自分のこともわからねぇ出来損ないってことだな」

「おお、やっぱりいっしょか」

「だから一緒にするなと」

「いっしょにジブンサガシだな」

 ソーマの言葉も聞かず、シオはそう続ける。自分探し、実に痒くなる言葉だ。同じことを思ったのかソーマが羞恥で赤面しているのが見えた。

 遠くから、シオを呼ぶ声が聞こえる。皆、自分を心配しているのだ。

「考えてもみろ。あいつらも予防接種程度とはいえ、生きる為にアラガミの細胞を自ら望んで取り込んでるんだ。

 ……俺以上に救われねえ奴らさ」

 その言葉から、雁夜はソーマがあの、シオが話していた「生まれる前に偏食因子を埋め込まれた赤ん坊」なのではないかという考えに行きついた。あの時のシオの話し方からして胎児だけが助かり、母は死亡。おまけに雁夜も時たま聞いている自分の中にいる“アラガミ”の声を、彼は生まれた時から聞いている。拗れてしまうのもうなずけた。

 そんな、生まれた時からアラガミの力を持っていた青年の隣に立つのが、人型となったアラガミの少女だなんて。まるで、物語のヒーローとヒロインみたいだ。大きな闇を持つヒーローの心に寄り添う、ヒロイン。

「うん、シオわかるよ」

 シオはそれを、思ったことを素直に言葉にすることで行ってしまう。

「みんなおなじ“なかま”だって、かんじるよ」

 その一言は、生まれた時からすでに違っていたソーマの心に、どれだけの救いを齎したのだろう。

 戻る道すがらじゃれあう2人を、ただ真白の月が照らしていた。




シオのターンはまだ続く模様です
だいぶカットしていこうと思ってるんですが、どれを見てもシオの成長には必要なことに思えてきて切り捨てられない……

シオの記憶視点ということで、彼女があまり聞いていなかっただろうなーという部分は削ってます
無印主人公の名前は色んなメディアミックスに出てきている彼のものを流用していますが、作者が彼の性格を詳しく知らないので口調は捏造されています

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